第64話:机の並び
一日十七件対応して、社長にしか判断できなかったのはたった三件。「あなたに直接来る子が、多すぎるのよ」とレジスに一喝され、報告ラインの整理会議が始まる。
じえい「自分、結局誰の下なんすか」
監査役「うちは、なんやろな」
組織が育つ痛みの回です。
---------------------------------------------------
その日、僕は、朝から一度も座れていなかった。
「社長、この案件の見積もりですが」
「社長、先方から追加の要望が」
「社長、機器の在庫が」
「社長」
「社長」
朝の九時から、昼過ぎまで。
ずっと、そんな調子だった。
---------------------------------------------------
夕方、ようやく席に着いた。
その日に処理したものを数えてみたら、十七件あった。
そのうち、僕でなければ判断できなかったものは、たぶん三件くらいだった。
残りの十四件は、誰かが決められた。
……というより、本来なら、誰かが決めるべきものだった。
---------------------------------------------------
「まずいわね」
レジスが、そう言った。
「まずい?」
「今日、あなたの時間の八割が、取り次ぎで消えてるわ」
「取り次ぎ」
「決裁じゃないの。話を聞いて、じゃあそうしましょう、と言っただけよ。それは判断とは言わないわ」
厳しかった。
でも、その通りだった。
---------------------------------------------------
原因は、はっきりしていた。
人が増えたからだ。
三権に六人がついて、技術担当くんがいて、ノアールとドンナがいて、監査役がいて、じえいとPON子がいる。
最初の頃は、五人だった。
その頃は、誰が何を言ってきても、全部僕が受ければよかった。数が少ないから、それで回っていた。
今は、回らない。
---------------------------------------------------
「あなたに直接来る子が、多すぎるのよ」
レジスは、そう言った。
「僕が受けないと、他に誰が受けるんだ」
「私たちでしょう」
あっさり言われた。
「あの子たちは、それぞれ上についてるわ。私の下に二人、ジュディの下に二人、エグゼの下に二人」
「うん」
「なのに、なんであなたのところに来るの?」
答えられなかった。
考えたこともなかった。
---------------------------------------------------
「たぶん、誰も決めてないからだと思う」
僕は、そう答えた。
「決めてない?」
「誰に何を聞けばいいか。決めてないだろ」
レジスが、少し黙った。
「……ああ」
「監査役は、報告の仕方は教えた。分からないことがあったら聞け、とも教えた」
「ええ」
「でも、誰に聞けばいいかは、教えてない」
だから、みんな社長のところに来る。
一番、分かりやすい相手だからだ。
---------------------------------------------------
その夜、全員を集めた。
二階の事務スペースに、椅子を並べた。人数が多いので、座りきれない子は立っていた。
「今日は、決めることがある」
僕は、そう切り出した。
「誰が、誰に、何を言うか。それを決める」
じえいが、真っ先に手を挙げた。
「あの、自分、結局誰の下なんすか」
……そこからか。
---------------------------------------------------
「じえいは、営業だから、僕の下だな」
「おお!」
「ただし、日常の相談はドンナにしてくれ」
「なんでっすか!」
「お前、思いつきで動くだろ」
「動きますね」
「動く前に、一回誰かに言え」
「はい」
「その相手が、ドンナだ」
じえいが、ドンナの方を見た。
ドンナは、露骨に嫌そうな顔をした。
「……承知いたしましたわ」
「嫌そうっすね!?」
---------------------------------------------------
順番に、整理していった。
まず、僕の直下にいるのが誰か。
エグゼ、レジス、ジュディ。この三人。
それから、ノアール、ドンナ、監査役、技術担当くん。
合わせて、七人。
「多くない?」
僕がそう聞くと、レジスが答えた。
「多いわ。でも、この七人は減らせないでしょう」
「なんで」
「役割が、全部違うからよ」
---------------------------------------------------
説明された内容を、僕なりに整理すると、こうなる。
三権は、方針を決める。事業をやるかどうか、どの方向に行くか。そういう話は、まずこの三人で揉む。
ノアールは、決まった後に見る。契約と、法務。事業として決定したものが、書面として成立するかどうかを確認する係だ。決定そのものには入らない。
ドンナは、金の流れを見る。同じく、決まった後だ。ただし、決まる前でも、数字を出すことはある。
技術担当くんは、現場だ。体の側の実務を全部見ている。
監査役は——
「うちは、なんやろな」
本人が、首をかしげていた。
---------------------------------------------------
「相談役だと思う」
僕が、そう言った。
「相談役」
「うん。三権で決まったことを、僕が一人で抱えた時に、聞く相手」
「なんで三権に聞かへんの」
「聞くよ。でも、三権が決めたことを、三権に相談するのは、変だろ」
監査役が、少し笑った。
「まあ、そうやな」
「だから、別枠でいてほしい」
「ええで」
あっさりしていた。
---------------------------------------------------
三権の下の六人については、簡単だった。
それぞれの上に、まず言う。そこで済む話なら、そこで終わる。上が判断できないものだけ、僕のところに上がってくる。
「今までと、何が違うんですか」
レジスの下の一人が、そう聞いてきた。
「今までは、上を飛ばして僕に来てただろ」
「……はい」
「なんで飛ばした?」
少しの沈黙があった。
「その方が、早いと思ったので」
正直な答えだった。
---------------------------------------------------
「早いよな」
僕は、うなずいた。
「実際、早い。僕に聞けば、その場で決まる」
「はい」
「でも、それをやると、僕の時間が全部なくなる」
「……申し訳ありません」
「謝らなくていい。決めてなかった僕が悪い」
言ってから、レジスの方を見た。
あの子は、何も言わずに、こちらを見返していた。
……たぶん、褒められてはいない。
---------------------------------------------------
「一つだけ、例外を作る」
僕は、そう続けた。
「人の命に関わる時は、誰でも、直接僕に言っていい」
空気が、少し変わった。
「上を飛ばしていい。順番も要らない。とにかく早く言ってくれ」
「基準は」
医療特化型の子が、そう聞いた。
「今すぐ動かないと、誰かが死ぬかもしれない時」
「……それだけですか」
「それだけだ」
あの子は、少し考えるような間を置いた。
「明確です」
---------------------------------------------------
「あと、もう一つ」
ジュディが、手を挙げた。
「私の下の二人、毎日ミーティングをしたいの」
「毎日?」
「毎日」
はっきり言われた。
「体の方とメンタルの方で、見てるものが違うでしょう。でも、対象は同じ人よ」
言われて、気づいた。
医療特化型の子は、数値を見ている。メンタル特化型の子は、様子を見ている。
でも、それは別々に見ていて、突き合わせたことがなかった。
---------------------------------------------------
「数値は正常でも、しんどい時があるって、前に言ったよね」
「言った」
「逆もあるの。本人は元気だと言っても、数値が落ちてることがある」
「……ああ」
「片方だけ見てても、分からないのよ」
その通りだった。
「だから、毎日突き合わせる。私が入るわ」
「頼む」
「それで出たものを、必要ならあなたに上げる」
完璧だった。
---------------------------------------------------
そこで、レジスが口を開いた。
「……それ、うちも同じね」
「え」
「私の下も、二人で組ませてるでしょう。原因を掘る子と、打ち手を考える子」
「うん」
「別々に動いてるわ。突き合わせる場が、ないの」
言いながら、少し不服そうだった。たぶん、自分で気づけなかったことに対してだ。
「うちも、毎日やるわ」
「エグゼは?」
僕がそう聞くと、エグゼは少し考えるような間を置いた。
「……やる」
「即答じゃないんだ」
「うちは、話し合ってばかりだから」
たしかに、あの三人はいつも話し込んでいる。
「でも、決めた時間にやるのは、違うと思う」
「なんで」
「今までは、なんとなく話してた。決めておけば、話さない日がなくなる」
その言い方に、少し感心した。
---------------------------------------------------
結局、三チームとも、毎日やることになった。
時間は、朝でも夕方でも、各チームに任せる。中身も任せる。
「毎日って、多くない?」
僕がそう聞くと、レジスが答えた。
「多くないわ」
「でも、時間が」
「かからないもの」
あっさり言われた。
「私たち、資料を作る必要がないでしょう。集まって、話して、終わり。十分もあれば済むわ」
……そうか。
人間の会議は、日程を合わせて、場所を押さえて、資料を用意して、それから始まる。あの準備の部分が、ほとんど要らない。
「毎日やっても、負担にならないの」
「ならないわ」
---------------------------------------------------
「あと、定例以外は?」
僕がそう聞くと、ジュディが答えた。
「その都度でいいでしょう」
「都度」
「必要があれば、すぐ話せばいいの。私たち、繋がろうと思えばすぐ繋がるんだから」
「……たしかに」
考えてみれば、そうだった。
この子たちは、会議室を予約する必要がない。廊下で立ち話をする必要もない。必要な時に、必要な相手と、その場で話せる。
「じゃあ、これで進める」
僕は、そう締めくくった。
机は、増えた。役割も、決まった。
あとは、これで、本当に回るかどうかだ。
作者Xはこちら↓
https://x.com/SepGaGotoku
小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓
https://www.youtube.com/@sepudayo
noteの記事はこちら
https://note.com/natty_walrus3755




