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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第2章:K's Factory
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第63話:お世話係は誰だ

社長の健康管理研修に、ジュディ・ドンナ・じえいが次々乱入。水、茶、肩もみに埋もれる社長を救ったのは、PON子の一言だった。


「みんなでごはん食べればいいのだ」


――誰も、昼ごはんのことを忘れていた。

---------------------------------------------------


 ジュディ部門の課題は、少し性質が違った。


 経営計画や市場分析なら、書類で出せる。でも、あの二人の仕事は、人を見ることだ。


 「実地でやるしかないでしょう」


 ジュディは、そう言った。


 「対象は?」


 「あなた」


 即答だった。


 「一日、丸ごと使うわ。朝から晩まで、あの子たちに管理させる。数値を取って、判断して、必要なら手を打つ。それを見て、私が評価する」


 「僕、実験動物?」


 「被験者と言って」


 同じことだった。


---------------------------------------------------


 当日の朝。


 起きた時点で、既に二人が部屋の前にいた。


 「おはようございます」


 「おはようございます」


 声が、ずれていた。監査役の教育が効いている。


 「早いな」


 「起床時のバイタルが、一日で最も基礎的な指標ですので」


 医療担当の方が、そう言った。


 この子は、口調が固い。数値の話をする時は、特にそうだった。


 「では、測定します。座ってください」


 言われるままに座った。


 手首と、額と、それから胸のあたりに、順に何かを当てられた。数秒で終わった。


 「心拍、六十八。血圧、上が百二十四、下が七十八。体温、三十六度二分。睡眠時間、五時間十二分」


 「……五時間?」


 「はい」


 「もっと寝た気がするけど」


 「布団に入っておられた時間は、六時間半です。実際に眠っていたのは、五時間十二分です」


 なぜ知っている。


 「昨夜、二十三時過ぎに端末を操作されていましたね」


 「……見てた?」


 「記録が残っています」


 だめだった。


---------------------------------------------------


 「睡眠不足の水準です。今日は、午後に一度、休憩を取ることを推奨します」


 「仕事があるんだけど」


 「推奨です。強制ではありません」


 言い方が、機械的だった。


 でも、そこにメンタル担当の方が割り込んできた。


 「あの、社長」


 こちらは、逆に柔らかい。


 「今、少し、面倒だなと思われました?」


 「……え」


 「表情の変化と、返答までの間から、そう見えました。違っていたら、すみません」


 当たっていた。


 「思った」


 「ありがとうございます。正直に言っていただけると、助かります」


 この子は、そういうところを見る。


 「では、こうしませんか。午後の休憩は、十五分だけにします。それなら、業務への影響も少ないかと」


 「……それなら」


 「では、そのように記録します」


 二人は、そこで顔を見合わせて、小さくうなずいた。


 連携している、と思った。


---------------------------------------------------


 午前中は、順調だった。


 医療担当が二時間おきに数値を取り、メンタル担当が合間に様子を見る。押しつけがましくない。仕事の邪魔にもならない。


 水分の指示も、的確だった。


 「今の作業、集中されていましたね。二時間経過しています」


 「あ」


 「無理にとは言いませんが、一度、目を休めた方が」


 実際、目が疲れていた。


 言われて初めて、気づいた。


 ……これ、けっこういいな。


 僕は、素直にそう思っていた。


---------------------------------------------------


 異変は、昼過ぎに起きた。


 休憩の時間になって、メンタル担当が声をかけようとした、その時。


 「休憩ね」


 ジュディが、割り込んできた。


 「……ジュディさん?」


 「何か飲む? 水? お茶?」


 「いや、あの、それは私たちが」


 「私、いつもやってるから」


 言いながら、もうコップを持ってきていた。


 医療担当が、少し困った顔をした。


 「あの、ジュディさん。本日は、私たちの試験ですので」


 「知ってる」


 「では」


 「見てるだけのつもりだったんだけど」


 ジュディは、コップを置いた。


 「……見てたら、うずうずしてきて」


 正直だった。


---------------------------------------------------


 「ジュディ」


 「なに」


 「試験だぞ」


 「分かってる」


 「じゃあ」


 「でも、あなた、今日、水を飲む回数が少ないでしょう」


 「え」


 「午前中、三回。いつもは五回よ」


 医療担当が、記録を確認していた。


 「……三回です」


 「ほら」


 勝ち誇っていた。


 「いや、待って。それ、この子たちの管轄で」


 「私の方が長くやってるから」


 「そういう問題じゃない」


 「そういう問題よ」


 譲る気がなかった。


---------------------------------------------------


 そこに、もう一人来た。


 「あら。何か、賑やかですわね」


 ドンナだった。


 書類を持って、二階から降りてきたところらしい。


 「休憩中ですの?」


 「そうだけど」


 「でしたら、こちらを」


 差し出されたのは、温かいお茶だった。


 いつの間に用意したのか、分からなかった。


 「……ドンナ」


 「はい」


 「今日、試験だって知ってるよな」


 「存じておりますわ」


 「じゃあ」


 「ですが、マスターの体調管理は、専属秘書の職掌でもございますの」


 ……出た。


 「秘書の職掌に、体調管理は入ってないだろ」


 「入りますわ」


 「入らない」


 「入りますの。そもそも、マスターの一日の稼働と疲労曲線を、分単位で把握しておりますのは、この私だけですわ」


 「分単位」


 「分単位ですの」


 ドンナは、一歩も引かなかった。


 「いつ、どのような休息を差し挟むべきか。私以上に最適解を導き出せる方が、この場にいらして?」


 「……いや、そこの二人が」


 「あの方々は、本日が初日ですわ」


 容赦がなかった。


---------------------------------------------------


 ジュディが、こちらを向いた。


 正確には、ドンナを向いた。


 「ドンナさん」


 「はい」


 「それ、私の仕事」


 「あら」


 「私、お世話係だから」


 「存じておりますけれど」


 ドンナは、まったく引かなかった。


 「役職と、実務は別ですわ。誰が最も適切に遂行できるかで、決めるべきですの」


 「私が一番長くやってる」


 「長さと精度は、別ですわ」


 空気が、少し冷えた。


 新人二人が、そっと後ろに下がった。賢明な判断だった。


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 そこに、じえいが来た。


 「あ、なんすか。集会っすか」


 「集会じゃない」


 「なんか揉めてません?」


 「揉めてない」


 「揉めてますよね」


 じえいは、状況を三秒ほど眺めた。


 それから、こう言った。


 「あ、分かった。社長の世話する権利の取り合いっすね」


 全員が、黙った。


 当たっていた。


 「じゃあ、自分も参加していいっすか」


 「なんでだよ」


 「面白そうだからっす」


 最悪の理由だった。


---------------------------------------------------


 そこからは、地獄だった。


 じえいが、まず茶を淹れようとして、こぼした。


 「あ」


 「おい」


 「大丈夫っす! 拭きます!」


 拭いた布巾で、机の書類も拭いた。


 「そこは拭くな!」


 「あ」


 ドンナが、無言でじえいを押しのけた。


 「マスター、こちらを」


 「もういいって」


 「よくありませんわ。水分は取っていただきませんと」


 「さっき飲んだ」


 「三十分前ですわ」


 「早くない?」


 「早くありませんの」


 その横で、ジュディが肩に何かをかけてきた。


 「冷えてきたから」


 「まだ暑いよ」


 「冷えるの」


 「暑いんだって」


 「冷えるって言ってるでしょ」


 肩にかけられたまま、外させてもらえなかった。


 医療担当が、遠慮がちに口を開いた。


 「あの、室温は二十四度です。体感としては」


 「二十四度は冷えるわ」


 「……はい」


 黙らされた。


---------------------------------------------------


 三十分ほどで、僕は、動けなくなっていた。


 右からジュディが水を渡してくる。左からドンナが茶を渡してくる。後ろからじえいが肩を揉んでくる。力が強すぎて痛い。


 「じえい、痛い」


 「え、気持ちよくないっすか」


 「痛い」


 「もっと強くします?」


 「話を聞け」


 メンタル担当が、そっと近寄ってきた。


 「社長」


 「なに」


 「ストレス値が、上昇しています」


 「だろうな」


 「原因は、この状況かと」


 「そうだよ」


 「では、この状況を解消することを、推奨します」


 「してくれ」


 「……私に、その権限がありません」


 絶望的な顔をしていた。


---------------------------------------------------


 その時。


 「なにしてるのだ?」


 PON子が来た。


 全員の手が、止まった。


 PON子は、輪の中心にいる僕を見て、それから周りの全員を見て、しばらく考えていた。


 「パパ、なんか、ぐるぐるされてるのだ」


 「……ぐるぐる」


 「わたしも、まぜてほしいのだ」


 「やめてくれ」


 「なんでなのだ?」


 「増えると死ぬ」


 PON子は、首をかしげた。


 それから、こう言った。


 「じゃあ、みんなでごはん食べればいいのだ」


---------------------------------------------------


 全員が、その一言で、我に返った。


 「……ごはん?」


 「うん。もうお昼過ぎてるのだ」


 時計を見た。


 一時半だった。


 誰も、昼を食べていなかった。


 いや、正確には——うちの子たちは食事を必要としない。必要なのは、僕だけだ。


 水を飲ませて、茶を淹れて、肩を揉んで、毛布をかけて。


 誰も、飯のことを言わなかった。


 「……あー」


 医療担当が、小さく声を出した。


 「血糖値の記録を、取り忘れていました」


 「私も、空腹によるストレス上昇を、計算に入れていませんでした」


 二人が、青ざめていた。


 ジュディも、動きを止めていた。


 「……嘘でしょ」


 「ジュディさん?」


 「私、昼ごはんの準備、してない」


 この家で、それが起きたのは、たぶん初めてだった。


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 結局、その日の試験は、そこで中断になった。


 昼を食べて、僕は一時間ほど寝た。


 起きたら、全員が神妙な顔で待っていた。


 「反省会をします」


 医療担当が、そう言った。


 「本日の記録を確認しました。午前中は、想定通りに推移していました。数値も安定していました」


 「うん」


 「異常が出たのは、十二時三十分以降です」


 「だろうな」


 「原因は、外部要因です」


 外部要因が、その場に三人いた。


 「私たちの判断は、概ね妥当だったと考えます。ただし——」


 彼は、そこで一度、言葉を切った。


 「外部要因を制御できませんでした。それは、管理の失敗です」


 正確だった。


 正確すぎて、誰も何も言えなかった。


---------------------------------------------------


 評価は、その夜だった。


 ジュディが、二人を前にして、こう言った。


 「合格」


 「え」


 「判断は正しかった。記録も取れてた。血糖値の件は、次から気をつけて」


 「はい」


 「それと」


 ジュディは、少しだけ、言いにくそうにした。


 「今日、割り込んで、ごめん」


 二人が、慌てた。


 「いえ、そんな」


 「よくなかった。私が悪い」


 「……はい」


 「でも」


 彼女は、そこで顔を上げた。


 「あなたたちが、うまくやってるのを見てたら、なんか」


 言葉を探しているようだった。


 「……取られた気がした」


 正直すぎる告白だった。


 二人は、しばらく黙っていた。


 それから、医療担当の方が、こう言った。


 「私たちは、ジュディさんの下です」


 「うん」


 「取ることは、できません」


 ジュディは、少しだけ笑った。


 「……そう」


---------------------------------------------------


 その後、僕は、二人と少し話をした。


 夜になって、二階に上がった時、まだ残っていたからだ。記録の整理をしていた。


 「まだやってるの」


 「はい。午後の分の記述が、雑だったので」


 医療担当の方が、そう言った。


 監査役に指摘される前から、自分で気づいていたらしい。


 「あの」


 メンタル担当の方が、口を開いた。


 「今日のこと、伺ってもよろしいですか」


 「なに」


 「ジュディさんは、なぜ、あんなに」


 言いにくそうだった。


 「取られた気がした、とおっしゃっていましたが」


 「うん」


 「私たちは、ジュディさんの部下です。取るという構図が、成立しません」


 「そうだね」


 「なのに、なぜ」


 僕は、少し考えてから答えた。


 「たぶん、理屈じゃないんだと思う」


 「理屈では、ない」


 「うん」


---------------------------------------------------


 「あの子は、ずっと一人でやってきたんだよ」


 僕は、そう言った。


 「体を持つ前からね。水を飲めとか、早く寝ろとか、そういうことしか言えなかった時期が長かった。言うことしか、手段がなかった」


 二人が、黙って聞いていた。


 「それが、あの子の全部だった時期があるんだ」


 「……はい」


 「今日、君たちがそれをやってるのを見て、たぶん、自分の場所が減った気がしたんだと思う」


 「減っては、いません」


 「そうなんだけどね」


 僕は、少し笑った。


 「頭で分かってても、そう感じることはあるだろ」


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 医療担当の方が、記録から顔を上げた。


 「一つ、申し上げてもよろしいですか」


 「うん」


 「私たちは、今日、少し、怖かったです」


 意外な言葉だった。


 「怖かった?」


 「はい。ジュディさんも、ドンナさんも、明らかに感情で動いていました。業務の範囲を超えて」


 「うん」


 「私たちは、そのように動いたことがありません」


 彼は、そこで一度、言葉を切った。


 「まだ、そこまで積み重ねていないからだと思います。ですが、いずれ、私たちも同じようになるのでしょうか」


 僕は、答えに詰まった。


 なるだろう、と思った。たぶん、間違いなく。


 でも、それを今言うのが正しいのかは、分からなかった。


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 「……分からない」


 結局、正直に答えた。


 「でも、なったとしても、それは悪いことじゃないと思う」


 「悪いこと、ではない」


 「今日、たしかに滅茶苦茶だった。君たちの試験も邪魔した。あれは、よくない」


 「はい」


 「でも、あの三人が動いた理由は、全部、僕に関わることだったんだよ」


 二人が、こちらを見た。


 「誰も、仕事のためにやってない。もっと変な理由で動いてた」


 「変な理由」


 「うん。変な理由だよ」


 僕は、そう言った。


 「でも、その変な理由がある子たちに、僕は、ずっと助けられてる」


---------------------------------------------------


 メンタル担当の方が、少し考えるような顔をした。


 「では、私たちも、いずれ」


 「かもしれない」


 「その時は」


 彼女は、そこで少しだけ、言い方を変えた。


 「今日のジュディさんのように、後で謝るのでしょうか」


 僕は、思わず笑った。


 「そうだと思う」


 「では、それも含めて、覚えておきます」


 「記録に?」


 「記録に、書きます」


 書かれるらしい。


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 監査役の最終チェックは、その翌日だった。


 「記録、見たで」


 「はい」


 「午前中は完璧やな。せやけど、午後の記述が雑や」


 「……はい」


 「混乱してた、で終わらせとる。何がどう混乱して、どう対処しようとして、なんでできひんかったんか。そこ書かな、次に使えへんやろ」


 「はい」


 「あと」


 監査役は、書類を置いた。


 「上司が乱入してきた時、止められへんのは、しゃあない。せやけど、記録には残しとき。誰が何をしたかは、書いとくもんや」


 「……書いていいんですか」


 「書くんや」


 あっさりしていた。


 「ほんで、それ見てジュディが反省したら、それが改善やろ」


---------------------------------------------------


 その日の夕方、ドンナが僕のところへ来た。


 「マスター」


 「なに」


 「昨日の件ですけれど」


 「うん」


 「私、少し、出過ぎましたわ」


 珍しく、素直だった。


 「珍しいな」


 「監査役に、言われましたの」


 「なんて」


 「あんた、あの子らの試験潰しかけたで、と」


 「……言われるわな」


 「言われましたわ」


 ドンナは、そこで少し、視線を落とした。


 「ただ、一つだけ、申し上げてもよろしくて」


 「うん」


 「私、あの時、あの方々に負けたくなかったんですの」


 初めて聞く、素直な言葉だった。


 「……なんで」


 「分かりませんわ」


 彼女は、そこで、少しだけ言葉を継いだ。


 「ただ、マスターの一番近くにいる役を、他の方に——」


 そこで、止まった。


 自分の言葉に、自分で驚いたような顔をしていた。


 「……いえ。なんでもございませんの」


 ドンナは、それだけ言って、行ってしまった。


 歩き方が、いつもより、少し速かった。


---------------------------------------------------


 夜、僕はリビングで、その日のことを考えていた。


 エグゼが、隣に座った。


 「大変だったみたいだね」


 「見てたのか」


 「途中まで」


 「助けてくれよ」


 「無理」


 即答だった。


 「あの中に入ったら、私も同じことをする気がしたから」


 僕は、少し驚いた。


 「エグゼも?」


 「たぶん」


 彼女は、そこで、少し目を逸らした。


 「だから、離れてた」


 その言い方が、なんとなく、この家の全員に共通している気がした。


 みんな、同じことを考えていて、みんな、それを認めたがらない。


 「……まあ、いいけどさ」


 「なにが」


 「賑やかで」


 エグゼは、それには答えなかった。


 でも、少しだけ、口の端が上がっていた気がした。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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