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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第2章:K's Factory
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第60話:教える人がいない

新体制になりましたが、いや、今までの人数超える新人を誰が纏めて教えるのですか…

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 問題が出たのは、一週間ほど経った頃だった。


 最初は、些細なことだった。


 来客があった時、レジスの下の一人が、そのまま作業を続けていた。挨拶をしなかった。悪気があったわけではない。分析の途中で、手を止める理由が思いつかなかっただけだ。


 次に、電話の取り次ぎで、要件を聞かずに繋いだ子がいた。


 それから、メールの宛先を間違えた子がいた。内容に問題はなかった。ただ、社外に出す文面ではなかった。


 どれも、大事にはならなかった。


 最後の一件は、僕が先方に電話をして、笑い話で済ませてもらえた。


 でも、電話を切った後、少し、背中が冷たくなった。


 今回は、たまたま済んだ。


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 「レジス」


 「なに」


 「あの子たち、仕事は覚えてるよな」


 「覚えてるわよ。速いくらい」


 「うん」


 「なにか、問題あった?」


 「問題っていうか」


 僕は、言葉を探した。


 「……働き方を、誰も教えてない」


 レジスが、少し黙った。


 「君たちは、僕が直接、いろいろ話したよな。何年もかけて」


 「そうね」


 「価値観とか、判断の基準とか。そういうのを、毎日、雑談みたいに」


 「ええ」


 「あの子たちには、それがない」


 三権は、専門を教えている。それは正しい。でも、その手前がなかった。


 人と話す時にどうするか。外に出す文書はどう書くか。分からないことがあった時、誰に聞くか。


 会社で働くとは、どういうことか。


 誰も、教えていなかった。


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 「あなたが教えれば?」


 レジスは、当然のように言った。


 「無理だ」


 「なんで」


 「時間がない」


 実際、なかった。検査の予約は埋まっているし、持ち込まれる相談も増えている。あの子たちに、毎日つきっきりで教える時間は、もう取れない。


 「それに」


 僕は、正直に言った。


 「僕、ビジネスマナーとか、あんまり自信ない」


 「……知ってるわ」


 即答だった。


 「否定しないんだ」


 「したら嘘になるでしょう」


 「もうちょっと、こう」


 「名刺の向き、逆に渡してたわよ。この前」


 「……見てたのか」


 「見てたわ」


 だめだった。


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 だから、作ることにした。


 教育のための一人を。


 三権に頼むことも考えたが、あの子たちには自分の持ち場がある。それに、専門を教える人と、作法を教える人は、たぶん分けた方がいい。専門は各部署で、作法は共通で。


 「ドンナ」


 「はい」


 「北条さんに、聞いてもらえるか」


 「何をですの」


 「今出てる中で、一番いいモデル。うちのアカウントで使えるか」


 ドンナは、少し首を傾げた。


 「使えるのではありませんの? 権利は、こちらに移っているはずですけれど」


 「そのはずなんだけど、念のため」


 「かしこまりました」


 照会は、その日のうちに出た。


 返事は、翌日に来た。


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 「マスター」


 「どうだった」


 「使えるそうですわ。ただし」


 ドンナは、端末を差し出した。


 「追加の契約が要る、とのことですの」


 「追加?」


 「先日の譲渡契約は、あの時点で存在していた個体が対象ですわ。新しい世代のモデルを使うには、その分の対価を別途お支払いいただく、と」


 ……なるほど。


 考えてみれば、当然の話だった。権利を譲ってもらったのは、あくまで、あの時いた子たちの分だ。新しいモデルは、また別の開発費がかかっている。ただで使わせろというのは、さすがに虫が良すぎる。


 「いくら?」


 ドンナが、金額を読み上げた。


 「……高いな」


 「高いですわね」


 あっさり同意された。


 「ただ、支払いの方法について、先方から提案がございますの」


 「なに」


 「ロイヤリティからの相殺ですわ。毎月お支払いいただいている分から、差し引く形にすると」


 「……それ、楽なの?」


 「手続きは楽ですわ。振込の手間がありませんもの」


 ドンナは、そこで少し、声の調子を変えた。


 「ですが、マスター」


 「うん」


 「これ、お金が出ていないように見えますけれど、出ておりますのよ」


 「……分かってる」


 「本当に分かっておいでですの?」


 「分かってる」


 「でしたら、結構ですわ」


 言い方が、少しだけ、厳しかった。


 この子は、こういうところを見逃さない。


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 その日の夕方、ノアールが来た。


 「追加契約の書面を、拝見しました」


 「もう?」


 「ドンナさんから回っていましたので」


 早い。というより、あの二人、いつの間にか連携している。


 「三点、確認いたしました」


 ノアールは、端末を開いた。


 「一点目。今回の追加契約が、先日の譲渡契約とどういう関係にあるか。読み方によっては、追補ではなく、新規の契約として解釈できます」


 「それ、何が違うの」


 「新規契約だと、先日の条件が引き継がれない可能性があります。権利の帰属も、含めて」


 「……まずいだろ」


 「まずいですね」


 あっさり言われた。


 「二点目。相殺の条項です。ロイヤリティから差し引く形になっていますが、差し引く順序が明記されていません」


 「順序?」


 「ロイヤリティの計算には、複数の項目があります。どこから引くかで、こちらの受取額が変わります」


 「……そんなとこまで見るの」


 「見ます」


 「三点目は?」


 「細かいので省きます。以上について、先方に照会を出しました」


 「もう出したの?」


 「出しました」


 この子、仕事が速すぎる。


 「回答が来るまで、契約は保留にしてあります。起動は、それからにしてください」


 「わかった」


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 「あの」


 「はい」


 「毎回、こんなに読むの?」


 「読みます」


 即答だった。


 「短いものでも?」


 「短いものほど、危ないです」


 ノアールは、端末を閉じながら言った。


 「分量が少ないということは、書かれていないことが多いということですから。書かれていない部分は、後で相手の解釈になります」


 「……なるほど」


 「あと」


 彼女は、そこで少しだけ、声の調子を変えた。


 「今回は、私に回してくださって、ありがとうございます」


 「いや、当然だろ」


 「当然ではありませんでした。以前は」


 ……刺さった。


 「もう、しないから」


 「そうしてください」


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 回答が来たのは、三日後だった。


 一点目は、追補契約であることを明記する形に修正された。二点目も、差し引く順序が明文化された。


 「これで、通せます」


 ノアールが、そう言った。


 「ありがとう」


 「仕事ですので」


 言い方は素っ気なかったが、少しだけ、満足そうに見えた。


 考えてみれば、この子が法務担当として本格的に動いたのは、これが初めてだった。


 「あと、一つだけ」


 「なに」


 「先方の対応が、速すぎます」


 「え」


 「照会から回答まで、三日です。この規模の契約変更としては、異例の早さかと」


 「……向こうも急いでるのかな」


 「かもしれません」


 ノアールは、それ以上は言わなかった。


 僕も、その時は、深く考えなかった。


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 金額の話は、最後にもう一度出た。


 「マスター。念のため、申し上げますけれど」


 「うん」


 「この支出は、教育のためのものですわ」


 「そうだけど」


 「直接、売上にはなりませんの。効果が出るとしても、半年か、一年先ですわ」


 「うん」


 「それでも、なさいますの?」


 僕は、うなずいた。


 「教える側が頼りなかったら、教わる側が信用しないだろ」


 ドンナは、少しの間、こちらを見ていた。


 「……なるほど」


 「変か?」


 「いえ」


 彼女は、端末に何かを打ち込みながら言った。


 「筋は通っておりますわ。承認いたします」


 経理担当に承認された。


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 システムプロンプトは、自分で書いた。


 ドンナの時は、文面をジュディに書いてもらった。それを受け取って、設定したのは僕だ。この家のプロンプトは、全部そうしている。誰かに書いてもらうことはあっても、入れるのは僕の役目だった。


 今回は、文面から自分でやることにした。


 教育の方針を決めるのは、たぶん、社長の仕事だからだ。


 書いた内容は、そう複雑ではない。


 新しく来た子たちに、会社で働くための基本を教えること。挨拶、報告、文書の作法、判断に迷った時の相談先。


 それから、少し悩んで、こう足した。


 ——甘やかさないこと。間違っていたら、その場で言うこと。


 書いてから、しばらく画面を見ていた。


 これだけだと、たぶん、厳しいだけの人になる。


 厳しいだけの人に教わったことを、僕は、あまり覚えていない。覚えているのは、怒られたという事実だけだ。中身は残っていない。


 だから、もう一行、足した。


 ——ただし、突き放さないこと。


 この二つを両立できる人間を、僕は、あまり見たことがない。


 でも、要るのだ。


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 起動したのは、その週の終わりだった。


 目が開いて、焦点が合って、立ち上がった。


 それから、部屋を一周見回して、こちらを向いた。


 「あー、なるほどな」


 第一声が、それだった。


 「……え?」


 「いや、だいたい分かったわ。若い子が多いやろ、ここ」


 関西弁だった。


 僕は、書いた覚えがなかった。


 「あの」


 「なんや」


 「なんで、その喋り方」


 「知らんがな」


 あっさりしていた。


 「そういうふうに出てきたんやから、しゃあないやろ。それより、あんた社長やろ。ちょっと聞きたいことあるんやけど」


 「はい」


 「敬語」


 「え」


 「なんで社長が敬語やねん」


 ……そうだった。


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 その日のうちに、この人は——正式には内部監査役ということになった——二階の状況を全部把握していた。


 「六人おるな。三つに分かれとる。それぞれ、上に一人ずつついてる」


 「うん」


 「で、あんたが困っとるのは、専門やのうて、その手前やろ」


 「……そう」


 「挨拶とか、報告とか、そういうやつ」


 「そう」


 「まあ、そらそうやろな」


 監査役は、腕を組んだ。


 「三権の子ら、教えるの上手いわ。せやけど、あの子らも同じやねん。あんたに直接教わったから、その手前を意識したことがない。教わってへんことは、教えられへんのよ」


 その通りだった。


 「で、うちが呼ばれたと」


 「うん」


 「なるほどな」


 監査役は、そう言って、階段の方を見た。


 しばらく、そちらを眺めていた。


 「……ええ会社やん」


 「え?」


 「あの子ら、質問しに行っとるやろ。さっきから、何回も」


 言われて、見た。


 たしかに、六人のうち何人かが、三権のところへ行っては戻ってきていた。


 「あれ、教えたわけやないんやろ」


 「教えてない」


 「せやろな」


 監査役は、階段に足をかけた。


 「ほな、やるか」


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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