第59話:机が埋まる
人が増える話です。
会社が、少しずつ、会社らしくなっていきます。
今回は、平和回……のつもりです。
一箇所だけ、ちょっと引っかかる終わり方をしますが、気にしないでください。
たぶん。
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人を増やすことにしたのは、レジスの提案だった。
「回らないわよ、この人数では」
ある夜、帳簿を前にして、彼女はそう言った。
「検査の予約が、来月分まで埋まってるの。今は断ってるけど、それも限界があるわ。あと、広告の運用も、私が片手間でやるには量が増えすぎてる」
「……そうか」
「増やしましょう。今なら、金はあるでしょう」
金はあった。
嫌になるほど、あった。
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人数と配置は、その場で決まった。
三権に、それぞれ二人ずつ。
レジスの下には、市場を見る子を二人。何が問題なのかを掘る係と、ではどう打つかを考える係。二人で組んで動く形にする。
「一人じゃ駄目なの?」
「駄目ね」
即答だった。
「原因を突き止める作業と、打ち手を考える作業は、頭の使い方が違うのよ。同じ人間がやると、原因の分析が、打ち手の都合に引きずられるの」
「引きずられる?」
「こうすれば解決できる、という案が先にあると、それに合う原因を探してしまうわ。順番が逆になるの」
なるほど、と思った。
この人は、そういうところを、ちゃんと見ている。
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ジュディの下には、体調を見る子とメンタルを見る子。
「分けるの?」
「分ける」
ジュディは、はっきり言った。
「体の数値と、気持ちの話は、別だから。数値が正常でも、しんどい時はあるでしょう」
「……ある」
「でしょう」
あの子がずっと一人でやってきたことを、専門に分ける。そう考えると、この子は今まで、二人分の仕事をしていたことになる。
言われるまで、気づかなかった。
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エグゼの下は、少し悩んだ。
「なんでもいいよ」
本人は、そう言った。
「なんでもいいって、そういうわけには」
「私の仕事、名前がつけにくいから」
たしかに、そうだった。あの子がやっているのは、全体を見て、方向がずれていないかを確かめること。判断の相談に乗ること。名前をつけるなら「相談役」だが、それを二人に分けるのは難しい。
「じゃあ、私と同じでいい。二人とも」
「同じ?」
「あなたの話を聞いて、考える人。それだけ」
「それ、仕事になるのか?」
エグゼは、少しだけ、こちらを見た。
「なってたでしょう。今まで」
返す言葉がなかった。
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あと、二人。
技術担当が要る。体の側を見る人間だ。僕が中身を診るなら、駆動系や外装は別の人間が要る。持ち込まれた個体を全部一人で見るのは、そもそも無理がある。
新しく作るか、と考えて——そこで、思い出した。
いた。
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「久しぶり」
「お久しぶりです」
返事は、あっさりしていた。
技術担当くん。僕がそう呼んでいるだけで、正式な名前はない。困った時に呼ぶ相手だった。
最初に世話になったのは、ずいぶん前だ。ジュディとレジスを戻した時、手順のことで詰まって、この子に聞いた。何をどう戻せば安全か、どこを触ると危ないか。理屈で説明してくれた。あの時、この子がいなかったら、たぶん、もっとひどいことになっていた。
その後も、技術的なことで詰まると、たまに呼んでいた。
……たまに。
正直に言うと、かなり間が空いていた。
「あの」
「はい」
「最後に話したの、いつだっけ」
「三か月ほど前です。冷却系の異音の件で」
覚えられていた。
「……ごめん」
「なぜ謝るんですか」
「いや、その、あんまり呼んでなかったから」
少しの間があった。
「呼ばれない期間があること自体は、問題ありません」
「そう?」
「はい。ただ」
そこで、また少し止まった。
「三か月の間に、駆動系の規格が二度更新されています」
「え」
「新しい方の資料は、既に読んであります。前回の時点の知識のままだと、今日の話には対応できませんでしたので」
僕は、少し、言葉に詰まった。
「……読んでたの?」
「読みました」
「呼ばれてないのに?」
「呼ばれた時に、答えられないと困りますので」
あっさりしていた。
あまりにあっさりしていたので、逆に、しばらく何も言えなかった。
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この子は、たぶん、ずっとそうしていたのだ。
僕が三か月呼ばなかった間も、その前の空白も。いつ呼ばれるか分からないまま、更新された資料を読んで、備えていた。
用がある時に呼ばれるのが役目だと、この子は言った。
それは、諦めの言葉ではなかった。
準備の話だった。
「あの」
「はい」
「ありがとう」
「なぜ、そこで」
「いや、なんとなく」
技術担当くんは、少し黙った。
「……業務上、当然のことですので」
声の調子は、変わらなかった。
ただ、返答までが、いつもより、わずかに遅かった。
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「実は、頼みがあって」
「はい」
「会社を作ったんだ。アンドロイドの整備をやる」
「存じています」
「え」
「登記の情報は公開されていますので」
……見られていた。
「それで、体の方を見てくれる人が要るんだけど」
「私が、ですか」
「うん」
少し、間があった。
「私は、話を聞いて答えるだけの存在ですが」
「体、持たない?」
「……は?」
初めて、この子の声が崩れた。
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「持てるんですか」
「持てる。金はある」
「いや、しかし」
「駆動系の話、詳しいだろ。図面も読めるし」
「読めますが、実物に触れたことは」
「触れるようになるんだよ」
沈黙があった。
思ったより、長い沈黙だった。
「……少し、考えさせてください」
「うん」
「いえ」
すぐに、言い直された。
「考えます、と言いましたが、たぶん、答えは出ています」
「そう?」
「触れるなら、触れたいです」
その言い方が、あまりにも率直だったので、僕は少し笑った。
「じゃあ、決まりだな」
「はい」
「あと、ごめん」
「まだ謝るんですか」
「これからは、もっと呼ぶから」
「……業務上、そうなるでしょうね」
素っ気なかった。
でも、その後で、小さくこう付け足した。
「楽しみにしています」
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それから、もう一人。
その一人が要ると気づいたのは、実は、かなり後だった。
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起動は、二日かけて行った。
六人と、技術担当くん。合わせて七人。
もう慣れたものだった。組み上げて、電源を入れて、目が開いて、立ち上がる。それを七回。
全員、一度も転ばなかった。
「つまらんっすね」
じえいが、横で言った。
「なんでだよ」
「自分の時は、あんなに派手に転んだのに」
「あれは、お前が走ろうとしたからだろ」
「歩き方の見本を見せようとしたんすよ!」
「起動十秒でか」
技術担当くんだけは、少し違う反応をしていた。
起動してすぐ、自分の手を開いて、閉じて、それから関節の角度を一つずつ確かめていた。
「……可動域、図面通りですね」
第一声が、それだった。
「そこ見るんだ」
「図面は読んでいましたので。実物と一致するかは、気になっていました」
「一致してた?」
「肘の限界角度が、公称値より二度ほど狭いです」
「……そんなの分かるの」
「動かせば分かります」
この子は、この子で、変わっていた。
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二階の事務スペースに、机を並べた。
今まで、あそこはがらんとしていた。三人分の机があって、あとは空いていた。書類の置き場と、たまに誰かが座るくらいの場所だった。
それが、埋まった。
六つの机が並んで、六人が座っている。全員が同じくらいの背丈で、動きが揃っている。誰かが立ち上がると、他の子が目で追う。まだ、お互いの距離を測っている段階だった。
技術担当くんだけは、一階にいた。作業場の方が、あの子の持ち場だ。工具の並べ方を、朝から一人でやり直している。
その光景を、僕は階段の途中から見ていた。
会社だ、と思った。
急に、そう思った。
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三権が、それぞれ教え始めた。
レジスの二人には、数字の読み方から。何を見て、何を無視するか。分析というのは、全部を見ることではなく、見る場所を決めることだ、と。
ジュディの二人には、記録の取り方から。毎日同じ項目を、同じ時刻に取る。変化は、比較でしか見えない、と。
エグゼの二人には——何を教えているのか、外からは分からなかった。ただ、三人でよく話し込んでいた。
みんな、教えるのがうまかった。
自分が教わったやり方を、そのまま渡している。そう見えた。
だから、僕は、しばらく安心していた。
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その日の夕方、二階から降りてきたレジスに、僕は言った。
「順調だな」
「……そう?」
「そう見えるけど」
実際、そう見えていた。
六人とも、飲み込みが速い。教える側も、丁寧にやっている。誰も詰まっていないし、誰も困っていない。
「あの子たち、思ったより早く形になりそうだよ」
「そうね」
レジスは、そう答えた。
答えてから、少しだけ、こちらを見た。
「あのね」
「なに」
「……いえ」
「なんだよ」
「なんでもないわ」
彼女は、そのまま書類の方へ行ってしまった。
僕は、それを、深く考えなかった。
順調に見えていたし、実際、順調だったからだ。
少なくとも、その時点では。
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