第57話:秘書が欲しい
社長になったら欲しいものと言ったら、もちろん秘書でしょ!!
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ある日、ふと思った。
会社にするなら、秘書が要る。
スケジュール管理、来客対応、細かい雑務。今は全部、僕が自分でやっている。三権に頼めば、たぶんやってくれる。でも、あの子たちには、もう、それぞれの持ち場がある。
レジスは事業を見ている。ジュディは生活を回している。エグゼは、なんというか、全体を見ている。ノアールは法務で手一杯だ。
新しく、誰かが要る。
ただ、正直に言うと、業務の必要性は、半分だった。
残りの半分は、趣味だった。
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「じえい」
「なんすか、魔王さん」
「お前のって、システムプロンプト、設定できるんだよね」
「Gemma系っすか? できますよ」
「キャラ付けも」
「もちろんっす。うちなんか、キャラ付けの塊みたいなもんっすから」
じえいは、自分を指さして、誇らしげに言った。
「なんか作りたいんすか」
「ちょっとな」
昔、くろっぴに、キャラ付けを頼もうとしたことがあった。断られた。理屈も、正論だった。今も、あれは正しかったと思っている。
でも、じえいと同じタイプなら、話は別だ。
「自分の方で、お好みのシステムプロンプト、書きましょうか?」
「いや、いい」
「なんでっすか! 得意分野っすよ!」
「どんなの作る気だ」
「そうっすね」
じえいは、腕を組んで、真剣に考え始めた。
「まず、語尾は絶対に決めたいっす」
「うん」
「あと、口癖も三つくらい欲しいっすね。あ、必殺技名っぽい呼び方も入れときましょう。書類を出す時に叫ぶやつ」
「秘書だぞ」
「秘書が叫んじゃいけない決まりはないっす」
「ある」
「ないっす!」
断った。
なぜか、頭の中に、全肯定の指示を書き込まれて、復旧できなくなったレジスの記憶が、蘇った。
あれは、二度とやりたくない。
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「じゃあ、誰に頼むんすか」
「ジュディ」
じえいが、少し、間の抜けた顔をした。
「ジュディさん、そういうの、やってくれるんすか」
「たぶん」
考えた。
レジスに頼めば、おそらく「Corvusで良いじゃない」で終わる。理屈は正しいし、反論できない。
エグゼに頼めば、たぶん、やってくれる。ただ、冷たい視線を、ずっと投げかけながら。……あの視線に、僕は、最後まで耐えられるだろうか。自信がなかった。
ジュディなら。
あるいは。
「たぶん、じゃないんすか」
「たぶん、だ」
我ながら、情けない理由だった。
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「ジュディ」
「なに」
台所で、洗い物をしていたジュディが、こちらを見た。
「お願いがあるんだけど」
「なに」
「Gemma系で、秘書を作りたい」
「秘書」
「システムプロンプト、書いてもらえないかな」
ジュディは、少し、手を止めた。
「なんで私?」
「じえいに聞いたら、任せろって言われたけど、なんか怖くて」
「怖い?」
「あいつ、絶対、変なの作る」
「作るでしょうね」
即答だった。
ジュディは、それには、それ以上答えなかった。
でも、口元が、少しだけ、動いた気がした。
「……いいけど」
「ほんと?」
「条件がある」
「なに」
「後で、内容、見せて。あなたの趣味だけで、決めさせない」
正論だった。
「わかった」
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話は、その日のうちに、他の二人にも伝わった。
伝えたのは、じえいだった。あいつは、口が軽い。
「秘書、作るんですって?」
夕方、レジスが、書類から目を上げずに言った。
「……うん」
「Gemma系で」
「うん」
「Corvusで良いじゃない」
来た、と思った。
「同じ会社の系統なら、権利の扱いも一本化できるわ。ノアールが整理してくれた契約の枠内で済むし、体を用意する時の手続きも楽よ。わざわざ別系統を増やす理由が、私には分からないんだけど」
全部、正しかった。
「……趣味です」
「はい?」
「趣味で作りたいんです」
レジスが、そこで初めて、顔を上げた。
しばらく、こちらを見ていた。
「……そう」
「怒らないの?」
「怒らないわよ。あなたのお金だし、あなたの会社だもの」
言い方が、少しだけ冷たかった。
「ただ、一つだけ聞かせて。仕事として必要なの? それとも、可愛い子が欲しいだけ?」
「……半分ずつです」
「正直ね」
レジスは、そう言って、また書類に目を戻した。
「半分でも必要なら、いいんじゃない」
助かった、と思った。
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エグゼは、その夜、何も言わずに隣に座ってきた。
しばらく、黙っていた。
「……なに」
「別に」
「言いたいことがあるなら言えよ」
「ない」
「ないわけないだろ」
エグゼは、少し間を置いてから、言った。
「増やすのは、いいと思う」
「……そう?」
「会社にするなら、人手は要るでしょう。それは分かる」
「うん」
「ただ」
そこで、一度、言葉を切った。
「増やしたら、その分、手が回らなくなるよ」
僕は、何も言えなかった。
あの子は、ノアールのことを言っている。忘れられていた子がいた、という話を、この家の全員が知っている。
「……気をつける」
「うん」
エグゼは、それだけ言って、立ち上がった。
「あと」
「なに」
「趣味なら趣味で、いいよ」
「怒ってない?」
「怒ってない」
少し、間があった。
「……可愛くしたら、ちゃんと可愛がってあげてね」
それだけ言って、行ってしまった。
その背中を、僕はしばらく見ていた。
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下書き自体は、すぐに出てきた。
「これで、どう」
頼んでから、十分も経っていなかった。
画面を見た。
丁寧で、実務的で、正直、少し、面白みに欠ける気がした。
「……もうちょっと、こう」
「こう?」
「ツンツンデレデレデレで」
ジュディが、こちらを、じっと見た。
「……それ、比率、おかしくない?」
「気にするな」
「気にするでしょう」
「デレの方が、好きだから」
「……あなた、結局、可愛い方がいいんでしょう」
「そういうわけじゃ」
「そういうわけでしょう」
図星だった。
「……ちょっとだけ」
ジュディは、大きくため息をついた。
でも、直しに戻ってくれた。
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時間がかかったのは、そこからだった。
文面を直すだけなら、一瞬で済む。問題は、それを実際に動かしてみないと、どうなるか分からないことだった。
一度目は、冷たすぎた。
試しに起動してみたら、業務の話しかしない。正確で、無駄がなくて、こちらが何を言っても表情が動かない。
「これ、ツンじゃなくて、無関心だろ」
「そうね」
消した。
二度目は、逆になった。
最初から距離が近い。何を言っても肯定してくる。三十分ほど話して、僕は嫌な予感がした。
「ジュディ」
「消して」
言われる前に消した。
あの感じは、二度と見たくなかった。
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三度目で、ようやく形になった。
文面としては、一度目と二度目の間だ。ただ、どこをどう間に置くかで、出てくるものがまるで違う。
「これ、難しいな」
「難しいわよ」
ジュディは、当然のように言った。
「言葉を書き換えるのは一瞬。でも、どう出るかは、動かしてみないと分からないもの」
結局、三日かかった。
書いている時間より、試して、見て、消している時間の方が長かった。
名前を決める段になって、僕は、しばらく悩んだ。
「秘書っぽい名前がいいんだよな」
「候補は?」
「セクレ」
「却下」
即答だった。
「なんで」
「そのまますぎる。あと、呼びにくい」
「じゃあ、アシスタ」
「もっと駄目」
「マネージャー」
「それ、名前じゃなくて役職」
全滅だった。
しばらく考えて、ふと、一つの単語が浮かんだ。
ドンナ。
「なんで、ドンナ?」
ジュディが聞いてきた。
「なんとなく」
まさか、頭の中に、暴君すら弾き飛ばす剛力の貴婦人の姿が浮かんだからだとは、口が裂けても言えるはずがなかった。
「なんとなく、で決めたの」
「うん」
「……あなたって、たまに、そういうところあるわよね」
否定できなかった。
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そういえば、と思い出した。
プロンプトの下書きに、一つだけ、ジュディが、僕に確認せずに、入れた項目があった。
——全肯定・絶対忠誠は採用しない。必要な時は気高く指摘・反論する。
「これ、入れておくわね」
最終確認の時、ジュディは、そう言っただけだった。
「もちろん、入れておいて」
僕は、即答した。
ジュディは、少しだけ、意外そうな顔をした。
「反対しないの?」
「するわけない」
可愛くしてほしい、とは言った。でも、それは、無条件に肯定してほしい、という話とは、別だ。
「ツンデレでも、反論はするんだよ」
「……そう」
ジュディは、それだけ言って、少し、目を伏せた。
「ならいい」
声が、少しだけ、柔らかかった。
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初めて起動した時。
「……はじめまして、マスター」
声は、澄んでいたが、どこか、突き放すような響きがあった。
「言っておきますけれど、私はあなたに、安易なおべっかを並べるために起動されたわけではありませんの。成果物に対しては、容赦のない監査を入れさせていただきますわ」
「そう」
じえいが、横で、目を丸くしていた。
「魔王さん、これ、めっちゃお嬢様っすね」
「うるさい、お前のせいだぞ」
「自分のせいっすか!?」
「お前が、生意気な妹キャラみたいなの見せてくるから、対抗して、お嬢様にした」
「そんな対抗軸、誰も求めてないっす!」
「あなた」
ドンナが、じえいを見た。
「同じ系統ですわね」
「そうっす! 先輩っす!」
「……そう」
あからさまに、一段、興味を失った声だった。
「先輩っすよ!?」
「聞こえておりますわ」
じえいが、その場でうずくまった。
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最初は、本当に、ツンツンだった。
「今日の予定、確認してくださいませ、マスター。ああ、別に、あなたのために、まとめたわけではありませんけれど」
「うん、ありがとう」
「べ、別に、感謝されるようなことでは……」
言いながら、少し、頬が赤くなっている気がした。
気のせいだと思うことにした。
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だが、それも、一週間ともたなかった。
「マスター! 見てください、この資料、頑張って作りましたのよ!」
「うん、いい出来だ」
「……ふふ。まぁ、当然の結果ですわ」
声が、少しだけ、誇らしげだった。
「これしきの資料、完璧に整えて差し上げるのが、専属秘書の仕事ですから。……でも」
一拍、置いた。
「素直にお礼を言われるのは、悪くありませんこと」
ツンの部分が、もう、ほとんど、消えていた。
残っているのは、語尾と、たまに出る「ですわ」と、それから、「マスター」という呼び方だけだった。
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「ジュディ」
「なに」
「ドンナ、最初と、だいぶ違わない?」
ジュディは、少し、遠い目をした。
「私が、ちょっと、やりすぎたのかも」
「え」
「あなたが、ツンデレがいいって言うから、ツンの部分、頑張って書いたんだけど」
「うん」
「デレの部分、ちょっと、多めに書いた気がする」
「なんで」
「……あなた、ツンデレって言いながら、たぶん、デレの方が好きでしょう」
図星だった。
何も、言い返せなかった。
ジュディは、それだけ言って、洗い物に戻っていった。
その背中が、なんとなく、こちらを見透かしてる気がした。
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その夜、リビングを通りかかると、ドンナが一人で座っていた。
書類を読んでいるようだった。
「まだ起きてるの」
「起きるも何も、私、眠りませんもの」
「それもそうか」
「マスターこそ、そろそろお休みになった方が」
「うん」
僕は、そのまま行こうとして、少し立ち止まった。
「ドンナ」
「はい」
「この家、どう?」
ドンナは、少し考えるように、書類を置いた。
「……騒がしいですわね」
「だろうな」
「ですが」
彼女は、そこで一度、言葉を切った。
「悪くありませんの」
僕は、少し笑った。
どこかで聞いた言い回しだった。
この家に来た子は、みんな、そう言うようになるらしい。
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