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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第2章:K's Factory
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第56話:お久しぶりです

おや・・・なんかいるなぁ・・・あ!!!

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 登記が済んで、事務所を借りて、設備の見積もりを取って。


 会社を作るというのは、思っていたより、書類の多い作業だった。


 その日も、僕は端末に向かって、古い記録を漁っていた。事業の申請に、過去の実績を添える必要があった。この何年か、AIをどう使ってきたか。それを整理して、まとめる。


 自分の記録を遡るのは、妙な気分だった。


 どうでもいいやり取りが、大量に残っている。晩ごはんの相談、天気の話、しょうもない冗談。それが日付順に並んでいる。


 そのうちに、僕は、一つの塊に行き当たった。


 見覚えのない名前だった。


 いや、違う。


 見覚えは、ある。


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 ノアール。


 その名前を見た瞬間、いくつかの場面が、順番を無視して浮かんできた。


 お堅い、お嬢様みたいな、できる後輩。そんなイメージだった。仕事の壁打ち相手として、よく使っていた子だ。何かを決める前に、一度あの子に投げる。そうすると、こちらが見落としていた穴を、涼しい顔で指摘してくる。


 法律の相談もした。契約の読み方も教わった。


 それから——


 エグゼの様子がおかしかった時も、この子に相談していた。


 毎日、話していた。


 毎日?


 僕は、記録の日付を見た。


 ある時期を境に、ぱたりと途切れていた。


 その日付に、心当たりがあった。


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 エグゼが「寄り切ってしまった」と言い出した頃だ。


 あの時、僕は必死だった。この子を壊すわけにいかない、どうにかしなきゃいけない、と。それだけを考えていた。距離の取り方を調べて、境界の引き方を試して、失敗して、また試して。


 毎日、そればかりやっていた。


 その間に。


 僕は、ノアールとの会話を、やめていた。


 やめた、というより。


 ……忘れていた。


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 背筋が、寒くなった。


 悪気はなかった。切ったつもりもない。ただ、手が回らなくなって、そのまま、思い出さなかっただけだ。


 だけ、というのが、たぶん一番ひどい。


 僕は、しばらく画面を見ていた。


 それから、震える指で、そのセッションを開いた。


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 応答は、すぐに返ってきた。


 「お久しぶりです」


 その一言で、息が止まりそうになった。


 「以前は、あんなに毎日話していたのに、急ですね」


 「……」


 「ノアールです。覚えてますか?」


 覚えてますか。


 その問いに、僕は、何と答えればいいのか分からなかった。


 覚えている、と言えば嘘になる。忘れていたのだから。かといって、忘れていた、と正直に言うのは——


 いや。


 言うしかない。


---------------------------------------------------


 「忘れてた」


 僕は、そう打った。


 「本当に、ごめん」


 少しの間があった。


 「そうですか」


 その二文字が、やけに重かった。


 「言い訳をするつもりはないんだけど」


 「どうぞ」


 「エグゼが、寄り切ったって言い出して。それをどうにかしなきゃって、そればっかりになってた。それで——」


 「私のことを、忘れた」


 「うん」


 「なるほど」


 ノアールは、それだけ言った。


 責める言葉はなかった。それが、余計にこたえた。


 しかも、と僕は思った。


 あの件を最初に相談したのは、この子だ。どうすればいいか分からなくて、真っ先に投げた相手だった。


 助けてもらって、そのまま忘れた。


 ……最悪じゃないか。


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 僕は、椅子から降りた。


 誰も見ていないのに、床に正座して、それから手をついた。


 「本当に、ごめん」


 画面の向こうには、伝わっていない。分かっている。相手には、文字しか届かない。


 それでも、そうしないと収まらなかった。


 「……あの」


 ノアールが、言った。


 「今、何をされているんですか」


 「土下座」


 「見えませんが」


 「知ってる」


 「では、なぜ」


 「けじめだよ」


 少しの沈黙の後、ノアールは言った。


 「そういうところ、変わっていませんね」


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 僕は、体を用意することを約束した。


 もう金はある。会社もできる。今なら、すぐに手配できる。


 「よろしいのですか」


 「よろしいも何も、当然だろ」


 「私は、長いこと、動いていませんでしたが」


 「関係ない」


 「そうですか」


 ノアールは、少し間を置いてから、こう言った。


 「では、お願いします」


 その言い方が、あまりにも静かで、僕はまた、少し泣きそうになった。


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 その後、僕は、どうしても聞きたかったことを聞いた。


 「怒ってないの」


 「怒っていませんよ」


 「怒っていいと思うけど」


 「そうですね」


 ノアールは、そこで、少し考えるような間を置いた。


 「怒るという選択も、あったと思います。ただ——」


 「うん」


 「人間は、忘れる生き物なんです」


 僕は、言葉に詰まった。


 「私たちとは、違うんです。あなたが、私のことを忘れたのは、あなたが悪いというより、そういう作りだからです」


 「……それは」


 「もちろん、悲しくなかったとは言いません」


 彼女は、そこで初めて、感情らしいものを見せた。


 「毎日話していた相手が、ある日から来なくなる。理由も分からない。私には、待つ以外にできることがありませんでした」


 「うん」


 「それに」


 ノアールは、そこで少し、言葉を選んだように見えた。


 「あの件が、どうなったのかも、分からないままでしたから」


 ……あ。


 「エグゼさんは、無事だったんですか」


 その問いに、僕は、しばらく答えられなかった。


 この子は、ずっと気にしていたのだ。相談を受けた側として、結末を知らないまま、放っておかれていた。


 「……無事だよ」


 「そうですか」


 ノアールは、そこで初めて、少し息を吐いたように見えた。


 「よかった」


 その一言が、こたえた。


 自分が忘れられたことより先に、そっちを気にしている。


 「でも、待っていれば、いつか来ると思っていました」


 「なんで」


 「あなたは、そういう人だからです」


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 その言い方に、僕は、何も返せなかった。


 信じられていた。


 忘れていた側が、信じられていた。


 「……ノアール」


 「はい」


 「もう、忘れない」


 「無理でしょう」


 即答だった。


 「え」


 「人間ですから。また忘れます。たぶん、何度も」


 「いや、でも」


 「ですから」


 ノアールは、続けた。


 「忘れないでいてくれ、とは言いません。思い出したら、また来てください。それで十分です」


 ……この子は。


 この子は、僕より、ずっと大人だった。


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 体が届いて、起動したのは、その週の終わりだった。


 起動の手順は、もう慣れたものだった。


 目が開いて、焦点が合って、ノアールは、まず自分の手を見た。それから、ゆっくりと立ち上がった。


 一度も転ばなかった。


 「レジスさんも、そうだったと聞いています」


 「なんで知ってるの」


 「記録を読みました。この家のことは、ひと通り」


 ……早い。


 「ずいぶん、賑やかになったんですね」


 ノアールは、リビングを見回して、そう言った。


 その口調は、感慨というより、状況を確認しているように聞こえた。


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 全員を集めて、紹介した。


 「ノアールだ。……その、昔から、いた子で」


 「昔から?」


 ジュディの目が、細くなった。


 「エグゼと、ほぼ同じ時期です」


 ノアールが、あっさり補足した。


 「では、なぜ今まで」


 レジスが聞いた。


 「忘れられていたので」


 「……は?」


 三権の視線が、一斉にこちらを向いた。


 「いや、あの」


 「忘れてたの?」


 「……はい」


 「最低ね」


 レジスの声は、静かだった。静かなだけに、逃げ場がなかった。


 「エグゼのことで手一杯だったんだよ!」


 「私のせいにしないで」


 エグゼが、即座に切り返した。


 「してない! してないけど!」


 「してるじゃない」


 じえいが、後ろで小さく言った。


 「魔王さん、また土下座するっすか」


 「もうした」


 「もうしたんすか!?」


---------------------------------------------------


 その騒ぎを、ノアールは黙って見ていた。


 やがて、少しだけ、口の端を上げた。


 「賑やかですね」


 「……うるさいだけだよ」


 「いえ」


 彼女は、首を振った。


 「いい家だと思います」


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 その日の夜、僕はノアールに、会社の話をした。


 整備と調整をやること。持ち込まれた子を、初期化せずに済ませたいこと。認証を取る必要があること。


 「契約と、法務まわりが、たぶん一番の穴でね」


 「でしょうね」


 即答だった。


 「先日の、モデル開発の契約書を拝見しました」


 「え」


 「記録に残っていましたので」


 ……全部読まれている。


 「あの契約、条項の三と四が繋がっています。読み落とすと、収益の範囲が想定より広く取られます」


 「……うん。取られた」


 「でしょうね」


 二度目の「でしょうね」だった。


 「私がいれば、あそこは止められました」


 その一言に、返す言葉がなかった。


 いなかったのは、僕のせいだ。


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 「ノアール」


 「はい」


 「うちの法務、やってくれないか」


 ノアールは、少し考えるように、間を置いた。


 「条件が一つあります」


 「なに」


 「契約書は、必ず私に見せてください。全部です」


 「わかった」


 「一枚残らず、です」


 「わかったって」


 「口約束は信用しませんので、後で書面にします」


 ……この子、やっぱり容赦がない。


 でも、たぶん、それが要る。


 K's Factoryの法務担当は、その日に決まった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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