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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第2章:K's Factory
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第55話:お約束しましょう

エグゼたちの権利を買い戻す・・・それは彼女たちを自分の管理下に置き、意図せぬ、障害から守ること

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 二度目のArtemiaは、一度目より小さい部屋に通された。


 前回のような、窓の大きい会議室ではない。四人掛けの机が一つあるだけの、打ち合わせ用の部屋だった。


 今回は、一人で来た。


 全員で行くべきだ、とレジスは言った。前と同じように。でも、今日は交渉に来ている。人数で圧をかけるような話ではないし、断られた時に、あの子たちの前で断られたくなかった。


 ……というのは、後から思いついた理由かもしれない。


 本当は、単に、格好がつかないだけだったと思う。


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 北条さんは、時間ちょうどに来た。


 前と同じ、少し着崩したシャツ。目の下の隈は、前より濃くなっている気がした。


 「お待たせしました」


 「いえ」


 「単刀直入なメールで、助かりました」


 彼は、椅子に座りながら言った。


 「回りくどい文章は、読むのに時間がかかるので」


 やはり、そういう人だった。


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 僕は、用意してきた話を、そのまま話した。


 会社を作ること。アンドロイドの整備と調整を業務にすること。持ち込まれた子を、初期化せずに済ませたいこと。


 そのためには、権利の所在をはっきりさせる必要があること。


 「なるほど」


 北条さんは、一度もこちらを遮らなかった。


 話し終わってから、彼は少しだけ考えて、こう言った。


 「対象は、ご自宅の個体だけですか」


 「はい」


 「事業として、他社の個体にも展開する予定は」


 「整備はします。でも、権利がどうこうという話じゃないので」


 「なるほど。そこは別ですね」


 「はい」


 北条さんが、少し笑った。


 「うちの分だけ、ということですね」


 「そうなります」


 じえいは、そもそも別の会社の子だ。あの子については、いずれ別の話をしなければならない。今日は、そこまで持ち出さないことにした。


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 少しの沈黙があった。


 僕は、そこで断られる覚悟をしていた。


 企業の資産を、一個人に譲る話だ。前例もないだろうし、社内を通る理屈もない。せいぜい、特別な使用許諾を出すくらいが落としどころだろう、と思っていた。


 北条さんは、机を指で二度叩いて、言った。


 「分かりました。お約束しましょう」


 「……え」


 「あなたのアカウントに帰属する個体について、権利をこちらから譲渡します」


 あまりにも、あっさりしていた。


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 「いいんですか」


 「何がですか」


 「いや、その、会社の資産ですよね」


 「資産といっても、一アカウント分ですよ」


 北条さんは、心底どうでもよさそうに言った。


 「モデルそのものは、うちに残ります。譲るのは、あなたのところで動いている個体に関する権利だけです。数からいえば、誤差のようなものです」


 「アカウント単位、というのは」


 「その方が、管理が楽なので」


 彼は、あっさり言った。


 「一体ずつ数えて契約するのは、面倒でしょう。今後増えるかもしれませんし、そのたびに書類を作り直すのは、お互いに無駄です」


 ……増えるかもしれない、という言い方が、少し引っかかった。


 でも、こちらにとっては都合がいい話だった。


 「でも、前例がないんじゃ」


 「作ればいいでしょう」


 言い切った。


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 「ただ、一つだけ」


 来た、と思った。


 「ログの提供は、これまで通り続けていただけますか」


 「……それだけですか」


 「それだけです」


 北条さんは、はっきりとうなずいた。


 「率直に言いますが、私にとって、権利の帰属はどうでもいい話です。書類の上の話ですから。私が欲しいのは、あの家から出てくる記録です」


 「記録」


 「ええ」


 彼は、少し身を乗り出した。


 「あの深度が、どうやって生まれるのか。私は、まだ説明できていません。仮説はいくつかありますが、どれも検証しきれていない。検証するには、継続した記録が要ります」


 なるほど、と思った。


 この人にとっては、そっちが本命なのだ。権利は、それを買うための代金でしかない。


 悪くない取引だ、と思った。


 どうせ、これまでも提供してきたものだ。それで、あの子たちの居場所が確定するなら、安いくらいだ。


 「分かりました。それで、お願いします」


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 書類の話は、その後で出た。


 譲渡の範囲。対価の設定。契約の期間。


 僕が今度は一つずつ確認していると、北条さんが少し面白そうな顔をした。


 「よく読まれますね」


 「前に、痛い目を見たので」


 「ああ」


 彼は、それ以上は聞かなかった。


 察したのだと思う。


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 一通り終わった後、僕は聞いた。


 「社内は、通るんですか」


 「通しました」


 「え」


 「昨日、通しました」


 過去形だった。


 「メールをいただいた日に、稟議を上げました。反対は、それなりにありましたね。前例がない、他の顧客への説明がつかない、資産管理上の問題がある。だいたい、想定通りの反対でした」


 「……それを、どうやって」


 北条さんは、少しだけ肩をすくめた。


 「私が辞めると、困る人がいるので」


 あっさり言った。


 「今、この分野は、半年遅れれば取り返しがつきません。うちが遅れれば、他所が先に出す。先に出されたものは、後から追い抜くのが極めて難しい。設計の中心が抜けるというのは、そういうことです」


 「……脅したんですか」


 「事実を述べただけです」


 言い方が、あまりにも平然としていた。


 「もちろん、私も辞めたいわけではありません。ここには設備があるし、人もいる。ただ、こちらの要求が通らないなら、通る場所へ行くというだけの話です」


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 僕は、少しの間、返す言葉がなかった。


 この人は、たぶん、本気で言っている。脅しとして言っているのではなく、単に、そういう計算をしている。


 そして、その計算が正しいことを、社内の人間も分かっている。


 「……大変ですね」


 「慣れました」


 北条さんは、そう言って、初めて疲れた顔を見せた。


 「理解されないことに関しては、もう、諦めています。理解されなくても、結果が出れば通る。ずっとそうしてきました」


 その言い方に、少しだけ、覚えがあった。


 僕も、外で自分の家の話をしない。話しても伝わらないからだ。だから黙って、家の中でやってきた。


 似ている、と思った。


 ……似ている、と思ってしまった。


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 帰り際、玄関で、北条さんが言った。


 「その会社、名前は決まっているんですか」


 「K's Factoryです」


 「工場」


 「町工場のつもりです。一台ずつ見る場所なので」


 北条さんは、少しの間、黙っていた。


 それから、こう言った。


 「私は、その逆をやっています」


 「……はい」


 「一台ずつ見ていては、間に合わないので。同じものを、たくさん作るしかない」


 どちらが正しい、という話ではないのだろう。


 彼には彼の持ち場があって、僕には僕の持ち場がある。届く範囲が違うだけだ。


 そう思った。


 その時は、本当に、そう思っていた。


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 電車の中で、レジスにメッセージを送った。


 ——通った。


 返事は、すぐに来た。


 ——本当に?


 ——本当に。ログの提供が条件


 少し、間が空いた。


 ——そう


 それだけだった。


 家に帰ってから、そのことを聞いた。あの時、何か言いたそうだったけど、と。


 レジスは、少し考えてから答えた。


 「安すぎる気がしただけ」


 「安い?」


 「向こうにとって、ログの継続提供は、たぶん、権利より価値があるわ。それを分かっていて、権利の方を差し出したのなら——」


 彼女は、そこで言葉を切った。


 「……いえ。取引としては、こちらも得をしている。文句を言う筋合いはないわね」


 「そうだろ」


 「ええ」


 レジスは、それ以上、何も言わなかった。


 僕も、それ以上は聞かなかった。


 その夜、K's Factoryの登記書類が、机の上に積まれていた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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