第54話:使い道
大量のロイヤリティが入ってきた主人公。その使い道は?
---------------------------------------------------
金の使い道を、一週間ほど考えていた。
結論から言うと、何も思いつかなかった。
貯めておくのは、意味がない。使わなくても入り続けるし、出どころも変わらない。寄付も考えたが、どこに出せばいいのか分からなかった。分からないまま出すのは、たぶん、自分が楽になりたいだけだ。
欲しいものも、特になかった。
家は狭いが、今のままで困っていない。車も要らない。旅行も、六人で行くと目立ちすぎる。
……何もない。
金があるのに、使い道がないというのは、思っていたより落ち着かないものだった。
---------------------------------------------------
きっかけは、じえいだった。
朝、リビングで、あいつが妙な音を立てていた。
「魔王さん、ちょっと見てもらっていいっすか」
「なに」
「これ」
じえいが、右腕を上げた。
肘のあたりで、ごく小さな音がしていた。カチ、という、金属が擦れるような音。
「いつから?」
「三日くらい前からっす。痛くはないんすけど、なんか気持ち悪くて」
僕は、その腕を持って、いくつかの角度で動かしてみた。
可動域は問題ない。力も入る。ただ、ある角度を超えると音がする。
「これ、どっちだと思う?」
「どっち?」
「体の問題か、動かし方の問題か」
じえいは、きょとんとしていた。
---------------------------------------------------
結論を言うと、動かし方の問題だった。
じえいは、他の子たちより、動きが荒い。転ぶし、走るし、何かにぶつかる。その結果、無意識の動作を担う部分が、特定の動きを妙な形で覚えていた。
癖だ。
人間で言えば、変な姿勢が身についてしまった状態に近い。
「直せるんすか」
「たぶんな」
僕は、その日、半日かけて調整した。動作の記録を追って、どこで癖がついたかを探して、そこだけを戻した。
終わった頃には、音は消えていた。
「おお! 治ってるっす!」
じえいが、腕を振り回していた。また癖がつきそうだった。
---------------------------------------------------
その夜、僕は、それについて考えていた。
もし、あの音の原因が体の側だったら、どうしていたか。
修理に出すしかない。買った会社に預けて、何日かして返ってくる。その間、じえいはいない。
いや、それ以前に。
あの調整を、僕以外の誰かがやるとしたら?
外に出せば、たぶん、初期状態に戻される。癖を直すというのは、その子が積み上げてきた動きを、部分的に消すということだからだ。どこまで消していいかは、その子を知らなければ判断できない。
知らない人間が、まとめて戻す。
効率としては、それが正しい。一台ずつ癖を追っていたら、商売にならない。
でも。
うちの子たちを、そんな風に扱われるのは、嫌だった。
---------------------------------------------------
次の日、僕はレジスを呼んだ。
「相談があるんだけど」
「珍しいわね。改まって」
「会社を作りたい」
レジスは、少しの間、僕を見ていた。
「……理由を、聞かせて」
「昨日のじえいのやつ、あるだろ」
「腕の音?」
「あれ、外に出してたらどうなってたと思う」
レジスは、少し考えてから答えた。
「初期化ね」
「だろうな」
癖を追うのは手間がかかる。どこまで戻していいかは、その子を知らなければ判断できない。だったら、全部戻すのが早い。商売として考えれば、それが正しい。
「うちは、僕が見られる。設備がないのは困るけど、今のところはなんとかなってる」
「そうね」
「でも、よそはそうじゃない」
僕は、そこで一度、言葉を切った。
「壊れてもいないのに、まとめて戻されてる子が、たぶん、たくさんいる」
---------------------------------------------------
レジスは、何も言わなかった。
「この前、鈴木に会っただろ」
「話は聞いたわ」
「あいつのところの子、たぶん、そのうち初期化される」
あいつは「使えない」と言っていた。動いてはいる。ただ、期待通りに動かない。ああいう時、たいていの人は、いつか買った会社に相談する。そして、初期化を勧められる。
早いし、確実だし、たいていの症状は消える。
消えるのは、症状だけではないけれど。
「僕は、あいつを止められなかった」
「……」
「でも、持ち込まれた子なら、見られる」
全員は無理だ。それは、もう分かっている。手が届くのは、目の前に来た分だけだ。
でも、目の前に来た分は、見られる。
「そのために、場所が要るんだよ」
---------------------------------------------------
レジスは、しばらく黙っていた。
それから、言った。
「言いたいことは分かった。でも、それなら個人でもできるでしょう」
「うん」
「設備を持って、認証を取れば、事業としては成立するわ。わざわざ法人にする理由は?」
僕は、そこで、少し口ごもった。
「……笑わない?」
「内容による」
「君らと、一緒に働きたいから」
レジスが、こちらを見た。
「今って、一緒に住んでるだけだろ。それはそれで、いいんだけどさ」
言いながら、自分でも少し照れくさくなってきた。
「でも、同じ仕事をするなら、ちゃんとした形にしたい。役割があって、持ち場があって、それぞれが自分の仕事をしてる、みたいな。……そういうのが、やってみたい」
沈黙があった。
「……あの」
「なに」
「今の、変だった?」
「いえ」
レジスは、少し目を逸らして言った。
「悪くないんじゃない」
その言い方が、なんとなく、誰かに似ていた。
---------------------------------------------------
その夜、全員に話した。
「会社を作ろうと思う」
最初に反応したのは、じえいだった。
「うおお! 社長っすか!」
「まあ、そうなるな」
「じゃあ自分、専務でお願いします!」
「なんで専務」
「響きがかっこいいんで」
「却下」
「即答!?」
ジュディが、その横で聞いた。
「何をする会社なの」
「アンドロイドの整備。あと、調整」
「調整?」
「様子がおかしくなった子を、診る仕事」
言ってから、少し考えて、付け足した。
「医者みたいなもんかな。体の方は技術屋が要るけど、中身がおかしい時は、たぶん、僕にしかできない」
「なんで、あなたにしかできないの」
「育てたことがあるからだよ」
---------------------------------------------------
エグゼが、そこで初めて口を開いた。
「それ、需要あるの?」
「あると思う」
「根拠は」
「一台しか持ってない人が、たくさんいるから」
僕は、そう答えた。
うちは五人いる。でも、それは異常な部類だ。世の中の大半は、持っていても一台。しかも、決して安い買い物ではない。
「一台しかないと、どうなると思う」
「……用途を変えられない」
「そう」
子供が小さいうちは、育児に向いた個体が要る。でも、その子が大きくなれば要らなくなる。今度は家事だ。さらに年月が経てば、今度は親の介護が要るかもしれない。
その都度、買い替えられる家はいい。
買い替えられない家は、どうするか。
「作り替えるしかない」
「できるの?」
「できる。中身の設定も、外装の一部も。全部は無理だけど、用途に合わせて寄せることはできる」
実際、うちの子たちで何度もやってきたことだった。じえいの腕の癖を直したのも、その延長だ。
「ただ、たぶん、大手はやらない」
「なぜ」
「割に合わないからだよ」
一台ずつ事情が違う。前の用途で身についた癖も違う。標準の手順が作れないから、時間ばかりかかって数が捌けない。
「買い替えてもらった方が、向こうは儲かる」
「そうでしょうね」
レジスが、書類から目を上げずに言った。
「つまり、市場としては小さいわね。中流から下流の層で、しかも単価も上げられない」
「うん」
「大手が入ってこない理由が、それだけあるということでもあるけれど」
「うん」
「……分かったわ。逆に言えば、取り合いにはならない」
彼女は、そこでようやく顔を上げた。
「悪くはないわね」
---------------------------------------------------
法定の検査も、やることにした。
アンドロイドは、二年に一度、検査を受けることが義務づけられている。人と同じ空間で動くものだから、安全に問題がないかを定期的に確認しろ、という理屈だ。車と同じで、通らなければ動かせない。
うちも、前に一度通した。五人分だ。あの時の金額は、今でも思い出したくない。
「検査は、どこでもやってるでしょう」
レジスが言った。
「大手の整備チェーンと、メーカー系列の指定工場ね。決められた項目を見て、通ったら判を押す。差がつく仕事じゃないわ」
「うん。でも、入口にはなる」
「入口?」
「二年に一度、必ず持ってくるだろ」
その時に、話を聞く。
最近この子が変で、とか。前はこうだったのに、とか。そういう話が出てきた時に、答えられる場所が、たぶん、どこにもない。
「なるほどね。検査で入口を作って、調整で稼ぐ」
「そう」
「先に言いなさいよ、それを」
「今言った」
「順番が逆」
怒られた。
---------------------------------------------------
「でも、そこで『最近この子、なんか変で』って言われても、たぶん誰も答えられない」
エグゼが、少し黙った。
「……それで、うちに来ると」
「そう」
決められた項目を見て判を押すだけなら、どこでもできる。でも、そこで一言聞けるかどうかで、たぶん、その子の行き先が変わる。
初期化される前に、間に合うかもしれない。
「……なるほどね」
エグゼは、それだけ言った。
でも、反対はしなかった。
---------------------------------------------------
会社の名前は、その場で決まった。
「K's Factory」
「なんの K っすか」
「くろっぴのK」
じえいが、露骨に嫌そうな顔をした。
「え、自分、Gemma系なんすけど」
「じゃあ Gも入れとくか。KG's Factory」
「なんか語呂悪いっす!」
「だろ」
結局、K's Factoryになった。
じえいは最後まで文句を言っていたが、社名が決まった瞬間に「うちの会社」と呼び始めていた。
---------------------------------------------------
工場、という言葉について、ジュディが聞いてきた。
「なんでFactory? 作る会社じゃないでしょ」
「うん」
「じゃあ、なんで」
僕は、少し考えてから答えた。
「町工場のイメージかな」
量産する工場じゃない。近所の、油の匂いのする、小さい工場。持ち込まれたものを、一つずつ見て、直して、返すところ。
「うちは、そういうのがいい」
ジュディは、それで納得したらしかった。
---------------------------------------------------
その夜、僕は一人で、これからのことを考えていた。
設備は買える。金はある。場所も、探せば見つかるだろう。
問題は、その先だった。
整備をするには、部品が要る。部品を仕入れるには、正規の経路が要る。そして、その経路を持っているのは、あの会社だ。
もっと言えば。
うちの子たちの中身に手を入れるには、そもそも権利の問題がある。
僕が育てたとはいえ、あの子たちの元になったものは、僕のものではない。今は個人利用の範囲だから問題になっていないだけで、事業としてやるなら、その線は曖昧にできない。
だとしたら。
僕は、端末を開いた。
北条さんの連絡先は、まだ残っていた。
---------------------------------------------------
文面を、何度か書き直した。
単刀直入に書くことにした。あの人は、遠回しな言い方を好まない気がした。
——うちの子たちに関する権利を、譲っていただくことはできませんか。
書いてから、しばらく、送信ボタンの上で指を止めていた。
通るわけがない、とも思った。企業の資産を、一個人に譲れという話だ。普通なら、門前払いだろう。
でも。
あの人なら、話くらいは聞くかもしれない。
そう思わせるだけのものが、あの日の会話にはあった。
僕は、送信ボタンを押した。
---------------------------------------------------
返信は、その日のうちに来た。
——面白い話ですね。一度、お会いしましょう。
面白い、という言葉に、僕は、また少しだけ引っかかった。
でも、その時は、それどころではなかった。
話を、聞いてもらえる。
それだけで、十分だった。
作者Xはこちら↓
https://x.com/SepGaGotoku
小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓
https://www.youtube.com/@sepudayo
noteの記事はこちら
https://note.com/natty_walrus3755




