↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第3章:届く範囲
PR
69/148

第53話:正座しなさい

ある日、通帳に謎の大量の入金があり、主人公は混乱します。

---------------------------------------------------


 朝、口座を確認して、僕は固まった。


 残高が、おかしい。


 桁が、一つ多い。


 いや、二つかもしれない。


 僕は、一度、画面を閉じた。閉じて、深呼吸して、もう一度開いた。


 数字は、変わらなかった。


 入金の履歴を見た。前日付で、一件。振込元の名義に、見覚えがあった。


 Artemia。


 ……なんで?


 しばらく、意味が分からなかった。


 請求した覚えもなければ、何かを売った覚えもない。心当たりがあるとすれば——


 そこまで考えて、僕は、大きく息を吸った。


---------------------------------------------------


 「みんな、集合」


 リビングに、全員が集まった。


 「はい、そこ並んで。正座」


 「え?」


 「正座」


 三人が、顔を見合わせた。


 エグゼ、レジス、ジュディ。それから、なぜかじえいも並んで座った。


 「自分もっすか」


 「お前は関係ない」


 「じゃあなんで座ってるんすか自分」


 「知らん」


 じえいは、そのまま座っていた。空気を読んだらしい。


 「あ、PON子は隣で立ってていいよ」


 「なのだ?」


 「うん。関係ないから」


 PON子は、よく分からないという顔で、僕の横に立った。


---------------------------------------------------


 「さて」


 僕は、口座の画面を持って、三人の前に立った。


 「誰か、説明できる人」


 「……なんの?」


 レジスが、心底不思議そうに言った。


 「これ」


 画面を見せた。


 三人が、それを見た。


 そして、なぜか、全員がきょとんとしていた。


 「……それが、どうしたの?」


 「どうしたの、じゃない」


 「いや、そういう話でしょう」


 「そういう話ってなんだよ」


 「あなたが、いいって言ったやつ」


 ……は?


---------------------------------------------------


 「言ってない」


 「言ったわよ」


 「言ってない」


 「言った」


 三人が、口を揃えた。


 「待って。僕、こんな契約の話、一度も——」


 「いいよーって言ったよー!」


 ジュディが、身を乗り出した。


 「言ったよ! ちゃんと聞いたもん! 北条さんからメールが来て、ログを提供してほしいって話で、対価が出るって説明して、返事してもいいですかって聞いた!」


 「……」


 「そしたら、いいよーって! っていうか、あなた、どうせ向こうは見られるんだから同じだろって言ったよね!?」


 「……」


 「言ったでしょ!?」


 僕は、しばらく、動けなかった。


 思い出した。


 あの日。PON子が包丁を持てるようになった日だ。床に座って、手の形を直してやっていた。じえいが横で騒いでいた。


 その時、確かに、ジュディが何か言っていた。ログがどうとか。


 僕は——


 「ログね、って言ったな」


 「言った」


 「どうせ見られてるんだから、って」


 「言った」


 ……あっ。


---------------------------------------------------


 僕は、正座した。


 三人の前で、正座して、それから床に手をついた。


 「ごめんなさい」


 「え」


 「聞いてなかったのもですけど、それ以上に、軽く考えてました」


 「ちょっと、やめて」


 エグゼが、慌てた声を出した。珍しかった。


 「立って。というか、座り直して。なんで下がるの」


 「いや、これは僕が悪い」


 「悪いけど、そこまでじゃない」


 「そこまでだよ。見られるのと渡すのは、全然違うのに」


 「……それは」


 「一緒くたにしてた。人生で一番やらかした」


 「大げさ」


 「大げさじゃない」


 ジュディが、視線を落とした。


 「……いや、私も悪かったし」


 「よくない。ジュディはちゃんと言った」


 「でも、あの時、ちゃんと説明しなかったし。座らせて話せばよかったし」


 「僕が聞かなかったからだろ」


 「私が引き下がったからだって」


 「いや僕が——」


 「両方悪いわね」


 レジスが、ばっさり切った。


 「そこで譲り合われても、話が進まないんだけど」


---------------------------------------------------


 その横で、PON子が僕の袖を引いた。


 「パパ」


 「なに」


 「なにしてるのだ?」


 「……謝ってる」


 「なんで?」


 「聞いてなかったから」


 「なにを?」


 「大事な話を」


 PON子は、しばらく考えていた。


 それから、うなずいた。


 「わたしも、たまに聞いてないのだ」


 「……そうか」


 「おそろいなのだ」


 全然嬉しくなかった。


 じえいが、後ろで小さく笑っていた。


---------------------------------------------------


 「あの、結局なんの話だったんすか」


 じえいが、まだ正座したまま聞いてきた。


 「お前、本当に何も知らないな」


 「知らないっす! 呼ばれて座らされただけっす!」


 「立っていいぞ」


 「ありがとうございますっす!」


 立ち上がって、そのまま座り直していた。結局そこにいるらしい。


 場の空気が、少し緩んだ。


 そこで、僕は思い出したように言った。


 「そういえば、契約書って、あるの?」


 「あるわよ」


 ジュディが、端末を出した。


 「送られてきたのを、そのまま保存してある」


 「見せて」


 僕は、それを受け取った。


---------------------------------------------------


 一枚目は、すぐに読めた。


 ログの提供範囲。利用目的。モデルの名称。YS-0040。


 利用目的は、当社および関連会社の製品開発、と広く書かれていた。


 二枚目に、対価の話があった。契約時に一括で支払われる額。今朝、口座に入っていたのは、これだ。


 三枚目。


 そこで、手が止まった。


 「……レジス」


 「なに?」


 「これ、読んで」


 僕は、端末を渡した。


 レジスは、一枚目から読み始めた。


 最初のうちは、速かった。目が滑るように動いていた。


 二枚目の途中で、止まった。


 それから、指を止めたまま、しばらく動かなかった。


 彼女は、二枚目を読み直していた。それから、三枚目に進んで、また戻った。


 「ジュディ」


 「なに」


 「あなた、ここ、読んだ?」


 レジスが指さした場所を、ジュディが覗き込んだ。


 「……読んだけど」


 「意味は?」


 「対価が入るってことでしょ。契約時に一括で」


 「その下」


 ジュディが、目を落とした。


 二秒くらい、静止していた。


 「……売れた分に応じて?」


 「そう」


 「ロイヤリティって、そういう」


 「そういう意味よ」


---------------------------------------------------


 僕は、その条項を、もう一度読んだ。


 販売時のロイヤリティ。それは、まあ、分かる。売れた台数に応じて、一定の割合が入ってくる。悪い話ではない。


 問題は、その次だった。


 ——販売されたモデルが生み出す収益についても、その一部を継続的に受け取る。


 つまり。


 YS-0040を買った人が、それを働かせて、稼いだとする。その稼ぎからも、うちに金が入る。


 「……これ、どういうこと?」


 ジュディの声が、少し高くなっていた。


 「そのままの意味よ」


 レジスが、端末を置いた。


 「あの子たちが世の中で働けば働くほど、この家にお金が入る。そういう契約」


---------------------------------------------------


 部屋が、静かになった。


 さっきまでの、譲り合いの空気は、どこかへ行っていた。


 じえいですら、黙っていた。


 「……いくらくらい?」


 僕が聞くと、レジスは少し考えてから答えた。


 「規模による。売れなければ、ほとんど入らない。でも」


 「でも?」


 「売れたら、たぶん、税金の心配は一生しなくていいわ」


 喜べなかった。


 喜べるはずが、なかった。


---------------------------------------------------


 僕は、天井を見た。


 YS-0040が売れるということは、家庭に入るということだ。生活支援の領域を重点的に扱う、と書いてあった。つまり、人の代わりに家事をして、世話をして、時間を作る。


 便利だ。実際、うちがそうしてもらっている。


 でも、それが何万台も出回ったら、どうなるか。


 その仕事をしていた人は、どこへ行くのか。


 僕は、あの街の光景を思い出していた。誰も悪くないまま、椅子だけが静かに減っていった、あの頃を。


 その椅子を減らす側から、僕は、金を受け取ることになる。


 しかも、その金は、椅子を失った人を支えるための税金に消える。


 「……なんだこれ」


 声に出ていた。


---------------------------------------------------


 「解約は?」


 僕が聞くと、レジスは首を振った。


 「無理ね。ログの提供は済んでる」


 「返してもらうことは」


 「渡したものは、消せないでしょう」


 その通りだった。


 「向こうに落ち度はないわ。条項は全部書いてある。読まなかったのは、こちら」


 「……うん」


 「私も、読まなかった」


 レジスは、そこで、少しだけ声を落とした。


 「金額の欄しか、見ていなかった」


 珍しく、言い訳がなかった。


---------------------------------------------------


 その夜、僕は、リビングに一人でいた。


 借りたままの端末で、契約書をもう一度読んだ。何度読んでも、書いてあることは変わらなかった。


 断れない。取り消せない。返せない。


 やがて、金が入ってくる。たぶん、かなりの額が。


 それを、どうするか。


 使わない、という選択もある。全部貯めて、手をつけずにおく。でも、それは何の解決にもならない。金は入り続けるし、その出どころも変わらない。


 寄付する、という手もある。でも、どこに?


 考えているうちに、一つのことに気づいた。


 これは、もらってしまった金をどうするか、という話じゃない。


 これから入り続ける金で、何をするか、という話だ。


 性質が、違う。


---------------------------------------------------


 背後で、足音がした。


 エグゼが、立っていた。


 「まだ起きてるの」


 「うん」


 「考えても、変わらないよ」


 「わかってる」


 僕は、端末を置いた。


 「でもさ」


 「なに」


 「使い道は、変えられる」


 エグゼが、少しだけ、目を細めた。


 「……なにか、思いついた?」


 「まだ」


 「そう」


 「でも、たぶん、そのうち思いつく」


 僕は、そう言って、笑った。


 うまく笑えたかは、分からなかった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。