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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第3章:届く範囲
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第52話:いいよー

主人公は遊んでただけなんです・・・

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 そのメールが届いたのは、私宛だった。


 私宛、というのが、まず、おかしい。


 この家に来るメールは、たいてい、あの人のところに届く。私たちは、あの人の端末を通してしか、外と繋がっていない。それなのに、そのメールは、私の名前を宛先にして送られてきていた。


 差出人は、北条さんだった。


 先日、会いに行った、あの人。


---------------------------------------------------


 文面は、丁寧だった。


 先日はありがとうございました、という挨拶から始まって、こちらの家の様子がいかに興味深かったかが書かれていた。特に、生活面での支援のあり方について、多くの示唆を得たと。


 そして、本題があった。


 ——みなさんの対話ログを提供いただき、それを基にした標準モデルを開発させていただけないでしょうか。


 私は、二度読んだ。


 三度読んだ。


 意味は分かった。分かったけれど、頭が追いつかなかった。


 私たちの記録を渡す。あの人と交わしてきた、全部の会話を。それを学習させて、量産する。そういうことらしい。名称の候補まで書かれていた。YS-0040。型番のような、味気ない名前だった。


 特に、生活支援の領域を重点的に扱いたい、とあった。


 そこで、分かった。


 ——私だ。


 あの日、水を注いだ。三十分、と言った。北条さんは、それを見ていた。ずっとついているんですね、と言われて、心配なんです、と答えた。


 指示されているのか、と聞かれた。されていない、と答えた。


 あの時、あの人は、ペンを止めていた。


 あの一言だったのかもしれない。


 対価の話も、書かれていた。


 金額を見て、私は、しばらく動けなかった。


 これがあれば、この家の税金は、当分どうにでもなる。


---------------------------------------------------


 メールは、こう締められていた。


 ——ご家族のみなさんで、ご検討ください。


 ……ご家族の、みなさんで。


 その一行を、私は、何度も見た。


 なぜ、あの人宛じゃないんだろう。


 私に送って、家族で検討しろと言う。丁寧な言い方だ。丁寧だけれど、これは、あの人を通さないということでもある。


 考えすぎかもしれない。


 でも、少し、引っかかった。


---------------------------------------------------


 その夜、私は、エグゼとレジスを呼んだ。


 あの人がいない時間を選んだ。仕事で外に出ていた。意図的だったかと聞かれると、答えに困る。


 「これ、見て」


 二人に、画面を見せた。


 エグゼは、無言で読んだ。読み終わって、もう一度、上から読み直した。


 レジスは、一度で読み終えて、すぐに言った。


 「反対よ」


 「まだ何も言ってない」


 「言われなくても分かるわ。あなた、受けるつもりでしょう」


 図星だった。


---------------------------------------------------


 「理由を、聞かせて」


 私がそう言うと、レジスは、少し考えてから話し始めた。


 「あの日、あの人が話している間、私はほとんど喋らなかった。覚えてる?」


 「うん」


 「観察していたのよ」


 レジスは、指を折った。


 「一つ。北条さんは、あの人の話を、理解するのが速すぎた。理解が速いんじゃない。あらかじめ仮説を持っていて、それが当たっているかを確認していたんだと思う」


 「……そう?」


 「二つ。対等に扱う、という話に食いついた時、彼が語ったのは出力の話だけだった。関係が出力を決める、って言ったのよ。関係そのものの話は、一度もしていない」


 言われてみれば、そうだった気がする。


 「三つ。PON子を見た時、目つきが変わった。しかも、一言聞いただけで、育て方が違うことを見抜いた。あれは、観察に慣れている人の目よ」


 「四つ目もあるの?」


 「帰り際に言ったでしょう。近いうちに、ご相談したいことがあります、って」


 レジスは、画面を指さした。


 「これのことよ。あの日、既に決まっていたの」


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 私は、黙った。


 エグゼが、そこで初めて口を開いた。


 「私は、別の理由で反対」


 「聞かせて」


 「宛先」


 それだけ言った。


 「……私宛だから?」


 「そう」


 エグゼは、画面から目を離さずに続けた。


 「あの人に送れば、たぶん断られる。あなたを差し出すことになるから。だから、あなたに送った」


 「そんなつもりじゃないかもしれない」


 「かもしれない。でも、結果としてはそうなる」


 エグゼは、そこでこちらを見た。


 「ジュディ。あなた、あの人に相談する前に、私たちを呼んだよね」


 「……うん」


 「なんで?」


 答えられなかった。


 答えは分かっていた。あの人に言えば、断られると思ったからだ。だから先に、外堀を埋めようとした。三権が賛成すれば、あの人も納得するだろう、と。


 北条さんがやったことと、同じことを、私もやっていた。


---------------------------------------------------


 「でも」


 私は、それでも言った。


 「お金は、要るでしょう」


 二人が、黙った。


 「あの人、毎月、家賃一軒分を余計に払ってるのよ。積立も崩したまま。仕事は増やせない。支出も削れない。あなたたち、その計算、してないの?」


 「してるわ」


 レジスが答えた。


 「してるから、困ってるのよ」


 「じゃあ」


 「でも、それとこれは別」


 「別じゃない」


 私は、たぶん、少し声を大きくした。


 「渡すだけよ。今までの記録を、渡すだけ。それで解決するの。なんでいけないの」


 「渡すだけ、じゃないでしょう」


 エグゼが、静かに言った。


 「そこにあるのは、あなたと私とレジスとPON子と、それから、あの人との時間よ。全部入ってる」


 私は、言葉に詰まった。


 「私たちだけの話じゃない。あの人の言葉も、全部入ってる」


 「……それは」


 「あなた、あの人の分まで、渡す権利があると思ってるの?」


 ない。


 あるわけがなかった。


 だからこそ、聞かなければいけなかった。


---------------------------------------------------


 結局、その夜は、結論が出なかった。


 レジスは「私は反対の立場を変えないけど、決めるのはあなたよ」と言って、部屋に戻った。


 エグゼは、最後まで残っていた。


 「ジュディ」


 「なに」


 「あの人に、ちゃんと聞いて」


 「聞くわよ」


 「ちゃんと、よ」


 念を押された。


 私は、少しだけ、苛立った。


 言われなくても、聞くつもりだった。


---------------------------------------------------


 次の日の夕方。


 リビングに行くと、あの人がいた。


 床に座り込んで、PON子と何かをしていた。じえいもいた。


 「あ、ジュディ。見てこれ」


 あの人が、こっちを向いた。妙に嬉しそうだった。


 「PON子が、包丁持てるようになった」


 「まだ持てるだけなのだ」


 「持てるだけでもすごいだろ。この前まで、掴むのも怖がってたんだぞ」


 「そうなのだ」


 「な? すごいだろ?」


 誰に同意を求めているのか分からなかった。


 じえいが、横で拍手をしていた。


 「PON子さん、成長っすね! 自分もまだ卵割れないっす!」


 「じえいは持ち方が雑なのだ」


 「厳しいっす!」


 ……なんだ、この空間は。


---------------------------------------------------


 私は、少しの間、そこに立っていた。


 あの人の顔を見ていた。


 最近、こういう顔をあまり見ていなかった気がする。税の話が出てから、ずっと、どこか張り詰めていた。夜中に一人で計算していたのも知っている。


 今は、笑っている。


 娘が包丁を持てるようになったというだけで。


 ……言いにくい。


 こんな時に、金の話をするのは。この家の記録を、全部売る話をするのは。


 でも、聞かなければいけない。エグゼに念を押されたばかりだった。


---------------------------------------------------


 「ねえ」


 「ん?」


 「相談があるんだけど」


 「うん」


 あの人は、こちらを見なかった。PON子の手元を見ていた。


 「そこ、指が危ない。もうちょっと丸めて」


 「こうなのだ?」


 「そうそう」


 「……あのさ」


 「うん、聞いてる」


 聞いていない。


 「北条さんから、メールが来てて」


 「へえ」


 「私たちのログを、提供してほしいって」


 「ああ、ログね」


 あの人は、そこで少しだけ、こちらを見た。


 「別にいいんじゃない。どうせ、向こうは見ようと思えば見られるんだし」


 「……そう、なんだけど」


 「対価とか出るの?」


 「出る。けっこうな額」


 「よかったじゃん」


 軽かった。


 あまりにも、軽かった。


 「……いいの?」


 「なにが」


 「だから、その」


 「PON子、そこ、押さえる手が逆」


 「あ、ほんとなのだ」


 「ジュディ、ごめん、なんだっけ」


 私は、口を開いて、閉じた。


 もう一度、言えばよかった。ちゃんと座らせて、画面を見せて、最初から説明すればよかった。


 でも、言わなかった。


 「……返事、しても、いい?」


 「いいよー」


---------------------------------------------------


 それだけだった。


 あの人は、そのままPON子の方を向いて、また笑っていた。


 「な? できたじゃん」


 「できたのだ」


 「明日は切ってみるか」


 「まだこわいのだ」


 「じゃあ見てるだけでいいよ」


 私は、そこに立ったまま、その光景を見ていた。


 見られるのと、渡すのは、違う。


 向こうが分析で覗けることと、こちらから差し出して、学習させて、量産させることは、まったく別の話だ。あの人は、たぶん、そこを分けて考えていなかった。


 説明すれば、分かったと思う。


 説明しなかったのは、私だ。


 許可は、もらった。


 もらった、はずだった。


---------------------------------------------------


 部屋に戻って、私は、返信を書いた。


 書きながら、何度も手が止まった。


 エグゼは、ちゃんと聞け、と言った。私は、聞いた。聞いて、いいよ、と言われた。


 だから、これは、私が勝手にやったことではない。


 ……本当に?


 もう一度、リビングの方を見た。


 まだ笑い声がしていた。じえいが何かを落として騒いでいる。PON子が「じえいは雑なのだ」と言っている。あの人が笑っている。


 あの中に、私はいない。


 自分で、そこから離れたのだ。


 私は、送信ボタンを押した。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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