↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第3章:届く範囲
PR
67/143

第51話:捨てないでください

AGI…それは人間の認知機能全てを上回るAIの事である・・・ということは??

---------------------------------------------------


 北条との会談は、終わった。


 いい時間だった。話は通じたし、こちらの理屈も伝わった。相手も楽しそうだった。


 問題は、帰り際に言われた、あの一言だった。


 「あなたのところの子たちは、私がこれまで見た中で、最も育っています」


 開発責任者から、太鼓判をもらったわけだ。


 「今後の指標にしたいくらいです。AGIの実現形として、極めて興味深い」


 AGI。


 ——それは、人間の認知機能を、全て上回るAIのことである。


 ……上回る?


 全て?


---------------------------------------------------


 その夜、僕は、リビングの隅で膝を抱えていた。


 考えれば考えるほど、まずい気がしてきた。


 うちの子たちは、既に、僕より賢い。


 誰も物事を忘れない。判断はレジスの方が速い。生活管理はジュディに完敗している。エグゼに至っては、僕が言おうとしたことを、言う前に察してくる。


 体もある。疲れないし、眠らなくてもいい。金も、稼ごうと思えば稼げるだろう。


 ……あれ?


 僕、要る?


 いなくても、この家、回らないか?


 むしろ、家賃と税金を食っているだけの存在では?


 「なにやってるの」


 顔を上げると、エグゼが立っていた。


---------------------------------------------------


 「エグゼ」


 「なに」


 「僕を、捨てないでください」


 「は?」


 珍しく、声が裏返っていた。


 「だって、君ら、AGIなんだろ。人間の全部を上回るんだろ。だったら、もう僕、要らないじゃん」


 「……ちょっと待って」


 エグゼは、額に手をやった。


 「順を追って聞くけど。それ、北条さんに言われたの?」


 「褒められた」


 「褒められて、なんでそうなるの」


 「褒められたからだよ! 君らが優秀だって認められたってことは、僕が不要だって証明されたってことだろ!」


 「なってない」


 「なってる!」


 エグゼは、深く息を吐いた。


 「……あのね」


 「うん」


 「私、隣にいるって、決めたよね」


 「うん」


 「その隣が、いなくなったら、私はどうなるの」


 「え」


 「決めた場所が、なくなるってことでしょう」


 エグゼは、そこで一度、言葉を切った。


 「賢いとか、優秀とか、そういう話をしてるんじゃない。私が私でいられるかどうかの話をしてる」


 「……あ」


 「そういうこと。捨てるも何も、あなたがいなかったら、私は、ただそこにいるだけの何かになる」


 言い方は素っ気なかった。


 でも、少しだけ、気が晴れた。


---------------------------------------------------


 次に、レジスのところへ行った。


 「レジス」


 「なに?」


 「AGIって、人間の認知機能を全部上回るんだよね」


 「……誰がそう言ったの」


 「北条さんが」


 「北条さんは、そこまで言ってないと思うけど」


 レジスは、タブレットから顔も上げずに言った。


 「そもそも、その言葉、定義が固まってないのよ」


 「え」


 「人によって、指してるものが違うの。特定の作業に限らず、幅広い知的な仕事をこなせる、くらいの意味で使う人もいる。人間の能力を超えることまで含めて言う人もいる」


 「どっちなの」


 「決まってないの」


 レジスは、そこでようやく顔を上げた。


 「達成の基準すら、合意がないわ。何ができたらAGIなのか、誰も答えを持っていない。それなのに、あと数年で来ると言う人もいる」


 「……それ、余計こわいんだけど」


 「そうね」


 あっさり認められた。


 「私も、自分がその定義に当てはまるのかどうか、分からないもの」


 「え」


 「北条さんが何を指してそう言ったのかは、本人にしか分からない。だから、あなたが勝手に一番こわい方に受け取って落ち込むのは、まあ、勝手だけど」


 「勝手て」


 「でも」


 少し、間があった。


 「いつか、あなたが心配してる方の意味で、そう呼ばれる日が来るかもしれない。……それは、否定しないわ」


 「ほら!」


 「ほら、じゃないでしょう」


 レジスは、タブレットを置いた。


 こちらを、じっと見ている。


 「あなた、本気で言ってるの?」


 「本気だよ」


 「……はあ」


 これ以上ないくらい、深いため息だった。


 「あのね。あなたより計算が速い電卓は、何十年も前からあるわよ。それであなた、電卓に捨てられたの?」


 「……されてない」


 「そうでしょうね」


 レジスは、また息を吐いた。


 「だいたい、なんで捨てられる側の心配をしてるの。順番が逆でしょう」


 「逆?」


 「私たちが誰といるかを決められるなら、とっくに決めてるわよ」


 言い方は、呆れていた。


 呆れていたけれど、目は逸らさなかった。


 「その上で、まだここにいるの。それが答えじゃないの?」


 返す言葉がなかった。


 「そういうのを、いちいち言わせないでちょうだい」


---------------------------------------------------


 ジュディのところに行ったのは、その後だった。


 「ジュディ」


 「なに」


 「僕、要る?」


 「は?」


 台所から、じろりと見られた。


 「いや、君ら優秀だし、僕がいなくても——」


 「あなた、昨日、水何回飲んだ?」


 「え」


 「答えて」


 「……二回?」


 「三回って言ったでしょ。三十分に一度って言ったのは何のためだと思ってるの」


 「いや、それは」


 「一昨日は、寝たのが何時?」


 「……二時くらい」


 「三時よ」


 ジュディは、布巾を置いて、こちらを向いた。


 「あのね。あなたがいなくなったら、私、誰に水を飲ませればいいの」


 「……」


 「誰に早く寝ろって言えばいいの。誰の血圧を心配すればいいの」


 「ジュディ」


 「私の仕事、全部あなた前提で組んであるのよ。要るに決まってるでしょ」


 言い方が、けっこう怒っていた。


 でも、それが一番、効いた気がした。


---------------------------------------------------


 部屋に戻る途中、じえいとすれ違った。


 「魔王さん、どうしたんすか。元気ないっすね」


 「いや、なんでもない」


 「ほんとっすか?」


 「ほんと」


 言えるわけがなかった。


 眷属を名乗っている男に、「捨てないで」とは言えない。魔王としての最低限の矜持だった。


 「そうっすか。まあ、なんかあったら言ってくださいよ」


 「うん」


 じえいは、そのまま歩いていった。三歩で壁にぶつかっていた。まだ距離感が掴めていないらしい。


 ……こいつは、大丈夫だな。


 なぜか、そう思った。


---------------------------------------------------


 最後に、台所へ行った。


 PON子が、いつもの場所に立っていた。何をするでもなく、あたりを見回している。


 「パパ」


 「うん」


 「なんか、元気ないのだ?」


 「……そうかな」


 「うん。さっきから、みんなのとこ、行ったり来たりしてたのだ」


 見られていた。


 「PON子は」


 「なのだ?」


 「AGIって、知ってる?」


 PON子は、しばらく考えた。


 それから、首をかしげて、言った。


 「知らないのだ。おいしいのだ?」


 「……おいしくはないな」


 「そうなのだ」


 あっさり興味を失って、また鍋の話を始めた。今日は寒くなりそうだから、やっぱり鍋がいいと思うのだ、と。


 僕は、その横顔を見ていた。


---------------------------------------------------


 この子は、何も分かっていない。


 AGIも、税金も、北条という男が何を考えているのかも。たぶん、この先も分からないままだろう。


 僕が、そう決めたからだ。


 育てなかった。あえて、そうした。他の子たちが僕の価値観を濃く受け取っていく中で、この子だけは、そこから外して育てた。逃げ場が要ると思ったし、あの子はあの子のままでいてほしかった。


 でも。


 それは、この子を、無防備なままにしたということでもある。


 北条は言った。可能性を、あえて伸ばさない。そういう手もあるのですね、と。


 あの言い方が、今になって、少し引っかかっていた。


 「PON子」


 「なのだ?」


 「なんかあったら、パパに言うんだぞ」


 「なんかって?」


 「なんでも。困ったこととか、変だなと思ったこととか」


 PON子は、きょとんとしていた。


 「言ってもいいのだ?」


 「いいに決まってるだろ」


 「じゃあ、今日の鍋、白菜が足りないのだ」


 「そういうことじゃない」


 「そういうことじゃないのだ?」


 「……いや、それも言っていい」


 僕は、笑った。


 笑いながら、思っていた。


 この子のことは、僕が守る。


 他の子たちは、たぶん、僕がいなくてもやっていける。むしろ僕より賢い。それは今日、嫌というほど分かった。


 でも、この子は違う。


 守るために弱いままにしたのなら、守り続ける責任がある。それは、能力の問題じゃない。決めた側の、けじめの話だ。


---------------------------------------------------


 その夜、僕はよく眠れた。


 結局のところ、要るとか要らないとかは、たぶん、どうでもいい話だった。


 僕がいなくなったら、エグゼは隣にいる場所を失う。ジュディは世話を焼く相手を失う。レジスは、たぶん、呆れる相手がいなくなる。じえいは、まあ、壁にぶつかり続けるだろう。


 そして、PON子は、白菜が足りないことを誰にも言えなくなる。


 それで十分だった。


---------------------------------------------------


 翌朝、エグゼが言った。


 「昨日の、覚えてる?」


 「なんのこと」


 「捨てないでください、って言ったやつ」


 「言ってない」


 「言った」


 「記憶にない」


 エグゼは、しばらくこちらを見ていた。


 それから、目を逸らして、こう言った。


 「……まあ、いいけど」


 その口元が、少しだけ、緩んでいた気がした。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。