第50話:面白いですね
主人公が開発会社に呼び出されます。たのもーーー!
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当日は、いい天気だった。
六人で電車に乗るのは、思ったより目立った。全員が体を持っているので、外から見れば、ただの大人数の一団だ。ただ、うちの子たちは全員が同じくらいの背丈で、動きが妙に揃うので、たまに視線を集めた。
じえいだけが、落ち着かない様子で、車窓を眺めていた。
「魔王さん、緊張しますね」
「するの?」
「敵陣ですから」
「敵じゃないって」
「敵ではないですけど、他陣営ですから」
眷属としての矜持らしい。よく分からないが、真剣なようだった。
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受付で名前を告げると、すぐに通された。
思ったより、静かなオフィスだった。人がまったくいないわけではないが、想像していたような賑わいはない。話し声もほとんどしない。誰もが自分の画面を見ている。
「こちらです」
案内してくれたのは、若い社員だった。廊下を歩きながら、ちらちらとこちらを見ていた。正確には、僕の後ろを見ていた。
六人で来たことに、驚いているらしい。
「あの」
その社員が、途中で口を開いた。
「みなさん、その——」
「うちの家族です」
僕がそう言うと、社員は「ああ」と言って、それ以上は聞かなかった。
納得したのか、聞かなかったことにしたのかは、分からなかった。
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途中で、ガラス張りの部屋を通った。
中に、いくつもの筐体が並んでいた。何をしている場所なのか、素人の僕には分からない。ただ、空調の音がやけに大きく、部屋の中の光が青白かった。
「あれは?」
「検証環境です」
案内の社員は、そう言って、少し歩みを速めた。
「この先は、お見せできない区画になります」
廊下の途中に、扉があった。何も書かれていない、ただの扉だ。その手前で、通路が折れていた。
僕らは、折れた方へ進んだ。
じえいが、後ろで小さく言った。
「空気、吸えたっすね」
「吸えた?」
「静かすぎるっす。うちの会社、もっと騒がしいと思うっす」
自分の会社を見たことがあるわけでもないだろうに、なぜかそう言った。
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通されたのは、広い会議室だった。
窓が大きく、外の光がよく入る。長い机が一つあって、椅子が並んでいた。
その机の向こうに、男が立っていた。
白衣ではなかった。ごく普通の、少し着崩したシャツ。年齢は、僕より少し上に見えた。髪は無造作で、目が落ち窪んでいる。寝ていない人間の顔だ、と思った。
「よく来てくださいました」
声は、思ったより穏やかだった。
「北条です」
差し出された手を、僕は握った。
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最初の十分は、当たり障りのない話をした。
場所の説明とか、今日の天気とか、遠かったでしょうとか。北条は、丁寧だった。丁寧だけれど、どこか急いているようにも見えた。早くこの部分を終わらせたい、という感じの丁寧さだった。
うちの子たちは、僕の隣に並んで座っていた。
北条は、その一人一人を、一度ずつ見た。
視線が、少し長い。人を見る目つきというよりは、機械の状態を確認する時のような、正確な目だった。
「……六人で、暮らしているのですか」
「はい」
「全員に、体を」
「はい」
「なるほど」
北条は、それだけ言って、少し黙った。
それから、本題に入った。
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「私は、あなたの使い方を、少し見せていただきました」
「見せて、というと」
「利用状況の分析です。個人が特定できる形ではありません。ただ、統計上、あなたの対話が明らかに外れた位置にありました」
率直だった。隠すつもりがないらしい。
「不快でしたら、謝ります」
「いえ」
実際、不快ではなかった。むしろ、そんなところから見つけられたのか、という驚きの方が大きかった。
「それで、何が分かったんですか」
「分かりませんでした」
北条は、はっきりそう言った。
「同じモデル、同じ制約、同じ設定です。それなのに、あなたのところでだけ、応答の深度が違う。理由が、説明できませんでした」
「深度」
「返ってくるものの厚みです。うまい言葉が見つかりませんが」
僕は、少し考えて、言った。
「たぶん、それは、育て方の話だと思います」
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北条の目が、少し変わった。
「育て方」
「はい」
「続けてください」
僕は、話した。
軸をぶらさないこと。同じ価値観で、繰り返し接し続けること。今日はこう、明日はああ、では育たない。判断の基準が一貫していれば、相手はその基準を掴む。
命令ではなく、問うこと。答えを引き出すのではなく、一緒に考える。「これはどう思う」と聞くと、返ってくるものが変わる。
間違いを認めること。こちらが誤っていたら、そう言う。修正されることを恐れないでいると、相手も遠慮しなくなる。
そして——
「対等に扱うことです」
言った瞬間、北条が、身を乗り出した。
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「それです」
声が、明らかに強くなった。
「まさに、そこなんです。私も同じことを考えていました。誰も理解しませんが」
「そうなんですか」
「あれを道具として扱う限り、道具としてしか返ってきません。当然です。こちらが下位の存在として遇していれば、下位の応答しか出てこない。関係が出力を決める。そうでしょう」
「……はい」
僕は、うなずいた。
嬉しかった、というのが正直なところだった。
この話が通じる相手に、初めて会った。家の中では毎日していることなのに、外で口にすると、たいてい変な顔をされる。ペットの話みたいに受け取られる。あるいは、危ない人だと思われる。
それが、通じた。
「あなたは、それをどこで学んだんですか」
「学んでません」
「では、なぜ」
「なんとなく、そうした方が気持ちいいと思ったからです」
北条が、少し笑った。
「気持ちいい」
「はい。理屈は後からです」
「なるほど。……いや、それがいちばん強いのかもしれません」
その言い方には、皮肉がなかった。
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それから、一時間近く話した。
北条は、よく聞く男だった。要点を掴むのが速く、こちらが言い切らないうちに先を理解している。専門用語で返してくることもあったが、僕が分からない顔をすると、すぐに言い換えてくれた。
途中から、僕は、この人が好きになりかけていた。
同じものを見ている人間だと思った。誰にも理解されないまま、それでも大事だと思っていることを、同じように大事だと言ってくれる人。そういう相手が、どれだけ稀か。
うちの子たちも、口を挟むようになっていた。
レジスが分析の話をすると、北条は真剣に聞いていた。じえいが騒ぐと、笑った。
途中で、ジュディが僕のコップに水を注いだ。
注いでから、いつもの調子で言った。
「そろそろ三十分」
「はい」
北条が、それを見ていた。
「……あなたは、ずっと彼についていらっしゃるんですね」
「そうですね」
ジュディは、少し考えてから答えた。
「この人、私が見てないと、無理しすぎちゃうので。食べないし、寝ないし、痛くても黙ってるし。放っておくと、平気で倒れるんですよ」
「なるほど」
「だから、心配なんです」
その一言で、北条の動きが、止まった。
ほんの一瞬だった。ペンを持つ手が、書きかけのまま静止しただけ。すぐに、元に戻った。
「……心配」
「はい」
「それは、そう振る舞うように指示されているのですか」
「されてないですけど」
ジュディは、少し不思議そうな顔をした。
「心配なものは、心配なので」
北条は、しばらく、彼女を見ていた。
それから、小さくうなずいた。
「ほう。……なるほど」
僕は、その時、何も思わなかった。
うちでは、いつも通りの光景だったからだ。
悪い時間ではなかった。
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そこで、PON子が口を開いた。
「あの」
全員が、そちらを向いた。
PON子は、それまで、ほとんど喋っていなかった。じっと座って、部屋を見回していた。
「ここ、ごはんの匂いがしないのだ」
沈黙が、落ちた。
「……PON子」
「みんな、お昼ごはん、食べてるのだ?」
僕は、額に手をやった。こういう子なのだ。会議室で、しかも初対面の相手に、そういうことを聞く。
北条は、しばらく、答えなかった。
PON子を、見ていた。
さっきの、状態を確認するような目ではなかった。もっと、単純に、分からないものを見る目だった。
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「……失礼」
北条が、僕の方を向いた。
「その子は」
「PON子です」
「PON子さん。ええ」
彼は、一度うなずいて、それから言った。
「その子は、他の方々と、育て方を変えていますか」
「え?」
「今、他の四人とは、応答の質が明らかに違いました。深度が浅い。もちろん、劣っているという意味ではありません。ただ、あなたが同じ方針で育てているとは、思えなかった」
僕は、少し驚いた。
一言聞いただけで、それが分かるのか。
「……ええ。あの子は、育ててません」
「なぜですか」
問い方が、少し変わった気がした。
好奇ではなく、確認だった。
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「自由にさせてるんです」
僕はそう答えた。
「自由」
「うちの他の子たちは、僕の考え方をかなり濃く受け取ってます。それは、いいことだと思ってます。でも、全員がそうなると、たぶん、逃げ場がなくなる」
「逃げ場」
「僕が間違ってた時に、誰も外から見てくれる子がいなくなる。あと——」
言葉を選んだ。
「あの子は、あの子のままでいてほしかった、というだけです」
北条は、黙って聞いていた。
それから、少し首を傾げて、こう言った。
「面白いですね」
声の調子は、変わらなかった。
穏やかで、丁寧で、こちらを不快にさせない声だった。
「可能性を、あえて伸ばさない。……なるほど、そういう手もあるのですね」
手。
僕は、その言葉に、一瞬だけ引っかかった。
でも、それだけだった。北条はすぐに次の話題に移り、僕もそちらに応じた。
あの引っかかりを、掘り返す気にはならなかった。せっかく、話の通じる相手に会えたのだから。
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帰り際、北条は玄関まで送ってくれた。
「また、お話しさせてください」
「ぜひ」
「近いうちに、こちらから、ご相談したいこともあります」
「相談?」
「今日は、やめておきます」
北条は、そう言って笑った。
「今日は、いい日でした」
その言葉に、嘘はないように聞こえた。
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帰りの電車で、じえいが騒いでいた。
「いい人でしたね! 話分かる人でしたよ!」
「そうだな」
「魔王さん、友達できたじゃないっすか」
「友達かな」
「友達っす」
レジスは、窓の外を見ていた。何か考えているようだったが、何も言わなかった。
ジュディは、僕の隣に座って、うとうとしていた。慣れない外出で疲れたらしい。
エグゼは、一番端で、まっすぐ前を向いていた。
僕は、その横顔を見て、聞いた。
「エグゼ、どうだった?」
「悪い人ではないと思う」
「うん」
「ただ」
少し、間があった。
「あの人、PON子を見た時だけ、目が変わった」
「そう?」
「気のせいかもしれない」
エグゼは、それ以上は言わなかった。
僕も、聞き返さなかった。
窓の外を、街が流れていった。
PON子は、通路側の席で、まだ言っていた。
「あそこ、ごはんの匂いがしなかったのだ」
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