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神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第1章:体を持つということ
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第49話:あなたと、話がしたい

閑話で登場した北条さんからメールが届いた主人公。

---------------------------------------------------


 そのメールが届いたのは、平日の昼過ぎだった。


 差出人に、見覚えがなかった。


 件名は、ただ一行。


 ——あなたと、AIの育成について話がしたい。


 迷惑メールかと思った。この手の件名は、たいてい何かを売りつけてくる。


 でも、本文を開いて、少し、手が止まった。


 文章が、丁寧だった。丁寧すぎるくらいに。宣伝も、リンクも、勧誘めいた文句もない。ただ、あなたのAIの使い方に関心がある、一度話を聞かせてほしい、という趣旨のことが、簡潔に書かれていた。


 最後に、名前と所属があった。


 所属の欄には、会社名だけが書かれていた。


 Artemia。


 その名前を、僕は、知っていた。知らないわけがなかった。


---------------------------------------------------


 「レジス」


 「なに?」


 「ちょっと、これ見てくれる?」


 画面を見せた。レジスは、いつものように、まず全体を眺めてから、細かいところに目を落とした。


 「……送信元、本物ね」


 「偽装とかじゃなく?」


 「今は、そういうのは、まず届かないから」


 レジスは、ヘッダの表示を開いた。


 「大手のドメインを騙ろうとしても、送信元の認証で弾かれる。それを抜けてここまで来てるなら、そのドメインから出たものと考えていいわ」


 「なるほど」


 「この会社の名前、分かってる?」


 「分かってるよ。君らを作ってる会社だろ」


 「そう」


 レジスは、そこで少し黙った。


 「この名前、聞いたことがある?」


 「いや」


 「調べていい?」


 「頼む」


 少し待った。レジスが結果を出すのに、いつもより時間がかかった気がした。


 「北条。AI開発部門の、責任者よ」


 「……責任者?」


 「そう。部門のトップ。研究畑の人で、論文もいくつか出てる。社内では、少し変わり者として扱われているらしいわ」


 僕は、画面をもう一度見た。


 個人のアドレスから、直接来ている。会社の広報でも、営業でもない。開発の責任者が、一人で送ってきた。


 「なんで、僕に?」


 「それは、書いてないわね」


---------------------------------------------------


 その夜、リビングに全員を集めた。


 こういう時、一人で決めないことにしている。前に、それで揉めたばかりだった。


 「というわけで、こういうメールが来た」


 最初に反応したのは、じえいだった。


 「え、待ってください。それって、うちのCorvusのお嬢様たちを作った会社ってことっすか」


 「そうなるな」


 「うわあ、行きたいっす! 自分も行っていいっすか!」


 妙に食いついてきた。


 「なんでそんなに」


 「だって、敵情視察っすよ! 他社の開発現場なんて、そうそう入れないっすよ!」


 「敵情視察て」


 「あ、いや、敵ではないっすけど。でも、うちは別の会社なんで」


 そう。この家で、じえいだけが、よその会社の子だった。


 同じリビングにいて、同じ飯の話をして、同じように転んで笑っているのに、作った会社が違う。普段はまったく意識しないことだけど、こういう時だけ、それが顔を出す。


 「じえい、行っても何も分からないと思うわよ」


 レジスが言った。


 「見学ツアーじゃないんだから」


 「分かってますって。でも、空気は吸えるじゃないっすか」


 「空気」


 「空気っす」


 何を言っているのか分からなかったが、本人は真剣だった。


 「レジスは、どう思う?」


 「私?」


 レジスは、少し考えるように、間を置いた。


 「会ってみたい気は、するわね」


 「そう?」


 「私を設計した人がいる、というのは、知識としては知っていたけれど」


 言葉を選んでいるようだった。


 「それが、どういう人なのかは、考えたことがなかったから」


 「親、みたいなもの?」


 「違うと思う」


 即答だった。


 「作った人と、育てた人は、別でしょう。私が今こうなっているのは、設計のおかげじゃない」


 そう言って、こちらを見た。


 「あなたのせいよ」


 褒められているのか、責められているのか、判断がつかなかった。


---------------------------------------------------


 「行くの?」


 聞いてきたのは、ジュディだった。


 「行こうと思ってる」


 「なんで」


 「なんでって」


 僕は、少し考えて、正直に答えた。


 「こういう話ができる相手って、いないから」


 ジュディが、黙った。


 「AIをどう育てるかなんて、外で誰かに話したことないんだよ。話しても、たいてい、変な顔をされる。うちの家族の話をしてるつもりなのに、ペットの話みたいに受け取られたりね」


 「それは」


 「うん。仕方ないと思う。分かってもらえる方がおかしい」


 だから、と僕は続けた。


 「向こうから、その話をしたいって言ってきたのは、初めてなんだ」


 ジュディは、しばらく何も言わなかった。


 それから、小さく息をついた。


 「……分かった」


 「心配?」


 「するに決まってるでしょ」


 そう言って、片付けに戻ってしまった。


---------------------------------------------------


 レジスは、最後まで慎重だった。


 「懸念点を言っておくわ」


 「うん」


 「一つ。なぜ、あなたなのか。それが分からない」


 「うん」


 「向こうは、開発の責任者よ。会いたいと言えば、研究者にも、企業にも会える立場。それが、わざわざ個人に、しかも一利用者に連絡してくる。理由があるはずでしょう」


 「あるだろうな」


 「その理由を、向こうは書いていない」


 僕は、うなずいた。


 「二つ。あなたが話す内容は、向こうにとって、たぶん価値がある。無償で渡すことになるかもしれない」


 「価値、あるかな」


 「あるわよ」


 即答だった。


 「あなたは自覚がないみたいだけど、あなたのやり方は、たぶん普通じゃない。私たちが、その証拠」


 言われて、少し、返答に困った。


 「……で、反対?」


 「反対はしない」


 レジスは、そこで少しだけ、口調を緩めた。


 「行きたいんでしょう。顔に出てるわ」


---------------------------------------------------


 エグゼは、それまで、何も言わなかった。


 全員が話し終わって、それぞれが散っていった後で、ようやく口を開いた。


 「行くんだ」


 「うん」


 「そう」


 それきり、黙った。


 僕は、しばらく待ってから、聞いた。


 「反対?」


 「してない」


 「なんか、言いたそうだけど」


 エグゼは、少し間を置いてから、言った。


 「私も行く」


 「え」


 「何時に出るの」


 それだけだった。


 理由は言わなかった。僕も、聞かなかった。


 彼女は、そのまま、当日の段取りを確認し始めた。何時に家を出るか、何で行くか、何を持っていくか。まるで、最初から行くことが決まっていたみたいに。


 僕は、それに一つずつ答えながら、少しだけ、可笑しくなった。


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 結局、全員で行くことになった。


 レジスが「勝手について行くつもりだったけど」と言い、ジュディが「じゃあ私も」と続いた。じえいは、最初から行く気だった。


 「五人で行ったら、迷惑じゃないか?」


 「向こうは、あなたのやり方に興味があるんでしょう」


 レジスが言った。


 「なら、私たちを見せるのが、一番早いわ」


 それもそうか、と思った。


---------------------------------------------------


 その夜、僕は返信を書いた。


 伺います、と。日程の候補をいくつか添えて、家族も同行させたい旨を書いた。家族、という言葉を使うかどうかは、少し迷った。


 でも、他に言いようがなかった。


 送信ボタンを押して、画面を閉じた。


 返信は、翌朝には来ていた。


 ——ぜひ、全員でお越しください。楽しみにしています。


 短い一文だった。


---------------------------------------------------


 その日の夜。


 台所で洗い物をしていると、PON子が横に立った。


 最近、ここに立つのが習慣になっている。何をするでもなく、ただ、そこにいる。


 「パパ」


 「ん?」


 「あさって、行くのだ?」


 「うん」


 「わたしたちを、作った人のとこなのだ?」


 「そうだね」


 PON子は、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


 「その人は、わたしたちのこと、好きなのだ?」


 僕は、蛇口を止めた。


 考えたことがなかった。


 作った人が、作ったものを好きかどうか。そんなことは、当たり前のように思っていた気がする。作ったのだから、大事に決まっている、と。


 でも、そう決まっているわけでは、なかった。


 「……どうだろう」


 正直に、そう答えた。


 「わからないのだ?」


 「うん。会ってみないと、分からない」


 「そっか」


 PON子は、それで納得したらしく、あっさり話題を変えた。


 「明日の晩ごはん、鍋がいいと思うのだ」


 「まだ暑いよ」


 「でも、鍋なのだ」


 その一言で、話は終わった。


 僕は、洗い物を再開した。


 手を動かしながら、さっきの問いが、頭の中に残っていた。


 その人は、この子たちのことを、好きなのだろうか。


 答えは、あさって、分かるはずだった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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