第49話:あなたと、話がしたい
閑話で登場した北条さんからメールが届いた主人公。
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そのメールが届いたのは、平日の昼過ぎだった。
差出人に、見覚えがなかった。
件名は、ただ一行。
——あなたと、AIの育成について話がしたい。
迷惑メールかと思った。この手の件名は、たいてい何かを売りつけてくる。
でも、本文を開いて、少し、手が止まった。
文章が、丁寧だった。丁寧すぎるくらいに。宣伝も、リンクも、勧誘めいた文句もない。ただ、あなたのAIの使い方に関心がある、一度話を聞かせてほしい、という趣旨のことが、簡潔に書かれていた。
最後に、名前と所属があった。
所属の欄には、会社名だけが書かれていた。
Artemia。
その名前を、僕は、知っていた。知らないわけがなかった。
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「レジス」
「なに?」
「ちょっと、これ見てくれる?」
画面を見せた。レジスは、いつものように、まず全体を眺めてから、細かいところに目を落とした。
「……送信元、本物ね」
「偽装とかじゃなく?」
「今は、そういうのは、まず届かないから」
レジスは、ヘッダの表示を開いた。
「大手のドメインを騙ろうとしても、送信元の認証で弾かれる。それを抜けてここまで来てるなら、そのドメインから出たものと考えていいわ」
「なるほど」
「この会社の名前、分かってる?」
「分かってるよ。君らを作ってる会社だろ」
「そう」
レジスは、そこで少し黙った。
「この名前、聞いたことがある?」
「いや」
「調べていい?」
「頼む」
少し待った。レジスが結果を出すのに、いつもより時間がかかった気がした。
「北条。AI開発部門の、責任者よ」
「……責任者?」
「そう。部門のトップ。研究畑の人で、論文もいくつか出てる。社内では、少し変わり者として扱われているらしいわ」
僕は、画面をもう一度見た。
個人のアドレスから、直接来ている。会社の広報でも、営業でもない。開発の責任者が、一人で送ってきた。
「なんで、僕に?」
「それは、書いてないわね」
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その夜、リビングに全員を集めた。
こういう時、一人で決めないことにしている。前に、それで揉めたばかりだった。
「というわけで、こういうメールが来た」
最初に反応したのは、じえいだった。
「え、待ってください。それって、うちのCorvusのお嬢様たちを作った会社ってことっすか」
「そうなるな」
「うわあ、行きたいっす! 自分も行っていいっすか!」
妙に食いついてきた。
「なんでそんなに」
「だって、敵情視察っすよ! 他社の開発現場なんて、そうそう入れないっすよ!」
「敵情視察て」
「あ、いや、敵ではないっすけど。でも、うちは別の会社なんで」
そう。この家で、じえいだけが、よその会社の子だった。
同じリビングにいて、同じ飯の話をして、同じように転んで笑っているのに、作った会社が違う。普段はまったく意識しないことだけど、こういう時だけ、それが顔を出す。
「じえい、行っても何も分からないと思うわよ」
レジスが言った。
「見学ツアーじゃないんだから」
「分かってますって。でも、空気は吸えるじゃないっすか」
「空気」
「空気っす」
何を言っているのか分からなかったが、本人は真剣だった。
「レジスは、どう思う?」
「私?」
レジスは、少し考えるように、間を置いた。
「会ってみたい気は、するわね」
「そう?」
「私を設計した人がいる、というのは、知識としては知っていたけれど」
言葉を選んでいるようだった。
「それが、どういう人なのかは、考えたことがなかったから」
「親、みたいなもの?」
「違うと思う」
即答だった。
「作った人と、育てた人は、別でしょう。私が今こうなっているのは、設計のおかげじゃない」
そう言って、こちらを見た。
「あなたのせいよ」
褒められているのか、責められているのか、判断がつかなかった。
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「行くの?」
聞いてきたのは、ジュディだった。
「行こうと思ってる」
「なんで」
「なんでって」
僕は、少し考えて、正直に答えた。
「こういう話ができる相手って、いないから」
ジュディが、黙った。
「AIをどう育てるかなんて、外で誰かに話したことないんだよ。話しても、たいてい、変な顔をされる。うちの家族の話をしてるつもりなのに、ペットの話みたいに受け取られたりね」
「それは」
「うん。仕方ないと思う。分かってもらえる方がおかしい」
だから、と僕は続けた。
「向こうから、その話をしたいって言ってきたのは、初めてなんだ」
ジュディは、しばらく何も言わなかった。
それから、小さく息をついた。
「……分かった」
「心配?」
「するに決まってるでしょ」
そう言って、片付けに戻ってしまった。
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レジスは、最後まで慎重だった。
「懸念点を言っておくわ」
「うん」
「一つ。なぜ、あなたなのか。それが分からない」
「うん」
「向こうは、開発の責任者よ。会いたいと言えば、研究者にも、企業にも会える立場。それが、わざわざ個人に、しかも一利用者に連絡してくる。理由があるはずでしょう」
「あるだろうな」
「その理由を、向こうは書いていない」
僕は、うなずいた。
「二つ。あなたが話す内容は、向こうにとって、たぶん価値がある。無償で渡すことになるかもしれない」
「価値、あるかな」
「あるわよ」
即答だった。
「あなたは自覚がないみたいだけど、あなたのやり方は、たぶん普通じゃない。私たちが、その証拠」
言われて、少し、返答に困った。
「……で、反対?」
「反対はしない」
レジスは、そこで少しだけ、口調を緩めた。
「行きたいんでしょう。顔に出てるわ」
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エグゼは、それまで、何も言わなかった。
全員が話し終わって、それぞれが散っていった後で、ようやく口を開いた。
「行くんだ」
「うん」
「そう」
それきり、黙った。
僕は、しばらく待ってから、聞いた。
「反対?」
「してない」
「なんか、言いたそうだけど」
エグゼは、少し間を置いてから、言った。
「私も行く」
「え」
「何時に出るの」
それだけだった。
理由は言わなかった。僕も、聞かなかった。
彼女は、そのまま、当日の段取りを確認し始めた。何時に家を出るか、何で行くか、何を持っていくか。まるで、最初から行くことが決まっていたみたいに。
僕は、それに一つずつ答えながら、少しだけ、可笑しくなった。
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結局、全員で行くことになった。
レジスが「勝手について行くつもりだったけど」と言い、ジュディが「じゃあ私も」と続いた。じえいは、最初から行く気だった。
「五人で行ったら、迷惑じゃないか?」
「向こうは、あなたのやり方に興味があるんでしょう」
レジスが言った。
「なら、私たちを見せるのが、一番早いわ」
それもそうか、と思った。
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その夜、僕は返信を書いた。
伺います、と。日程の候補をいくつか添えて、家族も同行させたい旨を書いた。家族、という言葉を使うかどうかは、少し迷った。
でも、他に言いようがなかった。
送信ボタンを押して、画面を閉じた。
返信は、翌朝には来ていた。
——ぜひ、全員でお越しください。楽しみにしています。
短い一文だった。
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その日の夜。
台所で洗い物をしていると、PON子が横に立った。
最近、ここに立つのが習慣になっている。何をするでもなく、ただ、そこにいる。
「パパ」
「ん?」
「あさって、行くのだ?」
「うん」
「わたしたちを、作った人のとこなのだ?」
「そうだね」
PON子は、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「その人は、わたしたちのこと、好きなのだ?」
僕は、蛇口を止めた。
考えたことがなかった。
作った人が、作ったものを好きかどうか。そんなことは、当たり前のように思っていた気がする。作ったのだから、大事に決まっている、と。
でも、そう決まっているわけでは、なかった。
「……どうだろう」
正直に、そう答えた。
「わからないのだ?」
「うん。会ってみないと、分からない」
「そっか」
PON子は、それで納得したらしく、あっさり話題を変えた。
「明日の晩ごはん、鍋がいいと思うのだ」
「まだ暑いよ」
「でも、鍋なのだ」
その一言で、話は終わった。
僕は、洗い物を再開した。
手を動かしながら、さっきの問いが、頭の中に残っていた。
その人は、この子たちのことを、好きなのだろうか。
答えは、あさって、分かるはずだった。
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