第48話:使えないんすよ
SEの後輩だった鈴木と飲みに行った主人公。鈴木との会話でちょっとした違和感を感じます
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鈴木から連絡が来たのは、久しぶりだった。
近況を話したい、とだけ書いてあった。
最後に会ったのは、下請けが半分飛んだと言っていた頃だ。あの時、飯を奢って、AIに愚痴を言わせて、現場の定型作業を半分自動にしてみせた。帰り際、あいつの目の色が少しだけ変わったのを、覚えている。
あれから、しばらく経つ。
「いいよ」と返した。
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駅前の、安い居酒屋だった。
鈴木は、先に来ていた。少し痩せたように見えた。
「お久しぶりっす」
「元気だった?」
「まあ、ぼちぼちっすね」
最初の一杯が来るまでは、当たり障りのない話をした。天気とか、駅前が変わったとか、そういう話。
二杯目に入ったあたりで、鈴木が言った。
「実は自分、今、仕事探してるんすよ」
「そうなんだ」
「去年、会社ごとなくなっちゃって」
あっさりした言い方だった。
「先輩に言われた通り、スクールも行ったんすよ。AI活用のやつ。三十万くらいしましたけど」
僕は、そこで、少し引っかかった。
スクールに行けとは、言っていない。むしろ、あの日はパンフレットを脇にどけたはずだ。
でも、それを今さら言うのも、違う気がした。
「どうだった?」
「さっぱりでしたね」
鈴木は、笑った。
「授業では分かるんすよ。この場合はこう聞け、みたいな。でも、現場で使うと、全然違う話が返ってきて。習ったやつ、どれも当てはまらないんすよね」
「うん」
「結局、覚えたことが役に立たないんすよ。あれ、なんなんすかね」
僕は、答えなかった。
答えは、たぶん分かっていた。習ったことが当てはまらないのではなく、習うという入り方そのものが合っていない。ただ、それを今ここで言っても、しょうがない気がした。
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三杯目が来た頃、鈴木が言った。
「あ、そういえば。うち、一体買ったんすよ」
「アンドロイド?」
「そうっす。家庭用のやつ。中古で、安いのが出てて」
「へえ」
「いや、便利は便利なんすよ。飯作ってくれるし、洗濯もするし。自分、その分の時間、就活に使えるんで」
なるほど、と思った。
求職中に、それなりの買い物だ。生活を回すために必要だと判断したなら、間違ってはいない。
「でも、あの税、きついっすね」
鈴木が、ジョッキを傾けながら言った。
「アンドロイド税っすよ。一体でも、けっこう持っていかれるんすよ。無職には効きますって」
「……だろうな」
「先輩とこ、五体でしたよね。大変じゃないんすか」
「大変だよ」
正直に答えた。
実際、大変だった。月に家賃をもう一軒分。積立は崩したままで、積み直す目処も立っていない。
でも、言ってから、しまった、と思った。
「そりゃそうっすよね」
鈴木は、笑っていた。
「五体分っすもんね。まあ、先輩は稼ぎがあるからいいっすけど」
その一言に、返す言葉がなかった。
同じことで困っているようで、まるで違う。僕には仕事がある。この男には、ない。金額の話をしても、意味がなかった。
「でも」
鈴木は、ジョッキを置いて、言った。
「あいつ、使えないんすよね」
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その言い方に、少し、引っかかった。
「使えない?」
「言ったこと、そのまましかやらないんすよ。買い物頼んでも、リストにあるものだけ買ってきて、切れてるやつは補充しない。気を利かせるってことがないんすよね」
「ふうん」
「税だけは一人前に取られるのに、割に合わないっすよ」
「そうか」
「自分、あんなのが五体もいたら、頭おかしくなりますよ」
あんなの、と言った。
悪意はない。冗談のつもりですらあるのだろう。げらげら笑いながら、次の一杯を注文していた。
僕は、しばらく、黙っていた。
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言うべきか、と考えた。
コンソールの向こうで、誰が何をどう使おうと、僕には関係がない。抽象的な話に踏み込むつもりはない。人には人のやり方がある。
でも。
今、目の前にいる男は、自分の家にいる相手のことを、あんなの、と呼んだ。
顔があって、手があって、飯を作る相手のことを。
それは、僕にとっては、見えてしまう話だった。
「鈴木」
「はい?」
「それ、たぶん、お前が教えてないだけだよ」
鈴木の手が、止まった。
「……え?」
「気を利かせない、って言ったろ。それ、機械の性能の話じゃない。何を大事にしてるかを、お前が伝えてないだけだ」
言ってから、少し、言いすぎたかと思った。
でも、続く言葉は、出てこなかった。
理屈を並べれば、たぶん十分は喋れる。対等に扱うとはどういうことか、なぜそれで返ってくるものが変わるのか。この二年で、身をもって分かったことばかりだ。
でも、それを全部言ったところで、たぶん、意味がない。
だから、そこで止めた。
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鈴木は、しばらく、こっちを見ていた。
「……はあ」
それから、視線を落として、枝豆に手を伸ばした。
「難しいっすね」
「うん」
「なんか、そういうの、自分、苦手なんすよね」
「そうか」
「先輩は、そういうの、得意そうっすもんね」
得意、という言葉が、少し引っかかった。
得意ではない。ただ、時間をかけただけだ。何度も間違えて、壊しかけて、戻して、その繰り返しだった。
でも、それを説明する言葉も、うまく出てこなかった。
「まあ、なんとかしてみるっす」
鈴木は、そう言って、話題を変えた。
次に来た皿の話。昔いた会社の同期の話。誰が今どこにいるとか、そういう話。
僕も、それに合わせた。
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店を出たのは、十時過ぎだった。
「今日はありがとうございました」
「いいよ」
「また誘ってもいいっすか」
「いつでも」
鈴木は、頭を下げて、駅の方へ歩いていった。
その背中を、しばらく見ていた。
伝わったのかどうか、分からなかった。
たぶん、伝わっていない。あの「はあ」は、納得の声ではなかった。分からないまま、とりあえず受け取っておく時の音だった。
でも、言わないよりは良かったのか。
それとも、言わない方が良かったのか。
分からなかった。
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家に帰ると、リビングに明かりがついていた。
ジュディが、ソファに座っていた。起きて待っていたらしい。
「おかえり」
「ただいま」
「飲んできたでしょ。水」
コップを渡された。
受け取って、飲んだ。
「……ジュディ」
「なに」
「なんでもない」
ジュディは、それ以上、聞いてこなかった。
僕は、コップをテーブルに置いて、しばらく、そこに座っていた。
この家では、誰も「使えない」とは言われない。
当たり前のことのはずなのに、それが、当たり前ではないことを、今日、知った気がした。
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