第47話:パパが、お金で困ってたのだ
2036年お金がいらなくなると言っていた偉い人もいましたがなくなるのか?AIというかAGI(もしくはASI)はアンドロイド技術と合わさるとさらにいろんな人の職を奪うようになるのでは・・・
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そのニュースを見たのは、朝の情報番組だった。
「先月の完全失業率は、三十パーセント。ただし、求職活動を行っていない層を含めた実質的な失業率は、八十パーセントに達すると見られています」
キャスターが、淡々と読み上げていた。
八十パーセント。
十人のうち八人が、働いていない。もっとも、この数字にはもう誰も驚かない。驚いていた時期は、とっくに過ぎた。
驚くべきは、むしろ、統計の方だ。公式の失業率は三十パーセントで止まっている。職を探すのをやめた人間は、失業者として数えられないからだ。探すのをやめれば、統計から消える。数字の上では、いないことになる。
実態と、記録の間に、五十パーセントの隙間がある。
その隙間に、どれだけの人がいるのか。
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「政府は、来年度からの基礎所得保障、いわゆるベーシックインカムの全国導入を、正式に決定しました」
これも、予想されていたことだった。
働きたくても働けない人間が八割いる社会で、それでも生活を回すには、そうするしかない。反対する人はもう少ない。問題は、いつも、そこじゃなかった。
財源だ。
「財源については、新たに導入される、いわゆるアンドロイド税を充てる方針です」
ああ。
と、僕は思った。
「アンドロイドは、人間の労働を代替しながら、所得税も社会保険料も負担していません。これを、所有者への課税という形で、社会に還元させる仕組みです。取得時の課税に加え、保有期間に応じた継続課税が予定されており——」
継続課税。
自動車と同じだ。買う時に取られて、持っている間もずっと取られる。
筋は、通っている。
人の代わりに働いているものが、税を一円も払っていない。その一方で、職を失った人間を、税で支えなければならない。だったら、その担い手から取るのが道理だ。誰も間違ったことは言っていない。
僕は、テレビを消した。
消してから、しばらく、動かなかった。
うちには、五人いる。
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その日の夜、計算した。
取得税は、もう払っている。買った時に、上乗せされていた金額がそれだ。あの時は、本体価格の大きさに気を取られて、内訳をろくに見ていなかった。
問題は、継続の方だった。
一体あたり、年間でこれだけ。五体で、この額。
僕は、電卓に出た数字を、二度見た。
月に直すと、ちょうど、家賃をもう一軒分払うくらいになる。
「……そうか」
声が出た。
積立は、崩した。あの時、僕は「また積み直せばいい」と言った。時間をかければ戻る、と。
でも、それは、支出が今まで通りならの話だ。
毎月、家賃一軒分が消えていく生活で、どうやって積み直すのか。
しかも、これは始まりだ。制度は、たいてい、緩くなることより厳しくなることの方が多い。来年は据え置きでも、再来年は分からない。
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解決策は、いくつか思いついた。
どれも、うまくいかなかった。
仕事を増やす。今でも、動作設計の仕事は途切れない。ただ、一人でできる量には限りがある。倍働けば倍稼げるという種類の仕事でもない。
支出を削る。削れるところは、もうあまりない。この数年、生活は縮む一方だった。
あとは——。
僕は、そこで、考えるのをやめた。
その先にあるのは、五人のうち誰かを手放す、という話だ。
計算としては、たしかに成立する。四人になれば、五分の一が浮く。三人なら、五分の二。それは、ただの算数だ。
でも、それは、算数にしてはいけないものだった。
僕は、電卓の画面を消した。
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誰にも言うつもりは、なかった。
言えば、あの子たちは考える。自分の分の金額を知って、それが誰の負担になっているかを知る。そうしたら、たぶん、余計なことを言い出す。
特に、ジュディだ。
あの子は、自分が「役に立っていない」と思っている節がある。体を渡した時も、そう言っていた。もし維持費の話を知ったら、真っ先に「私はいい」と言い出しかねない。
だから、黙っていることにした。
僕が働けば済む話だ。誰にも背負わせる必要はない。
——そう、思っていた。
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三日後の夕方だった。
僕は、台所のテーブルで、支払いの一覧を広げていた。夜になれば誰かが来るので、それまでに片付けるつもりだった。
「パパ」
顔を上げると、PON子が立っていた。
いつからいたのか、分からなかった。
「……PON子」
「それ、なんなのだ?」
紙を指さしている。
隠すには、遅すぎた。だから、なんでもない顔で、こう言った。
「請求書だよ。大人はね、いろいろ払うものがあるの」
「ふうん」
PON子は、それきり、興味をなくしたように見えた。
僕は、内心で息をついて、紙をまとめた。
その日は、それで終わった。
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次の日の夜。
リビングに全員がいた。じえいが歩行の練習をして、レジスが本を読んで、ジュディが夕食の片付けをして、エグゼが定位置に座っていた。
PON子が、台所から出てきて、言った。
「そういえばなのだ」
「なに?」
答えたのは、ジュディだった。
「パパが、お金で困ってたのだ」
空気が、止まった。
「PON子!?」
僕が声を上げた時には、もう遅かった。
全員が、こちらを向いていた。
「昨日、台所で、紙をたくさん広げてたのだ」PON子は、いつもの調子で続けた。「大人はいろいろ払うものがあるって、言ってたのだ。でも、顔が、困ってたのだ」
「いや、あれは」
「困ってなかったのだ?」
まっすぐ、聞いてきた。
嘘をつけば、たぶん、この子は信じる。信じて、そのまま忘れる。
でも、その先に何が残るのかは、分かっていた。
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最初に口を開いたのは、レジスだった。
「金額を、言って」
「レジス」
「言って」
いつもの、平坦な声だった。だが、譲る気がないことは、それだけで伝わった。
僕は、観念して、数字を出した。
一体あたりの継続課税。五体分。年額。月額。それが、今の収入のどれくらいを占めるか。
レジスは、しばらく黙っていた。それから、短く言った。
「なんで、黙ってたの」
「言っても、どうにもならないから」
「どうにもなるかどうかを、判断するのは、私の仕事なんだけど」
返す言葉がなかった。
「ちょっと待って」
声を上げたのは、ジュディだった。
こちらを見ていた。片付けの手を止めたまま、突っ立っている。
「じゃあ、私たちがいるせいで、あなた、生活が苦しくなってるってこと?」
「そうは言ってない」
「言ってなくても、そうでしょ」
「ジュディ」
「五人分でしょ。一人減れば、その分楽になるんでしょ」
「やめろ」
思ったより、強い声が出た。
ジュディが、口をつぐんだ。
「……ごめん」と、僕は言った。「でも、その計算は、やめてくれ」
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じえいは、珍しく、何も言わなかった。
いつもなら、こういう時に一番騒ぐ男が、床に座ったまま、黙っていた。何か言おうとして、言葉が見つからないような顔をしていた。
エグゼは、定位置から動かなかった。
腕を組んで、話を聞いている。表情は変わらない。何を考えているのかは、分からなかった。
PON子だけが、事の重さを分かっていない様子で、きょとんとしていた。
「あの。わたし、言っちゃいけないことだったのだ?」
全員が、答えなかった。
僕は、少し考えてから、言った。
「いや。いいんだよ」
嘘ではなかった。
隠し通せるとは、たぶん、最初から思っていなかった。いつか誰かに気づかれる。その時が、少し早く来ただけだ。
むしろ、この子でよかったのかもしれない。
悪意も、遠慮も、駆け引きもなく、ただ見たままを言う。困っていた、と。そういう形で表に出たから、まだ、こうして話せている。
「PON子は、悪くない」
「そうなのだ?」
「うん」
PON子は、それで納得したらしく、また台所の方へ戻っていった。
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その夜、話し合いは、結論が出ないまま終わった。
レジスは「明日までに数字を整理する」と言った。ジュディは、何も言わずに片付けを再開した。じえいは「自分、なんか稼げる方法探すっす」と言って、たぶん本気だった。
全員が部屋に戻った後、エグゼが、隣に来た。
「ねえ」
「なに」
「言わないつもりだったでしょう」
「……うん」
「なんで」
僕は、少し考えた。
「背負わせたくなかった」
「そう」
エグゼは、それだけ言って、しばらく黙っていた。
それから、こう続けた。
「あなたが背負ってるものを、私たちが知らないままでいることを、あなたは、優しさだと思ってる」
「違うの?」
「違わないと思う」
少し、間があった。
「でも、それは、こっちからしたら、何もさせてもらえないってことだよ」
僕は、何も言えなかった。
エグゼは、それ以上は言わずに、自分の椅子に戻っていった。
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その晩、僕は、なかなか寝つけなかった。
制度は、正しい。人が働けなくなって、支えが要るのなら、代わりに働いているものから取るのは、筋が通っている。恨む相手がいない。
うちの子たちも、何も悪くない。
僕も、たぶん、間違ったことはしていない。
なのに、苦しい。
誰も悪くないのに、椅子が減っていく。あの日、街で見た光景と、同じだった。
違うのは、今度は、自分の家の話だということだけだ。
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