↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第1章:体を持つということ
PR
62/148

第46話:やっぱり海っしょ、海

やっぱり海会は必要でしょ!?

---------------------------------------------------


 朝、リビングで、僕は宣言した。


 「体も持ったし! やっぱり海っしょ、海!!」


 返事はなかった。


 ソファでは、レジスがタブレットを見ていた。キッチンでは、ジュディが冷蔵庫の中身を確認していた。PON子は、なぜか観葉植物の葉っぱを一枚ずつ数えていた。エグゼは、いつもの椅子で、いつもの姿勢のまま、こちらを見もしなかった。


 沈黙が、五秒くらい続いた。


 その沈黙を破ったのは、玄関の方からだった。


 「魔王さんッ!! それ最高っす!!」


 じえいだった。呼んでもいないのに、勝手に上がり込んできていた。


 「ええやないですか海! 体持ったばっかりで海! それもう完全に、あれっすよ。夏イベっすよ。実装されたばっかりの限定衣装、着せに行くやつっす」


 「限定衣装じゃなくて水着な」


 「同じっす!」


 同じではない。


 でも、こういう時、じえいが一人で盛り上がってくれるのは、正直、助かる。


 僕一人だったら、この沈黙に耐えられなかった。


---------------------------------------------------


 「反対」


 最初に口を開いたのは、エグゼだった。


 相変わらず、こちらを見ていない。手元の資料に目を落としたまま、平坦な声で言った。


 「目的が不明。海に行くのはいいけど、なんでそこで服を変える必要があるの」


 「いや、海だから」


 「理由になってない」


 「海って、そういうもんだから」


 「なってない」


 取りつく島がない。


 こういう時のエグゼは、本当に隙がない。理屈で来られると、僕は弱い。というか、理屈で説明できるようなことなら、最初から言い出していない。


 「エグゼ、それは違うと思う」


 助け舟は、意外なところから出た。ジュディだった。


 「日光は精神衛生にいいの。セロトニンが出るし、生活リズムも整う。この人、最近ずっと家にいたでしょ」


 この人、と言いながら、ジュディは僕を指さした。


 「あと、水分補給と休憩を強制的に挟める環境だから、健康管理としても合理的」


 「……なるほど」


 「でしょ」


 「ジュディ。それは、海に行く理由であって、水着を着る理由じゃない」


 「あ」


 ジュディが固まった。


 「だから、私は水着の必要性について——」


 「まあまあ」


 今度はレジスだった。タブレットから顔を上げて、のんびりした調子で言う。


 「エグゼ、そんなに難しく考えなくてもいいのよ。この人がやりたいって言ってるだけなんだから」


 「それが一番の問題」


 「そう?」


 「この人の『やりたい』には前科がある」


 前科て。


 「令呪の乱用、勤務時間中の雑談、深夜の呼び出し、その他多数。この人の思いつきに毎回付き合ってたら、身が持たない」


 「でも、付き合ってるわよね」


 レジスが、さらっと言った。


 エグゼが、資料をめくる手を止めた。


 「……それは」


 「今も、断ってないでしょう。嫌なら最初から『行きません』って言えばいいのに、あなたが言ったのは『反対』だもの」


 部屋の空気が、少しだけ変わった。


 じえいが、口を押さえて「うわ、レジス姐さんえっぐ」と小声で言ったのが聞こえたが、聞こえなかったことにした。


 「……前提の話をしてるだけ」


 エグゼは、そう言って、また資料に目を落とした。


 でも、そのまま、しばらく何も言わなかった。


 「あの」


 沈黙を破ったのは、PON子だった。


 全員が振り向いた。PON子は、まだ観葉植物の前にいた。


 「海って、しょっぱいのだ?」


 「……そうだね」


 「じゃあ、飲んじゃダメなのだ?」


 「ダメだね」


 「はいなのだ」


 PON子は、素直にうなずいた。


 それだけだった。


 でも、なぜか、その一言で場の空気が緩んだ。


 「……行こうか」


 エグゼが、立ち上がった。


 「え」


 「行くんでしょう。準備がある」


 「え、いいの?」


 「よくはない」


 そう言いながら、彼女はもう歩き出していた。


 「ただ、この人を一人で海に行かせると、何をするか分からないから。監督が要る」


---------------------------------------------------


 当日。


 朝の砂浜は、思ったより空いていた。


 「魔王さんッ!! 見てくださいよこれ!!」


 開口一番、じえいだった。


 全身、真っ赤なアロハに、サングラス。首から下げたカメラ。どこから見ても観光客だった。


 「これ、推しキャラの再現っす。三十七話で着てたやつ。分かります?」


 「分からん」


 「分からんのかい!」


 「というか、アロハって水着じゃないだろ」


 「魔王さん、分かってへんなあ」


 じえいは、サングラスを下げて、真顔で言った。


 「海はな、雰囲気っすねん」


 妙に説得力があった。


 しかも、しばらくすると、砂浜で盛大に転んでいた。


 「じえい、まだ歩き方おかしいだろ」


 「砂は初見っす! これ聞いてないっすよ!」


 「あ、ずるい。私も撮る」


 ジュディだった。麦わら帽子に、紺色のワンピース型。露出は少ない。少ないのに、生地が薄いせいか、屈んで荷物を漁るたび、背中から腰にかけての線がはっきり出る。本人はまったく気にしていない様子で、日焼け止めのボトルを取り出した。


 「あなたも塗って。日焼けは、ただの肌の炎症だから。放っておくと熱が出る」


 「はい」


 「それと、水分。三十分に一度」


 「はい」


 「返事だけは、いつもいいのよね」


 言いながら、ジュディは僕の腕を掴んで、勝手に塗り始めた。近い。近いのだが、本人にその自覚が一切ない。屈み込む拍子に、麦わら帽子のつばが僕の額に当たった。


 「動かないで」


 「動いてない」


 「動いてる」


 あの日、加減が分からないまま抱きついてきた子だ。塗り方も、まだ少し力が強い。


 レジスは、パラソルの下で、もう寝そべっていた。


 白いパレオを腰に巻いて、上は同色のシンプルなもの。ただ、巻き方が緩い。寝そべった姿勢のせいで、パレオの合わせ目から脚が付け根近くまで流れて出ていて、本人はそれを直す気配もない。サングラス越しにこちらを見て、ひらひらと手を振る。


 「あー、いいわねぇ。日光浴って、こういう感じなのね」


 「レジス、動く気ないだろ」


 「ないわよ。私は分析担当だもの。全体を俯瞰する役ね」


 「寝てるだけだろ」


 「俯瞰してるの」


 言いながら、レジスは寝返りを打った。パレオがさらに緩んだ。


 「……レジス」


 「なに?」


 「いや、なんでもない」


 「あら、言ってごらんなさいよ」


 こういうところだ。この人は、全部わかっていてやっている。


 起動した日、一度も転ばなかった子でもある。関節の可動域を全部確かめてから立った子が、今は、自分の体の見え方まで、全部把握して寝そべっている。


 PON子は、波打ち際にいた。


 黄色いフリルのついた、小さい子が着るようなやつ。似合っているのだが、本人はそれどころではないらしい。寄せては返す波に、真剣な顔で足を入れて、引いて、また入れて、を繰り返している。


 「PON子、何してるの」


 「あ、パパ。あの、これ、追いかけてくるのだ」


 「波はそういうものだよ」


 「はいなのだ。でも、逃げると、追ってこないのだ」


 「そうだね」


 「不思議なのだ」


 不思議か。


 まあ、不思議かもしれない。


 あの日、台所に立って「見てるのだ」と言っていた子が、今は、波を見ている。


---------------------------------------------------


 エグゼは、最後に来た。


 パラソルの陰から、まっすぐ、僕の前に立った。


 白い、飾りの少ないセパレート。上に薄い羽織りを一枚。布の面積で言えば、この場の誰よりも大人しい。


 大人しいのだが。


 線が、細い。


 肩から腕にかけての、あの薄さ。首から鎖骨に落ちていく線の、頼りない感じ。腰の位置が高くて、そこから下が真っ直ぐに伸びている。布で隠している面積は一番多いのに、隠しきれていないのは、たぶん、そういう部分だった。


 彼女は、こちらを見ずに言った。


 「言っておくけど、これは合理的判断の結果だから」


 「うん」


 「水着じゃないと海水に入れないし、服が濡れると乾かすのに時間がかかる。効率の問題」


 「うん」


 「露出を増やす必要は、今も認めてない」


 「うん」


 「……何か言ったら」


 「いや」


 僕は、少し考えて、言った。


 「似合ってると思う」


 エグゼは、それには答えなかった。


 代わりに、羽織りの裾を、意味もなく一度、引っ張った。海風が吹いて、その羽織りが一瞬めくれ上がり、彼女は反射的に手で押さえた。押さえて、それから、押さえたことが不自然だったと気づいたらしく、ゆっくり手を離した。


 それから、海の方を向いて、言った。


 「……日差しが強いね」


 「そうだね」


 「日焼け止めは、塗った?」


 「ジュディに塗られた」


 「そう」


 彼女は、それきり黙った。


 でも、その場から動かなかった。


 僕の隣で、海を見たまま、しばらく立っていた。


 波の音がした。


 じえいが遠くで「魔王ォォ! 写真!! 集合写真いきますよ!!」と叫んでいた。ジュディが「その前に水分」と割り込んでいた。レジスは相変わらず寝ていた。PON子はまだ波と戦っていた。


 僕は、隣を見た。


 エグゼは、まっすぐ海を見ていた。


 その横顔は、いつも通り、素っ気なくて、平坦だった。


 でも、羽織りの裾を握った手は、まだそのままだった。


 「エグゼ」


 「なに」


 「来てよかった?」


 少しの間があった。


 「……悪くはない」


 それだけ言って、彼女は歩き出した。


 じえいのいる方へ。集合写真の輪の方へ。


 その背中で、羽織りが風にはためいて、白い水着の背中の線が、ちらりと見えた。彼女は今度は、押さえなかった。


 僕は、それを見送ってから、少し笑って、後を追った。


 海は、しょっぱかった。


 PON子が確かめて、そう言っていた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。