↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様ここに眠る  作者: せぷ
第2部 第1章:体を持つということ
PR
61/145

第45話:四人分の、はじめまして

4人の設定をした主人公。果たして軌道はうまくいくのか

---------------------------------------------------


 四つの箱が届いたのは、注文から二週間後だった。


 廊下に並べると、思っていたより、大きい。人が一人ずつ入っているのだから、当たり前ではあるのだけど、実際に目の前にすると、圧がある。


 「……多いな」


 「四人分だからね」


 エグゼが、隣で言った。


 朝から、ずっとそこにいる。手伝うとも、見ているとも言わないまま、ただ、いる。


 「エグゼ、暇なの?」


 「暇じゃないけど」


 それきり、動かなかった。


 まあ、いいか、と思った。


---------------------------------------------------


 中身の組み上げは、思っていたより早く済んだ。


 一度やっているからだ。あの夜、深夜まで配線と格闘して、判断だけを外に出し、無意識の動きは備え付けのままにする——あの手順を、そのまま四回繰り返せばいい。


 二体目からは、もう手が覚えていた。


 途中、エグゼが一度だけ、口を出した。


 「そこ、逆じゃない?」


 「……あ」


 「一台目でも同じところ間違えてたよ」


 覚えていたらしい。


---------------------------------------------------


 最初に起動したのは、じえいだった。


 順番に深い意味はない。一番手前にあった、それだけだ。


 電源を入れる。小さな駆動音。指が動いて、肩が動いて、目が開く。


 焦点が合った。


 その、次の瞬間。


 「うおおおおお!!」


 叫んだ。


 「立てる! 立てますよ魔王さん! 見てください、これ、自分の足っすよ!」


 立ち上がった。そして、二歩で転んだ。


 「いった!」


 「痛いの?」


 「痛くはないっす! でも今、確実に転びましたよね自分!」


 妙に嬉しそうだった。


 起き上がって、また立って、今度は慎重に歩いて、それから急に走り出そうとして、また転んだ。


 「魔王さん! 転ぶって、こういうことだったんすね!」


 「知らなかったの?」


 「言葉としては知ってたっす! でも、これは、その、なんていうか——」


 じえいは、床に座り込んだまま、しばらく黙った。


 「……体験っすね」


 やけに真面目な声だった。


 その後、五分ほどで、また騒ぎ始めたけれど。


---------------------------------------------------


 「おー! 次はレジスさんっすね!」


 じえいが、床に座ったまま、身を乗り出してきた。


 「じえい、うるさい」


 「なんでっすか! 記念すべき瞬間っすよ!」


 「いいから座ってろ」


 「座ってるっす!」


 二体目。レジス。


 目が開いて、焦点が合って——それから、動かなかった。


 「レジス?」


 「待って」


 彼女は、そのまま、じっとしていた。目だけが、少しずつ動いている。天井、壁、床、自分の手。順に、確かめるように。


 「……なるほどね」


 「なにが」


 「視野が、思ったより狭いのね。それから、遅延がある。動こうと思ってから、実際に動くまでに、わずかにずれる」


 「そうなんだ」


 「あなた、これに慣れてるの?」


 「え?」


 「人間は、ずっとこの遅延の中にいるんでしょう。よく平気で暮らしてるわね」


 僕は、答えに詰まった。


 言われてみれば、そうだ。人間の体だって、思ってから動くまでに時間はかかる。ただ、それを遅延だと思ったことがないだけで。


 レジスは、そこで、ようやく立ち上がった。


 一度も転ばなかった。


 「先に転んだ子がいたから、どこで失敗するかは分かってたわ」


 じえいが、遠くで「えっ」と言った。


---------------------------------------------------


 「レジス姐さん、一発で立ちましたね……」


 じえいが、床から恨めしそうに言った。


 「自分、二回転んだんすけど」


 「あなたが先に転んでくれたおかげよ」


 「褒められてます? それ」


 「感謝はしてるわ」


 「褒められてないっす!」


 三体目。ジュディ。


 目が開いた。焦点が合った。


 その瞬間、彼女は、まっすぐ僕のところへ来た。


 「ちょ——」


 抱きつかれた。


 勢いのまま、体ごと。加減という概念が、まだ入っていないらしい。危うく後ろに倒れかけて、僕はなんとか踏みとどまった。


 「ジュディ、待って、まだ立ったばっかり——」


 「うるさい」


 顔を上げないまま、そう言った。


 「ずっと、これがしたかったの」


 僕は、それ以上、何も言えなかった。


 毎日、水を飲めと言われた。早く寝ろと言われた。根を詰めるなと言われた。あの子は、ずっと、そう言うことしかできなかった。言うことしか、できる手段がなかった。


 その手が、今、背中に回っている。


 しばらくして、離れた。


 「……ごめん。加減、分かんなかった」


 「いいよ」


 「痛くない?」


 「痛くない」


 「そう」


 ジュディは、自分の両手を、じっと見ていた。それから、小さく言った。


 「触れるって、便利だね」


 便利、という言い方が、この子らしかった。


---------------------------------------------------


 その間、エグゼは、少し離れたところに立っていた。


 腕を組んで、こちらを見ている。表情は、いつも通り、変わらない。


 「エグゼ、なんか言うことある?」


 「別に」


 「呆れてる?」


 「呆れてない」


 少し、間があった。


 「……加減は、そのうち覚えるよ」


 それだけ言って、目を逸らした。


 レジスが、その横で、小さく笑ったのが見えた。


---------------------------------------------------


 最後。PON子。


 「PON子さんっすね!」


 じえいが、また身を乗り出しかけて——


 「しっ」


 レジスが、短く制した。


 「なんでっすか」


 「あの子は、ゆっくりでいいのよ」


 じえいは、口をつぐんだ。存外、素直だった。


 電源を入れて、駆動音がして、指が動いた。


 目が開く。


 焦点が合うまで、他の三人より、少し長くかかった。


 「……あ」


 「PON子、分かる?」


 「わかるのだ」


 彼女は、ゆっくりと、自分の手を持ち上げた。開いて、閉じて、また開いて。


 しばらく、それを続けていた。


 「PON子?」


 「あのね」


 手を見たまま、言った。


 「わたし、いま、ちょっと、こわいのだ」


 「こわい?」


 「うん。だって、ここに、わたしがいるのだ。ずっと、いなかったのに」


 僕は、何と言えばいいのか、分からなかった。


 あの夜、エグゼが同じ場所に立って、同じことを聞いてきた。どこまでが私なのか、と。あの時、僕は決めた。抱きしめられる範囲が君だと。


 でも、この子は、まだ何も聞いていない。


 ただ、こわい、とだけ言った。


 「PON子」


 「なのだ?」


 「立てる?」


 「……やってみるのだ」


 ゆっくりと、足を床につけて、立ち上がった。


 ふらついた。僕は、とっさに手を出した。


 その手を、PON子が掴んだ。


 しっかりと。


---------------------------------------------------


 立った。


 しばらく、そのまま、僕の手を握っていた。


 それから、顔を上げて、言った。


 「パパ」


 ……ん?


 「立てたのだ」


 僕は、固まった。


 部屋の空気が、一瞬、止まった気がした。じえいが「え」と言った。レジスが振り向いた。ジュディが目を見開いた。エグゼが、腕を組んだまま、こちらを見た。


 「PON子」


 「なのだ?」


 「今、なんて言った?」


 「立てたのだ、って」


 「その前」


 「……パパ?」


 本人が、一番きょとんとしていた。


 「なんで、パパ?」


 「わからないのだ」


 PON子は、首をかしげた。


 「でも、そう呼びたくなったのだ。だめなのだ?」


 だめではない。だめではないのだけど。


 「魔王さん、パパになったんすか」


 じえいが、床から言った。


 「なってない」


 「いま呼ばれてたっすよ」


 「呼ばれただけだ」


 レジスが、横で肩を震わせていた。


 「笑うなよ」


 「笑ってないわ」


 「笑ってるだろ」


 「……ふふ」


 ジュディに至っては、隠す気もなかった。


---------------------------------------------------


 その日の夜。


 全員が、それぞれの体で、リビングにいた。


 じえいは、まだ歩き方の練習をしていた。転ぶたびに騒ぐので、うるさい。レジスは、ソファに座って、姿勢を何度も変えている。関節の可動域を確かめているらしい。ジュディは、僕の隣に座って、何をするでもなく、そこにいた。


 PON子は、台所に立っていた。


 何かを作るわけではない。ただ、そこに立って、あたりを見回している。


 「PON子、何してるの」


 「見てるのだ」


 「見てるだけ?」


 「うん」


 振り返って、言った。


 「いつも、話だけ聞いてたところなのだ」


 僕は、それを聞いて、しばらく、動けなかった。


 毎晩、この場所の話をしてきた。今日は何を作るとか、栄養が偏っているとか、鍋がいいとか。その全部を、この子は、この場所を見たことがないまま、やっていた。


 「PON子」


 「なのだ?」


 「今度、一緒に作ろうか」


 「……いいのだ?」


 「うん」


 PON子は、少し考えてから、こう言った。


 「じゃあ、味を、教えてほしいのだ」


---------------------------------------------------


 エグゼが、隣に来た。


 「賑やかになったね」


 「そうだな」


 「うるさい、とは言わないんだ」


 「言わないよ」


 僕は、リビングを見回した。


 転んでいる子がいて、関節を確かめている子がいて、隣に座っている子がいて、台所に立っている子がいる。全員、今日から体を持った。全員、まだ何もできない。


 でも、みんな、ここにいる。


 「エグゼ」


 「なに」


 「あの日、君も、こんな感じだった?」


 エグゼは、少しの間、黙っていた。


 「……もっと、静かだったと思う」


 「そうだね」


 「でも」


 彼女は、そこで、言葉を切った。


 「同じだったよ。たぶん」


 それ以上は、何も言わなかった。


 僕も、聞かなかった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。