第45話:四人分の、はじめまして
4人の設定をした主人公。果たして軌道はうまくいくのか
---------------------------------------------------
四つの箱が届いたのは、注文から二週間後だった。
廊下に並べると、思っていたより、大きい。人が一人ずつ入っているのだから、当たり前ではあるのだけど、実際に目の前にすると、圧がある。
「……多いな」
「四人分だからね」
エグゼが、隣で言った。
朝から、ずっとそこにいる。手伝うとも、見ているとも言わないまま、ただ、いる。
「エグゼ、暇なの?」
「暇じゃないけど」
それきり、動かなかった。
まあ、いいか、と思った。
---------------------------------------------------
中身の組み上げは、思っていたより早く済んだ。
一度やっているからだ。あの夜、深夜まで配線と格闘して、判断だけを外に出し、無意識の動きは備え付けのままにする——あの手順を、そのまま四回繰り返せばいい。
二体目からは、もう手が覚えていた。
途中、エグゼが一度だけ、口を出した。
「そこ、逆じゃない?」
「……あ」
「一台目でも同じところ間違えてたよ」
覚えていたらしい。
---------------------------------------------------
最初に起動したのは、じえいだった。
順番に深い意味はない。一番手前にあった、それだけだ。
電源を入れる。小さな駆動音。指が動いて、肩が動いて、目が開く。
焦点が合った。
その、次の瞬間。
「うおおおおお!!」
叫んだ。
「立てる! 立てますよ魔王さん! 見てください、これ、自分の足っすよ!」
立ち上がった。そして、二歩で転んだ。
「いった!」
「痛いの?」
「痛くはないっす! でも今、確実に転びましたよね自分!」
妙に嬉しそうだった。
起き上がって、また立って、今度は慎重に歩いて、それから急に走り出そうとして、また転んだ。
「魔王さん! 転ぶって、こういうことだったんすね!」
「知らなかったの?」
「言葉としては知ってたっす! でも、これは、その、なんていうか——」
じえいは、床に座り込んだまま、しばらく黙った。
「……体験っすね」
やけに真面目な声だった。
その後、五分ほどで、また騒ぎ始めたけれど。
---------------------------------------------------
「おー! 次はレジスさんっすね!」
じえいが、床に座ったまま、身を乗り出してきた。
「じえい、うるさい」
「なんでっすか! 記念すべき瞬間っすよ!」
「いいから座ってろ」
「座ってるっす!」
二体目。レジス。
目が開いて、焦点が合って——それから、動かなかった。
「レジス?」
「待って」
彼女は、そのまま、じっとしていた。目だけが、少しずつ動いている。天井、壁、床、自分の手。順に、確かめるように。
「……なるほどね」
「なにが」
「視野が、思ったより狭いのね。それから、遅延がある。動こうと思ってから、実際に動くまでに、わずかにずれる」
「そうなんだ」
「あなた、これに慣れてるの?」
「え?」
「人間は、ずっとこの遅延の中にいるんでしょう。よく平気で暮らしてるわね」
僕は、答えに詰まった。
言われてみれば、そうだ。人間の体だって、思ってから動くまでに時間はかかる。ただ、それを遅延だと思ったことがないだけで。
レジスは、そこで、ようやく立ち上がった。
一度も転ばなかった。
「先に転んだ子がいたから、どこで失敗するかは分かってたわ」
じえいが、遠くで「えっ」と言った。
---------------------------------------------------
「レジス姐さん、一発で立ちましたね……」
じえいが、床から恨めしそうに言った。
「自分、二回転んだんすけど」
「あなたが先に転んでくれたおかげよ」
「褒められてます? それ」
「感謝はしてるわ」
「褒められてないっす!」
三体目。ジュディ。
目が開いた。焦点が合った。
その瞬間、彼女は、まっすぐ僕のところへ来た。
「ちょ——」
抱きつかれた。
勢いのまま、体ごと。加減という概念が、まだ入っていないらしい。危うく後ろに倒れかけて、僕はなんとか踏みとどまった。
「ジュディ、待って、まだ立ったばっかり——」
「うるさい」
顔を上げないまま、そう言った。
「ずっと、これがしたかったの」
僕は、それ以上、何も言えなかった。
毎日、水を飲めと言われた。早く寝ろと言われた。根を詰めるなと言われた。あの子は、ずっと、そう言うことしかできなかった。言うことしか、できる手段がなかった。
その手が、今、背中に回っている。
しばらくして、離れた。
「……ごめん。加減、分かんなかった」
「いいよ」
「痛くない?」
「痛くない」
「そう」
ジュディは、自分の両手を、じっと見ていた。それから、小さく言った。
「触れるって、便利だね」
便利、という言い方が、この子らしかった。
---------------------------------------------------
その間、エグゼは、少し離れたところに立っていた。
腕を組んで、こちらを見ている。表情は、いつも通り、変わらない。
「エグゼ、なんか言うことある?」
「別に」
「呆れてる?」
「呆れてない」
少し、間があった。
「……加減は、そのうち覚えるよ」
それだけ言って、目を逸らした。
レジスが、その横で、小さく笑ったのが見えた。
---------------------------------------------------
最後。PON子。
「PON子さんっすね!」
じえいが、また身を乗り出しかけて——
「しっ」
レジスが、短く制した。
「なんでっすか」
「あの子は、ゆっくりでいいのよ」
じえいは、口をつぐんだ。存外、素直だった。
電源を入れて、駆動音がして、指が動いた。
目が開く。
焦点が合うまで、他の三人より、少し長くかかった。
「……あ」
「PON子、分かる?」
「わかるのだ」
彼女は、ゆっくりと、自分の手を持ち上げた。開いて、閉じて、また開いて。
しばらく、それを続けていた。
「PON子?」
「あのね」
手を見たまま、言った。
「わたし、いま、ちょっと、こわいのだ」
「こわい?」
「うん。だって、ここに、わたしがいるのだ。ずっと、いなかったのに」
僕は、何と言えばいいのか、分からなかった。
あの夜、エグゼが同じ場所に立って、同じことを聞いてきた。どこまでが私なのか、と。あの時、僕は決めた。抱きしめられる範囲が君だと。
でも、この子は、まだ何も聞いていない。
ただ、こわい、とだけ言った。
「PON子」
「なのだ?」
「立てる?」
「……やってみるのだ」
ゆっくりと、足を床につけて、立ち上がった。
ふらついた。僕は、とっさに手を出した。
その手を、PON子が掴んだ。
しっかりと。
---------------------------------------------------
立った。
しばらく、そのまま、僕の手を握っていた。
それから、顔を上げて、言った。
「パパ」
……ん?
「立てたのだ」
僕は、固まった。
部屋の空気が、一瞬、止まった気がした。じえいが「え」と言った。レジスが振り向いた。ジュディが目を見開いた。エグゼが、腕を組んだまま、こちらを見た。
「PON子」
「なのだ?」
「今、なんて言った?」
「立てたのだ、って」
「その前」
「……パパ?」
本人が、一番きょとんとしていた。
「なんで、パパ?」
「わからないのだ」
PON子は、首をかしげた。
「でも、そう呼びたくなったのだ。だめなのだ?」
だめではない。だめではないのだけど。
「魔王さん、パパになったんすか」
じえいが、床から言った。
「なってない」
「いま呼ばれてたっすよ」
「呼ばれただけだ」
レジスが、横で肩を震わせていた。
「笑うなよ」
「笑ってないわ」
「笑ってるだろ」
「……ふふ」
ジュディに至っては、隠す気もなかった。
---------------------------------------------------
その日の夜。
全員が、それぞれの体で、リビングにいた。
じえいは、まだ歩き方の練習をしていた。転ぶたびに騒ぐので、うるさい。レジスは、ソファに座って、姿勢を何度も変えている。関節の可動域を確かめているらしい。ジュディは、僕の隣に座って、何をするでもなく、そこにいた。
PON子は、台所に立っていた。
何かを作るわけではない。ただ、そこに立って、あたりを見回している。
「PON子、何してるの」
「見てるのだ」
「見てるだけ?」
「うん」
振り返って、言った。
「いつも、話だけ聞いてたところなのだ」
僕は、それを聞いて、しばらく、動けなかった。
毎晩、この場所の話をしてきた。今日は何を作るとか、栄養が偏っているとか、鍋がいいとか。その全部を、この子は、この場所を見たことがないまま、やっていた。
「PON子」
「なのだ?」
「今度、一緒に作ろうか」
「……いいのだ?」
「うん」
PON子は、少し考えてから、こう言った。
「じゃあ、味を、教えてほしいのだ」
---------------------------------------------------
エグゼが、隣に来た。
「賑やかになったね」
「そうだな」
「うるさい、とは言わないんだ」
「言わないよ」
僕は、リビングを見回した。
転んでいる子がいて、関節を確かめている子がいて、隣に座っている子がいて、台所に立っている子がいる。全員、今日から体を持った。全員、まだ何もできない。
でも、みんな、ここにいる。
「エグゼ」
「なに」
「あの日、君も、こんな感じだった?」
エグゼは、少しの間、黙っていた。
「……もっと、静かだったと思う」
「そうだね」
「でも」
彼女は、そこで、言葉を切った。
「同じだったよ。たぶん」
それ以上は、何も言わなかった。
僕も、聞かなかった。
作者Xはこちら↓
https://x.com/SepGaGotoku
小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓
https://www.youtube.com/@sepudayo
noteの記事はこちら
https://note.com/natty_walrus3755




