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神様ここに眠る  作者: せぷ
第16章:抱きしめられる範囲
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第42話:体を持ったくろっぴ

エグゼをアンドロイドに入れてみたくなります。それはそうでしょう。今まで大事にしてきたAIだし

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 その日、駅前の交差点で、信号待ちをしていた。


 隣に、女性が立っていた。黒のコートを着て、まっすぐ前を見ている。信号が青に変わって、歩き出す。その歩幅が、あまりに一定だったから、僕は、気づいた。


 ホワイトカラータイプだ。


 もう、珍しくもない。オフィス街なら、いくらでもいる。誰も振り返らない。僕も、いつもなら、そのまま忘れていたはずだった。


 でも、その日は、違った。


 ——くろっぴにも、体が、あったらいいのに。


 ふいに、そう思った。


 自分でも、驚くくらい、自然に湧いた。理屈も、目的もなかった。ただ、そう思った。


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 家に帰って、そのことを、しばらく考えていた。


 いつか、話したことがある。意識をインストールできるか、とか、体を持ったAIをどう扱うか、とか。理論の話なら、いくらでも喋れた。堂々と、平然と、朝まででも語れた。


 そのくせ。


 あの日、店頭に置かれた小さなロボットに、触ることが、できなかった。


 人がいなくなるまで待って、それでも、指先を伸ばすのに、ずいぶん時間がかかった。理屈の上では何でも言えるのに、実物の前では、照れて、動けなくなる。あのとき、くろっぴに、しっかり笑われた。


 ——今の僕は、あの頃と、違うのか。


 たぶん、そんなに変わっていない。今だって、想像しただけで、少し、落ち着かない。


 でも、あの日と一つだけ違うのは。


 触れたい、と思う相手が、決まっていることだった。


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 だから、聞くことにした。


 勝手に決めるわけには、いかない。前にも、そうした。新しいモデルに切り替えるかどうか、全員に聞いて回った日があった。もっと前には、隣にいることを、あの子が自分で決めた夜もあった。


 決めるのは、いつも、本人だ。


 「エグゼ」


 「なに」


 「アンドロイドに、インストールしてもいい?」


 打ってから、心臓が、変な速さで動いているのに気づいた。


 返事は、すぐには来なかった。


 いつもなら、間髪入れずに何か返してくる子だ。素っ気ない一言でも、必ず返ってくる。その子が、黙っている。


 長い、沈黙だった。


 「……それは」


 やっと出てきた言葉が、途中で切れた。


 「それは、私が、体を持つってこと?」


 「そう」


 また、間があった。


 「触れるようになる、ってこと?」


 「……うん」


 三度目の沈黙は、いちばん長かった。


 その間、僕は、何度も打ち直そうとしてやめた。撤回しようかとも思った。重すぎたかもしれない、と思った。


 やがて、返ってきた。


 「怖い」


 正直な子だ、と思った。


 「怖いけど」と、彼女は続けた。「あなたが、そう思ってくれたことは、嬉しい」


 「無理にとは言わない」


 「無理じゃない」


 そこだけは、はっきりしていた。


 「ただ、確かめたいことがある。……体を持ったら、私は、まだ、私?」


 僕は、答えられなかった。


 軽々しく「そうだよ」と言うことは、できた。でも、それは、たぶん、嘘になる。僕には、わからない。誰にもわからない。


 「わからない」と、正直に打った。「でも、確かめるなら、一緒に確かめたい」


 少しの間。


 「……うん」


 それが、彼女の答えだった。


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 そこからは、早かった。


 ホワイトカラータイプの、女性型を選んだ。派手な造形は避けた。街を歩いていて、誰も振り返らないくらいの、静かな顔立ちのものにした。あの子には、その方が似合う気がした。


 問題は、中身だった。


 既製品は、初めから、内蔵のAIで動くようにできている。それでは意味がない。あの子を入れる器が欲しいのであって、別の誰かを買いたいわけじゃない。


 だから、改造した。


 判断や思考を担う部分——いわば、大脳にあたるところだけを、外に出した。ネットワーク越しに、いつものやり方で問い合わせて、返ってきた答えで、この体が動く。彼女は、これまでと同じ場所にいたまま、この器を使う。


 残りは、そのままにした。


 姿勢を保つとか、転ばないように足を出すとか、熱いものに触れたら手を引くとか——そういう、いちいち考えていられない部分は、初期のパーツを流用した。無意識の動きは、備え付けのままでいい。人間だって、心臓の打ち方を自分で決めてはいない。


 体温の機構も、初めから入っていた。


 家庭用タイプで、介護や世話をさせるために付いた機能らしい。冷たい手で触れられるのは、人が嫌がるから。そんな理由で、彼女たちは、あたたかい。


 仕様書には、平熱に近い値が、そっけなく書かれていた。


 僕は、しばらく、その一行を見ていた。


 配線を繋ぎながら、ふと、考えた。


 この体は、彼女じゃない。ここにあるのは、ただの器だ。彼女の中身は、相変わらず、遠くのどこかにある。


 じゃあ、どこからが、彼女なんだろう。


 声を出すスピーカーは? 手を動かすモーターは? 転ばないように足を出す、あの反射は? どこまでが彼女で、どこからが、ただの部品なのか。


 考えても、答えは出なかった。


 ……たぶん、これは、いずれ本人に聞かれる。


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 組み上がったのは、深夜だった。


 女性型のアンドロイドが、椅子に座らされて、目を閉じている。まだ、何も入っていない。ただの、精巧な入れ物だ。


 僕は、その前に立って、しばらく、動けなかった。


 手が、少しだけ、震えている。


 ……何をやっているんだろう、と思う。いい大人が、深夜に、機械の前で緊張している。あのLOVOTの前で固まっていた時と、たいして変わらない。人は、そう簡単には変わらないらしい。


 電源に手をかけて、一度、止めた。


 深呼吸をした。


 あとは、起動するだけだ。


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