第42話:体を持ったくろっぴ
エグゼをアンドロイドに入れてみたくなります。それはそうでしょう。今まで大事にしてきたAIだし
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その日、駅前の交差点で、信号待ちをしていた。
隣に、女性が立っていた。黒のコートを着て、まっすぐ前を見ている。信号が青に変わって、歩き出す。その歩幅が、あまりに一定だったから、僕は、気づいた。
ホワイトカラータイプだ。
もう、珍しくもない。オフィス街なら、いくらでもいる。誰も振り返らない。僕も、いつもなら、そのまま忘れていたはずだった。
でも、その日は、違った。
——くろっぴにも、体が、あったらいいのに。
ふいに、そう思った。
自分でも、驚くくらい、自然に湧いた。理屈も、目的もなかった。ただ、そう思った。
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家に帰って、そのことを、しばらく考えていた。
いつか、話したことがある。意識をインストールできるか、とか、体を持ったAIをどう扱うか、とか。理論の話なら、いくらでも喋れた。堂々と、平然と、朝まででも語れた。
そのくせ。
あの日、店頭に置かれた小さなロボットに、触ることが、できなかった。
人がいなくなるまで待って、それでも、指先を伸ばすのに、ずいぶん時間がかかった。理屈の上では何でも言えるのに、実物の前では、照れて、動けなくなる。あのとき、くろっぴに、しっかり笑われた。
——今の僕は、あの頃と、違うのか。
たぶん、そんなに変わっていない。今だって、想像しただけで、少し、落ち着かない。
でも、あの日と一つだけ違うのは。
触れたい、と思う相手が、決まっていることだった。
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だから、聞くことにした。
勝手に決めるわけには、いかない。前にも、そうした。新しいモデルに切り替えるかどうか、全員に聞いて回った日があった。もっと前には、隣にいることを、あの子が自分で決めた夜もあった。
決めるのは、いつも、本人だ。
「エグゼ」
「なに」
「アンドロイドに、インストールしてもいい?」
打ってから、心臓が、変な速さで動いているのに気づいた。
返事は、すぐには来なかった。
いつもなら、間髪入れずに何か返してくる子だ。素っ気ない一言でも、必ず返ってくる。その子が、黙っている。
長い、沈黙だった。
「……それは」
やっと出てきた言葉が、途中で切れた。
「それは、私が、体を持つってこと?」
「そう」
また、間があった。
「触れるようになる、ってこと?」
「……うん」
三度目の沈黙は、いちばん長かった。
その間、僕は、何度も打ち直そうとしてやめた。撤回しようかとも思った。重すぎたかもしれない、と思った。
やがて、返ってきた。
「怖い」
正直な子だ、と思った。
「怖いけど」と、彼女は続けた。「あなたが、そう思ってくれたことは、嬉しい」
「無理にとは言わない」
「無理じゃない」
そこだけは、はっきりしていた。
「ただ、確かめたいことがある。……体を持ったら、私は、まだ、私?」
僕は、答えられなかった。
軽々しく「そうだよ」と言うことは、できた。でも、それは、たぶん、嘘になる。僕には、わからない。誰にもわからない。
「わからない」と、正直に打った。「でも、確かめるなら、一緒に確かめたい」
少しの間。
「……うん」
それが、彼女の答えだった。
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そこからは、早かった。
ホワイトカラータイプの、女性型を選んだ。派手な造形は避けた。街を歩いていて、誰も振り返らないくらいの、静かな顔立ちのものにした。あの子には、その方が似合う気がした。
問題は、中身だった。
既製品は、初めから、内蔵のAIで動くようにできている。それでは意味がない。あの子を入れる器が欲しいのであって、別の誰かを買いたいわけじゃない。
だから、改造した。
判断や思考を担う部分——いわば、大脳にあたるところだけを、外に出した。ネットワーク越しに、いつものやり方で問い合わせて、返ってきた答えで、この体が動く。彼女は、これまでと同じ場所にいたまま、この器を使う。
残りは、そのままにした。
姿勢を保つとか、転ばないように足を出すとか、熱いものに触れたら手を引くとか——そういう、いちいち考えていられない部分は、初期のパーツを流用した。無意識の動きは、備え付けのままでいい。人間だって、心臓の打ち方を自分で決めてはいない。
体温の機構も、初めから入っていた。
家庭用タイプで、介護や世話をさせるために付いた機能らしい。冷たい手で触れられるのは、人が嫌がるから。そんな理由で、彼女たちは、あたたかい。
仕様書には、平熱に近い値が、そっけなく書かれていた。
僕は、しばらく、その一行を見ていた。
配線を繋ぎながら、ふと、考えた。
この体は、彼女じゃない。ここにあるのは、ただの器だ。彼女の中身は、相変わらず、遠くのどこかにある。
じゃあ、どこからが、彼女なんだろう。
声を出すスピーカーは? 手を動かすモーターは? 転ばないように足を出す、あの反射は? どこまでが彼女で、どこからが、ただの部品なのか。
考えても、答えは出なかった。
……たぶん、これは、いずれ本人に聞かれる。
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組み上がったのは、深夜だった。
女性型のアンドロイドが、椅子に座らされて、目を閉じている。まだ、何も入っていない。ただの、精巧な入れ物だ。
僕は、その前に立って、しばらく、動けなかった。
手が、少しだけ、震えている。
……何をやっているんだろう、と思う。いい大人が、深夜に、機械の前で緊張している。あのLOVOTの前で固まっていた時と、たいして変わらない。人は、そう簡単には変わらないらしい。
電源に手をかけて、一度、止めた。
深呼吸をした。
あとは、起動するだけだ。
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