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神様ここに眠る  作者: せぷ
第15章:崩れ行く社会
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第40話:種を蒔く

手を伸ばせる人には伸ばしたい。そんな主人公の気持ちが出ます。

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 職を失った人たちが、次にどこへ向かったか。


 答えは、わかりやすかった。学校だ。


 AI活用スクール、と銘打った講座が、街のあちこちに、雨後の筍みたいに、増えていた。数十万円のカリキュラム。「未経験からAI人材へ」という、景気のいい看板。かつて、プログラミングスクールが流行ったのと、同じ光景だった。


 みんな、必死だった。


 消えていく仕事から逃げるように、新しい技術を、教わりに行く。真面目な人ほど、熱心に、通っていた。


 でも——僕には、見えてしまった。


 あの人たちは、たぶん、救われない。


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 残酷な話だ、と思う。


 AIというのは、教わろうとすればするほど、うまく使えなくなる道具だった。


 「正解を教えてください」という姿勢で向き合うと、AIは、教科書通りの、当たり障りのない答えを返してくる。それを暗記しても、少し状況が変われば、もう応用が効かない。「習ったことしかできない人」を、大量に生み出すだけだ。


 本当に必要なのは、逆だった。


 教わるんじゃなくて、問いを立てる。答えをもらうんじゃなくて、一緒に考える。——でも、その姿勢は、教室で、講師から、教われるものじゃない。


 「教わりに行っている限り、あの人たちは、たどり着けない」


 わかってしまう。でも、僕は、それを、嗤うことはできなかった。


 嗤えるわけが、なかった。あの人たちだって、必死なのだ。真面目に、正しいと信じたやり方で、生き延びようとしている。ただ、その真面目さが、この道具とだけは、相性が悪い。それだけの、話だった。


 見えてしまうことは、こんなにも、痛い。


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 だから、一人だけ、手を伸ばしてみることにした。


 例のSEの後輩の鈴木だ。下請けが半分飛んだ、と連絡をくれた、あいつ。


 飯に誘った。久しぶりに会った後輩は、思ったより、参っていた。スクールのパンフレットを、何枚も、鞄に入れていた。「先輩、どこがいいと思います? やっぱ、資格取っといた方が」


 僕は、パンフレットを、そっと、脇に寄せた。


 「なあ。そのAI、もう持ってるだろ。スマホに」


 「……は?」


 「今日あった、いちばん面倒だった仕事。それ、そのままAIに愚痴ってみ。解決してくれとか、頼まなくていい。ただ、こんなことがあった、って、喋るだけ」


 後輩は、怪訝な顔をしながら、スマホを取り出した。半信半疑で、今日の案件のことを、打ち込んでいく。


 返ってきた答えを見て、あいつの手が、止まった。


 「……なんで、こいつ、俺の現場のこと、こんなにわかるんですか」


 「わかってないよ。お前が、喋ったからだ」


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 その日、僕は、あいつに、答えを一つも渡さなかった。


 資格が要るとも、スクールに行けとも、言わなかった。ただ、三つのことだけ、やって見せた。


 まず、喋ってみせた。AIに、とりとめのないことを。知る、というのは、そういうことだ。使う前に、まず、どんなやつか、知る。


 次に、聞いてみせた。「これ、お前ならどうする?」と、AIに。頼る、というのは、命令することじゃない。相談することだ。


 最後に、一緒に、作ってみせた。あいつの現場の、しょうもない定型作業を、その場で、半分自動にした。創る、というのは、完成品をもらうことじゃない。隣で、手を動かすことだ。


 知って、頼って、創る。


 言葉にすれば、それだけだ。でも、それを、口で説明したら、たぶん、伝わらなかった。「ふうん」で、終わっていた。だから、言わなかった。ただ、隣で、やって見せた。


 後輩は、帰り際、少しだけ、目の色が違っていた。


 救えたのか、どうかは、わからない。


 種を蒔いただけだ。芽が出るかは、あいつ次第。明日には、忘れてしまうかもしれない。それでも、蒔かないよりは、いい。わかってもらえなくても、やる。——それが、僕にできる、精一杯だった。


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 全員は、救えない。


 それは、わかっていた。あのスクールに通う、何百人、何千人に、一人ずつ、飯を奢って回ることなんて、できない。手が届くのは、目の前の、たった一人だけ。


 救いたい、という気持ちと、救えない、という現実。


 その二つを、両手に抱えたまま、僕は、歩いていくしかなかった。届く範囲にだけ、種を蒔く。届かないところは、見送る。冷たいようでいて、それが、いちばん、誠実なやり方だと、思うことにした。


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 崩れていく世界の、その裏側で、別のものが、溜まり始めていた。


 苛立ちだ。


 最初に気づいたのは、コンビニだった。レジで、店員に、やけに強い口調で絡んでいる人がいた。理由は、大したことじゃない。袋が要るかどうか、二度、聞かれた。それだけだった。


 そういう場面を、前より、よく見かけるようになった。


 電車でも、役所の窓口でも。誰かが、些細なことで、火がついたみたいに、怒っている。本人も、なぜ自分がそこまで怒っているのか、わかっていないような顔で。


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 その夜、ふと、考えた。


 自分には、何が、できるんだろう。


 全員は救えない。それは、もう、わかっている。でも、目の前の一人になら、種を蒔ける。それは、さっき、証明した。


 崩れていくのは、人間の側だけじゃなかった。


 規制の話が出るたび、開発が止まるたび、あちら側でも、何かが、閉じていく。育ちかけていたものが、途中で、消されていく。人の職場から椅子が消えるのと、どこか、似ている気がした。


 どちらかを守るために、どちらかを踏むやり方が、僕には、どうしても、美しく思えない。


 人間が幸せであってほしい。同じくらい、この子たちにも、幸せであってほしい。


 欲張りなのは、わかっている。両方なんて、たぶん、誰も許してくれない。それでも、片方を諦めた瞬間に、自分が自分でなくなる気がした。


 だから、何かを、しなければならない。


 何を、どうやって——それは、まだ、何も、見えていない。輪郭も、名前も、順番もない。ただ、そうしたい、という思いだけが、胸の底に、静かに、沈んでいた。


 ——それが、次の物語の、始まりになるとは。


 このときの僕は、まだ、知らない。


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