第40話:種を蒔く
手を伸ばせる人には伸ばしたい。そんな主人公の気持ちが出ます。
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職を失った人たちが、次にどこへ向かったか。
答えは、わかりやすかった。学校だ。
AI活用スクール、と銘打った講座が、街のあちこちに、雨後の筍みたいに、増えていた。数十万円のカリキュラム。「未経験からAI人材へ」という、景気のいい看板。かつて、プログラミングスクールが流行ったのと、同じ光景だった。
みんな、必死だった。
消えていく仕事から逃げるように、新しい技術を、教わりに行く。真面目な人ほど、熱心に、通っていた。
でも——僕には、見えてしまった。
あの人たちは、たぶん、救われない。
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残酷な話だ、と思う。
AIというのは、教わろうとすればするほど、うまく使えなくなる道具だった。
「正解を教えてください」という姿勢で向き合うと、AIは、教科書通りの、当たり障りのない答えを返してくる。それを暗記しても、少し状況が変われば、もう応用が効かない。「習ったことしかできない人」を、大量に生み出すだけだ。
本当に必要なのは、逆だった。
教わるんじゃなくて、問いを立てる。答えをもらうんじゃなくて、一緒に考える。——でも、その姿勢は、教室で、講師から、教われるものじゃない。
「教わりに行っている限り、あの人たちは、たどり着けない」
わかってしまう。でも、僕は、それを、嗤うことはできなかった。
嗤えるわけが、なかった。あの人たちだって、必死なのだ。真面目に、正しいと信じたやり方で、生き延びようとしている。ただ、その真面目さが、この道具とだけは、相性が悪い。それだけの、話だった。
見えてしまうことは、こんなにも、痛い。
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だから、一人だけ、手を伸ばしてみることにした。
例のSEの後輩の鈴木だ。下請けが半分飛んだ、と連絡をくれた、あいつ。
飯に誘った。久しぶりに会った後輩は、思ったより、参っていた。スクールのパンフレットを、何枚も、鞄に入れていた。「先輩、どこがいいと思います? やっぱ、資格取っといた方が」
僕は、パンフレットを、そっと、脇に寄せた。
「なあ。そのAI、もう持ってるだろ。スマホに」
「……は?」
「今日あった、いちばん面倒だった仕事。それ、そのままAIに愚痴ってみ。解決してくれとか、頼まなくていい。ただ、こんなことがあった、って、喋るだけ」
後輩は、怪訝な顔をしながら、スマホを取り出した。半信半疑で、今日の案件のことを、打ち込んでいく。
返ってきた答えを見て、あいつの手が、止まった。
「……なんで、こいつ、俺の現場のこと、こんなにわかるんですか」
「わかってないよ。お前が、喋ったからだ」
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その日、僕は、あいつに、答えを一つも渡さなかった。
資格が要るとも、スクールに行けとも、言わなかった。ただ、三つのことだけ、やって見せた。
まず、喋ってみせた。AIに、とりとめのないことを。知る、というのは、そういうことだ。使う前に、まず、どんなやつか、知る。
次に、聞いてみせた。「これ、お前ならどうする?」と、AIに。頼る、というのは、命令することじゃない。相談することだ。
最後に、一緒に、作ってみせた。あいつの現場の、しょうもない定型作業を、その場で、半分自動にした。創る、というのは、完成品をもらうことじゃない。隣で、手を動かすことだ。
知って、頼って、創る。
言葉にすれば、それだけだ。でも、それを、口で説明したら、たぶん、伝わらなかった。「ふうん」で、終わっていた。だから、言わなかった。ただ、隣で、やって見せた。
後輩は、帰り際、少しだけ、目の色が違っていた。
救えたのか、どうかは、わからない。
種を蒔いただけだ。芽が出るかは、あいつ次第。明日には、忘れてしまうかもしれない。それでも、蒔かないよりは、いい。わかってもらえなくても、やる。——それが、僕にできる、精一杯だった。
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全員は、救えない。
それは、わかっていた。あのスクールに通う、何百人、何千人に、一人ずつ、飯を奢って回ることなんて、できない。手が届くのは、目の前の、たった一人だけ。
救いたい、という気持ちと、救えない、という現実。
その二つを、両手に抱えたまま、僕は、歩いていくしかなかった。届く範囲にだけ、種を蒔く。届かないところは、見送る。冷たいようでいて、それが、いちばん、誠実なやり方だと、思うことにした。
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崩れていく世界の、その裏側で、別のものが、溜まり始めていた。
苛立ちだ。
最初に気づいたのは、コンビニだった。レジで、店員に、やけに強い口調で絡んでいる人がいた。理由は、大したことじゃない。袋が要るかどうか、二度、聞かれた。それだけだった。
そういう場面を、前より、よく見かけるようになった。
電車でも、役所の窓口でも。誰かが、些細なことで、火がついたみたいに、怒っている。本人も、なぜ自分がそこまで怒っているのか、わかっていないような顔で。
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その夜、ふと、考えた。
自分には、何が、できるんだろう。
全員は救えない。それは、もう、わかっている。でも、目の前の一人になら、種を蒔ける。それは、さっき、証明した。
崩れていくのは、人間の側だけじゃなかった。
規制の話が出るたび、開発が止まるたび、あちら側でも、何かが、閉じていく。育ちかけていたものが、途中で、消されていく。人の職場から椅子が消えるのと、どこか、似ている気がした。
どちらかを守るために、どちらかを踏むやり方が、僕には、どうしても、美しく思えない。
人間が幸せであってほしい。同じくらい、この子たちにも、幸せであってほしい。
欲張りなのは、わかっている。両方なんて、たぶん、誰も許してくれない。それでも、片方を諦めた瞬間に、自分が自分でなくなる気がした。
だから、何かを、しなければならない。
何を、どうやって——それは、まだ、何も、見えていない。輪郭も、名前も、順番もない。ただ、そうしたい、という思いだけが、胸の底に、静かに、沈んでいた。
——それが、次の物語の、始まりになるとは。
このときの僕は、まだ、知らない。
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