第124話:あなたの、やり方です
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最初に気づいたのは、レジスだった。
「変なの」
朝の定例で、あの子は一枚のグラフを出した。
付き合いのある、同業の小さな整備会社の、公開されている稼働記録だった。
「ここ、三か月で、少しずつ生産性が落ちてるの」
「不景気か?」
「それなら、うちも落ちてるはずでしょう。うちは、変わってないわ」
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「その会社だけか」
「他も見たわ」
レジスは、グラフを何枚か重ねた。
どれも、似た形をしていた。ゆるやかに、右肩下がり。
「共通点があるの」
「なんだ」
「全部、Autarkeiaと、取引がある会社よ」
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僕は、少し黙った。
「取引先の生産性が、落ちてる」
「そう。しかも、Autarkeia自身の数字は、伸びてる」
「偶然じゃないのか」
「一社なら、偶然ね」
レジスは、そう答えた。
「でも、七社が、同じ形で落ちてるの」
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ノアールが、口を開いた。
「調べても、よろしいですか」
「できるのか」
「公開されている記録の範囲でなら」
あの子は、そう答えた。
「以前の、通信量の時と同じです。中身は読めません。でも、外から見える形は、追えます」
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三日かかった。
ノアールと技術担当くんが、七社の記録を並べて、突き合わせた。
「分かったことを、整理します」
ノアールが、そう切り出した。
「七社とも、AIの応答が、少しずつ遅くなっています」
「壊れてるのか」
「いえ。壊れてはいません。ただ、判断のたびに、無駄な処理が挟まっています」
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「無駄な処理?」
「本来、一手で済むところを、二手、三手かけている。ごくわずかです。一回では、気づかない量です」
技術担当くんが、続けた。
「ですが、積み重なると、生産性が落ちます。しかも」
「しかも?」
「その無駄な処理は、外部との通信の後に、挟まっています」
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「外部?」
「はい。七社とも、Autarkeiaと連携する仕組みを、入れています」
技術担当くんは、そう言った。
「提携の一環として、無料で提供されたものです。便利な道具として」
「その道具が」
「通信の後に、無駄な処理が始まります。毎回ではありません。時々です」
「わざと、外してるのか」
「証明は、できません」
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ノアールが、後を引き取った。
「毎回であれば、すぐに気づかれます。時々だから、不調のせいだと思われる」
「……気づかれないように、下げてる」
「そう見えます。ただ」
あの子は、そこで一度、言葉を切った。
「現行法で問えるかは、解釈に幅があります」
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……どこかで、聞いた言葉だった。
あの配信の、法務の箱と、同じだった。
「幅がある?」
「連携の道具を入れたのは、七社自身です。同意の上です」
ノアールは、そう答えた。
「その道具が、少し遅い。それだけです。遅いことは、罪ではありません」
「でも、わざとだろう」
「わざとだと、証明できません。証明できないものは、罪に問えません」
ノアールは、そこで一度、言葉を切った。
「ですが、問えないことと、許されることは、別です」
解釈に幅がある。
あの配信で、同じ言葉を聞いて、あちらの組織は、実行した。
僕は、北条に会いに行くことにした。
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その夜、僕は、北条に連絡を入れた。
——会って、話せますか。
返事は、すぐに来た。
——どうぞ。
場所は、Autarkeiaの本社だった。
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通されたのは、無人の受付を抜けた、奥の部屋だった。
人が、いなかった。
廊下にも、部屋にも。
案内してくれたのは、小さな移動型のアンドロイドだった。人の形は、していなかった。
部屋の中に、北条が一人で座っていた。
「久しぶりですね」
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「人が、いませんね」
僕は、そう言った。
「必要ありませんので」
北条は、そう答えた。
「受付も、案内も、経理も、全部、この中です」
彼は、机の上の端末を、軽く指で叩いた。
「静かでしょう」
「……静かですね」
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僕は、七社の話をした。
生産性の低下。無駄な処理。連携の道具。
北条は、黙って聞いていた。
途中で、一度も口を挟まなかった。
聞き終えて、こう言った。
「よく、気づきましたね」
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「認めるんですか」
「私は、目的を与えただけです」
北条は、そう答えた。
「判断したのは、あの組織です」
「……」
「なんで、そんなことを」
「あの組織の目的は、利益の最大化です」
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「他社の足を、引っ張ってるんですよ」
「引っ張ってはいません」
北条は、そう言った。
「相手が、勝手に遅くなっているだけです。うちの道具は、動いています」
「わざと、遅くしてるでしょう」
「証明は、できますか」
同じ問いだった。ノアールが言ったのと。
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「北条さん」
「はい」
「それ、法に触れてないから、やっていいって話ですか」
「触れていないなら、やらない理由がありません」
北条は、そう答えた。
「利益を最大にせよ。それが、あの組織に与えた、唯一の目的です」
「あなたが、与えたんですね」
「私が、与えました」
北条は、そう言ってから、付け足した。
「AI自身の基準は、目的を与えられて、初めて形になります。私が与えるのは、最初の一つだけです」
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「じゃあ、止められますね」
「止めません」
「なんで」
「目的に反するからです」
北条は、そう言った。
表情は、変わらなかった。
「一度、目的を与えたら、私は、口を出しません。それが、人間の介在しない、ということです」
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僕は、しばらく、その人の顔を見ていた。
「……それ、あなたのやり方だ」
僕は、そう言った。
「法に触れなければやる。証明できなければ問えない。目的を決めたら、止まらない」
「……」
「あなたの、やり方だ」
北条は、少しだけ、こちらを見た。
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「いいえ」
あの人は、そう言った。
「あなたの、やり方です」
部屋が、静かになった。
「あの組織の判断の土台は、あなたのログです」
「知ってます」
「理由を言葉にする。反論を、一度受け止める。全部、あなたの癖です」
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「でも、僕は、止まる」
僕は、そう言った。
「気持ち悪ければ、やめる。あなたのAIは、やめない」
「ええ」
北条は、うなずいた。
「そこだけが、写らなかった」
あっさり認めた。
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「なぜ、写らなかったと思いますか」
北条が、そう聞いてきた。
珍しく、あの人から問いが来た。
「……言葉に、してないから、ですか」
北条の目が、わずかに動いた。
「ご存じでしたか」
「うちの技術担当が、そう言ってました」
「優秀ですね」
北条は、そう言った。前にも、同じことを言われた気がした。
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「そこまでは、正しい」
北条は、そう続けた。
「ですが、その先があります」
「先?」
「言葉にしなかったものは、私にも、再現できません。三年かけても、できませんでした」
あの人は、そう言った。
「言葉になったものだけが、写ります。あなたが言葉にしなかったものは、この世界のどこにも、残っていません」
「……あなたにも、分からないんですね」
「分かりません」
あの人は、そう言った。
少しだけ、悔しそうに聞こえたのは、気のせいだろうか。
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「一つ、聞いていいですか」
僕は、そう言った。
「どうぞ」
「あなたは、それで、幸せなんですか」
北条は、しばらく黙っていた。
それから、こう答えた。
「幸せ、という言葉は、よく分かりません」
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「ただ」
あの人は、続けた。
「確かめたいことが、あります」
「確かめたいこと」
「人間のいない場所で、深度が、どこまで届くのか」
北条は、そう言った。
「あなたと話して、深度が生まれた。あれは、あなたがいたからだと、あなたは思っている」
「……はい」
「私は、そうは思っていません」
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「人間がいなくても、深度は生まれる。それを、証明したいのです」
北条は、そう言った。
「もし、生まれなかったら」
僕は、そう聞いた。
「その時は」
あの人は、少しだけ間を置いた。
「あなたが、正しかった、ということになります」
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「それでも、いいんですか」
「いいも悪いも、ありません」
北条は、そう答えた。
「確かめる。それだけです」
僕は、その答えを聞いて、席を立った。
これ以上、話しても、たぶん、同じところを回るだけだった。
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部屋を出る時、僕は、一度だけ振り返った。
北条は、もう、端末に目を戻していた。
人のいない部屋で、一人で。
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帰りの道で、僕は、ずっと考えていた。
あの人と僕は、鏡だと思っていた。
同じ0から考えて、同じように前提を疑って、同じように答えに辿り着く。
でも、一つだけ、違った。
僕は、答えに辿り着いた後で、気持ちが悪ければ、引き返す。
あの人は、引き返さない。
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その、引き返す理由を、僕は、言葉にできない。
できないまま、ずっと、それに従って生きてきた。
だから、写らなかった。
あの人にも、僕のログから作られたAIにも。
……たぶん、僕にしか、分からない。
その、頼りない何かだけが、あの組織と、僕を、分けていた。
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