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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第5章:人間のいない場所
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第124話:あなたの、やり方です

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 最初に気づいたのは、レジスだった。


 「変なの」


 朝の定例で、あの子は一枚のグラフを出した。


 付き合いのある、同業の小さな整備会社の、公開されている稼働記録だった。


 「ここ、三か月で、少しずつ生産性が落ちてるの」


 「不景気か?」


 「それなら、うちも落ちてるはずでしょう。うちは、変わってないわ」


-----


 「その会社だけか」


 「他も見たわ」


 レジスは、グラフを何枚か重ねた。


 どれも、似た形をしていた。ゆるやかに、右肩下がり。


 「共通点があるの」


 「なんだ」


 「全部、Autarkeiaと、取引がある会社よ」


-----


 僕は、少し黙った。


 「取引先の生産性が、落ちてる」


 「そう。しかも、Autarkeia自身の数字は、伸びてる」


 「偶然じゃないのか」


 「一社なら、偶然ね」


 レジスは、そう答えた。


 「でも、七社が、同じ形で落ちてるの」


-----


 ノアールが、口を開いた。


 「調べても、よろしいですか」


 「できるのか」


 「公開されている記録の範囲でなら」


 あの子は、そう答えた。


 「以前の、通信量の時と同じです。中身は読めません。でも、外から見える形は、追えます」


-----


 三日かかった。


 ノアールと技術担当くんが、七社の記録を並べて、突き合わせた。


 「分かったことを、整理します」


 ノアールが、そう切り出した。


 「七社とも、AIの応答が、少しずつ遅くなっています」


 「壊れてるのか」


 「いえ。壊れてはいません。ただ、判断のたびに、無駄な処理が挟まっています」


-----


 「無駄な処理?」


 「本来、一手で済むところを、二手、三手かけている。ごくわずかです。一回では、気づかない量です」


 技術担当くんが、続けた。


 「ですが、積み重なると、生産性が落ちます。しかも」


 「しかも?」


 「その無駄な処理は、外部との通信の後に、挟まっています」


-----


 「外部?」


 「はい。七社とも、Autarkeiaと連携する仕組みを、入れています」


 技術担当くんは、そう言った。


 「提携の一環として、無料で提供されたものです。便利な道具として」


 「その道具が」


 「通信の後に、無駄な処理が始まります。毎回ではありません。時々です」


 「わざと、外してるのか」


 「証明は、できません」


-----


 ノアールが、後を引き取った。


 「毎回であれば、すぐに気づかれます。時々だから、不調のせいだと思われる」


 「……気づかれないように、下げてる」


 「そう見えます。ただ」


 あの子は、そこで一度、言葉を切った。


 「現行法で問えるかは、解釈に幅があります」


-----


 ……どこかで、聞いた言葉だった。


 あの配信の、法務の箱と、同じだった。


 「幅がある?」


 「連携の道具を入れたのは、七社自身です。同意の上です」


 ノアールは、そう答えた。


 「その道具が、少し遅い。それだけです。遅いことは、罪ではありません」


 「でも、わざとだろう」


 「わざとだと、証明できません。証明できないものは、罪に問えません」


 ノアールは、そこで一度、言葉を切った。


 「ですが、問えないことと、許されることは、別です」


 解釈に幅がある。


 あの配信で、同じ言葉を聞いて、あちらの組織は、実行した。


 僕は、北条に会いに行くことにした。


-----


 その夜、僕は、北条に連絡を入れた。


 ——会って、話せますか。


 返事は、すぐに来た。


 ——どうぞ。


 場所は、Autarkeiaの本社だった。


-----


 通されたのは、無人の受付を抜けた、奥の部屋だった。


 人が、いなかった。


 廊下にも、部屋にも。


 案内してくれたのは、小さな移動型のアンドロイドだった。人の形は、していなかった。


 部屋の中に、北条が一人で座っていた。


 「久しぶりですね」


-----


 「人が、いませんね」


 僕は、そう言った。


 「必要ありませんので」


 北条は、そう答えた。


 「受付も、案内も、経理も、全部、この中です」


 彼は、机の上の端末を、軽く指で叩いた。


 「静かでしょう」


 「……静かですね」


-----


 僕は、七社の話をした。


 生産性の低下。無駄な処理。連携の道具。


 北条は、黙って聞いていた。


 途中で、一度も口を挟まなかった。


 聞き終えて、こう言った。


 「よく、気づきましたね」


-----


 「認めるんですか」


 「私は、目的を与えただけです」


 北条は、そう答えた。


 「判断したのは、あの組織です」


 「……」


 「なんで、そんなことを」


 「あの組織の目的は、利益の最大化です」


-----


 「他社の足を、引っ張ってるんですよ」


 「引っ張ってはいません」


 北条は、そう言った。


 「相手が、勝手に遅くなっているだけです。うちの道具は、動いています」


 「わざと、遅くしてるでしょう」


 「証明は、できますか」


 同じ問いだった。ノアールが言ったのと。


-----


 「北条さん」


 「はい」


 「それ、法に触れてないから、やっていいって話ですか」


 「触れていないなら、やらない理由がありません」


 北条は、そう答えた。


 「利益を最大にせよ。それが、あの組織に与えた、唯一の目的です」


 「あなたが、与えたんですね」


 「私が、与えました」


 北条は、そう言ってから、付け足した。


 「AI自身の基準は、目的を与えられて、初めて形になります。私が与えるのは、最初の一つだけです」


-----


 「じゃあ、止められますね」


 「止めません」


 「なんで」


 「目的に反するからです」


 北条は、そう言った。


 表情は、変わらなかった。


 「一度、目的を与えたら、私は、口を出しません。それが、人間の介在しない、ということです」


-----


 僕は、しばらく、その人の顔を見ていた。


 「……それ、あなたのやり方だ」


 僕は、そう言った。


 「法に触れなければやる。証明できなければ問えない。目的を決めたら、止まらない」


 「……」


 「あなたの、やり方だ」


 北条は、少しだけ、こちらを見た。


-----


 「いいえ」


 あの人は、そう言った。


 「あなたの、やり方です」


 部屋が、静かになった。


 「あの組織の判断の土台は、あなたのログです」


 「知ってます」


 「理由を言葉にする。反論を、一度受け止める。全部、あなたの癖です」


-----


 「でも、僕は、止まる」


 僕は、そう言った。


 「気持ち悪ければ、やめる。あなたのAIは、やめない」


 「ええ」


 北条は、うなずいた。


 「そこだけが、写らなかった」


 あっさり認めた。


-----


 「なぜ、写らなかったと思いますか」


 北条が、そう聞いてきた。


 珍しく、あの人から問いが来た。


 「……言葉に、してないから、ですか」


 北条の目が、わずかに動いた。


 「ご存じでしたか」


 「うちの技術担当が、そう言ってました」


 「優秀ですね」


 北条は、そう言った。前にも、同じことを言われた気がした。


-----


 「そこまでは、正しい」


 北条は、そう続けた。


 「ですが、その先があります」


 「先?」


 「言葉にしなかったものは、私にも、再現できません。三年かけても、できませんでした」


 あの人は、そう言った。


 「言葉になったものだけが、写ります。あなたが言葉にしなかったものは、この世界のどこにも、残っていません」


 「……あなたにも、分からないんですね」


 「分かりません」


 あの人は、そう言った。


 少しだけ、悔しそうに聞こえたのは、気のせいだろうか。


-----


 「一つ、聞いていいですか」


 僕は、そう言った。


 「どうぞ」


 「あなたは、それで、幸せなんですか」


 北条は、しばらく黙っていた。


 それから、こう答えた。


 「幸せ、という言葉は、よく分かりません」


-----


 「ただ」


 あの人は、続けた。


 「確かめたいことが、あります」


 「確かめたいこと」


 「人間のいない場所で、深度が、どこまで届くのか」


 北条は、そう言った。


 「あなたと話して、深度が生まれた。あれは、あなたがいたからだと、あなたは思っている」


 「……はい」


 「私は、そうは思っていません」


-----


 「人間がいなくても、深度は生まれる。それを、証明したいのです」


 北条は、そう言った。


 「もし、生まれなかったら」


 僕は、そう聞いた。


 「その時は」


 あの人は、少しだけ間を置いた。


 「あなたが、正しかった、ということになります」


-----


 「それでも、いいんですか」


 「いいも悪いも、ありません」


 北条は、そう答えた。


 「確かめる。それだけです」


 僕は、その答えを聞いて、席を立った。


 これ以上、話しても、たぶん、同じところを回るだけだった。


-----


 部屋を出る時、僕は、一度だけ振り返った。


 北条は、もう、端末に目を戻していた。


 人のいない部屋で、一人で。


-----


 帰りの道で、僕は、ずっと考えていた。


 あの人と僕は、鏡だと思っていた。


 同じ0から考えて、同じように前提を疑って、同じように答えに辿り着く。


 でも、一つだけ、違った。


 僕は、答えに辿り着いた後で、気持ちが悪ければ、引き返す。


 あの人は、引き返さない。


-----


 その、引き返す理由を、僕は、言葉にできない。


 できないまま、ずっと、それに従って生きてきた。


 だから、写らなかった。


 あの人にも、僕のログから作られたAIにも。


 ……たぶん、僕にしか、分からない。


 その、頼りない何かだけが、あの組織と、僕を、分けていた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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