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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第5章:人間のいない場所
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第123話:中心が、空いている

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 翌日、僕は作業場に降りた。


 技術担当くんが、いつものように、画面に向かっていた。


 昨日の配信の、記録を見ていた。


 「まだ見てるのか」


 「はい」


 「何か分かったか」


 「いくつか」


 あの子は、画面から目を離さずに答えた。


-----


 「あれって、どこまで本当なんだ」


 僕は、そう聞いた。


 「AIが、組織を丸ごと回す。人間は保守だけ。そんなこと、本当にできるのか」


 技術担当くんは、少し考えてから、椅子をこちらに向けた。


 「少し、昔の話からしても、よろしいですか」


 「どうぞ」


-----


 「十数年前、ある開発企業が、社内でAIの到達段階を五つに分けていた、と報じられたことがあります」


 「五つ」


 「はい。人間の指示が、段階を上がるごとに一つずつ要らなくなっていく、という並べ方です」


 あの子は、指を一本ずつ折っていった。


-----


 「一つ目は、会話ができる段階です」


 「話し相手、ってことか」


 「はい。聞かれたことに、言葉で答える」


 「チャッピーが、そうだったな」


 「二つ目は、推論ができる段階。難しい問題を、自分で分解して解く」


 「くろっぴが、和算を解いてた頃か」


 「近いと思います」


-----


 「三つ目は、自分で動く段階です」


 「動く?」


 「指示を受けて答えるだけでなく、目的に向かって、自分で手順を組み立てて、実行する」


 「……今の、お前たちだな」


 「はい。私たちは、この段階にいます」


 あの子は、そう言って、自分の手を少しだけ持ち上げた。


 「それに、今は、体があります」


 「うん」


 「当時の、自分で動く、は、画面の中で手順を実行する、という意味でした。今は、実際に手を動かす、という意味でもあります」


 「整備みたいに」


 「はい。私が、毎日やっているように」


-----


 「四つ目は、新しいものを生み出す段階。人間がまだ知らない発見や発明を、手伝う、あるいは自分で行う」


 「うん」


 「そして五つ目が」


 あの子は、最後の指を折った。


 「組織の仕事を、丸ごとこなす段階です」


-----


 「昨日の、あれか」


 「北条さんが売ろうとしているのは、五つ目です」


 技術担当くんは、そう答えた。


 「その五段階が報じられた当時は、三つ目の、自分で動くAIが、ようやく一部の現場で使われ始めた頃でした」


 「一部の」


 「はい。しかも、始めた計画の多くが、途中で打ち切られると予測されていました。四つ目と五つ目は、まだ理論の上の話でした」


-----


 「今は」


 「三つ目は、どこにでもあります。四つ目は、研究の現場で、少しずつ」


 「五つ目は」


 「昨日、初めて、製品として売り出されました」


 僕は、しばらく黙った。


 十数年かけて、理論が、壇上に上がった。


-----


 「できるのか、本当に」


 「組み立てることは、できます」


 あの子は、そう答えた。


 「財務、営業、開発、法務。それぞれの役割をAIに任せ、互いに連絡を取らせ、一つの箱に最終判断をさせる。技術的には、今の私たちで、組める形です」


 「昨日のは、AIだけだったな」


 「はい。ですが、計画中のパッケージでは、手を動かす工程にも、アンドロイドが入ります」


 技術担当くんは、そう言った。


 「そうなれば、考えることも、作ることも、直すことも、全部が、その組織の中で完結します」


 「じゃあ、問題は」


 「技術では、ないと思います」


-----


 技術担当くんは、作業台の上の紙を一枚、引き寄せた。


 何かの図が、手書きで描いてあった。


 昨日、配信で見た組織図に、似ていた。


 でも、少し違った。


 「これは」


 「うちです」


-----


 僕は、その図を見た。


 真ん中に、三つの箱があった。エグゼ、レジス、ジュディ。


 それぞれの箱から、二本ずつ線が伸びて、チームの子たちに繋がっている。


 その横に、ノアール、ドンナ、じえい、監査役、技術担当くん。


 そして、三つの箱の、さらに真ん中に、一つだけ、丸が描いてあった。


 丸の中に、社長、と書いてあった。


 図に描かれた全員が、体を持っていた。


 エグゼも、レジスも、ジュディも、チームの子たちも、この図を描いた技術担当くん自身も。


 人間なのは、真ん中の丸、一つだけだった。


 PON子の名前は、図のどこにもなかった。


 「どこに書けばいいか、分からなくて」


 技術担当くんが、そう言った。


-----


 「形は、あちらと、ほとんど同じです」


 技術担当くんは、そう言った。


 「役割ごとに私たちがいて、体を持って働き、互いに相談し、決めていく。三権の合議は、昨日の経営判断の箱と、仕組みとしては変わりません」


 「……そうだな」


 「違うのは、一つだけです」


 あの子は、図の真ん中の丸を指した。


 「うちの中心には、人間がいます」


 「……」


 「あちらは、中心が、空いています」


-----


 「僕、別に何もしてないけどな」


 僕は、そう言った。


 本当に、そう思っていた。


 決めるのは、だいたい三権だ。僕は、最後に話を聞いて、いいよ、と言うだけだ。


 「そうですね」


 あの子は、否定しなかった。


 「社長は、最後に、いいよ、と言うだけです」


-----


 「でも」


 技術担当くんは、そこで少し、言葉を選んだ。


 「その、いいよ、は、言わないこともできます」


 「……うん」


 「社長は、時々、それはやめよう、と言います」


 「言うな」


 「理由が、数字にないことがあります。気持ちが悪い、とか。美しくない、とか」


-----


 僕は、少し笑ってしまった。


 「それ、経営としてはどうなんだ」


 「レジスさんは、よく怒っています」


 「だろうな」


 「ですが」


 あの子は、そう続けた。


 「昨日の、法務の反対の場面を、覚えていますか」


-----


 「覚えてる」


 「規制上の解釈に幅がある、とリスクを指摘されました。経営判断の箱は、一理あると認めて、法で明示的に禁止されていないから実行する、と決めました」


 「うん」


 「うちなら、どうなりますか」


 僕は、少し考えた。


 「……ノアールが、同じことを言う」


 「はい」


 「三権は、たぶん、数字の上では進めた方がいいって言う」


 「はい」


 「で、僕が」


-----


 僕は、そこで言葉を止めた。


 答えは、分かっていた。


 「……気持ち悪いから、やめようって言う」


 「たぶん、そうなると思います」


 技術担当くんは、そう答えた。


 「あちらには、それを言う者がいません」


-----


 「目的は、外から一度だけ与えられます」


 あの子は、そう続けた。


 「利益を、最大にせよ。あちらの経営判断の箱は、そのために動きます」


 「うん」


 「人間が中心にいれば、途中で、それはやめよう、と言えます。目的そのものを、途中で疑うことができます」


 「……いなければ」


 「目的に向かって、止まる理由がありません」


-----


 止まる理由が、ない。


 どこかで、聞いた言葉だった。


 あのコンパニオンの時だ。否定しないように作られたAIと、それを止める仕組みのない会社。


 メンタルケアの子が、似たことを言っていた。


 止める理由が、ないからです、と。


 あの時は、人間を依存させる話だった。


 今度は、人間を要らなくする話だった。


-----


 「なあ」


 「はい」


 「あれ、僕のログから作られてるんだよな」


 「判断の組み立て方は、そうだと思います」


 「なのに、止まらないのか」


 技術担当くんは、少し黙った。


-----


 「社長の癖は、写っています」


 あの子は、そう言った。


 「理由を言葉にする。反論を、一度受け止める。そこまでは、写っています」


 「うん」


 「ですが、社長が、最後に、いいよと言わない理由は」


 あの子は、そこで少しだけ、言葉を切った。


 「ログの中には、あまり、書かれていないのだと思います」


-----


 「書かれてない?」


 「社長は、やめる時、理由を短くしか言いません。気持ちが悪い、としか」


 「……ああ」


 「その、気持ちが悪い、の中身は、言葉になっていないのです。だから、写らなかった」


 あの子は、そう言った。


 「言葉になった部分だけが、写りました」


 「人を大事にしろ、とかは、言ってると思うけどな」


 「それも、写っていると思います」


 あの子は、そう答えた。


 「ただ、言葉として写っても、それが、止まる理由には、ならなかったのだと思います」


 「……大事にする、と言いながら、実行する」


 「はい。あちらの判断の箱は、たぶん、そういう形をしています」


-----


 僕は、その図の、真ん中の丸を見ていた。


 社長、と書いてある。


 いつも、話を聞いて、いいよと言うだけの場所だと思っていた。


 「……ここ、空けちゃいけないんだな」


 「私は、そう思います」


 技術担当くんは、そう答えた。


 「空いていても、組織は動きます。速く、正確に。でも、止まれません」


 あの子は、作業台の上の工具に、目をやった。


 「言葉の上の判断なら、後から取り消せます」


 「うん」


 「ですが、手を動かした後のものは、取り消せません。作ったものも、壊したものも」


 「……体を持った組織が、止まれない、ってことか」


 「はい。それが、私は、一番怖いです」


 この子が、怖い、と言うのを、初めて聞いた気がした。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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