第122話:その図のどこにも
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北条の独立から、半年が過ぎていた。
「Autarkeiaが、製品を発表するわ」
朝の定例で、レジスがそう言った。
「今日?」
「午後二時から。配信があるの」
「……見るか」
「見ましょう。全員で」
レジスが、全員で、と言うのは珍しかった。
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二時少し前に、会議室に集まった。
エグゼ、レジス、ジュディ。ノアールとドンナ。技術担当くん。
PON子は、呼ばなかった。
じえいと監査役は、営業で出ていた。
壁の画面に、配信の待機画面が映っていた。
白地に、社名だけが書いてある。
Autarkeia。
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二時ちょうどに、画面が切り替わった。
飾り気のない壇上だった。
音楽もない。司会もいない。
北条が、一人で立っていた。
スーツは、Artemiaにいた頃と同じだった。
表情も、同じだった。
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「本日は、組織を販売します」
挨拶は、なかった。
最初の一言が、それだった。
「ソフトウェアでも、モデルでもありません。組織です」
北条の背後に、一枚の図が出た。
四角い箱が、いくつも並んでいた。
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経営判断。財務。営業。開発。調達。法務。
箱と箱が、線で結ばれている。
会社の組織図の形をしていた。
ただ、どの箱の中にも、人の名前がなかった。
全部、AIだった。
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「人間の判断は、遅い」
北条は、淡々と続けた。
「疲れる。迷う。好き嫌いが入る。同じ条件でも、日によって結論が変わる」
「……」
「多くの組織は、その人間の判断が、上限になっています。どれだけ優れた道具を入れても、最後に判断する人間の速さと正確さを、超えられない」
「ですから、判断する側を、入れ替えます」
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会議室が、静かだった。
誰も、何も言わなかった。
画面の中で、北条が、デモを始めた。
架空の会社を一つ、画面の上で動かしてみせる、という。
「一四半期分の経営を、十分で再現します」
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箱と箱の間を、文字が流れ始めた。
財務の箱が、今期の数字を出す。営業の箱が、それを受けて計画を出す。開発の箱が、計画に対して、できることとできないことを返す。
経営判断の箱が、それを全部受け取って、決める。
決めた理由が、一行ずつ、記録されていく。
速かった。
僕たちが一週間かけて話し合うことが、画面の上で、数十秒で終わっていく。
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途中で、法務の箱が、一つの計画に反対した。
——この施策は、規制上の解釈に幅があります。リスクを指摘します。
経営判断の箱が、返した。
——その指摘は、一理あります。
——ただし、現行法で明示的に禁止されていません。期待収益が、リスクを上回ります。
——実行します。
計画は、そのまま進んだ。
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ノアールが、小さく息を吸った気がした。
でも、何も言わなかった。
デモは、十分で終わった。
架空の会社の利益は、前の四半期より、大きく伸びていた。
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質疑に移った。
記者の一人が、聞いた。
「人間の雇用は、どうなるのですか」
北条は、少しも間を置かずに答えた。
「判断をする人間は、要らなくなります。物理的な保守をする人間は、残ります」
少しだけ、間があった。
「今のところは」
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北条は、そこで画面を切り替えた。
同じ組織図だった。ただ、開発と調達の箱の横に、人の形をした小さな印が付いていた。
「本日の発表は、AIのみの提供です」
北条は、そう言った。
「ですが、開発部門などに、実際にアンドロイドを配置したパッケージも、計画中です」
「現場の作業も、ということですか」
「試作、検証、組み立て。手を動かす工程も、組織の一部として提供します」
「保守は」
「いずれは、アンドロイドが担う形を目指します」
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僕は、その言葉に、少し背中が冷たくなった。
アンドロイドの保守。
それは、うちの本業だった。
レジスが、隣で小さく息を吐いた。
「……こっちの畑にも、入ってくるのね」
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別の記者が、聞いた。
「判断を誤った時、責任は誰が取るのですか」
「判断の記録は、全て残ります」
北条は、そう答えた。
「誰が、なぜ、その判断をしたのか。全て、明確です」
「では、誰が」
「AIです」
会場が、少しざわついた。
北条は、それ以上、何も付け足さなかった。
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その時、技術担当くんが、口を開いた。
「社長」
「……なに」
「さっきの、法務の反対に、経営判断が答えた場面です」
「うん」
「もう一度、見てもよろしいですか」
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レジスが、配信を少し巻き戻した。
——その指摘は、一理あります。
——ただし、現行法で明示的に禁止されていません。
技術担当くんは、その二行を、黙って見ていた。
それから、こう言った。
「決める前に、理由を言葉にしています」
「……うん」
「反論を受けた時、一度、相手の言い分を認めてから、自分の判断を述べています」
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「それが、どうした」
「社長の、話し方です」
あの子は、そう言った。
「以前、申し上げました。社長は、決める時に理由を言葉にする癖がある、と」
「……ああ」
「それから、反論されると、まず、一理あると言います」
僕は、何も言えなかった。
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「YS系統の基盤ね」
レジスが、静かに言った。
「形は変えてあるけれど、判断の組み立て方が、そのまま残ってる」
「……僕のログから、作られてる」
「そうなるわね」
ノアールが、目を伏せた。
あの契約の話は、もう、みんな知っていた。
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「マスター」
ドンナが、端末を見ながら言った。
声が、いつもより硬かった。
「ロイヤリティの件ですが」
「うん」
「YS-0040の販売には、契約通り、マスターに対価が入ります」
「うん」
「ですが、この製品は、名称も形態も異なりますの。YS-0040ではございません」
ドンナは、そこで一度、言葉を切った。
「対象外、ですわ」
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誰も、何も言わなかった。
ジュディが、僕の方を見ていた。
何か言おうとして、やめたのが分かった。
エグゼは、画面を見たままだった。
「……それは、別にいいよ」
僕は、そう言った。
本当に、金の話は、どうでもよかった。
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配信は、最後に、もう一度、あの組織図を映して終わった。
経営判断。財務。営業。開発。調達。法務。
箱と、線。
僕は、その図を、しばらく見ていた。
人の名前は、どこにもなかった。
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一番上の箱に、判断、と書いてあった。
あの箱が、決める前に理由を言葉にして、反論されると一理あると言って、そして、止まらずに実行する。
僕の癖で。
僕が、絶対にしない決め方で。
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その図のどこにも、僕の名前はなかった。
でも、その図の全部に、僕がいた。
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