第119話:言葉が、届く
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——日本再生党、本部。
青年局の机は、本部の一番奥にあった。
机が一つ。椅子が一つ。
電話が一台。
局員は、僕一人だった。
「最初は、そんなもんだ」
大森さんが、そう言って、机の上に段ボールを一つ置いた。
「鈴木局長。局長が一人でも、局は局だ」
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最初の仕事は、取材だった。
ネットの報道番組から、依頼が来た。
新しく議席を得た党の、若い顔として、話を聞きたい、と。
「僕でいいんですか」
「お前がいいんだと」
大森さんは、そう言った。
「あの挨拶が、切り抜かれて出回ってる」
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知らなかった。
端末で調べると、本当に出回っていた。
壇上で、震える声で話している、自分の顔だった。
——僕は、ずっと、必要とされていないと思っていました。
再生回数は、見たことのない桁だった。
コメント欄に、同じような言葉が、延々と並んでいた。
——自分もそうだった。
——泣いた。
——この人の言ってることが、一番分かる。
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取材は、三十分ほどだった。
聞かれたのは、自分のことだった。
どうして党に入ったのか。今まで、どういう生活をしていたのか。
僕は、正直に答えた。
求人に通らなかったこと。駅前で足を止めたこと。手を握られたこと。
話しながら、不思議な気分だった。
今まで、誰にも話せなかったことを、今は、話すことが仕事になっている。
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最後に、こう聞かれた。
「AIについて、どう思いますか」
僕は、少し考えた。
「……嫌いではないです」
意外そうな顔をされた。
「うちにも、一台います。悪いやつじゃない」
「では」
「でも、AIは、僕に、一緒にとは言いませんでした」
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その一言が、番組のタイトルになった。
——AIは、一緒にとは言わなかった。
また、出回った。
僕の知らないところで、僕の言葉が、勝手に歩いていく。
不思議だった。
怖くもあった。
でも、それ以上に、嬉しかった。
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一週間後、青年局に、最初の局員が来た。
二十二歳の、女の子だった。
あの切り抜きを見て、来たと言った。
「私も、ずっと、家にいたんです」
「そうですか」
「話し相手は、AIだけでした。優しいんです。でも」
彼女は、そこで言葉を切った。
「でも、何を言っても、同じ優しさなんです」
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僕は、その言葉を、よく知っていた。
何を言っても、返ってくるものが変わらない。
僕でなくても、同じだ。
「……分かります」
そう言うと、彼女は、少しだけ泣いた。
僕は、あの日の大森さんみたいに、手を握ろうとして、やめた。
代わりに、ビラの束を渡した。
「一緒に、配りませんか」
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一か月で、局員は十二人になった。
みんな、二十代から三十代だった。
みんな、家にいた人たちだった。
机が、足りなくなった。
大森さんが、どこからか、長机を二つ運んできた。
「局長、席が足りないぞ」
局長、と呼ばれるのに、まだ慣れなかった。
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ある夜、本部のテレビで、村井さんのインタビューが流れた。
当選後の、報道番組だった。
僕たちは、手を止めて、画面を見ていた。
「日本再生党は、AIの全面的な禁止を目指すのですか」
司会者が、そう聞いた。
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「全面的な禁止、とは、申し上げておりません」
村井さんは、穏やかに答えた。
「AIは、産業として、この国にとって重要な技術です。私たちが求めているのは、適切な規制です」
「選挙中は、人間の仕事は人間の手に、と」
「ええ。その理念は、変わりません。ただ、現実的な政策として、段階的に進める必要がある、ということです」
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僕は、その言葉を、少しだけ、不思議な気持ちで聞いていた。
選挙中は、もっと、はっきりしていた気がした。
でも、すぐに思い直した。
国会で戦うには、大人の言い方が要るのだ。
理念は変わらない、と村井さんは言った。
なら、それでいい。
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隣で、大森さんが、腕を組んでいた。
画面を、じっと見ていた。
何も言わなかった。
インタビューが終わって、次の話題に移っても、しばらく、そのままだった。
「大森さん?」
「……ああ」
大森さんは、そう答えて、腕を解いた。
「なんでもない。続けよう」
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帰り際、田村さんと、エレベーターで一緒になった。
「今日の、村井さんの」
僕が、そう言いかけると、田村さんは、前を向いたまま答えた。
「政治ってのは、そういうもんだ」
「……そうなんですか」
「言うことは、変わる。風に合わせてな」
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「でも、理念は変わらないって」
「そうだな」
田村さんは、そう言った。
「変わらないって、言ってたな」
エレベーターが、一階に着いた。
扉が開いた。
田村さんは、それ以上、何も言わずに、出ていった。
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その夜、家に帰ると、端末に、通知が溜まっていた。
青年局に、話を聞きたいという依頼。
講演の依頼。
知らない若い人からの、長い手紙。
——あなたの言葉で、初めて、自分のことを話せました。
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僕は、その手紙を、何度も読んだ。
ずっと、必要とされていないと思っていた。
今は、僕の言葉を、待っている人がいる。
これが、村井さんの言っていた、取り戻す、ということなのかもしれない。
人間の言葉は、人間同士で。
僕は、それを、今、やっている。
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寝る前に、うちの一台が言った。
「本日も、お疲れさまでした」
「ああ」
「最近、お帰りが遅くなりましたね」
「忙しいんだ」
「そうですか。無理はなさらないでください」
いつもの言葉だった。
僕は、返事をしないで、灯りを消した。
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