第118話:二十
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——日本再生党。
選挙の前の二週間、僕は、ほとんど家に帰らなかった。
ビラの文面が、変わっていた。
——外国のAIが、あなたの会話を、国に送っていた。
——人間の仕事は、人間の手に。人間の言葉は、人間同士で。
一行目は、あのニュースそのままだった。
大森さんは、刷り上がったビラを見て、「これは効く」と言った。
「鈴木、これ全部、明日の朝までに駅前だ」
「はい」
僕は、束を三つ抱えて、本部を出た。
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実際、効いた。
駅前で配っていても、受け取ってもらえる数が、明らかに違った。
前は、一時間で二十枚だった。
今は、一時間で百枚を超える日もあった。
立ち止まって、一行目を読んで、顔をしかめる人がいた。
「本当なの、これ」
「本当です。政府が発表しました」
そう答えると、黙ってビラを鞄にしまって、歩いていった。
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「風が吹いてるな」
田村さんが、そう言った。
「風?」
「四十年配ってりゃ、分かる。今年は、吹いてる」
「いいことですよね」
「いいことだよ」
田村さんは、そう言って、ビラの束を持ち直した。
「風は、止むけどな」
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その一言だけ、少し引っかかった。
でも、聞き返さなかった。
次の人が、手を伸ばしてきたからだ。
「お願いします」
僕は、一枚、渡した。
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党本部は、選挙の直前に、引っ越していた。
雑居ビルの三階から、駅前のビルの一フロアに。
エレベーターがあった。
机は、五つから、三十に増えていた。
知らない顔が、毎日、増えていった。
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投票日の夜、僕たちは、その新しい本部に集まっていた。
大きな画面に、開票の速報が流れていた。
誰も、あまり喋らなかった。
大森さんは、腕を組んだまま、画面をじっと見ていた。
田村さんは、いつもの紙コップのお茶を、ゆっくり飲んでいた。
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最初の当選が出たのは、九時過ぎだった。
地方の、一つの選挙区だった。
本部が、一瞬で、沸いた。
知らない人同士が、肩を叩き合っていた。
僕も、誰かに肩を叩かれた。
叩き返した。
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そこから、一つずつ、増えていった。
五。八。十二。
比例の分が、少しずつ、積み上がっていく。
十五を超えたあたりで、誰かが泣き出した。
十八で、拍手が止まらなくなった。
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日付が変わる少し前に、最後の一議席が確定した。
二十。
画面に、その数字が出た。
大森さんが、腕を解いた。
それから、顔を両手で覆った。
肩が、震えていた。
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僕は、大森さんのところに行った。
何を言えばいいのか、分からなかった。
大森さんは、顔を上げて、僕を見た。
目が、真っ赤だった。
「……毎日、立ってた甲斐が、あった」
あの駅前の、誰も聞いていない演説のことだ。
僕も、あの日、通り過ぎるはずだった。
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「僕も、あそこで、止まってよかったです」
声が、うまく出なかった。
大森さんは、僕の手を、両手で握った。
あの日と同じ、厚くて、硬い手だった。
「お前が止まってくれたからだよ」
そんなはずはない、と思った。
でも、そう言われて、泣いた。
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田村さんは、少し離れたところに座っていた。
紙コップを、机に置いていた。
「田村さん」
「おう」
「二十ですよ」
「二十だな」
「四十年で、初めてですか」
「初めてだよ」
田村さんは、そう言って、少しだけ笑った。
目は、笑っていなかった。
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零時を過ぎて、村井さんが到着した。
本部の空気が、また変わった。
拍手が起きて、村井さんが、両手を上げて応えた。
壇上に、上がった。
「皆さんの、おかげです」
よく通る声だった。
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「私たちは、今日、二十の議席を得ました」
拍手。
「これは、始まりに過ぎません」
拍手。
「人間の仕事は、人間の手に。この当たり前のことを、私たちは、国会で、言い続けます」
拍手が、止まらなかった。
僕も、手が痛くなるまで叩いていた。
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「最後に、一つ、発表があります」
村井さんは、そう言って、会場を見回した。
「我が党に、青年局を新設します」
ざわめきが起きた。
「局長には、誰よりもビラを配ってくれた、若い仲間に就いてもらいます」
村井さんの視線が、こちらに向いた。
「鈴木くん」
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一瞬、自分の名前だと分からなかった。
隣の人に、背中を押された。
前に出ていた。
壇上の下まで来て、村井さんに手招きされて、壇に上がった。
ライトが、眩しかった。
何十人もの顔が、こちらを見ていた。
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「一言、どうぞ」
マイクを渡された。
何も、考えていなかった。
口を開いたら、勝手に言葉が出てきた。
「……僕は、ずっと、必要とされていないと思っていました」
会場が、静かになった。
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「求人に応募しても、理由も書かずに、断られました」
「家に帰ると、機械が、お帰りなさいと言うだけでした」
「でも、ここに来て、初めて、いるだけでいいと言われました」
声が、震えていた。
「一緒に、と言われました」
「……ありがとうございました」
それしか、言えなかった。
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拍手が、起きた。
さっきまでの拍手とは、少し違った。
ゆっくりで、長かった。
前の方で、年配の女性が、目を拭っていた。
村井さんが、僕の肩に手を置いた。
「いい挨拶だった」
耳元で、そう言われた。
その手は、あの日と同じく、柔らかかった。
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家に帰ったのは、明け方だった。
「おかえりなさい」
うちの一台が、いつものように言った。
「ただいま」
「お疲れさまでした」
「……選挙、勝ったんだ」
「おめでとうございます」
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いつもと同じ声だった。
でも、今日は、それでよかった。
僕には、もう、別の場所がある。
お帰りなさいを言うだけの機械じゃなく、名前を呼んで、肩に手を置いてくれる人たちがいる。
僕は、スーツを脱いで、ハンガーにかけた。
青年局長。
その肩書きを、口の中で、一度だけ転がしてみた。
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眠る前に、ふと、あの報告書のことを思い出した。
その、最後の二行。
——本件は、国内の小規模なAI保守事業者からの情報提供が端緒となった。同社の協力に謝意を表する。
ただの二行だった。
でも、僕には、表彰状に見えた。
……あの人は、表彰状をもらった。
僕は、二十議席の、その一部になった。
もう、あの人の背中を、見上げるだけじゃない。
そう思ったら、少しだけ、胸が熱くなった。
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青年局の局員は、その時点で、僕一人だった。
そのことに気づいたのは、翌日のことだった。
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