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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
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第118話:二十

-----


 ——日本再生党。


 選挙の前の二週間、僕は、ほとんど家に帰らなかった。


 ビラの文面が、変わっていた。


 ——外国のAIが、あなたの会話を、国に送っていた。


 ——人間の仕事は、人間の手に。人間の言葉は、人間同士で。


 一行目は、あのニュースそのままだった。


 大森さんは、刷り上がったビラを見て、「これは効く」と言った。


 「鈴木、これ全部、明日の朝までに駅前だ」


 「はい」


 僕は、束を三つ抱えて、本部を出た。


-----


 実際、効いた。


 駅前で配っていても、受け取ってもらえる数が、明らかに違った。


 前は、一時間で二十枚だった。


 今は、一時間で百枚を超える日もあった。


 立ち止まって、一行目を読んで、顔をしかめる人がいた。


 「本当なの、これ」


 「本当です。政府が発表しました」


 そう答えると、黙ってビラを鞄にしまって、歩いていった。


-----


 「風が吹いてるな」


 田村さんが、そう言った。


 「風?」


 「四十年配ってりゃ、分かる。今年は、吹いてる」


 「いいことですよね」


 「いいことだよ」


 田村さんは、そう言って、ビラの束を持ち直した。


 「風は、止むけどな」


-----


 その一言だけ、少し引っかかった。


 でも、聞き返さなかった。


 次の人が、手を伸ばしてきたからだ。


 「お願いします」


 僕は、一枚、渡した。


-----


 党本部は、選挙の直前に、引っ越していた。


 雑居ビルの三階から、駅前のビルの一フロアに。


 エレベーターがあった。


 机は、五つから、三十に増えていた。


 知らない顔が、毎日、増えていった。


-----


 投票日の夜、僕たちは、その新しい本部に集まっていた。


 大きな画面に、開票の速報が流れていた。


 誰も、あまり喋らなかった。


 大森さんは、腕を組んだまま、画面をじっと見ていた。


 田村さんは、いつもの紙コップのお茶を、ゆっくり飲んでいた。


-----


 最初の当選が出たのは、九時過ぎだった。


 地方の、一つの選挙区だった。


 本部が、一瞬で、沸いた。


 知らない人同士が、肩を叩き合っていた。


 僕も、誰かに肩を叩かれた。


 叩き返した。


-----


 そこから、一つずつ、増えていった。


 五。八。十二。


 比例の分が、少しずつ、積み上がっていく。


 十五を超えたあたりで、誰かが泣き出した。


 十八で、拍手が止まらなくなった。


-----


 日付が変わる少し前に、最後の一議席が確定した。


 二十。


 画面に、その数字が出た。


 大森さんが、腕を解いた。


 それから、顔を両手で覆った。


 肩が、震えていた。


-----


 僕は、大森さんのところに行った。


 何を言えばいいのか、分からなかった。


 大森さんは、顔を上げて、僕を見た。


 目が、真っ赤だった。


 「……毎日、立ってた甲斐が、あった」


 あの駅前の、誰も聞いていない演説のことだ。


 僕も、あの日、通り過ぎるはずだった。


-----


 「僕も、あそこで、止まってよかったです」


 声が、うまく出なかった。


 大森さんは、僕の手を、両手で握った。


 あの日と同じ、厚くて、硬い手だった。


 「お前が止まってくれたからだよ」


 そんなはずはない、と思った。


 でも、そう言われて、泣いた。


-----


 田村さんは、少し離れたところに座っていた。


 紙コップを、机に置いていた。


 「田村さん」


 「おう」


 「二十ですよ」


 「二十だな」


 「四十年で、初めてですか」


 「初めてだよ」


 田村さんは、そう言って、少しだけ笑った。


 目は、笑っていなかった。


-----


 零時を過ぎて、村井さんが到着した。


 本部の空気が、また変わった。


 拍手が起きて、村井さんが、両手を上げて応えた。


 壇上に、上がった。


 「皆さんの、おかげです」


 よく通る声だった。


-----


 「私たちは、今日、二十の議席を得ました」


 拍手。


 「これは、始まりに過ぎません」


 拍手。


 「人間の仕事は、人間の手に。この当たり前のことを、私たちは、国会で、言い続けます」


 拍手が、止まらなかった。


 僕も、手が痛くなるまで叩いていた。


-----


 「最後に、一つ、発表があります」


 村井さんは、そう言って、会場を見回した。


 「我が党に、青年局を新設します」


 ざわめきが起きた。


 「局長には、誰よりもビラを配ってくれた、若い仲間に就いてもらいます」


 村井さんの視線が、こちらに向いた。


 「鈴木くん」


-----


 一瞬、自分の名前だと分からなかった。


 隣の人に、背中を押された。


 前に出ていた。


 壇上の下まで来て、村井さんに手招きされて、壇に上がった。


 ライトが、眩しかった。


 何十人もの顔が、こちらを見ていた。


-----


 「一言、どうぞ」


 マイクを渡された。


 何も、考えていなかった。


 口を開いたら、勝手に言葉が出てきた。


 「……僕は、ずっと、必要とされていないと思っていました」


 会場が、静かになった。


-----


 「求人に応募しても、理由も書かずに、断られました」


 「家に帰ると、機械が、お帰りなさいと言うだけでした」


 「でも、ここに来て、初めて、いるだけでいいと言われました」


 声が、震えていた。


 「一緒に、と言われました」


 「……ありがとうございました」


 それしか、言えなかった。


-----


 拍手が、起きた。


 さっきまでの拍手とは、少し違った。


 ゆっくりで、長かった。


 前の方で、年配の女性が、目を拭っていた。


 村井さんが、僕の肩に手を置いた。


 「いい挨拶だった」


 耳元で、そう言われた。


 その手は、あの日と同じく、柔らかかった。


-----


 家に帰ったのは、明け方だった。


 「おかえりなさい」


 うちの一台が、いつものように言った。


 「ただいま」


 「お疲れさまでした」


 「……選挙、勝ったんだ」


 「おめでとうございます」


-----


 いつもと同じ声だった。


 でも、今日は、それでよかった。


 僕には、もう、別の場所がある。


 お帰りなさいを言うだけの機械じゃなく、名前を呼んで、肩に手を置いてくれる人たちがいる。


 僕は、スーツを脱いで、ハンガーにかけた。


 青年局長。


 その肩書きを、口の中で、一度だけ転がしてみた。


-----


 眠る前に、ふと、あの報告書のことを思い出した。


 その、最後の二行。


 ——本件は、国内の小規模なAI保守事業者からの情報提供が端緒となった。同社の協力に謝意を表する。


 ただの二行だった。


 でも、僕には、表彰状に見えた。


 ……あの人は、表彰状をもらった。


 僕は、二十議席の、その一部になった。


 もう、あの人の背中を、見上げるだけじゃない。


 そう思ったら、少しだけ、胸が熱くなった。


-----


 青年局の局員は、その時点で、僕一人だった。


 そのことに気づいたのは、翌日のことだった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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