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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
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第117話:窓のない建物を、外から

-----


 ——某国、HII本社。


 国の統計局が、四半期の経済報告を発表した。


 ヴォルコフは、それを執務室で読んでいた。


 産業別の項目の中に、自社の名前があった。


 AI関連の輸出。前年比、六十八パーセント増。


 彼は、その数字を、しばらく見ていた。


-----


 社内の数字は、手元にあった。


 同じ四半期の、同じ輸出。


 日本の件の前までで、四十一パーセント増。


 件の後は、各国の見直しで、大きく落ちている。


 差し引きすれば、前年を割り込んでいるはずだった。


 六十八、という数字は、どこからも出てこない。


-----


 彼は、過去の報告を遡った。


 去年の、同じ四半期。


 社内の数字は、三十六パーセント増だった。


 統計局の発表は、五十一パーセント増。


 その前の年も、その前の年も、発表の方が大きかった。


 毎回、同じくらいの幅で。


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 初めて大統領府で報告した日のことを、思い出していた。


 四十二パーセント増です、と彼は言った。


 胸を張って。


 あの数字も、国の発表では、もっと大きくなっていたのだろう。


 彼が誇った数字の、さらに上に、誰かが数字を足していた。


 性能も、借り物だった。


 成長も、借り物だった。


-----


 事実は、我々が決める。


 あの人は、そう言った。


 あれは、あの日だけの言葉ではなかった。


 この国は、ずっと、そうやって動いてきたのだ。


 ヴォルコフは、報告書を閉じた。


-----


 その日の午後、呼び出しがあった。


 大統領府からではなかった。


 社内の、あの扉の向こうからだった。


 名乗らない職員が、いつもの穏やかな顔で待っていた。


 「座ってください」


 ヴォルコフは、座った。


-----


 「近く、政府から発表があります」


 職員は、そう切り出した。


 「今回の件についての、公式な見解です」


 「内容は」


 「外部連携の仕組みは、御社の経営陣が、独断で導入したものである」


 ヴォルコフは、その言葉を、黙って聞いていた。


 「政府は、その存在を把握していなかった」


-----


 「管理者の欄には、国の部署の名前が書いてあります」


 「書き換えられます」


 職員は、そう答えた。


 「もう、書き換えました」


 穏やかな声だった。


 「それで、私は」


 「代表を、退いていただきます。本日付で」


-----


 責任を取る者が要る。国民に、説明できる形で。


 予想していたことだった。


 予想していたのに、実際に言われると、体の芯が冷えた。


 「私一人の不正として、ですか」


 「そういうことになります」


 「私の技術者たちは」


 「彼らは、知らなかった。それは事実ですので、そのように発表します」


 それだけは、救いだった。


-----


 「一つ、聞いてもいいですか」


 「どうぞ」


 「医療の提供は、どうなりますか」


 「継続します。新しい代表のもとで」


 「今のモデルでは、診断を誤る恐れがあります」


 「品質は、問題ありません」


 職員は、そう言った。


 「発表の上では」


-----


 ヴォルコフは、その言葉を、しばらく反芻していた。


 発表の上では。


 統計の上では、輸出は六十八パーセント増えている。


 発表の上では、品質は問題ない。


 この国では、そうやって、全部が問題なくなっていく。


 数字の上だけで。


-----


 執務室に戻ると、荷物をまとめるように言われた。


 持ち出してよいものの一覧を、渡された。


 私物だけだった。


 会社の端末も、資料も、すべて置いていく。


 彼は、机の引き出しを開けた。


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 私物は、少なかった。


 家族の写真が一枚。古い万年筆。


 それから、上着の内側の、小さな記録媒体。


 五つの記録。


 仕様書。設定の変更箇所。名前を消した老婆の推移。左右に分かれた表。自社が何を借りていたかの記録。


-----


 彼は、それを、どうするか、ずっと決められずにいた。


 出せば、国を裏切ることになる。


 出さなければ、発表の上だけの国に、黙って従うことになる。


 どちらを選んでも、彼はもう、何者でもなくなる。


 代表ではなくなった。明日からは、ただの男だ。


-----


 怒りは、なかった。


 不思議なほど、なかった。


 自分を切った国への、恨みもなかった。


 あるのは、いくつかの顔だった。


 三歳の女児。六歳の、名前も知らない誰か。息子を思って、数字を下げられた老婆。


 その誰の顔も、彼は、実際には見たことがなかった。


-----


 あの人たちは、数字の下にいる。


 伸びたことにされた数字の、ずっと下に。


 そして、この国の中からは、それを誰にも伝えられない。


 この国のニュースは、この国が作っているからだ。


 ……外からなら。


-----


 ヴォルコフは、会社の端末ではなく、自分の古い私物の端末を取り出した。


 何年も使っていなかったものだった。


 国外の、ある報道機関の窓口を開いた。


 内部からの情報を、匿名で受け付けている窓口だった。


 彼は、しばらく、その画面を見ていた。


-----


 名前は、書かなかった。


 自分の名前も。


 五つの記録の中の、誰の名前も。


 老婆の記録からは、最初から名前を消してあった。


 書いたのは、短い一文だけだった。


-----


 ——これは、誰かを罰するためのものではありません。


 ——数字の下にいる人たちが、本当はどこにいるのかを、誰かに知っておいてほしいだけです。


 彼は、それを読み返した。


 直さなかった。


 送信した。


-----


 送信が終わるまで、少しかかった。


 その間、彼は、扉を見ていなかった。


 もう、誰が入ってきても、構わなかった。


 終わった、という表示が出た。


 彼は、端末を閉じて、鞄の底に入れた。


 記録媒体は、上着の内側から出して、写真の裏に挟んだ。


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 最後に、会社の端末を、もう一度だけ開いた。


 まだ、権限は残っていた。


 あの記録を、呼び出した。


 南部の村。三歳の女児。心疾患の早期発見。手術は成功。経過は良好。


 助けたのは、彼の会社のモデルではなかった。


 それでも、あの子は、助かった。


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 彼は、その画面を閉じた。


 端末の電源を切った。


 机の上に、置いた。


 鞄を持って、立ち上がった。


 執務室の扉を開けて、廊下に出た。


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 窓のない廊下だった。


 この建物には、窓のない部屋が多い。


 彼は、その廊下を、ゆっくりと歩いた。


 エレベーターに乗った。


 ドアが閉まる直前、もう何も届かない上着の内側を、一度だけ触った。


-----


 建物を出ると、外は晴れていた。


 彼は、少し歩いてから、振り返った。


 自分が十年いた建物を、外から見るのは、初めてだった。


 窓は、ほとんどなかった。


 中にいる間は、それが当たり前だった。


 外から見ると、ずいぶん、閉じた形をしていた。


-----


 ヴォルコフは、しばらく、それを見上げていた。


 それから、前を向いて、歩き出した。


 どこへ行くのかは、まだ決めていなかった。


 ただ、たぶん、窓のある場所に行こうと思った。


 外が見える場所に。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


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https://note.com/natty_walrus3755

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