第116話:数字の下にいる人
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週に一度の市場報告は、その週、いつもより短かった。
「HIIの件、まとめておいたわ」
レジスは、そう言って、画面を出した。
「どうなってる」
「縮んでるわ。静かに」
あの子は、数字を並べた。
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国内では、省庁に続いて、自治体と主要な企業が利用を止めた。
配信ストアは、新規の入手を止めた。
国外でも、いくつかの国が、輸入の見直しを始めていた。
「全部じゃないのか」
「全部じゃないわ。使い続ける国も、あるの」
「どこ」
「……前に、話に出た国とか」
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衝突が起きている、あの取引先の国だった。
「止められないのね、たぶん」
レジスは、そう言った。
「行政も医療も、全部あれで動いてるんだもの。止めたら、国が止まる」
「……一度入れたら、抜けられない」
「そういうことね」
僕は、その言葉に、少し寒くなった。
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「それから、もう一つ、気になるものがあったの」
レジスは、画面を切り替えた。
グラフだった。
「あの国の、経済の数字よ」
「HIIの?」
「国全体の」
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右肩上がりの線が、一本引かれていた。
「国が発表している成長率。今年も、去年と同じくらい伸びてるわ」
「今回の件があっても?」
「数字の上では、何も起きていないことになってる」
「……そんなこと、あるのか」
「あるのよ。発表するのは、あの国自身だから」
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レジスは、もう一本、線を重ねた。
今度は、ほとんど平らだった。
「これは、電力の使用量」
「平らだな」
「平らよ。この三年、ほとんど伸びていないの」
さらに、もう一本。
「こっちは、貨物の量。港と鉄道の」
下がっていた。
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「経済が本当に伸びてるなら」
レジスは、そう言った。
「工場も動くし、物も運ばれるし、電気も使うわ。一緒に伸びるはずなの」
「伸びてない」
「伸びてないわね」
「じゃあ、どっちが本当なんだ」
「伸びてない方でしょうね」
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あの子は、最後に一枚、画像を出した。
夜の地上を、空から撮ったものだった。
街の明かりが、白く光っている。
「三年前と、今年」
二枚が、並んでいた。
ほとんど、同じだった。
「国が言う通りに伸びてたら、明かりも広がってるはずよ」
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僕は、その二枚を、しばらく見ていた。
街の明かりは、嘘をつかない。
発表する人がいないからだ。
「……点数と、同じだな」
僕は、そう呟いた。
「そうね」
レジスは、すぐに分かったようだった。
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「あの子が言ってたでしょう」
「測るための物差しが、目標になると、測れなくなる」
「そう」
レジスは、画面の右肩上がりの線を指した。
「会社は、試験の点数を揃えてた。国は、発表する数字を揃えてた」
「同じことを、二重にやってた」
「そういうことになるわね」
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「なんで、そんなことするんだ」
「数字が、目標になってるからよ」
レジスは、そう答えた。
「伸びてないと、困る人がいるの。だから、伸びていることにする」
「……本当は、伸びてないのに」
「本当に伸ばすより、伸びたことにする方が、ずっと早いもの」
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僕は、あの国の報告書を思い出していた。
同じ性能で、三分の二の値段。
あれも、発表の数字だった。
揃えられた点数と、揃えられた統計。
その上に、あの国は、立っていた。
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「これで、終わりなのか」
僕は、そう聞いた。
「終わりって」
「あの国が、この件で、脅威じゃなくなるってこと」
レジスは、少し考えた。
「この件ではね」
「この件では」
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「借りていた強さがなくなって、試験の点数だけが残った」
レジスは、そう言った。
「そういう製品を、進んで買う国は、もう少ないわ。輸出は、縮んでいく」
「うん」
「数字で膨らませていた分も、いつかは、合わなくなる。電気も、物も、明かりも、発表の数字には付いてこないもの」
「……ゆっくり、萎んでいく」
「たぶん、ね」
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「勝ったってことか」
僕がそう言うと、レジスは首を振った。
「勝ち負けじゃないわ」
「じゃあ、何だ」
「火が、一つ消えただけよ」
あの子は、画面を閉じた。
「国が消えたわけじゃないの。人は、あそこで暮らしてるわ。今日も」
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その言葉を、僕は、しばらく考えていた。
人は、あそこで暮らしている。
発表される数字が伸びていても、電気は増えていない。
明かりは、三年前と同じだった。
ということは、あの国の人たちの暮らしは、発表されている数字より、ずっと下にある。
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その国の中で、一日中AIに話しかけている人がいて、その会話が国に届いている。
たぶん、息子のことを心配している人もいる。
村の診療所では、今日から、試験の点数だけは取れるモデルが、子供を診ている。
僕は、その誰の顔も知らない。
知る方法も、ない。
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「レジス」
「なに」
「あの国の人たちは、自分の国の数字が、本当じゃないって知ってるのかな」
レジスは、少し黙った。
「知ってる人もいるでしょうね」
「知らない人は」
「知らないまま、暮らしてるわ」
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「……うちが、何か言うことじゃないな」
「ないわね」
レジスは、そう言った。
「言ったところで、届かないもの。あの国の人たちのニュースは、あの国が作ってるんだから」
その通りだった。
この国のニュースが、見る人ごとに違うように。
あの国のニュースも、あの国が見せたいように作られている。
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その夜、僕は、明かりの写真をもう一度見ていた。
三年前と、今年。
同じ明るさの、夜の街。
あの白い点の一つ一つに、窓があって、誰かが住んでいる。
伸びたことにされた数字の、ずっと下で。
僕は、それを、うまく言葉にできないまま、画面を閉じた。
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