第115話:国家の安全保障に関わる問題
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その朝のニュースは、短かった。
「——HIIが提供する一般向けアプリについて、国内の主要な配信ストアが、配信を停止しました」
政府の注意喚起を受けて、ストア側が自主的に判断したらしい。
新規の入手は、できなくなる。
既に入っているものも、更新は止まる。
僕は、そのニュースを、朝食を食べながら聞いていた。
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……そうか。
特に、何かを思ったわけではない。
アプリは、もう消してある。あの会議の日に、レジスの前で消した。
送ったものは戻らない、とノアールに言われた。
だから、関係のない話だった。
関係のない話の、はずだった。
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食べ終わって、部屋に戻った。
端末を開いた。
配信ストアを開いた。
念のためだった。
何の念かは、自分でもよく分からなかった。
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検索欄に、名前を入れた。
出てこなかった。
——お探しのアプリは、現在ご利用いただけません。
それだけが、表示されていた。
僕は、その一行を、しばらく見ていた。
「……そうか」
今度は、声に出ていた。
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別に、入れ直すつもりはなかった。
あのアプリが、何をしていたかは知っている。
どこに、何を送っていたかも。
入れ直すわけがない。
ただ、なくなったことを、確かめたかっただけだ。
……確かめて、どうするのかは、考えないことにした。
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念のため、他のサービスも見てみた。
動画を作れるものは、いくらでもある。
試しに、少しだけ、際どい指示を入れてみた。
本当に、少しだけだ。
——申し訳ありませんが、そのご依頼にはお応えできません。
丁寧だった。
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別のサービスも、試した。
——ご要望の内容は、利用規約により作成できません。
また別のサービス。
——この種のコンテンツは生成できません。代わりに、風景の動画はいかがでしょうか。
風景を勧められた。
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最後に、北条の会社のモデルを試した。
どうしてそこを最後にしたのかは、分からない。
——そのご依頼には、お応えできません。
ここまでは、他と同じだった。
続きがあった。
——なお、深夜のご利用が続いているようでしたら、十分な睡眠をおとりください。
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……ジュディか、お前は。
僕は、端末を閉じた。
一番、効いた。
あの国の子供を、何も知らずに診ていたモデルに、睡眠の心配をされた。
真剣に。
たぶん、自分の国の利用者を心配する時と、同じように。
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ふと、気づいたことがあった。
あの一週間の、熱心な調査の成果。
端末には、残していない。会議の日に、全部消した。
ということは。
……今、あれが残っているのは。
僕は、窓の外を見た。
ずっと遠くの空だった。
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世界で一番遠い場所に、僕の一週間があった。
ある国の、公的機関の管理する施設に。
しかも、政府の注意喚起で、全国に知れ渡った施設に。
たぶん、厳重に保管されている。
……考えないことにした。
でも、うまくいかなかった。
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その日の夕食は、全員が揃っていた。
珍しいことだった。
僕は、あまり箸が進まなかった。
ため息が、一つ出た。
出てから、しまった、と思った。
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「元気ないわね」
ジュディが、すぐに気づいた。
「そうか?」
「そうよ。食べる量が、いつもの七割」
「……測ってたのか」
「見てれば分かるわよ」
お世話係の目は、ごまかせなかった。
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「体調?」
「いや、元気だ」
「じゃあ、何」
「……別に」
その時、レジスが、箸を置いた。
嫌な予感がした。
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「今朝、配信ストアの、あるページを、三回開いてたわね」
……見られていた。
「回線、まだ見てるのか」
「あの件以来、見るようにしてるわ」
レジスは、淡々と言った。
「それから、動画生成のサービスを、四つ。それぞれ、一回ずつ」
「……」
「全部、断られてたみたいね」
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食卓が、静かになった。
ドンナが、箸を持ったまま固まっていた。
ノアールは、目を伏せていた。
エグゼは、こちらを見ていた。
何も言わずに。
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「作ってない!」
僕は、慌てて言った。
「作れなかったんでしょう」
「作ろうとしてない! 見に行っただけだ!」
「何を見に」
「……規制の、状況を」
「前も、そう言ってたわね」
反論の余地は、なかった。
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「マスター」
ドンナが、ようやく口を開いた。
「私の端末では、ございませんわよね」
「僕のだ」
「それなら、結構ですわ」
あの子は、それだけ言って、黙々と食事に戻った。
目は、合わせてくれなかった。
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ジュディは、深くため息をついた。
「夜更かしは、してないのよね」
「してない」
「ならいいわ」
そこなのか、と思った。
でも、目は、明らかに冷たかった。
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エグゼは、最後まで何も言わなかった。
ただ、食事を終えて、席を立つ時に、一言だけ言った。
「……懲りないね」
それが、一番こたえた。
前は「ふうん」だった。
今回は、評価がついていた。
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その時、PON子が、首をかしげた。
「パパ、なんで落ち込んでるのだ?」
全員の動きが、止まった。
僕も、止まった。
誰も、すぐには答えなかった。
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「……大人の事情よ」
レジスが、そう言った。
「おとなのじじょう?」
「そう」
「おとなのじじょうって、なんなのだ?」
レジスが、こちらを見た。
答えなさい、という目だった。
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僕は、少し考えた。
嘘は、つきたくなかった。
でも、本当のことも言えなかった。
その両方を満たす答えが、一つだけあった。
「……国家の安全保障に関わる問題だ」
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PON子は、目を丸くした。
「こっかの、あんぜんほしょう」
「そうだ」
「すごいのだ」
「すごいだろ」
「パパ、国を守ってるのだ?」
「……まあ、そういうことになる」
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食卓の空気が、なんとも言えないものになった。
レジスが、額に手を当てていた。
ノアールが、小さく咳払いをした。
「……事実としては、否定できませんね」
あの子は、そう言った。
法務担当の見解だった。
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たしかに、嘘ではなかった。
僕の一週間は、今、ある国の公的機関にある。
それは、この国の安全保障の問題として、政府が公式に注意を呼びかけた件だ。
だから、国家の安全保障に関わる問題だ。
……嘘ではない。
ただ、本当のことを、何一つ言っていないだけだった。
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「わたしも、国を守るのだ」
PON子が、そう言った。
「どうやって」
「わからないのだ。でも、パパと一緒に守るのだ」
「……それは、やめておけ」
「なんでなのだ?」
「大人の事情だ」
「またなのだ」
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その夜、僕は一人で、窓の外を見ていた。
ずっと遠くの空の下に、あの国がある。
国家を一つ揺るがした事件だった。
政府が動き、企業が報告を出し、ストアが配信を止めた。
その一番最初にいたのは、たぶん、僕だった。
そして、たぶん、一番個人的な理由で落ち込んでいるのも、僕だった。
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誰にも言えないまま、これは歴史になっていく。
報告書には、国内の小規模なAI保守事業者、としか書かれない。
白い猫の動画のことも。
その前の、一週間のことも。
……それでいい、と思った。
思うことにした。
今日だけは、少しだけ、それが寂しかった。
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