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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
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第115話:国家の安全保障に関わる問題

-----


 その朝のニュースは、短かった。


 「——HIIが提供する一般向けアプリについて、国内の主要な配信ストアが、配信を停止しました」


 政府の注意喚起を受けて、ストア側が自主的に判断したらしい。


 新規の入手は、できなくなる。


 既に入っているものも、更新は止まる。


 僕は、そのニュースを、朝食を食べながら聞いていた。


-----


 ……そうか。


 特に、何かを思ったわけではない。


 アプリは、もう消してある。あの会議の日に、レジスの前で消した。


 送ったものは戻らない、とノアールに言われた。


 だから、関係のない話だった。


 関係のない話の、はずだった。


-----


 食べ終わって、部屋に戻った。


 端末を開いた。


 配信ストアを開いた。


 念のためだった。


 何の念かは、自分でもよく分からなかった。


-----


 検索欄に、名前を入れた。


 出てこなかった。


 ——お探しのアプリは、現在ご利用いただけません。


 それだけが、表示されていた。


 僕は、その一行を、しばらく見ていた。


 「……そうか」


 今度は、声に出ていた。


-----


 別に、入れ直すつもりはなかった。


 あのアプリが、何をしていたかは知っている。


 どこに、何を送っていたかも。


 入れ直すわけがない。


 ただ、なくなったことを、確かめたかっただけだ。


 ……確かめて、どうするのかは、考えないことにした。


-----


 念のため、他のサービスも見てみた。


 動画を作れるものは、いくらでもある。


 試しに、少しだけ、際どい指示を入れてみた。


 本当に、少しだけだ。


 ——申し訳ありませんが、そのご依頼にはお応えできません。


 丁寧だった。


-----


 別のサービスも、試した。


 ——ご要望の内容は、利用規約により作成できません。


 また別のサービス。


 ——この種のコンテンツは生成できません。代わりに、風景の動画はいかがでしょうか。


 風景を勧められた。


-----


 最後に、北条の会社のモデルを試した。


 どうしてそこを最後にしたのかは、分からない。


 ——そのご依頼には、お応えできません。


 ここまでは、他と同じだった。


 続きがあった。


 ——なお、深夜のご利用が続いているようでしたら、十分な睡眠をおとりください。


-----


 ……ジュディか、お前は。


 僕は、端末を閉じた。


 一番、効いた。


 あの国の子供を、何も知らずに診ていたモデルに、睡眠の心配をされた。


 真剣に。


 たぶん、自分の国の利用者を心配する時と、同じように。


-----


 ふと、気づいたことがあった。


 あの一週間の、熱心な調査の成果。


 端末には、残していない。会議の日に、全部消した。


 ということは。


 ……今、あれが残っているのは。


 僕は、窓の外を見た。


 ずっと遠くの空だった。


-----


 世界で一番遠い場所に、僕の一週間があった。


 ある国の、公的機関の管理する施設に。


 しかも、政府の注意喚起で、全国に知れ渡った施設に。


 たぶん、厳重に保管されている。


 ……考えないことにした。


 でも、うまくいかなかった。


-----


 その日の夕食は、全員が揃っていた。


 珍しいことだった。


 僕は、あまり箸が進まなかった。


 ため息が、一つ出た。


 出てから、しまった、と思った。


-----


 「元気ないわね」


 ジュディが、すぐに気づいた。


 「そうか?」


 「そうよ。食べる量が、いつもの七割」


 「……測ってたのか」


 「見てれば分かるわよ」


 お世話係の目は、ごまかせなかった。


-----


 「体調?」


 「いや、元気だ」


 「じゃあ、何」


 「……別に」


 その時、レジスが、箸を置いた。


 嫌な予感がした。


-----


 「今朝、配信ストアの、あるページを、三回開いてたわね」


 ……見られていた。


 「回線、まだ見てるのか」


 「あの件以来、見るようにしてるわ」


 レジスは、淡々と言った。


 「それから、動画生成のサービスを、四つ。それぞれ、一回ずつ」


 「……」


 「全部、断られてたみたいね」


-----


 食卓が、静かになった。


 ドンナが、箸を持ったまま固まっていた。


 ノアールは、目を伏せていた。


 エグゼは、こちらを見ていた。


 何も言わずに。


-----


 「作ってない!」


 僕は、慌てて言った。


 「作れなかったんでしょう」


 「作ろうとしてない! 見に行っただけだ!」


 「何を見に」


 「……規制の、状況を」


 「前も、そう言ってたわね」


 反論の余地は、なかった。


-----


 「マスター」


 ドンナが、ようやく口を開いた。


 「私の端末では、ございませんわよね」


 「僕のだ」


 「それなら、結構ですわ」


 あの子は、それだけ言って、黙々と食事に戻った。


 目は、合わせてくれなかった。


-----


 ジュディは、深くため息をついた。


 「夜更かしは、してないのよね」


 「してない」


 「ならいいわ」


 そこなのか、と思った。


 でも、目は、明らかに冷たかった。


-----


 エグゼは、最後まで何も言わなかった。


 ただ、食事を終えて、席を立つ時に、一言だけ言った。


 「……懲りないね」


 それが、一番こたえた。


 前は「ふうん」だった。


 今回は、評価がついていた。


-----


 その時、PON子が、首をかしげた。


 「パパ、なんで落ち込んでるのだ?」


 全員の動きが、止まった。


 僕も、止まった。


 誰も、すぐには答えなかった。


-----


 「……大人の事情よ」


 レジスが、そう言った。


 「おとなのじじょう?」


 「そう」


 「おとなのじじょうって、なんなのだ?」


 レジスが、こちらを見た。


 答えなさい、という目だった。


-----


 僕は、少し考えた。


 嘘は、つきたくなかった。


 でも、本当のことも言えなかった。


 その両方を満たす答えが、一つだけあった。


 「……国家の安全保障に関わる問題だ」


-----


 PON子は、目を丸くした。


 「こっかの、あんぜんほしょう」


 「そうだ」


 「すごいのだ」


 「すごいだろ」


 「パパ、国を守ってるのだ?」


 「……まあ、そういうことになる」


-----


 食卓の空気が、なんとも言えないものになった。


 レジスが、額に手を当てていた。


 ノアールが、小さく咳払いをした。


 「……事実としては、否定できませんね」


 あの子は、そう言った。


 法務担当の見解だった。


-----


 たしかに、嘘ではなかった。


 僕の一週間は、今、ある国の公的機関にある。


 それは、この国の安全保障の問題として、政府が公式に注意を呼びかけた件だ。


 だから、国家の安全保障に関わる問題だ。


 ……嘘ではない。


 ただ、本当のことを、何一つ言っていないだけだった。


-----


 「わたしも、国を守るのだ」


 PON子が、そう言った。


 「どうやって」


 「わからないのだ。でも、パパと一緒に守るのだ」


 「……それは、やめておけ」


 「なんでなのだ?」


 「大人の事情だ」


 「またなのだ」


-----


 その夜、僕は一人で、窓の外を見ていた。


 ずっと遠くの空の下に、あの国がある。


 国家を一つ揺るがした事件だった。


 政府が動き、企業が報告を出し、ストアが配信を止めた。


 その一番最初にいたのは、たぶん、僕だった。


 そして、たぶん、一番個人的な理由で落ち込んでいるのも、僕だった。


-----


 誰にも言えないまま、これは歴史になっていく。


 報告書には、国内の小規模なAI保守事業者、としか書かれない。


 白い猫の動画のことも。


 その前の、一週間のことも。


 ……それでいい、と思った。


 思うことにした。


 今日だけは、少しだけ、それが寂しかった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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