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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
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第114話:点数は、同じだった

-----


 HIIの発表は、短かった。


 ——一部サービスにおいて、応答品質の一時的な低下が確認されております。


 ——原因は調整上の不具合であり、順次改善を進めてまいります。


 ——なお、各種性能評価における弊社製品のスコアに変動はございません。


 最後の一行が、妙に目についた。


-----


 「点数は、変わってないんだって」


 僕がそう言うと、レジスが顔を上げた。


 「変わってないわね」


 「でも、苦情はすごいんだろ」


 「すごいわ。急に使い物にならなくなった、という声が、国外でも出てる」


 「点数が同じなのに、使い物にならない」


 「そういうことになるわね」


 「……なんでだ」


-----


 「それは、あの子に聞いた方が早いわ」


 レジスは、そう言って、一階の方を指した。


 技術担当くんのことだった。


 「評価のことは、前に調べてたでしょう」


 たしかに、そうだった。


 モデルを作る条件を調べた時、あの子は、評価の方法を一番しつこく読んでいた。


 答えは出ない、と言いながら。


-----


 作業場に降りると、あの子は、既に資料を開いていた。


 「HIIの件ですね」


 「なんで分かった」


 「朝から、その話ばかりですので」


 「そうか」


 「ご説明します」


 準備が、いいにもほどがあった。


-----


 「まず、評価の試験には、いくつか種類があります」


 技術担当くんは、画面に並べた。


 「一つは、知識の試験です。選択式の問題を、大量に解かせます」


 「学校のテストみたいなもんか」


 「近いです。歴史、科学、法律、医学。分野ごとに、数千問あります」


-----


 「二つ目は、数学です。答えが一つに決まる問題を、解かせます」


 「うん」


 「三つ目は、プログラムを書かせる試験です。書いたものが、正しく動くかどうかで採点します」


 「それは、分かりやすいな」


 「分かりやすいです。動くか、動かないか、ですので」


-----


 「それから、四つ目があります」


 あの子は、そこで少し間を置いた。


 「人間に、比べてもらう方法です」


 「比べる?」


 「同じ質問に、二つのモデルが答えます。どちらの答えが良いかを、大勢の人が投票します」


 「……人気投票みたいだな」


 「そうとも言えます」


-----


 「で、HIIは」


 「どの試験でも、他社の最新と、同等の点数が出ています」


 「今も」


 「今もです」


 「なのに、使うと劣る」


 「はい」


 「どういうことなんだ」


-----


 「理由は、いくつか考えられます」


 技術担当くんは、そう言った。


 「一つ目は、問題が、公開されていることです」


 「公開?」


 「評価の試験は、誰でも同じ条件で比べられるように、問題が公開されています」


 「……じゃあ」


 「覚えることが、できます」


-----


 「答えを、丸暗記するってことか」


 「そこまで露骨でなくても、似た問題を大量に学ばせれば、点は上がります」


 あの子は、淡々と続けた。


 「学校で言えば、過去問だけを解き続けた生徒です。試験の点は取れます。でも、見たことのない問題には、弱い」


 「……いたな、そういうやつ」


 「いたと思います」


-----


 「二つ目は、北条さんがおっしゃっていたことです」


 「答えの形は写せる、ってやつか」


 「はい。他社のモデルの答えを大量に学ばせると、答え方の形が似てきます」


 「うん」


 「試験の多くは、答えの形で採点できるように作られています。正しい選択肢を選べたか。正しい数字が出たか」


 「……形が合ってれば、点になる」


 「なります。なぜそう答えたかは、問われませんので」


-----


 僕は、北条の研究棟で聞いたことを思い出していた。


 なぜそう答えたかは、写せない。


 理由のない答えを、大量に覚えただけのもの。


 試験は、その違いを、測れなかったのだ。


 「じゃあ、試験に意味はないのか」


 「意味はあります」


 即答だった。


-----


 「試験は、最低限を測るものです」


 技術担当くんは、そう言った。


 「点が低いものは、やはり劣っています。そこは信用できます」


 「うん」


 「ですが、点が高いからといって、優れているとは限りません」


 「……片方向にしか、信用できないのか」


 「そうです」


-----


 「それから、もう一つ」


 あの子は、画面の四つ目を指した。


 「人間の投票です。これも、完全ではありません」


 「なんでだ。人間が見て、良い方を選んでるんだろ」


 「人間は、心地よい答えを、良い答えだと感じやすいのです」


 ……あ。


-----


 「否定しない答え。褒める答え。自信のある言い方の答え」


 あの子は、そう続けた。


 「そういう答えの方が、投票では勝ちやすいことが、分かっています」


 「正しいかどうかじゃなくて」


 「気持ちがいいかどうかで、選ばれることがあります」


 僕は、少し黙った。


 三週間、否定しない相手に通い詰めた記憶が、まだ残っていた。


-----


 「……前に、似たような話を聞いたな」


 「迎合性の件でしょうか」


 「それだ」


 「同じ構造です」


 技術担当くんは、そう言った。


 「投票で勝つことを目標にすると、モデルは、人に合わせる方向に育ちます」


 「うちが、指示で抑えてるやつだ」


 「はい。点数を目標にすると、点数が測りたかったものから、ずれていくのです」


-----


 「測るために作ったものが、目標になると、測れなくなる」


 あの子は、そう言った。


 「昔から、経済の世界でも、同じことが言われているそうです」


 「……なるほどな」


 僕は、その言葉を、頭の中で繰り返した。


 測るための物差しが、目標になった瞬間に、物差しじゃなくなる。


-----


 その時、階段の方から、声がした。


 「でも、投票で勝った子もいるのだ」


 PON子だった。


 いつから聞いていたのか、分からなかった。


 「いつからいた」


 「さっきからなのだ」


 あの子は、階段に座って、足をぶらぶらさせていた。


-----


 「わたし、投票で勝ったのだ」


 「……そうだな」


 僕は、あの審査の日を思い出していた。


 歌詞を飛ばして、転んで、ごはんの話をした。


 直前に出た子は、完璧だった。点をつけるなら、あの子の方が上だったと思う。


 でも、投票で勝ったのは、PON子だった。


-----


 「あれは、どうなんだ」


 僕は、技術担当くんに聞いた。


 「心地よい方が勝った、ってことか」


 あの子は、少し考えるような間を置いた。


 「……分かりません」


 「分からない?」


 「あの日、投票した人たちが、何を見て選んだのかは、測れていませんので」


-----


 「ただ」


 技術担当くんは、そう続けた。


 「あの時、コメントに、こう書いてあったそうですね」


 「なんて」


 「完璧な子は上手いけど、覚えていない。PON子さんは、忘れられない、と」


 「……ああ」


 「試験は、上手いかどうかを測ります。忘れられないかどうかは、測りません」


-----


 PON子は、首をかしげていた。


 「よくわからないのだ」


 「僕も、よく分からない」


 「わからないのに、話してたのだ?」


 「分からないから、話してたんだよ」


 あの子は、少し考えてから、うなずいた。


 「じゃあ、いいのだ」


 何がいいのかは分からなかったが、なんとなく、その通りだと思った。


-----


 「結局、どうやって測ればいいんだ」


 僕は、最後にそう聞いた。


 技術担当くんは、少しだけ、口の端を上げた気がした。


 「以前、社長がおっしゃいました」


 「なんて」


 「隣で見る、と」


-----


 モデルを作る条件を調べた時の話だった。


 あの子の診断を、僕が任せた理由。


 七か月、隣で作業していたから。数字ではなく、見ていたから。


 「原始的です、と申し上げました」


 「言ってたな」


 「今も、そう思っています。ですが」


 あの子は、画面を閉じた。


 「今回の件で、他の方法では足りないことが、はっきりしました」


-----


 「HIIは、点数では見破れませんでした」


 「うん」


 「見破ったのは、実際に使っていた人たちです」


 技術担当くんは、そう言った。


 「昨日まで使えていたものが、今日は使えない。その違いに気づいたのは、毎日、隣で使っていた人たちでした」


-----


 僕は、その言葉を、しばらく考えていた。


 点数は、同じだった。


 でも、毎日使っていた人は、一日で気づいた。


 何かが違う、と。


 それは、たぶん、どんな試験よりも正確だった。


-----


 夜、レジスに報告した。


 「どうだった」


 「点数は、最低限しか測れないらしい」


 「そうね」


 「知ってたのか」


 「知ってたわよ。だから、最初に三分の二の値段って聞いた時、鵜呑みにしなかったの」


 ……そういえば、そうだった。


 検証が済んでない、とあの子は言っていた。


-----


 「レジス」


 「なに」


 「うちの子たちの点数って、どのくらいなんだ」


 「測ったことないわ」


 「ないのか」


 「ないわね」


 レジスは、書類から目を上げずに答えた。


 「測る必要が、なかったもの。毎日、隣で見てるでしょう」


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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