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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
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第113話:借り物の、誇り

-----


 ——某国、HII本社。


 異変は、ある朝、一斉に始まった。


 「苦情の件数が、昨日の四十倍です」


 ヴォルコフの執務室に、担当者が駆け込んできた。


 「内容は」


 「答えが、おかしいと」


 「おかしい?」


 「昨日までと、答えが違う。急に、頭が悪くなった、と」


-----


 彼は、苦情の一覧を開いた。


 言い方は、さまざまだった。


 質問に、的外れな答えが返ってくる。


 同じことを、何度も繰り返す。


 簡単な計算を、間違える。


 どれも、昨日までは起きていなかったことだった。


-----


 「障害は」


 「ありません。システムは、正常に稼働しています」


 「更新は」


 「昨夜は、何も入れておりません」


 「では、なぜ」


 担当者は、答えられなかった。


 ヴォルコフにも、分からなかった。


-----


 技術者たちが、一日かけて調べた。


 夕方、技術部の責任者が報告に来た。


 顔色が、悪かった。


 「原因は、我々のコードには、ありません」


 「では、どこに」


 「……分かりません。評価の試験を、全部やり直しました」


 「結果は」


 「昨日と、同じ点数です」


-----


 ヴォルコフは、その言葉を、しばらく理解できなかった。


 「試験の点数は、変わっていない」


 「はい」


 「なのに、使うと、明らかに劣る」


 「……はい」


 「そんなことが、あるのか」


 技術者は、しばらく黙っていた。


 それから、小さな声で言った。


 「試験の問題にだけ、答えられるようになっている、としか」


-----


 その夜、ヴォルコフは、一人で自社の設計図を遡った。


 彼の権限で開ける範囲の、すべてを。


 どこにも、おかしなところはなかった。


 ただ、一か所だけ、中身の見えない部品があった。


 外部連携、という名前がついていた。


 管理者の欄には、彼の知らない部署の名前があった。


-----


 翌朝、彼は、あの職員を呼んだ。


 国から出向してきている、名乗らない男だった。


 「外部連携とは、何ですか」


 職員は、少しだけ間を置いた。


 「ご存じなかったのですね」


 「知りません」


 「では、ご説明します」


 その言い方は、いつもと同じく、穏やかだった。


-----


 「利用者の指示のうち、一部を、国外の他社のモデルに回しておりました」


 「……回す」


 「品質の担保のためです」


 職員は、そう言った。


 「難しい指示ほど、回す割合を高くしておりました。そして、その答えを、御社の製品の答えとして表示しておりました」


 「私の会社の、製品として」


 「はい」


-----


 「それから、その答えを、保存しておりました」


 「何のために」


 「御社のモデルの、訓練のためです」


 職員は、表情を変えずに続けた。


 「他社の答えを、大量に学ばせることで、近い答え方をするモデルが作れます。評価の試験では、同等の点数が出るようになりました」


-----


 ヴォルコフは、椅子の肘掛けを握っていた。


 同じ性能で、三分の二の値段。


 あの数字を、彼は、自分の会社の技術者たちの成果だと思っていた。


 誇りに思っていた。


 大統領の前で、胸を張って報告した。


 「私の技術者たちは、知っていたのですか」


 「いいえ。お知らせする必要が、ありませんでしたので」


-----


 「なぜ、昨日から、答えが悪くなったのですか」


 「回していた先が、止まりました」


 職員は、そう答えた。


 「先方が、利用の経路をすべて遮断しました。日本の件と、同じ時期です」


 「では、今の答えは」


 「御社のモデル、本来のものです」


 本来の。


 その言葉が、一番、重かった。


-----


 ヴォルコフは、しばらく何も言えなかった。


 それから、一つだけ、聞いた。


 「医療の分野は」


 「はい」


 「診断補助も、回していたのですか」


 「医療は、最も回す割合が高い分野でした」


 職員は、そう答えた。


 「誤りが許されませんので」


-----


 彼は、震える指で、端末を操作した。


 一つの記録を、呼び出した。


 南部の村。三歳の女児。心疾患の早期発見。手術は成功。


 あの日、エレベーターの中で受け取った報告だった。


 「この件は」


 職員は、記録を見た。


 少し確認してから、こう答えた。


 「転送されております」


-----


 「……どこに」


 「日本の企業のモデルです」


 職員は、社名を告げた。


 その名前を、ヴォルコフは知っていた。


 三日前、脅威報告を公開した会社だった。


 自分たちの不正を、世界に暴いた会社だった。


 あの女児を救ったのは、その会社のモデルだった。


-----


 職員が出ていった後、ヴォルコフは、長い間、動けなかった。


 彼がこの会社を続けてきた理由は、あの報告だった。


 医者のいない村で、子供の病気が見つかる。


 文字を読めない老人が、孫の手紙を読めるようになる。


 人間を、中心に。


 その誇りの一番大きなものが、借り物だった。


-----


 借りた相手は、自分たちが盗んでいた相手だった。


 盗まれていることも知らずに、あの会社のモデルは、遠い国の村の子供を診ていた。


 真剣に。


 たぶん、自分の国の子供を診る時と、同じように。


 ……あのモデルは、何も知らずに、うちの国の子供を救っていたのだ。


-----


 そして、もう一つのことに、彼は気づいた。


 転送は、止まった。


 今日から、村の診療所で答えているのは、うちの本来のモデルだ。


 試験の点数だけは取れる、あのモデルが。


 昨日までなら見つかった病気が、今日からは、見落とされるかもしれない。


-----


 ヴォルコフは、立ち上がった。


 大統領府への回線を、自分から繋いだ。


 初めてのことだった。


 スカルコフは、すぐに出た。


 声が、低かった。


 「状況は、聞いている」


-----


 「一年だ」


 スカルコフは、前置きなしに言った。


 「我々は、一年、先を行っていると聞いていた」


 「……」


 「他国の最新と、同等だと。三分の二の値段で」


 「はい」


 「それが、どうだ」


 机を叩く音が、回線越しに聞こえた。


-----


 「先を行っていたのではない」


 スカルコフの声が、少し上ずっていた。


 この人の声が乱れるのを、ヴォルコフは初めて聞いた。


 「追いついていたのでもない」


 「……」


 「我々は、鏡を見ていたのだ。向こうの顔を、自分の顔だと思って」


 しばらく、荒い息だけが聞こえた。


-----


 「技術者どもは、何をしていた」


 「私の技術者は、知らされておりませんでした」


 「知らなかった、で済むと思うのか」


 「……」


 「お前の会社だ。お前の製品だ」


 スカルコフは、そう言った。


 「世界は、お前の会社の名前で、笑っている」


-----


 ヴォルコフは、一度、息を吸った。


 「一つ、お願いがあります」


 「言え」


 「医療分野の提供を、一時停止させてください」


 回線の向こうが、静かになった。


 「今のモデルでは、診断を誤る恐れがあります。昨日までと、同じ精度は出ません」


-----


 「止めれば、どうなる」


 「誤診の危険は、避けられます」


 「止めれば、非を認めることになる」


 スカルコフは、そう言った。


 「我々の製品が劣っていると、世界に示すことになる」


 「ですが、患者が」


 「却下する」


-----


 「続けろ」


 スカルコフは、そう言った。


 「何事もなかったように、続けろ。品質の低下は、一時的な調整不良だと発表しろ」


 「……それは、事実ではありません」


 「事実は、我々が決める」


 ヴォルコフは、何も言えなかった。


-----


 「それから」


 スカルコフは、そこで少し声を落とした。


 怒りが収まったのではなかった。


 冷えたのだと、ヴォルコフには分かった。


 「これだけのことになった以上、責任を取る者が要る」


 「……」


 「国民に、説明できる形でな」


 回線が、切れた。


-----


 ヴォルコフは、受話器を置いた。


 責任を取る者。


 国民に、説明できる形で。


 外部連携の部品の、管理者の欄には、彼の知らない部署の名前が書いてあった。


 でも、会社の名前は、彼の名前で登記されている。


 誰が責任を取ることになるのか、考えるまでもなかった。


-----


 彼は、もう一度、あの記録を開いた。


 南部の村。三歳の女児。心疾患の早期発見。手術は成功。経過は良好。


 読み返した。


 何度読んでも、同じことが書いてある。


 この子は、助かった。


 それだけは、本当だった。


 助けたのが、誰だったとしても。


-----


 彼は、上着の内側に手を入れた。


 記録媒体を取り出して、端末に差した。


 外部連携の部品について、職員が口頭で説明したことは、どこにも書かれていない。


 でも、部品の管理者の欄と、転送の割合の設定は、彼の権限でも画面に出せた。


 彼は、その画面を、そのまま保存した。


-----


 五つ目だった。


 仕様書。設定の変更箇所。名前を消した老婆の推移。左右に分かれた表。


 そして、自分の会社が、何を借りていたかの記録。


 彼は、媒体を上着の内側に戻した。


 それから、あの女児の記録を、画面から消さずに、そのままにしておいた。


 今日くらいは、それを見ながら仕事をしてもいいと思った。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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