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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
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第112話:謝意を表する

-----


 HIIからの回答は、一週間で届いたらしい。


 北条から、そう聞いた。


 「中身は」


 「規約の範囲内で、適切に処理している。以上です」


 「それだけですか」


 「それだけです」


 予想していた通りだった。


-----


 「どうなるんですか、これから」


 「向こうが否定したので、こちらは次の段階に進みます」


 北条は、そう言った。


 「次?」


 「政府が、自分たちで調べた結果を、公表します」


 「……公表」


 「照会は、答えさせるためのものでした。答えなかったので、今度は、答えを待たずに出します」


-----


 公表されたのは、その十日後だった。


 朝のニュースの、一本目だった。


 この画面のニュースは、見る人によって中身が変わる。


 それでも、たぶん、今日は誰の画面でも、これが一本目だったと思う。


-----


 「——政府は本日、海外企業が提供する一部の対話型AIサービスについて、利用者の情報が国外に送信されている疑いがあるとして、注意を呼びかけました」


 画面の中の人物が、そう読み上げた。


 企業名が、はっきり出た。


 HII。


 「——調査によりますと、当該サービスは、利用に必要な量を大きく超えるデータを、継続的に国外へ送信していたとみられます。送信先は、企業の管理する設備を経由し、最終的に同国の公的機関の管理する施設に至っていたということです」


-----


 僕は、手を止めて、画面を見ていた。


 北条の研究棟で見た、あの地図だった。


 日本から出て、いくつかの国を経由して、一点に集まる線。


 あれが、今、国の名前で、全国に流れている。


 「——政府は、各府省庁に対し、当該サービスの業務での利用を、直ちに停止するよう通知しました」


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 「全面禁止ですわね」


 いつの間にか、ドンナが隣に立っていた。


 「省庁だけか」


 「現時点では。ですが、自治体と、主要な企業も続くと思われますわ」


 「なんで分かる」


 「省庁が止めたものを、使い続ける理由を説明できる担当者は、おりませんもの」


 共同声明の時と、同じ理屈だった。


 断る理由が、一枚の紙で手に入る。


-----


 三日後、二本目が出た。


 今度は、北条の会社からだった。


 脅威報告、という題がついていた。


 自社のモデルが、第三者によって、組織的に不正利用されていた事案の報告。


 僕は、それを最初から最後まで読んだ。


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 書いてあることは、あの日、研究棟で聞いた通りだった。


 数千の偽の名義。接続元を偽装して、制限を回避していたこと。


 三か月で、二千万件を超える利用。


 利用者の指示を、自社のモデルに転送して、その答えを、別の製品の答えとして表示していたこと。


 そして、その答えを保存し、自社のモデルの訓練に使っていたとみられること。


-----


 報告書には、こういう一文があった。


 ——当該製品の利用者は、自身が実際にはどのモデルと対話していたのかを、知らされていなかった。


 その一行が、一番、反響を呼んだらしい。


 政府の注意喚起は、国と国の話だった。


 でも、この一行は、一人一人の話だった。


 自分が話していた相手は、誰だったのか。


-----


 報告書の最後に、短い一文があった。


 ——本件は、国内の小規模なAI保守事業者からの情報提供が端緒となった。同社の協力に謝意を表する。


 社名は、出ていなかった。


 僕は、その一行を、しばらく見ていた。


 ……猫の動画だ。


-----


 あの日、技術担当くんが、まっさらな端末に、白い猫が昼寝をする動画を作らせた。


 正確に言えば、僕が指示を入力した。


 全員に見られながら。


 猫以外は入力するな、と念を押されて。


 その時刻と文章が、北条の会社の記録に、四秒遅れで残っていた。


 二千万件の糸口は、あれだった。


-----


 その日の午後、電話が鳴った。


 ドンナが出て、少し話してから、こちらに回してきた。


 「報道の方ですわ」


 「……なんで、うちに」


 「報告書の、最後の一文を読まれたそうですの」


 「名前は、出てないだろ」


 「国内の小規模なAI保守事業者、というだけで、数社には絞れるそうですわ」


-----


 僕は、受話器を受け取った。


 記者は、丁寧だった。


 北条の会社の報告書にある、情報提供をした事業者は御社ではないか。どのような経緯で気づいたのか。少しだけでも、話を聞かせてもらえないか。


 僕は、最後まで聞いてから、こう答えた。


 「お答えできることは、ありません」


 記者は、もう一度だけ食い下がった。


 同じことを、もう一度言った。


 電話は、それで終わった。


-----


 「断りましたわね」


 「断った」


 「名前を出せば、宣伝になりますのに」


 ドンナは、そう言った。


 経理の顔だった。


 「広告より、よほど効きますわ」


 「いいんだよ」


-----


 「なぜですの」


 僕は、少し考えた。


 うまい言い方が、見つからなかった。


 「……僕が出ると、話が僕の話になる」


 「それが、何か」


 「この話は、僕の話じゃない。知らずに話してた人たちの話だ」


 ドンナは、しばらくこちらを見ていた。


 それから、少しだけ、ため息をついた。


 「……マスターらしいですわね」


 褒められたのかどうか、分からなかった。


-----


 夜、北条に連絡を入れた。


 「報告書、読みました」


 「そうですか」


 「最後の一行、ありがとうございます」


 「あれは、うちの法務が入れました」


 北条は、そう答えた。


 「事実ですので。情報の出どころを、記録に残しておく必要がありました」


-----


 「社名を出さないでくれて、助かりました」


 「出さない方がいいと、あなたなら言うと思いましたので」


 少しだけ、意外だった。


 「分かってたんですか」


 「あなたは、自分の名前が前に出ることを、嫌がりますので」


 この人は、見ていないようで、見ている。


 人間のことを、判断の対象ではないと言いながら。


-----


 テレビでは、別の人間が、この件について話していた。


 討論の番組だった。


 その中に、一人、見覚えのない政治家がいた。


 名前の下に、日本再生党、と出ていた。


 「——外国のAIが、国民の会話を、国に送っていたんです。これが、AIというものの正体です」


-----


 僕は、その言葉に、少し引っかかった。


 送っていたのは、HIIだ。


 それを突き止めたのも、転送されていたのも、AIだった。


 北条の会社のモデルは、知らないうちに答えさせられていた側だ。


 「——人間の仕事は、人間の手に。人間の言葉は、人間同士で。私たちは、それを取り戻さなければならない」


 同じ事件だった。


 同じ事実を見て、まったく違う結論が、そこで語られていた。


-----


 「……うまいな」


 僕は、思わず、そう呟いた。


 「何がですの」


 「言い方が」


 嘘は、言っていない。


 外国のAIが、国民の会話を送っていた。それは、事実だった。


 ただ、その事実から、AIそのものが敵だ、という結論に、一足で飛んでいる。


 その一足の間に、何があるかを、あの人は話さない。


-----


 番組の最後に、司会者が言った。


 「日本再生党は、次の選挙で、議席の大幅な増加が見込まれています」


 僕は、画面を消した。


 なんとなく、嫌な予感がした。


 理由は、うまく言葉にできなかった。


-----


 ——同じ頃。日本再生党、本部。


 鈴木は、北条の会社の報告書を、印刷して読んでいた。


 党の資料として、配られたものだった。


 「使える材料だ」と、大森さんは言っていた。


 鈴木は、最後の一文で、手を止めた。


-----


 ——本件は、国内の小規模なAI保守事業者からの情報提供が端緒となった。


 国内の。


 小規模な。


 AI保守事業者。


 鈴木は、その言葉を、二度読んだ。


 それから、三度目を読んだ。


-----


 AIの保守をやっている、小さな会社。


 そんなものは、いくつもあるわけではない。


 鈴木が知っている中では、一つしかなかった。


 整備と、広告と、健康管理と、タレント。


 何にでも手を出して、全部うまくいっている、あの会社。


-----


 ……政府と、組んでたのか。


 鈴木は、紙を握りしめていた。


 大きな事件の、一番最初にいた。


 国に感謝されるような仕事をしていた。


 自分がビラを配っている間に。


 あの人は、いつも、自分の手の届かないところで、うまくやっている。


-----


 紙には、謝意を表する、と書いてあった。


 鈴木には、それが、表彰状のように見えた。


 本当は、社長が恥をかいた一週間から始まった話だということを、鈴木は知らない。


 白い猫の動画だったことも。


 知る方法は、どこにもなかった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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