↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
PR
129/149

第110話:数字になった人

-----


 ——某国、HII本社。


 その部屋に、ヴォルコフが入るのは初めてだった。


 社内にありながら、彼の権限では開かない扉がいくつかある。


 そのうちの一つだった。


 「どうぞ」


 案内してきたのは、国から出向してきている職員だった。


 名前は、知らない。三年いるが、一度も名乗られたことがない。


-----


 中は、静かだった。


 机が並び、人が座り、画面を見ている。


 それだけの部屋だった。


 拍子抜けするほど、普通だった。


 「見ていただきたいものがあります」


 職員が、一つの画面の前に立った。


 「運用の実績を、開発側にも共有せよとの指示が出ましたので」


-----


 画面には、地図が出ていた。


 国内の、ある地方都市のものだった。


 地図の上に、無数の点が散っている。


 「これは」


 「利用者です」


 「……全員ですか」


 「この地域の、稼働中の端末すべてです」


-----


 職員が、一つの点を選んだ。


 画面が切り替わった。


 一人分の情報が、表示された。


 年齢。職業。家族構成。居住地。移動の履歴。


 そして、一番上に、数字があった。


 「……この数字は」


 「安定度です」


-----


 「安定度」


 「社会的な安定への寄与を、数値化したものです」


 職員は、そう説明した。


 「高いほど、望ましい」


 「何で決まるんですか」


 「複数の要素です。就労状況、納税、地域活動への参加。それから」


 「それから?」


 「対話の内容です」


-----


 ヴォルコフは、その言葉で、口の中が乾くのを感じた。


 「対話」


 「利用者が、AIに何を話したか。何を調べたか」


 「……それを、評価に」


 「要素の一つです」


 職員は、こともなげに答えた。


 「そのために、集めておりますので」


-----


 彼は、画面の数字を見た。


 その人の名前の横に、二桁の数字が並んでいる。


 六十三。


 高いのか、低いのかも、彼には分からなかった。


 「これは、高い方ですか」


 「平均的です」


 「低いと、どうなります」


 少しの間があった。


-----


 「別の一覧に、移ります」


 職員は、そう言って、画面を切り替えた。


 名前が、縦に並んでいた。


 数十人分あった。


 「この方々は、直近三か月で、安定度が大きく下がった方です」


 「下がると」


 「地域の担当者が、訪問します」


-----


 「訪問して、何を」


 「話をします」


 「それだけですか」


 「それだけです」


 職員は、そう答えた。


 「困りごとがあれば、支援を検討します。生活相談の一環です」


 言い方は、穏やかだった。


 穏やかであることが、かえって落ち着かなかった。


-----


 ヴォルコフは、一覧の中の一人に、目が止まった。


 七十代の女性だった。


 地方の村に住んでいる。夫は他界。子供が一人。


 安定度は、三か月前から、階段のように下がっていた。


 「この方は、何があったんですか」


 「検索の履歴です」


-----


 職員が、詳細を開いた。


 検索の記録が、日付順に並んでいた。


 ——国外への渡航手続き


 ——海外からの送金の受け取り方


 ——外国語の翻訳


 ——息子 元気にしているか


 最後の一行は、検索ではなかった。


 AIとの対話の記録だった。


-----


 「息子さんが、国外にいます」


 職員が、そう説明した。


 「五年前に、出ています。連絡は、年に数回」


 「……それで、下がったんですか」


 「国外との接触は、要素の一つですので」


 「会いたいと思っただけでしょう」


 「思っただけでも、記録は残ります」


-----


 ヴォルコフは、その記録を、しばらく見ていた。


 息子は、元気にしているか。


 誰にも聞けないから、AIに聞いた。


 AIは、たぶん、優しく答えたのだと思う。


 自分たちが、そう作ったからだ。


 そして、その会話が、この数字になった。


-----


 「この方は、訪問されたんですか」


 「先月、一度」


 「何を話したんですか」


 「記録は、私の権限では見られません」


 職員は、そう答えた。


 初めて、答えられないと言った。


 それが、答えのようなものだった。


-----


 部屋を出た後、ヴォルコフは、廊下で少し立ち止まった。


 医療の現場から上がってくる報告と、同じシステムだった。


 三歳の女児の心疾患を見つけたのも。


 文字を読めなかった老人に、孫の手紙を読ませたのも。


 そして、息子を思った老婆の数字を下げたのも。


 全部、同じものだった。


-----


 その日の午後、彼はもう一つの場所へ呼ばれた。


 郊外の施設だった。


 車で一時間半。道の両側は、ずっと畑だった。


 着いた先は、倉庫のような建物だった。


 中に入ると、広い空間の端に、機体が並んでいた。


 人の形をしていた。


-----


 「試験を、ご覧いただきます」


 技術者が、そう言った。


 国防側の人間だった。HIIの社員ではない。


 「基盤は、御社のものです」


 「……存じております」


 「設定を切り替えて使わせていただいております」


 その言葉を、ヴォルコフは、自分が言ったことがある。


-----


 画面を、見せられた。


 設定の一覧だった。


 彼の会社の製品でも、同じ画面を使う。


 項目の名前も、並び順も、同じだった。


 ただ、一か所だけ、違っていた。


-----


 民生用では、そこは「保護を優先する」になっている。


 この画面では、「任務を優先する」になっていた。


 それだけだった。


 同じ場所の、同じ項目。


 選択肢が、一つ差し替えられているだけ。


-----


 「もう一点、変更がございます」


 技術者が、別の項目を指した。


 「確認の手順です」


 「確認?」


 「民生用では、重要な判断の前に、人間の承認を求める設定になっております」


 「そうです。そう作りました」


 「こちらでは、外します」


-----


 ヴォルコフは、その言葉で、一歩前に出ていた。


 「待ってください」


 「はい」


 「それは、必要な手順です」


 「速度が、落ちますので」


 技術者は、淡々と答えた。


 「判断の遅れは、被害に直結します」


-----


 「ですが、確認なしでは」


 「確認をする間に、失われるものもあります」


 その言い方は、筋が通っていた。


 反論しようとして、ヴォルコフは、言葉に詰まった。


 速度が命を救う場面は、たしかにある。


 医療の現場でも、同じことを言われる。


 ……同じ言葉が、ここでは、別の意味になる。


-----


 試験が始まった。


 ヴォルコフは、詳細を見なかった。


 見なくても、動きだけで分かった。


 迷いがなかった。


 彼の会社のモデルは、迷うように作ってある。


 判断に自信がない時は、止まる。人に聞く。


 その部分が、外されていた。


-----


 試験は、二十分で終わった。


 「想定通りです」


 技術者が、そう言った。


 「ご協力に、感謝します」


 「……私は、何もしていません」


 「作っていただきました」


 その一言が、一番こたえた。


-----


 帰りの車の中で、ヴォルコフは、窓の外を見ていた。


 畑が、ずっと続いていた。


 作ったのは、自分だ。


 それは、事実だった。


 医療のために作った。教育のために作った。


 そのどちらも、嘘ではない。


 でも、同じものが、別の場所で、別のことをしている。


-----


 会社に戻ると、秘書が待っていた。


 「大統領府から、連絡が入っております」


 「内容は」


 「日本の政府機関から、正式な照会が来ているそうです」


 ヴォルコフは、足を止めた。


 「照会」


 「自社のサービスの、データの取り扱いについてです」


-----


 執務室に戻り、彼は回線を繋いだ。


 スカルコフの声が、すぐに聞こえた。


 前置きは、なかった。


 「照会の件は、聞いたか」


 「はい」


 「否定しろ」


-----


 「……内容を、確認してからでも」


 「確認は要らん」


 「ですが」


 「何を照会されても、否定しろ」


 スカルコフは、そう言った。


 「規約の範囲内で、適切に処理していると答えろ。それ以上は、答えるな」


 「……承知しました」


-----


 「誰が出してきた」


 「日本の、担当省庁です」


 「材料は」


 「通信の記録だと聞いております」


 少しの沈黙があった。


 「……中身は」


 「読めていないはずです。暗号化しておりますので」


-----


 「ならば、問題ない」


 スカルコフは、そう言った。


 「量だけ見て、騒いでいるだけだ」


 「はい」


 「だが、念のためだ」


 「はい」


 「国内の記録を、整理しておけ」


 その言い方に、ヴォルコフは、背中が冷たくなった。


-----


 整理。


 この人が使うと、その言葉は、一つの意味しか持たない。


 「……どこまで、でしょうか」


 「残しておく必要のないものは、残すな」


 「承知しました」


 「以上だ」


 回線が、切れた。


-----


 ヴォルコフは、しばらく椅子に座っていた。


 窓のない部屋だった。


 この建物には、窓のない部屋が多い。


 彼は、机の引き出しを開けた。


 中に、小さな記録媒体が入っている。


 私物だった。会社の備品ではない。


-----


 整理しろ、と言われた。


 消せ、という意味だ。


 彼は、それを実行するだろう。命令だからだ。


 断れば、彼の立場は終わる。


 会社も、たぶん終わる。


 医療の現場も、教育の現場も、止まる。


 それは、彼が守りたかったものだった。


-----


 だから、消す。


 消すが。


 彼は、記録媒体を手に取った。


 しばらく、それを見ていた。


 それから、端末に差した。


-----


 選んだのは、三つだけだった。


 安定度の算出に、対話の内容が使われていることを示す、内部の仕様書。


 軍事用の設定画面の、変更箇所の記録。


 そして、あの老婆の、安定度の推移。


 名前は、消した。


 誰か一人のものではなく、こういうことが起きているという事実だけが残るようにした。


-----


 複製が終わるまで、四分かかった。


 その四分間、彼は扉を見ていた。


 誰も、入ってこなかった。


 彼は、記録媒体を抜いて、上着の内側に入れた。


 それから、命じられた通り、整理を始めた。


-----


 消す作業は、二時間かかった。


 終わった時には、外は暗くなっていた。


 彼は、上着の内側を、一度だけ触った。


 硬いものが、そこにあった。


 ……これを、いつ使うのか。


 使う日が来るのか。


 分からなかった。


-----


 ただ、一つだけ、はっきりしていた。


 彼は、命令に従った。


 全部、消した。


 そして、全部は消さなかった。


 その両方が、同じ日の、同じ手で行われた。


 それが、今の彼にできる、精一杯だった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。