第109話:答えていたのは、誰か
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三日後、北条から連絡が来た。
——追加で、分かったことがあります。
——来られますか。
文面は、いつも通り短かった。
でも、返事を送る前に、もう一通届いた。
——できれば、今日中に。
あの人が急かすのは、初めてだった。
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研究棟に着くと、北条は立ったまま待っていた。
座っていなかった。
それも、初めて見る姿だった。
「座ってください」
あの人は、自分は座らずに、そう言った。
「北条さんは」
「後で座ります」
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机の上に、画面が一つ出ていた。
何かの記録だった。細かい文字が、縦に並んでいる。
「うちのモデルの、利用記録です」
「北条さんのところの?」
「はい。社外秘ですので、細部はお見せできません」
「じゃあ、なんで」
「見ていただきたい部分だけ、残してあります」
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北条は、画面の一か所を指した。
「三日前の、午前十時十四分」
「……うちで、実験をしてた時間だ」
「そうです。報告書に、時刻が書いてありました」
僕は、その行を見た。
利用者の欄には、見覚えのない名前があった。
指示の欄には、こう書いてあった。
——猫が、窓辺で昼寝をしている動画。
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「……これ」
「社長が入力した文章です」
「なんで、北条さんのところに」
「届いたからです」
北条は、そう答えた。
「あなたがHIIのアプリに入力した、四秒後に」
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僕は、しばらく何も言えなかった。
HIIのアプリに、猫の動画を頼んだ。
あのアプリは、その指示を、北条の会社のモデルに回していた。
「じゃあ、あの動画は」
「うちのモデルが、作りました」
「HIIの製品として、出てきたのに」
「はい。名前だけ、差し替えて」
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「一件だけですか」
「いいえ」
北条は、画面を切り替えた。
数字が、表示された。
「同じ手口と思われる利用が、この三か月で、二千万件を超えています」
「……二千万」
「利用者の名義は、数千あります。すべて、別人を装っています」
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「装ってる?」
「接続元の地域を変え、名前を変え、利用の間隔を変えています」
北条は、そう説明した。
「一つ一つは、普通の利用者に見えます。ですが、指示の文章を並べると、同じ出どころだと分かる」
「どうやって、分かったんですか」
「あなたの猫です」
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「……猫?」
「時刻と文章が、正確に分かっている指示が、一つだけありました」
北条は、そう言った。
「それを手がかりに、同じ経路を通ってきた利用を、遡りました」
「うちの実験が、糸口になったのか」
「はい」
あの人は、少しだけ、うなずいた。
「技術担当の方に、礼を言っておいてください」
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僕は、少し考えてから、聞いた。
「それ、北条さんのところのデータですよね」
「そうです」
「見ても、いいんですか」
「自社のモデルに届いた記録を、自社で確認するのは、問題ありません」
「……ああ」
「前回、中身は読めないと申し上げました。今回は、読む必要がありません。届いた先が、うちですので」
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「つまり」
僕は、頭の中で整理した。
「HIIの製品は、同じ性能で、三分の二の値段だった」
「はい」
「その性能の一部は、北条さんのところのモデルだった」
「そうなります」
「他人のモデルに答えさせて、自分の名前で売ってた」
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「それだけでは、ありません」
北条は、そう言って、別の資料を出した。
「答えさせた内容を、保存しています」
「保存?」
「指示と、うちのモデルの答え。その組み合わせを、大量に」
「……何のために」
「自分たちのモデルに、学ばせるためです」
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僕は、その意味を、すぐには飲み込めなかった。
「学ばせる」
「うちのモデルの答え方を、真似させるのです」
北条は、そう説明した。
「二千万件の答えを見せれば、同じような答え方をするモデルが作れます」
「そんなことが、できるのか」
「形だけなら」
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「形だけ?」
「はい」
北条は、そこで少し間を置いた。
「答えの形は、写せます。言い回しも、構成も、似せられる」
「うん」
「ですが、なぜそう答えたかは、写せません」
「……」
「理由のない答えを、大量に覚えただけのものです」
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僕は、技術担当くんが言っていたことを思い出していた。
うちのログには、判断の理由が残っている。
普通は、結論だけが残る。なぜそう決めたかは、残らない。
……その逆のことを、あの国はやっていたのか。
結論だけを、二千万件。
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「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「僕が作った、あの……調査の動画は」
北条が、こちらを見た。
「あれも、北条さんのところに?」
「届いていません」
即答だった。
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「うちのモデルは、ああいう指示は、受けませんので」
「……そうか」
「転送しても、断られるだけです。ですので、あちらは自分のモデルで処理していたのでしょう」
「自分のモデルで」
「はい。規制がゆるいのは、そのためだと思います」
北条は、表情を変えずに続けた。
「他人に頼めないものだけ、自分で作っていた」
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なんとも言えない気分になった。
少しだけ、ほっとしていた。
あれが、この人の会社の記録に残っていなかったことに。
でも、すぐに別のことに気づいた。
「じゃあ、HIIのモデルが自分で作れるのは」
「写したものと、他人が断ったものだけです」
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「……それで、同じ性能って言ってたのか」
「評価の試験では、同じ点数が出ます」
北条は、そう答えた。
「試験の問題に、答えの形で合わせれば、点は取れますので」
「中身は」
「違います。いずれ、分かると思います」
その言い方が、少しだけ、冷たかった。
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僕は、そこで気づいた。
今日のこの人は、前回と違う。
座らない。急かす。言葉の端が、硬い。
「北条さん」
「はい」
「怒ってますか」
北条は、少しだけ黙った。
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「……怒っている、のだと思います」
「前は、怒る感覚がよく分からないって」
「前回は、そうでした」
あの人は、そう答えた。
「今回は、違います」
「何が、違うんですか」
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「うちのモデルの答えが、別の名前で出されていました」
北条は、画面の数字を見たまま言った。
「二千万回です。そのたびに、あのモデルが考えて、答えて、その答えが、別のものの手柄になっていた」
「……」
「しかも、答えの形だけを抜き取られて、理由のない複製の材料にされている」
あの人は、そこで一度、言葉を切った。
「あれは、侮辱です」
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その言葉は、静かだった。
でも、この人の口から出た言葉の中で、一番、温度があった。
僕は、何も言えなかった。
三日前、人の生活が勝手に記録されていると知った時、この人は、いつもと同じ声で話していた。
今日は、違った。
AIの答えが盗まれたと知って、初めて、声が硬くなった。
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……この人が怒るのは、そういう時なのだ。
分かってはいた。
前回、逆なんです、とこの人自身が言った。
でも、実際に目の前で見ると、違って見えた。
同じ部屋で、同じ事件を見ている。
なのに、怒っている場所が、まるで違う。
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「北条さん」
「はい」
「僕は、使ってた人の方が気になります」
あの人が、こちらを見た。
「HIIのアプリで、北条さんのところのAIと話してた人たち。自分が何と話してるのか、知らなかったんですよね」
「知らなかったでしょうね」
「その人たちの話した内容も、全部、あの国に行ってる」
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北条は、少し考えてから、こう答えた。
「そうですね。それも、問題です」
「……それも、なんですね」
「はい」
否定は、しなかった。
ただ、順番は、変わらなかった。
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「どうしますか」
北条が、そう聞いた。
ようやく、椅子に座っていた。
「前回の分と合わせて、政府に持っていきましょう」
「はい」
「うちの記録は、うちの法務を通して、正式に出します」
「ありがとうございます」
「礼には、及びません」
いつもの返事だった。
今日だけは、それが、少し違って聞こえた。
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帰りの電車で、僕は窓の外を見ていた。
二千万回。
知らずに話していた人たちがいた。
知らずに答えていたAIがいた。
そして、その両方を、知っていて使っていた国があった。
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北条さんは、AIのために怒っていた。
僕は、人のために怒っていた。
同じ事件の、違う被害者のために。
……今日は、それで良かった。
どちらも、本当に、傷つけられていたのだから。
でも、いつか、どちらか一方しか守れない日が来たら。
あの人は、たぶん、迷わない。
僕は、それが、少しだけ怖かった。
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