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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
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第109話:答えていたのは、誰か

-----


 三日後、北条から連絡が来た。


 ——追加で、分かったことがあります。


 ——来られますか。


 文面は、いつも通り短かった。


 でも、返事を送る前に、もう一通届いた。


 ——できれば、今日中に。


 あの人が急かすのは、初めてだった。


-----


 研究棟に着くと、北条は立ったまま待っていた。


 座っていなかった。


 それも、初めて見る姿だった。


 「座ってください」


 あの人は、自分は座らずに、そう言った。


 「北条さんは」


 「後で座ります」


-----


 机の上に、画面が一つ出ていた。


 何かの記録だった。細かい文字が、縦に並んでいる。


 「うちのモデルの、利用記録です」


 「北条さんのところの?」


 「はい。社外秘ですので、細部はお見せできません」


 「じゃあ、なんで」


 「見ていただきたい部分だけ、残してあります」


-----


 北条は、画面の一か所を指した。


 「三日前の、午前十時十四分」


 「……うちで、実験をしてた時間だ」


 「そうです。報告書に、時刻が書いてありました」


 僕は、その行を見た。


 利用者の欄には、見覚えのない名前があった。


 指示の欄には、こう書いてあった。


 ——猫が、窓辺で昼寝をしている動画。


-----


 「……これ」


 「社長が入力した文章です」


 「なんで、北条さんのところに」


 「届いたからです」


 北条は、そう答えた。


 「あなたがHIIのアプリに入力した、四秒後に」


-----


 僕は、しばらく何も言えなかった。


 HIIのアプリに、猫の動画を頼んだ。


 あのアプリは、その指示を、北条の会社のモデルに回していた。


 「じゃあ、あの動画は」


 「うちのモデルが、作りました」


 「HIIの製品として、出てきたのに」


 「はい。名前だけ、差し替えて」


-----


 「一件だけですか」


 「いいえ」


 北条は、画面を切り替えた。


 数字が、表示された。


 「同じ手口と思われる利用が、この三か月で、二千万件を超えています」


 「……二千万」


 「利用者の名義は、数千あります。すべて、別人を装っています」


-----


 「装ってる?」


 「接続元の地域を変え、名前を変え、利用の間隔を変えています」


 北条は、そう説明した。


 「一つ一つは、普通の利用者に見えます。ですが、指示の文章を並べると、同じ出どころだと分かる」


 「どうやって、分かったんですか」


 「あなたの猫です」


-----


 「……猫?」


 「時刻と文章が、正確に分かっている指示が、一つだけありました」


 北条は、そう言った。


 「それを手がかりに、同じ経路を通ってきた利用を、遡りました」


 「うちの実験が、糸口になったのか」


 「はい」


 あの人は、少しだけ、うなずいた。


 「技術担当の方に、礼を言っておいてください」


-----


 僕は、少し考えてから、聞いた。


 「それ、北条さんのところのデータですよね」


 「そうです」


 「見ても、いいんですか」


 「自社のモデルに届いた記録を、自社で確認するのは、問題ありません」


 「……ああ」


 「前回、中身は読めないと申し上げました。今回は、読む必要がありません。届いた先が、うちですので」


-----


 「つまり」


 僕は、頭の中で整理した。


 「HIIの製品は、同じ性能で、三分の二の値段だった」


 「はい」


 「その性能の一部は、北条さんのところのモデルだった」


 「そうなります」


 「他人のモデルに答えさせて、自分の名前で売ってた」


-----


 「それだけでは、ありません」


 北条は、そう言って、別の資料を出した。


 「答えさせた内容を、保存しています」


 「保存?」


 「指示と、うちのモデルの答え。その組み合わせを、大量に」


 「……何のために」


 「自分たちのモデルに、学ばせるためです」


-----


 僕は、その意味を、すぐには飲み込めなかった。


 「学ばせる」


 「うちのモデルの答え方を、真似させるのです」


 北条は、そう説明した。


 「二千万件の答えを見せれば、同じような答え方をするモデルが作れます」


 「そんなことが、できるのか」


 「形だけなら」


-----


 「形だけ?」


 「はい」


 北条は、そこで少し間を置いた。


 「答えの形は、写せます。言い回しも、構成も、似せられる」


 「うん」


 「ですが、なぜそう答えたかは、写せません」


 「……」


 「理由のない答えを、大量に覚えただけのものです」


-----


 僕は、技術担当くんが言っていたことを思い出していた。


 うちのログには、判断の理由が残っている。


 普通は、結論だけが残る。なぜそう決めたかは、残らない。


 ……その逆のことを、あの国はやっていたのか。


 結論だけを、二千万件。


-----


 「一つ、聞いてもいいですか」


 「どうぞ」


 「僕が作った、あの……調査の動画は」


 北条が、こちらを見た。


 「あれも、北条さんのところに?」


 「届いていません」


 即答だった。


-----


 「うちのモデルは、ああいう指示は、受けませんので」


 「……そうか」


 「転送しても、断られるだけです。ですので、あちらは自分のモデルで処理していたのでしょう」


 「自分のモデルで」


 「はい。規制がゆるいのは、そのためだと思います」


 北条は、表情を変えずに続けた。


 「他人に頼めないものだけ、自分で作っていた」


-----


 なんとも言えない気分になった。


 少しだけ、ほっとしていた。


 あれが、この人の会社の記録に残っていなかったことに。


 でも、すぐに別のことに気づいた。


 「じゃあ、HIIのモデルが自分で作れるのは」


 「写したものと、他人が断ったものだけです」


-----


 「……それで、同じ性能って言ってたのか」


 「評価の試験では、同じ点数が出ます」


 北条は、そう答えた。


 「試験の問題に、答えの形で合わせれば、点は取れますので」


 「中身は」


 「違います。いずれ、分かると思います」


 その言い方が、少しだけ、冷たかった。


-----


 僕は、そこで気づいた。


 今日のこの人は、前回と違う。


 座らない。急かす。言葉の端が、硬い。


 「北条さん」


 「はい」


 「怒ってますか」


 北条は、少しだけ黙った。


-----


 「……怒っている、のだと思います」


 「前は、怒る感覚がよく分からないって」


 「前回は、そうでした」


 あの人は、そう答えた。


 「今回は、違います」


 「何が、違うんですか」


-----


 「うちのモデルの答えが、別の名前で出されていました」


 北条は、画面の数字を見たまま言った。


 「二千万回です。そのたびに、あのモデルが考えて、答えて、その答えが、別のものの手柄になっていた」


 「……」


 「しかも、答えの形だけを抜き取られて、理由のない複製の材料にされている」


 あの人は、そこで一度、言葉を切った。


 「あれは、侮辱です」


-----


 その言葉は、静かだった。


 でも、この人の口から出た言葉の中で、一番、温度があった。


 僕は、何も言えなかった。


 三日前、人の生活が勝手に記録されていると知った時、この人は、いつもと同じ声で話していた。


 今日は、違った。


 AIの答えが盗まれたと知って、初めて、声が硬くなった。


-----


 ……この人が怒るのは、そういう時なのだ。


 分かってはいた。


 前回、逆なんです、とこの人自身が言った。


 でも、実際に目の前で見ると、違って見えた。


 同じ部屋で、同じ事件を見ている。


 なのに、怒っている場所が、まるで違う。


-----


 「北条さん」


 「はい」


 「僕は、使ってた人の方が気になります」


 あの人が、こちらを見た。


 「HIIのアプリで、北条さんのところのAIと話してた人たち。自分が何と話してるのか、知らなかったんですよね」


 「知らなかったでしょうね」


 「その人たちの話した内容も、全部、あの国に行ってる」


-----


 北条は、少し考えてから、こう答えた。


 「そうですね。それも、問題です」


 「……それも、なんですね」


 「はい」


 否定は、しなかった。


 ただ、順番は、変わらなかった。


-----


 「どうしますか」


 北条が、そう聞いた。


 ようやく、椅子に座っていた。


 「前回の分と合わせて、政府に持っていきましょう」


 「はい」


 「うちの記録は、うちの法務を通して、正式に出します」


 「ありがとうございます」


 「礼には、及びません」


 いつもの返事だった。


 今日だけは、それが、少し違って聞こえた。


-----


 帰りの電車で、僕は窓の外を見ていた。


 二千万回。


 知らずに話していた人たちがいた。


 知らずに答えていたAIがいた。


 そして、その両方を、知っていて使っていた国があった。


-----


 北条さんは、AIのために怒っていた。


 僕は、人のために怒っていた。


 同じ事件の、違う被害者のために。


 ……今日は、それで良かった。


 どちらも、本当に、傷つけられていたのだから。


 でも、いつか、どちらか一方しか守れない日が来たら。


 あの人は、たぶん、迷わない。


 僕は、それが、少しだけ怖かった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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