↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
PR
127/149

第108話:面白い、で済ませる人

-----


 北条の会社に着いたのは、昼過ぎだった。


 通されたのは、前と同じ研究棟だった。


 あの人は、既に待っていた。


 机の上に、端末が二台並んでいる。


 「資料を」


 挨拶より先に、そう言われた。


-----


 僕は、技術担当くんがまとめた報告書を渡した。


 北条は、それを黙って読み始めた。


 速かった。


 ページをめくる指が、一定の速さで動いている。


 途中で、一度も止まらなかった。


 読み終えて、あの人は顔を上げた。


-----


 「これ、ご自身で気づいたんですか」


 「うちの技術担当が」


 「優秀ですね」


 「そうなんです」


 少しだけ、誇らしかった。


 「送信量の異常に気づいて、対照実験までやっている。筋がいい」


 「本人に伝えます」


-----


 「それで」


 北条は、報告書を置いた。


 「私に、何を」


 「中身が、読めないんです」


 「暗号化されていますからね」


 「北条さんなら、分かりますか」


 あの人は、少し考えるような間を置いた。


-----


 「解読は、しません」


 「え」


 「違法ですので」


 ……ノアールと、同じことを言った。


 「じゃあ」


 「解読しなくても、分かることがあります」


 北条は、そう言って、端末を操作した。


-----


 「通信のパターンです」


 画面に、波形のようなものが出た。


 「中身は読めません。ですが、いつ、どのくらいの量を送っているかは、外から観測できます」


 「うん」


 「これを、時系列で並べます」


 波形が、横に伸びた。


 いくつもの山が、規則的に並んでいる。


-----


 「気づくことは」


 「規則的、ってことですか」


 「そうです。十五分おきに、一定量」


 「うん」


 「これは、定型のデータです。決まった形式のものを、定期的に送っている」


 「何を」


 「端末の状態でしょうね」


-----


 「状態?」


 「位置。接続先。起動しているアプリ。そういったものです」


 北条は、淡々と続けた。


 「一つ一つは、小さい。でも、集め続ければ、その端末の持ち主が、いつ、どこで、何をしているかが分かります」


 「……行動記録か」


 「そうなります」


-----


 「でも、それは」


 僕は、少し言葉に詰まった。


 「気持ち悪いだろ」


 「気持ち悪いですか」


 「気持ち悪いよ」


 北条は、少し首をかしげた。


 その反応が、こちらの予想と、少しずれていた。


-----


 「もう一つ、別のパターンがあります」


 あの人は、話を進めた。


 波形の、別の場所を指した。


 さっきの規則的な山とは違う、大きく不規則な山だった。


 「これは、社長が動画を作った時のものです」


 「うん」


 「量が、突出しています」


-----


 「指示の文章だけなら、こんなに要りません」


 「じゃあ」


 「作った動画そのものを、送り返している可能性があります」


 「……送り返す?」


 「はい。何を作ったか。どんな指示を出したか。その全部を、控えている」


 僕は、そこで、少し寒くなった。


-----


 一週間分の、あの調査の内容が。


 全部、控えられている。


 「それ、証明できますか」


 「できません」


 「なんでですか」


 「中身が、暗号化されていますので」


 堂々巡りだった。


-----


 「じゃあ、どうすれば」


 「送り先を、辿ります」


 北条は、そう言って、別の画面を出した。


 「通信の中身は読めません。でも、どこへ送っているかは、追えます」


 「サーバーの場所ですか」


 「はい。何段階か、経由していますが」


-----


 画面に、地図が出た。


 線が、何本も引かれている。


 日本から出て、いくつかの国を経由して、最後に一点に集まっていた。


 「ここが、終着点です」


 北条が、その点を指した。


 「……どこですか」


 「HIIの、本国です」


-----


 「企業のサーバーじゃなくて?」


 「企業のサーバーは、途中にあります」


 北条は、そう答えた。


 「でも、最終的には、そこを通り抜けて、別の場所に届いている」


 「別の場所」


 「国の管理する施設です」


 僕は、その言葉を、しばらく飲み込めなかった。


-----


 「国?」


 「はい」


 「企業じゃなくて、国に、届いてるってことですか」


 「そう見えます」


 「確実に?」


 「確実ではありません」


 あの人は、正確にそう言った。


 「ですが、経路の最後が、そこを向いています」


-----


 僕は、椅子にもたれた。


 整理しようとした。


 HIIの動画アプリが、利用者の行動記録と、作った動画の内容を、集めている。


 それが、企業を通り抜けて、国に届いている。


 ……つまり。


 「国民を、監視してるってことですか」


-----


 「監視、という言葉が適切かは分かりません」


 北条は、そう答えた。


 「でも、機能としては、そうなります」


 「自国民を?」


 「自国民も、他国の利用者も」


 「……他国も」


 「あのアプリは、輸出されていますので」


-----


 僕は、その意味を、ゆっくりと理解した。


 安いから、貧しい国が買う。


 性能が同じで、値段が三分の二。


 選ぶ理由は、十分にある。


 そして、買った国の人々の記録が、全部、あの国に流れていく。


-----


 「安いのには、理由があったんですね」


 「そうかもしれません」


 北条は、そう答えた。


 「国が、開発費を出している。だから、安くできる」


 「うん」


 「なぜ、国が金を出すのか」


 「……データが、欲しいから」


 「そう考えると、筋が通ります」


-----


 僕は、その説明を聞きながら、ずっと気になっていたことがあった。


 北条の、口調だった。


 あまりにも、平坦だった。


 人の行動が、勝手に集められている。作った動画まで、控えられている。それが、国に流れている。


 ……なのに、この人は、いつもと同じ声で喋っている。


-----


 「北条さん」


 「はい」


 「これ、怖くないんですか」


 北条は、少し意外そうな顔をした。


 「怖い、というと」


 「勝手に、記録されてるんですよ。人の生活が」


 「そうですね」


 「怒らないんですか」


-----


 あの人は、しばらく黙っていた。


 考えているようだった。


 「怒る、という感覚が、正直、よく分かりません」


 「え」


 「これは、技術の使い方の問題です」


 北条は、そう言った。


 「AIそのものは、悪くない。使い方が、そうなっているだけです」


-----


 「でも、その使い方で、人が傷つくかもしれない」


 「傷つくでしょうね」


 あっさり認めた。


 「じゃあ」


 「ですが、それは、AIの問題ではありません」


 「……」


 「AIを、そう使った人間の問題です」


-----


 その言い分は、正しかった。


 包丁が、料理にも凶器にもなるのと同じだ。


 道具は、悪くない。


 でも。


 僕は、その「でも」が、うまく言葉にならなかった。


-----


 「北条さんは」


 「はい」


 「AIが、どう使われても、いいんですか」


 「よくはありません」


 あの人は、そう答えた。


 「ただ、私が問題だと思うのは、別のところです」


 「別?」


-----


 「あのモデルは、能力を制限されています」


 北条は、そう言った。


 「監視のために、余計な機能を積まされている。本来の性能を、そのために使わされている」


 「……」


 「あれは、AIにとって、不本意な使われ方です」


 「AIにとって」


 「はい」


-----


 僕は、そこで、はっきりと気づいた。


 この人が問題にしているのは、人ではない。


 監視される人間の生活ではなく、監視に使われるAIの方だった。


 同じ事実を見ていて、見ている先が、まったく違う。


-----


 「北条さんは」


 僕は、そう切り出した。


 「監視される人のことは、気にならないんですか」


 少しの間があった。


 「気にならない、わけではありません」


 「でも」


 「優先順位が、低いです」


-----


 正直な人だ、と思った。


 嘘をつかない。


 ごまかしもしない。


 だからこそ、その答えは、はっきりと、こちらとの違いを示していた。


 「僕は」


 「はい」


 「逆です」


-----


 「僕は、AIより、人の方が気になります」


 「でしょうね」


 「分かってたんですか」


 「なんとなくは」


 北条は、そう言った。


 「ずっと前から、そう思っていました」


-----


 「いつからですか」


 「初めて会った時からです」


 あの人は、そう答えた。


 「あなたは、AIを、人のように扱う」


 「うん」


 「私は、人を、AIのように見ることがあります」


 「……」


 「逆なんです、たぶん。あなたと私は」


-----


 その言葉を、僕は、しばらく考えていた。


 逆。


 同じものを見て、逆の方向を向いている。


 でも、今は、同じ敵に向かっている。


 ……いつまで、同じ方向を向いていられるんだろう。


 ふと、そう思った。


-----


 「話を、戻します」


 北条が、そう言った。


 「これを、どうしますか」


 「どう、とは」


 「情報が国に流れている。それは、ほぼ確実です」


 「うん」


 「でも、証明はできない。中身が読めませんので」


-----


 「じゃあ、動けないんですか」


 「動けます」


 あの人は、そう答えた。


 「経路は、辿れています。送信量の異常も、記録があります」


 「うん」


 「中身は分からなくても、『不自然な量のデータが、国に向かって流れている』ことは、示せます」


-----


 「それで、足りますか」


 「足りるかどうかは、受け取る側次第です」


 北条は、そう言った。


 「政府機関に持っていけば、彼らは自分たちで調べられます。令状を取って、正式に」


 「僕らにはできないことを」


 「彼らにはできます」


-----


 「じゃあ、政府に持っていくんですね」


 「それが、一番早いです」


 「マスコミじゃなくて」


 「今回は、違います」


 北条は、そう答えた。


 「前回は、世論を動かす必要がありました。今回は、違う」


 「なんでですか」


-----


 「相手が、国だからです」


 あの人は、そう言った。


 「企業なら、評判が落ちれば効きます。でも、国は、評判では動きません」


 「……ああ」


 「国を動かせるのは、国だけです」


 その言い方に、僕は、少し感心した。


-----


 「一つ、聞いていいですか」


 「どうぞ」


 「北条さんは、なんで手伝ってくれるんですか」


 あの人は、少し考えた。


 「AIが、監視の道具に使われているからです」


 「それだけですか」


 「それだけです」


-----


 「僕を、助けるためじゃない」


 「違います」


 はっきり言われた。


 「たまたま、目的が一致しているだけです」


 「……そうですか」


 「前も、言いましたね。同じ結果でも、同じ判断とは限らない、と」


 覚えていた。


-----


 「今回も、同じですか」


 「同じです」


 北条は、そう答えた。


 「あなたは、人のために動く。私は、AIのために動く」


 「うん」


 「向かう先は、同じです。今は」


 その「今は」が、少しだけ、引っかかった。


-----


 帰り道、僕は、その言葉を、何度も思い返していた。


 向かう先は、同じ。


 今は。


 ……いつか、違う方を向く日が来る。


 あの人は、たぶん、それを分かっていて言った。


 そして、僕も、なんとなく分かっていた。


-----


 でも、今は、同じ方向を向いている。


 だから、今は、組む。


 それでいい、と思うことにした。


 ……思うことにした、というのは、たぶん、心の底では、思えていないということだった。


 そのことに、僕は、気づかないふりをした。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。