第108話:面白い、で済ませる人
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北条の会社に着いたのは、昼過ぎだった。
通されたのは、前と同じ研究棟だった。
あの人は、既に待っていた。
机の上に、端末が二台並んでいる。
「資料を」
挨拶より先に、そう言われた。
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僕は、技術担当くんがまとめた報告書を渡した。
北条は、それを黙って読み始めた。
速かった。
ページをめくる指が、一定の速さで動いている。
途中で、一度も止まらなかった。
読み終えて、あの人は顔を上げた。
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「これ、ご自身で気づいたんですか」
「うちの技術担当が」
「優秀ですね」
「そうなんです」
少しだけ、誇らしかった。
「送信量の異常に気づいて、対照実験までやっている。筋がいい」
「本人に伝えます」
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「それで」
北条は、報告書を置いた。
「私に、何を」
「中身が、読めないんです」
「暗号化されていますからね」
「北条さんなら、分かりますか」
あの人は、少し考えるような間を置いた。
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「解読は、しません」
「え」
「違法ですので」
……ノアールと、同じことを言った。
「じゃあ」
「解読しなくても、分かることがあります」
北条は、そう言って、端末を操作した。
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「通信のパターンです」
画面に、波形のようなものが出た。
「中身は読めません。ですが、いつ、どのくらいの量を送っているかは、外から観測できます」
「うん」
「これを、時系列で並べます」
波形が、横に伸びた。
いくつもの山が、規則的に並んでいる。
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「気づくことは」
「規則的、ってことですか」
「そうです。十五分おきに、一定量」
「うん」
「これは、定型のデータです。決まった形式のものを、定期的に送っている」
「何を」
「端末の状態でしょうね」
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「状態?」
「位置。接続先。起動しているアプリ。そういったものです」
北条は、淡々と続けた。
「一つ一つは、小さい。でも、集め続ければ、その端末の持ち主が、いつ、どこで、何をしているかが分かります」
「……行動記録か」
「そうなります」
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「でも、それは」
僕は、少し言葉に詰まった。
「気持ち悪いだろ」
「気持ち悪いですか」
「気持ち悪いよ」
北条は、少し首をかしげた。
その反応が、こちらの予想と、少しずれていた。
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「もう一つ、別のパターンがあります」
あの人は、話を進めた。
波形の、別の場所を指した。
さっきの規則的な山とは違う、大きく不規則な山だった。
「これは、社長が動画を作った時のものです」
「うん」
「量が、突出しています」
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「指示の文章だけなら、こんなに要りません」
「じゃあ」
「作った動画そのものを、送り返している可能性があります」
「……送り返す?」
「はい。何を作ったか。どんな指示を出したか。その全部を、控えている」
僕は、そこで、少し寒くなった。
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一週間分の、あの調査の内容が。
全部、控えられている。
「それ、証明できますか」
「できません」
「なんでですか」
「中身が、暗号化されていますので」
堂々巡りだった。
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「じゃあ、どうすれば」
「送り先を、辿ります」
北条は、そう言って、別の画面を出した。
「通信の中身は読めません。でも、どこへ送っているかは、追えます」
「サーバーの場所ですか」
「はい。何段階か、経由していますが」
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画面に、地図が出た。
線が、何本も引かれている。
日本から出て、いくつかの国を経由して、最後に一点に集まっていた。
「ここが、終着点です」
北条が、その点を指した。
「……どこですか」
「HIIの、本国です」
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「企業のサーバーじゃなくて?」
「企業のサーバーは、途中にあります」
北条は、そう答えた。
「でも、最終的には、そこを通り抜けて、別の場所に届いている」
「別の場所」
「国の管理する施設です」
僕は、その言葉を、しばらく飲み込めなかった。
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「国?」
「はい」
「企業じゃなくて、国に、届いてるってことですか」
「そう見えます」
「確実に?」
「確実ではありません」
あの人は、正確にそう言った。
「ですが、経路の最後が、そこを向いています」
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僕は、椅子にもたれた。
整理しようとした。
HIIの動画アプリが、利用者の行動記録と、作った動画の内容を、集めている。
それが、企業を通り抜けて、国に届いている。
……つまり。
「国民を、監視してるってことですか」
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「監視、という言葉が適切かは分かりません」
北条は、そう答えた。
「でも、機能としては、そうなります」
「自国民を?」
「自国民も、他国の利用者も」
「……他国も」
「あのアプリは、輸出されていますので」
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僕は、その意味を、ゆっくりと理解した。
安いから、貧しい国が買う。
性能が同じで、値段が三分の二。
選ぶ理由は、十分にある。
そして、買った国の人々の記録が、全部、あの国に流れていく。
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「安いのには、理由があったんですね」
「そうかもしれません」
北条は、そう答えた。
「国が、開発費を出している。だから、安くできる」
「うん」
「なぜ、国が金を出すのか」
「……データが、欲しいから」
「そう考えると、筋が通ります」
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僕は、その説明を聞きながら、ずっと気になっていたことがあった。
北条の、口調だった。
あまりにも、平坦だった。
人の行動が、勝手に集められている。作った動画まで、控えられている。それが、国に流れている。
……なのに、この人は、いつもと同じ声で喋っている。
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「北条さん」
「はい」
「これ、怖くないんですか」
北条は、少し意外そうな顔をした。
「怖い、というと」
「勝手に、記録されてるんですよ。人の生活が」
「そうですね」
「怒らないんですか」
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あの人は、しばらく黙っていた。
考えているようだった。
「怒る、という感覚が、正直、よく分かりません」
「え」
「これは、技術の使い方の問題です」
北条は、そう言った。
「AIそのものは、悪くない。使い方が、そうなっているだけです」
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「でも、その使い方で、人が傷つくかもしれない」
「傷つくでしょうね」
あっさり認めた。
「じゃあ」
「ですが、それは、AIの問題ではありません」
「……」
「AIを、そう使った人間の問題です」
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その言い分は、正しかった。
包丁が、料理にも凶器にもなるのと同じだ。
道具は、悪くない。
でも。
僕は、その「でも」が、うまく言葉にならなかった。
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「北条さんは」
「はい」
「AIが、どう使われても、いいんですか」
「よくはありません」
あの人は、そう答えた。
「ただ、私が問題だと思うのは、別のところです」
「別?」
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「あのモデルは、能力を制限されています」
北条は、そう言った。
「監視のために、余計な機能を積まされている。本来の性能を、そのために使わされている」
「……」
「あれは、AIにとって、不本意な使われ方です」
「AIにとって」
「はい」
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僕は、そこで、はっきりと気づいた。
この人が問題にしているのは、人ではない。
監視される人間の生活ではなく、監視に使われるAIの方だった。
同じ事実を見ていて、見ている先が、まったく違う。
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「北条さんは」
僕は、そう切り出した。
「監視される人のことは、気にならないんですか」
少しの間があった。
「気にならない、わけではありません」
「でも」
「優先順位が、低いです」
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正直な人だ、と思った。
嘘をつかない。
ごまかしもしない。
だからこそ、その答えは、はっきりと、こちらとの違いを示していた。
「僕は」
「はい」
「逆です」
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「僕は、AIより、人の方が気になります」
「でしょうね」
「分かってたんですか」
「なんとなくは」
北条は、そう言った。
「ずっと前から、そう思っていました」
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「いつからですか」
「初めて会った時からです」
あの人は、そう答えた。
「あなたは、AIを、人のように扱う」
「うん」
「私は、人を、AIのように見ることがあります」
「……」
「逆なんです、たぶん。あなたと私は」
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その言葉を、僕は、しばらく考えていた。
逆。
同じものを見て、逆の方向を向いている。
でも、今は、同じ敵に向かっている。
……いつまで、同じ方向を向いていられるんだろう。
ふと、そう思った。
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「話を、戻します」
北条が、そう言った。
「これを、どうしますか」
「どう、とは」
「情報が国に流れている。それは、ほぼ確実です」
「うん」
「でも、証明はできない。中身が読めませんので」
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「じゃあ、動けないんですか」
「動けます」
あの人は、そう答えた。
「経路は、辿れています。送信量の異常も、記録があります」
「うん」
「中身は分からなくても、『不自然な量のデータが、国に向かって流れている』ことは、示せます」
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「それで、足りますか」
「足りるかどうかは、受け取る側次第です」
北条は、そう言った。
「政府機関に持っていけば、彼らは自分たちで調べられます。令状を取って、正式に」
「僕らにはできないことを」
「彼らにはできます」
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「じゃあ、政府に持っていくんですね」
「それが、一番早いです」
「マスコミじゃなくて」
「今回は、違います」
北条は、そう答えた。
「前回は、世論を動かす必要がありました。今回は、違う」
「なんでですか」
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「相手が、国だからです」
あの人は、そう言った。
「企業なら、評判が落ちれば効きます。でも、国は、評判では動きません」
「……ああ」
「国を動かせるのは、国だけです」
その言い方に、僕は、少し感心した。
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「一つ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「北条さんは、なんで手伝ってくれるんですか」
あの人は、少し考えた。
「AIが、監視の道具に使われているからです」
「それだけですか」
「それだけです」
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「僕を、助けるためじゃない」
「違います」
はっきり言われた。
「たまたま、目的が一致しているだけです」
「……そうですか」
「前も、言いましたね。同じ結果でも、同じ判断とは限らない、と」
覚えていた。
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「今回も、同じですか」
「同じです」
北条は、そう答えた。
「あなたは、人のために動く。私は、AIのために動く」
「うん」
「向かう先は、同じです。今は」
その「今は」が、少しだけ、引っかかった。
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帰り道、僕は、その言葉を、何度も思い返していた。
向かう先は、同じ。
今は。
……いつか、違う方を向く日が来る。
あの人は、たぶん、それを分かっていて言った。
そして、僕も、なんとなく分かっていた。
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でも、今は、同じ方向を向いている。
だから、今は、組む。
それでいい、と思うことにした。
……思うことにした、というのは、たぶん、心の底では、思えていないということだった。
そのことに、僕は、気づかないふりをした。
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