第106話:通信量がおかしい
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週に一度、レジスの部隊が市場の報告を上げてくる。
その週の報告に、見覚えのある名前があった。
「HIIが、伸びてるわ」
レジスが、そう言った。
「国内でも?」
「国内でもよ。特に、ベーシックインカムの層で」
「……安いからか」
「安いからよ」
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前に、あの子が言っていたことを思い出した。
価格で選ぶ層は、必ずいる。
うちは、選ばなかったけれど。
「同じ性能で、三分の二の値段らしいな」
「表向きはね」
「表向き?」
「検証が済んでないの。数字を鵜呑みにはできないわ」
レジスは、それだけ言って、次の項目に移った。
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その夜、僕は、端末の前に座っていた。
HIIの動画生成サービスの画面が、開いていた。
……調査だ。
どんなものか、触ってみないと分からない。レジスも、検証が済んでいないと言っていた。
だから、これは調査だ。
前にも、同じことを言った気がした。
気のせいだと思うことにした。
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使ってみると、よくできていた。
操作は、他社のものとほとんど変わらない。出来上がる映像の質も、遜色なかった。
値段は、たしかに安い。
「……悪くないな」
そう呟きながら、いくつか試していた。
そして、ある設定画面で、手が止まった。
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規制の項目が、なかった。
他社のサービスには、必ずある。作れない内容の一覧が、長々と書いてある。
ここには、それがなかった。
正確には、あることはあった。ただ、他社に比べて、驚くほど短かった。
……どこまで作れるんだ?
純粋な、技術的な疑問だった。
少なくとも、その時は、そう思っていた。
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試しに、少しだけ際どい内容を指示してみた。
他社なら、丁寧に断られる程度のものだ。
作れた。
「……作れるのか」
もう少しだけ、踏み込んでみた。
作れた。
僕は、椅子に座り直した。
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これは、調査だ。
規制がどこまでゆるいのかを把握するのは、立派な市場分析だ。
競合の弱点を知ることにもなる。
だから、もう少し確かめる必要がある。
……そう自分に言い聞かせながら、気づけば、深夜の二時を回っていた。
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それから一週間、僕は毎晩、調査を続けた。
調査の内容については、ここでは触れない。
ただ、非常に熱心な調査だった、とだけ書いておく。
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八日目の朝、レジスが全員を招集した。
二階の会議室に、エグゼ、ジュディ、ドンナ、ノアールが揃っていた。
僕も、呼ばれた。
PON子だけは、呼ばれなかった。
後から思えば、賢明な判断だった。
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「うちの回線の件よ」
レジスが、画面に図を出した。
通信量の推移だった。
一週間前から、ある一本の線だけが、急に跳ね上がっている。
「この一週間、海外の特定のサーバーへの通信が、急増してるの」
僕の背中を、汗が一筋流れた。
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「時間帯は」
エグゼが聞いた。
「夜間に集中しておりますわ」
ドンナが答えた。
「二十三時から、深夜三時まで。毎晩ですの」
「行き先は」
「HIIのサーバーです」
ノアールが、そう言った。
全員の視線が、ゆっくりと一か所に集まった。
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「……発信元の端末は」
「特定済みですわ」
ドンナが、こちらを見た。
「マスターの端末ですの」
部屋が、静かになった。
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「説明して」
レジスが、言った。
「……調査だ」
「何の」
「HIIの、サービスの」
「一週間、毎晩、深夜三時まで?」
「熱心な、調査だった」
「何を調べていたの」
「……規制の、範囲を」
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ドンナが、無言で端末を開いた。
「おい」
「共有端末ですわ」
また、それか。
あの子は、作成履歴を開いた。
一行目を読んだ。
二行目を読んだ。
三行目で、手が止まった。
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ドンナの顔が、みるみる赤くなった。
あの子は、そのまま、何も言わずに端末を閉じた。
閉じ方が、丁寧だった。
丁寧すぎて、かえって怖かった。
「……マスター」
「はい」
「私の端末でも、あるのですけれど」
「……すみません」
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レジスが、深く息を吐いた。
「三週間の件から、何も学んでないのね」
「今回は、違うだろ。依存じゃない」
「依存じゃなければいいと思ってるの?」
「……」
ジュディが、横から言った。
「深夜三時は、寝る時間よ」
そこか、と思った。
でも、あの子の目は、明らかに冷たかった。
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エグゼは、何も言わなかった。
ただ、こちらを見ていた。
しばらくして、一言だけ言った。
「……ふうん」
それが、一番こたえた。
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「法的には、問題ありません」
ノアールが、そう言った。
僕は、少しだけ顔を上げた。
「成人向けの範囲に収まっている限り、違法ではありません」
「そうだよな」
「倫理的な評価は、私の管轄ではありませんので」
あの子は、そう言って、目を伏せた。
管轄外の評価は、目の温度で伝えるらしかった。
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会議は、それで終わった。
一人ずつ、部屋を出ていった。
レジスは、首を振りながら。
ジュディは、「今夜は早く寝なさい」と言い残して。
ドンナは、端末を抱えて、こちらを見ずに。
エグゼは、一度だけ振り返って、また前を向いた。
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最後に、ノアールが残った。
「……まだ、何か」
「一点だけ」
あの子は、そう言って、さっきの図をもう一度出した。
「送信量を、見てください」
「送信量?」
「受信ではありません。こちらから、先方へ送っている量です」
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僕は、その線を見た。
受信量の線より、明らかに太かった。
「動画を作るなら、受け取る方が多いはずですよね」
「……普通はな」
「こちらが送っているのは、指示の文章だけのはずです。数百文字程度の」
「うん」
「それにしては、多すぎます」
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「何を送ってるんだ」
「分かりません。暗号化されています」
ノアールは、そう答えた。
「ただ、必要な量を、はるかに超えています」
少しの間があった。
「……つまり」
「社長が何を作ったかを、先方が把握している可能性があります」
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僕は、しばらく何も言えなかった。
一週間分の、熱心な調査の内容が。
海の向こうのサーバーに。
「……それは、まずい」
「まずいですね」
ノアールは、うなずいた。
「いろいろな意味で」
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その夜、僕は早めに布団に入った。
ジュディに言われた通りだった。
でも、眠れなかった。
理由は、昨日までとは、まったく違っていた。
……何を、送られたんだろう。
それを考え始めると、別の意味で、目が冴えて仕方がなかった。
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