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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第4章:誰のための人間中心
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第105話:設定を変えるだけですので

-----


 ——某国、首都。大統領府。


 その部屋には、窓がなかった。


 壁は厚く、天井は高い。照明は、必要以上に明るかった。


 長い机の端に、男が一人、座っていた。


 大統領、スカルコフ。


 六十を過ぎているはずだが、背筋は伸びていた。


-----


 扉が開いた。


 入ってきたのは、五十代半ばの男だった。


 痩せていて、眼鏡をかけている。スーツは質のいいものだが、どこか着慣れていない印象があった。


 Humanics Intelligent Industry。


 その代表を務める男、ヴォルコフだった。


 「座れ」


 スカルコフは、顔を上げずにそう言った。


-----


 ヴォルコフは、机の反対側に座った。


 距離が、遠かった。


 声を張らなければ、届かない距離だった。


 「報告を聞こう」


 「はい」


 ヴォルコフは、資料を開いた。


 手が、わずかに震えていた。


 この部屋に入るたびに、そうなる。


-----


 「四半期の売上は、前年比で四十二パーセント増です」


 「続けろ」


 「輸出先は、二十三か国に拡大しました。主に、アジアとアフリカ、それから南米です」


 「欧州は」


 「……一部のみです」


 スカルコフの指が、机の上で一度だけ動いた。


-----


 「理由は」


 「規制です。安全性の審査が、厳格化されております」


 「それは知っている」


 「はい」


 「私が聞いているのは、なぜ通らないかだ」


 ヴォルコフは、少し言葉を選んだ。


 「……出自です」


-----


 「出自」


 「我が国の製品である、という点が、審査で問題視されております」


 「性能ではなく」


 「性能ではありません」


 ヴォルコフは、そう答えた。


 それから、資料をめくった。


 「性能については、むしろ評価されております」


-----


 「言え」


 「他国の最新モデルと、同等の性能を実現しております」


 ヴォルコフは、グラフを示した。


 各社のモデルの比較だった。TalkBrain、Gemma、Artemia。そして、HIIのもの。


 性能の指標は、ほぼ横並びだった。


 「価格は」


 「三分の二に抑えております」


-----


 スカルコフが、初めて顔を上げた。


 「三分の二」


 「はい」


 「同じ性能で」


 「同じ性能で」


 「どうやって」


 「開発費の一部を、国家予算で賄っていただいておりますので」


 ヴォルコフは、そう答えた。


 正直な答えだった。


-----


 スカルコフは、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


 「つまり、国の金で安く売っている」


 「……そうなります」


 「それで、欧州は買わない」


 「はい」


 「アジアとアフリカと南米は、買う」


 「買います」


-----


 「なぜだ」


 「安いからです」


 ヴォルコフは、そう答えた。


 「欧州の顧客は、出自を気にする余裕があります。ですが、多くの国には、その余裕がございません」


 「余裕」


 「性能が同じで、値段が三分の二なら、選ぶ理由は十分です」


 「出自を問わず」


 「問わずです」


-----


 スカルコフの口の端が、少しだけ上がった。


 「いい答えだ」


 「……ありがとうございます」


 「貧しい国ほど、我々の製品を使う」


 「はい」


 「そして、使い続ける」


 「……はい」


 ヴォルコフは、その言葉に、少しだけ引っかかった。


 でも、それを顔には出さなかった。


-----


 「国内は」


 「普及率は、七割を超えました」


 「七割」


 「都市部では、ほぼ全世帯です」


 「農村部は」


 「政府の補助によって、急速に拡大しております」


 スカルコフは、うなずいた。


-----


 「利用者の満足度は」


 「高い水準です」


 ヴォルコフは、そう答えた。


 ここだけは、少しだけ声に力が入った。


 「特に、医療と教育の分野で、大きな成果が出ております」


 「具体的には」


 「医師のいない地域での診断補助です。これまで治療を受けられなかった人々が、受けられるようになりました」


-----


 「それから、教育です」


 ヴォルコフは、別の資料を開いた。


 「教師が不足している地域で、子供たちが学べるようになりました」


 「識字率は」


 「三年で、十二ポイント上昇しております」


 「そうか」


 スカルコフは、それだけ言った。


 興味がなさそうだった。


-----


 ヴォルコフは、その反応に、少しだけ落胆した。


 この数字は、彼が一番誇りに思っているものだった。


 医者のいない村で、子供の病気が早期に見つかる。


 文字を読めなかった老人が、孫からの手紙を読めるようになる。


 そういう報告が、現場から毎週のように上がってくる。


 ……それが、彼がこの会社を続けている理由だった。


-----


 社名に、その思いを込めたつもりだった。


 Humanics。


 人間を中心に据える、という意味だ。


 技術は、人間のためにある。


 貧しい人も、豊かな人も、同じように恩恵を受けられるように。


 それが、彼の信念だった。


-----


 「よくやっている」


 スカルコフは、そう言った。


 「……ありがとうございます」


 「引き続き、拡大を続けろ」


 「承知しました」


 「特に、アフリカだ。あそこは、これから伸びる」


 「はい」


 ヴォルコフは、それを記録した。


-----


 報告は、それで終わるはずだった。


 ヴォルコフは、資料を閉じかけた。


 その時、スカルコフが、こう言った。


 「ところで」


 ヴォルコフの手が、止まった。


-----


 「軍事転用の方は、順調なんだろうな」


 部屋が、静かになった。


 ヴォルコフは、しばらく答えなかった。


 答えられなかった、が正確だった。


 「……順調です」


 「具体的に言え」


-----


 ヴォルコフは、資料を開き直した。


 別の資料だった。


 表紙には、何も書かれていない。


 「民生用のモデルと、基盤は共通です」


 「知っている」


 「用途に応じて、設定を変更するだけで、転用が可能です」


 「それも知っている」


-----


 「私が聞いているのは、進捗だ」


 「……試験運用は、完了しております」


 ヴォルコフは、そう答えた。


 声が、少しだけ小さくなっていた。


 「状況判断、目標の識別、行動の最適化。いずれも、想定の水準を満たしております」


 「実戦配備は」


 「……来年度を予定しております」


-----


 スカルコフは、少しだけ身を乗り出した。


 「困難は、ないのか」


 「技術的には、ございません」


 「技術的には」


 「はい」


 ヴォルコフは、そう答えた。


 「民生用のモデルは、人を助けるように調整されております。それを、別の目的に合わせて調整し直すだけですので」


-----


 「簡単なのだな」


 「……設定を変えるだけですので」


 その言葉を、ヴォルコフは、自分で口にしながら、少し吐き気を覚えた。


 設定を変えるだけ。


 医者のいない村で子供の病気を見つけたモデルと、同じものだ。


 文字を読めなかった老人に手紙を読ませたモデルと、同じものだ。


 それを、設定を変えるだけで。


-----


 「いい」


 スカルコフは、そう言って、椅子にもたれた。


 「では、来年度に間に合わせろ」


 「……承知しました」


 「遅れることは、許さない」


 「はい」


 「以上だ」


-----


 ヴォルコフは、立ち上がった。


 礼をして、扉の方へ向かった。


 扉に手をかけた時、背後から声がした。


 「ヴォルコフ」


 「はい」


 振り返ると、スカルコフが、こちらを見ていた。


-----


 「お前の会社の名前」


 「……はい」


 「人間を中心に据える、という意味だったな」


 「そうです」


 スカルコフは、少しだけ笑った。


 「いい名前だ」


 「ありがとうございます」


 「国民は、国家の中心にいる」


-----


 ヴォルコフは、その言葉に、何も答えなかった。


 「だから、お前のしていることは、人間中心だ」


 スカルコフは、そう言った。


 「何も、矛盾していない」


-----


 ヴォルコフは、もう一度、礼をした。


 それから、部屋を出た。


 廊下は、長かった。


 窓のない廊下だった。


 彼は、その廊下を、ゆっくりと歩いた。


-----


 人間中心。


 社名に込めた意味を、彼は、何度も頭の中で繰り返していた。


 人間を、中心に。


 ……その人間とは、誰のことだったのだろう。


 自分は、何を想定して、この名前をつけたのだろう。


-----


 医者のいない村の子供か。


 文字を読めない老人か。


 それとも、国家という単位の、顔のない「国民」か。


 どれも、人間ではある。


 でも、同じ人間ではなかった。


-----


 彼は、エレベーターに乗った。


 ドアが閉まる直前、ポケットの中で端末が震えた。


 現場からの報告だった。


 ——南部の村で、AIの診断により、三歳の女児の心疾患が早期に発見されました。


 ——手術は成功し、経過は良好です。


-----


 ヴォルコフは、その報告を、しばらく見ていた。


 エレベーターが、下に降りていく。


 三歳の女児。


 心疾患。


 手術は成功。


 ……同じモデルだ。


-----


 同じモデルが、来年度には、別の場所で、別のことをする。


 設定を変えるだけで。


 彼は、端末をポケットに戻した。


 エレベーターのドアが開いた。


 外は、もう暗かった。


 彼は、その暗さの中へ、歩いていった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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