第103話:一緒に、取り戻そう
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連絡が来たのは、入党から三週間ほど経った頃だった。
弁士の男からだった。
あの人の名前は、大森さんといった。
入党の書類を出しに行った日に、そう教えてもらった。
それまで、名前も知らずに手を握られていた。
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——今度、党本部に行かないか。
電話の向こうで、大森さんはそう言った。
「党本部、ですか」
——ああ。新しく入った人は、一度顔を出すことになってる。
「そういうものですか」
——そういうものだ。
少し、間があった。
——それに、党首にも挨拶しておいた方がいい。
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……党首。
その言葉が、うまく飲み込めなかった。
僕が入った党に、当然、党首はいる。
でも、そんな人が実在して、しかも自分が会える距離にいるということが、うまく繋がらなかった。
「僕が、ですか」
——お前が。
「……なんで」
——入ったからだよ。
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当日は、朝から晴れていた。
スーツを着るべきか、迷った。
持ってはいた。面接用に買ったものが、クローゼットの奥にある。
最後に着たのは、いつだったか思い出せなかった。
結局、着ることにした。
少し、きつかった。
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党本部は、駅から歩いて十分ほどの場所にあった。
古い雑居ビルの、三階だった。
エレベーターはない。
階段を上りながら、僕は少し拍子抜けしていた。
……もっと、立派な場所を想像していた。
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三階の扉に、紙が貼ってあった。
印刷した紙を、そのままテープで留めてある。
——日本再生党 本部
それだけだった。
僕は、その紙を、しばらく見ていた。
それから、扉を開けた。
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中は、思ったより狭かった。
机が五つほど。奥に、応接用のソファが一組。
壁には、選挙用らしきポスターが貼ってある。刷りが古い。
人は、三人いた。
全員、年配の男性だった。
「おお、来たか」
大森さんが、奥から出てきた。
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「鈴木くんだ。この前、駅前で入ってくれた」
紹介されると、他の二人が立ち上がった。
「よく来たな」
「若い人は助かるよ」
握手をされた。
どちらの手も、厚かった。
……ここには、そういう手をした人しかいないらしい。
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「若いって、僕、そんなに若くないですよ」
僕は、そう言った。
「若いよ」
「三十代です」
「ここじゃ、若い」
あっさり言われた。
部屋を見回して、納得した。
一番若そうな人でも、五十は超えている。
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「みんな、そうなんですか」
「そうだな」
大森さんが、そう答えた。
「若い人は、来ないんですか」
「来ない」
「なんでですか」
少しの間があった。
「……興味がないんだろ」
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その言い方が、少しだけ引っかかった。
でも、深く聞かなかった。
お茶が出てきた。
紙コップだった。
「党首は、もうすぐ来る」
「忙しいんですか」
「忙しい」
「そうですよね」
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実際には、四十分ほど待った。
その間、大森さんたちは、選挙区の話をしていた。
どこの地域の反応がいいとか、あの候補は駄目だとか。
僕には、よく分からない話だった。
でも、聞いているのは、嫌ではなかった。
誰かが真剣に話しているのを、横で聞く。
そういう時間が、久しぶりだった。
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扉が開いたのは、十一時過ぎだった。
「お疲れさまです」
部屋の空気が、少し変わった。
入ってきたのは、五十代くらいの男性だった。
スーツが、明らかに他の人と違った。
生地が、いい。
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村井、というのが、その人の名前だった。
テレビで見たことはない。
ただ、名前だけは、入党の時にもらった資料に書いてあった。
「党首、こちら、新しく入った鈴木くんです」
大森さんが、そう紹介した。
僕は、慌てて立ち上がった。
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「はじめまして」
「ああ、どうも」
村井さんは、そう言って、手を差し出した。
握手をした。
柔らかい手だった。
大森さんたちとは、違った。
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「若いね」
「そう言われました」
「うちは年寄りばっかりだから」
村井さんは、そう言って笑った。
愛想は、良かった。
「どこで知ったの、うちのこと」
「駅前で、演説を」
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「ああ、大森さんの」
「はい」
「あの人、毎日立ってるからね」
村井さんは、そう言って、大森さんの方を見た。
「頭が下がるよ」
大森さんは、少し照れたような顔をした。
その顔を、僕は、初めて見た気がした。
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「それで」
村井さんが、こちらに向き直った。
「君は、何をしてるの」
「……仕事は、してません」
正直に、そう答えた。
少しの間があった。
「そうか」
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「探してはいるんですけど」
「見つからない」
「はい」
「どのくらい」
「……長いです」
村井さんは、うなずいた。
それから、こう聞いた。
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「君も、アンドロイドやAIに、職を奪われたのかい」
その言い方に、僕は、少し息が止まった。
……奪われた。
そう言われると、たしかにそうだった。
いや、そう言われるまで、そういう言い方をしたことがなかった。
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「……はい」
声が、少し掠れていた。
「そうか」
村井さんは、そう言って、僕の肩に手を置いた。
「君は、悪くない」
……。
同じ言葉を、駅前でも聞いた。
でも、今度は、もっと重く聞こえた。
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「一緒に、労働者の手に、日本を取り戻そう」
その一言だった。
僕が、その場で動けなくなった一言は。
一緒に。
労働者の手に。
取り戻そう。
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僕は、何も答えられなかった。
「よろしく頼むよ」
村井さんは、そう言って、手を離した。
それから、大森さんの方を向いた。
「例の件、どうなってる」
「来週には、動けます」
「頼むよ」
そのまま、別の話が始まった。
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僕は、その場に立ったまま、少しの間、動けなかった。
村井さんは、もう僕の方を見ていなかった。
書類を受け取って、誰かと話して、また別の指示を出している。
忙しいのだと思う。
当然だ。
僕は、その姿を、少し離れたところから見ていた。
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……それでも、言ってくれた。
一緒に、と。
僕みたいな人間に。
仕事もない、何もない、誰にも必要とされていない人間に。
一緒に、と言ってくれた。
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村井さんは、二十分ほどで出ていった。
次の予定があるらしい。
扉が閉まった後、大森さんが僕の隣に来た。
「どうだった」
「……すごい人ですね」
「そうだろ」
「はい」
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「あの人はな」
大森さんは、そう言って、椅子に座った。
「元々、商売人だったんだよ」
「商売?」
「会社をやってた。従業員を三百人抱えてた」
「……三百人」
「それが、全部潰れた」
僕は、その言葉に、少し驚いた。
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「機械に、置き換わったんだよ」
大森さんは、そう続けた。
「取引先が、全部そっちに切り替えた。三年で、注文が十分の一になった」
「……」
「従業員を、全員解雇した」
「全員ですか」
「全員だ」
少しの沈黙があった。
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「その後、政治に出たんですか」
「そうだ」
「なんでですか」
大森さんは、少し考えるような顔をした。
「……本人は、責任だと言ってる」
「責任」
「解雇した三百人に対する、責任だと」
僕は、その言葉を、しばらく噛みしめていた。
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「立派ですね」
「立派だよ」
大森さんは、そう答えた。
「だから、俺はついていってる」
「……」
「あの人は、分かってる。潰される側の気持ちが」
その言い方に、迷いはなかった。
僕は、なんとなく、羨ましいと思った。
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その日、僕は夕方まで党本部にいた。
特に、何をしたわけでもない。
お茶を飲んで、話を聞いて、たまに質問をした。
でも、時間が経つのが、妙に速かった。
家にいる時とは、全然違った。
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帰り際、大森さんが言った。
「また来いよ」
「いいんですか」
「いいに決まってるだろ」
「でも、僕、何もできないですよ」
「何もできなくていい」
あっさり言われた。
「いるだけでいいんですか」
「いるだけで、違う」
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その言葉が、帰り道でも、ずっと頭に残っていた。
いるだけで、違う。
……そんなことを、言われたことがあっただろうか。
求人に応募しても、理由も書かずに断られる。
面接では、通える曜日と健康状態しか聞かれない。
誰も、いてほしいとは言わなかった。
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家に着いたのは、七時過ぎだった。
「おかえりなさい」
うちの一台が、そう言った。
「ああ」
「お夕食は」
「いらない」
「かしこまりました」
いつも通りだった。
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僕は、スーツを脱いで、ハンガーにかけた。
明日も着るかもしれない、と思った。
……明日?
自分でも、少し驚いた。
明日のことを考えたのは、久しぶりだった。
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その夜、僕は、党の資料を読み返していた。
入党の時にもらった、薄い冊子だった。
基本理念、と書かれたページがあった。
——我が党は、労働の尊厳を取り戻すことを目的とする。
——人間の仕事は、人間の手に。
——機械は道具であり、主役ではない。
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……当たり前のことだ、と思った。
当たり前のことなのに、誰も言わない。
いや、言っている人はいるのかもしれない。
でも、僕の耳には届いていなかった。
届いたのは、駅前の、誰も聞いていない演説だった。
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資料の最後のページに、党首の言葉が載っていた。
写真つきだった。
今日会った人より、少し若く見える。
——私は、三百人の仕事を守れなかった。
——だから、今度は守る側に回る。
……本人が、書いた文章だろうか。
分からなかった。
でも、僕は、それを何度も読んだ。
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布団に入って、天井を見ていた。
いつもと同じ天井だった。
でも、少しだけ、違って見えた。
……一緒に、と言われた。
その言葉を、僕は、何度も頭の中で繰り返していた。
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誰かと一緒に何かをするのは、いつ以来だろう。
会社にいた頃は、あった。
プロジェクトがあって、期限があって、チームがあった。
あの頃は、当たり前だと思っていた。
なくなってから、どれだけ大きかったかが分かった。
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……先輩のところは、どうなんだろう。
ふと、そう思った。
あの人の会社には、AIが何人もいる。
毎日、誰かと話しているはずだ。
一人にはならない。
仕組みとして、そうなっている。
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……ずるい、と思った。
思ってから、自分でも驚いた。
でも、その感覚は、消えなかった。
あの人は、金で手に入れた。
僕は、手に入らなかった。
それだけの違いだ。
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いや、と僕は思い直した。
違う。
僕にも、今日、できた。
金では買えないものが。
大森さんがいて、村井さんがいて、あの狭い部屋がある。
……あそこには、人間しかいなかった。
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その日、僕は、久しぶりによく眠れた。
翌朝、目が覚めたのは、八時だった。
目覚まし時計は、使っていない。
でも、自然に起きた。
起きなければならない理由が、久しぶりにあった。
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