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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第2章:PON子アイドル化計画
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第102話:ちょっとだけ、失敗した

-----


 審査当日は、朝から雨だった。


 会場は、都内のホールだった。思っていたより、大きい。


 控室に通されると、既に何人かいた。


 人間が四人。アンドロイドが、六人。


 合わせて十組。そのうち一組が、選ばれる。


-----


 「多いのだ」


 PON子が、そう言った。


 「多いな」


 「みんな、あいどるになるのだ?」


 「なりたいんだと思う」


 「ふうん」


 あの子は、それだけ言って、椅子に座った。


 緊張している様子は、まったくなかった。


-----


 控室の隅に、一組だけ、明らかに雰囲気の違う組がいた。


 アンドロイドの女性型と、その隣に立つ男性。


 男性の方が、たぶんプロデューサーだろう。スーツを着て、端末を見ながら何か指示を出している。


 アンドロイドの方は、鏡の前で、動きを確認していた。


 ……完璧だった。


 遠目に見ても、分かった。


-----


 「あの子、すごいですわね」


 ドンナが、小声でそう言った。


 今日は、四人で来ていた。


 僕と、ドンナと、じえいと、技術担当くん。


 技術担当くんは、なぜかついてきた。


 「なんで来たんだ」


 「休暇です」


 そう言われると、何も言えなかった。


-----


 レジスは、来ていない。


 「仕事があるわ」


 朝、そう言っていた。


 「見ないのか」


 「配信されるんでしょう」


 「されるけど」


 「なら、家で見るわ」


 そういうことにしておいた。


-----


 控室で待っていると、係の人が来た。


 「では、順番を発表します」


 PON子は、七番目だった。


 あの完璧な子は、六番目だった。


 ……直前だ。


 「最悪の並びですわね」


 ドンナが、そう言った。


-----


 「なんでだ」


 「印象が、比較されますの」


 「そうか」


 「完璧なものを見た直後に、そうでないものを見ますと」


 「……粗が目立つな」


 「目立ちますわ」


 嫌な分析だった。


 しかも、たぶん正しかった。


-----


 審査が始まった。


 控室のモニターで、様子が見られるようになっている。


 一番目の人間の女性は、歌がうまかった。


 二番目のアンドロイドは、ダンスが正確だった。


 三番目は、楽器を弾いた。


 四番目、五番目と、順調に進んでいく。


 どれも、上手かった。


-----


 「レベル高いっすね」


 じえいが、そう呟いた。


 「高いな」


 「PON子、大丈夫っすかね」


 「……分からん」


 正直に、そう答えた。


 三週間のレッスンで、歌も踊りも、それなりになった。


 でも、それなりでしかなかった。


-----


 六番目が呼ばれた。


 あの完璧な子だった。


 モニターに映った瞬間、控室が少し静かになった。


 歌が始まった。


 ……上手い。


 いや、上手いという言葉では足りなかった。


-----


 声量、音程、抑揚。全部が計算されていた。


 しかも、表情が動く。


 歌詞に合わせて、目が細まり、口角が動き、視線が流れる。


 完璧に、感情が表現されていた。


 「完成されておりますわね」


 ドンナが、そう言った。


-----


 ダンスに移った。


 これも、完璧だった。


 一度も、動きが乱れない。指の先まで、計算されている。


 三分間、一度も崩れなかった。


 終わった瞬間、会場から拍手が起きた。


 控室でも、何人かが拍手していた。


-----


 「……勝てないな」


 僕は、思わずそう呟いた。


 「勝てませんわね」


 ドンナが、即答した。


 「お前、そこは嘘でもいいから」


 「嘘は申しませんの」


 「たまには言え」


 「かしこまりましたわ。……勝てますわ」


 「棒読みすぎるだろ」


-----


 「PON子さん、次です」


 係の人が、呼びに来た。


 あの子は、椅子から立ち上がった。


 「いってくるのだ」


 「……ああ」


 「パパ」


 「なんだ」


 「見ててくれるのだ?」


-----


 僕は、少し詰まった。


 前にも、同じことを聞かれた。


 「見てる」


 「わかったのだ」


 あの子は、そう言って、出ていった。


 振り返らなかった。


 あの日と、同じだった。


-----


 モニターに、PON子が映った。


 小さく見えた。


 舞台の真ん中に立って、少し周りを見回している。


 「大丈夫かよ」


 「落ち着いておりますわね」


 「あれ、落ち着いてるのか?」


 「単に、状況を理解していないだけかと」


 ……それは、あり得る。


-----


 伴奏が始まった。


 PON子が、歌い出した。


 声は、出ていた。


 音程も、外していない。


 レッスンの成果は、出ている。


 ……でも。


-----


 さっきの子と比べると、明らかに弱かった。


 声量が足りない。抑揚も、教わった通りに動いているだけだ。


 上手いけれど、心が動かない。


 最初のレッスンで、先生に言われた通りだった。


 「……厳しいですわね」


 ドンナも、そう言った。


-----


 そして、二番の途中だった。


 PON子の声が、止まった。


 ……止まった?


 一拍、遅れた。


 歌詞が、飛んだのだ。


-----


 控室が、少しざわついた。


 「やば」


 じえいが、小声で言った。


 僕も、息が止まった。


 伴奏だけが、流れている。


 PON子は、口を開けたまま、止まっていた。


-----


 ……一秒。


 二秒。


 三秒。


 長かった。


 永遠に感じた。


 そして、あの子は、こう言った。


-----


 「……わすれちゃったのだ」


 会場が、少しどよめいた。


 僕は、頭を抱えた。


 終わった、と思った。


 でも、次の瞬間だった。


-----


 「でも、つづけるのだ」


 あの子は、そう言って、伴奏の途中から歌い直した。


 歌詞は、合っていなかった。


 途中から、勝手に変えていた。


 でも、歌っていた。


 最後まで、歌い切った。


-----


 歌が終わって、少しの沈黙があった。


 それから、拍手が起きた。


 さっきの子の時より、小さかった。


 でも、たしかに、拍手だった。


 「……なんだ、今の」


 僕は、そう呟いた。


-----


 次は、ダンスだった。


 伴奏が変わって、あの子が構えた。


 三週間、練習した振り付けだ。


 最初の八拍は、完璧だった。


 次の八拍も、問題なかった。


 そして、三十秒を過ぎたあたりで。


-----


 ……転んだ。


 派手にではない。


 足がもつれて、体勢が崩れた。


 片膝が、床についた。


 控室で、誰かが「あっ」と声を出した。


-----


 僕は、立ち上がっていた。


 何をしようとしたのか、自分でも分からなかった。


 でも、モニターの中のPON子は、すぐに立ち上がっていた。


 そして、こう言った。


 「だいじょうぶなのだ」


 誰に言ったのか、分からなかった。


-----


 たぶん、会場に向かって言ったのだと思う。


 あるいは、自分に言ったのかもしれない。


 あの子は、そのまま踊り続けた。


 振り付けは、少しずれていた。


 転んだ分、遅れていた。


 でも、最後まで踊った。


-----


 終わった時、会場は静かだった。


 拍手は、少ししてから起きた。


 「……ひどいっすね」


 じえいが、そう言った。


 「ひどいな」


 「でも」


 あいつは、そこで言葉を止めた。


 「なんだ」


 「なんか、目、離せなかったっす」


-----


 最後は、自由枠だった。


 三分の実演の中で、残り一分をどう使うか。


 僕たちは、特に何も決めていなかった。


 「何かやるのか」


 「わからないのだ」


 前日、そう言っていた。


 「じゃあ、何も決めないでいいのか」


 「なにか、思いつくのだ」


-----


 モニターの中で、PON子は立っていた。


 伴奏は、もう流れていない。


 審査員が、こう聞いた。


 「最後に、何か見せてくれますか」


 あの子は、少し考えていた。


 控室にいる僕たちの方が、緊張していた。


-----


 「……えっと」


 PON子は、そう言った。


 「はい」


 「みなさん、ごはん、食べてるのだ?」


 ……あ。


 自己紹介欄に書いた、あの一行だった。


-----


 会場が、少しざわついた。


 審査員も、顔を見合わせている。


 「……ごはん?」


 「はいなのだ」


 「今日の、朝ごはんですか?」


 「朝でも、昼でもいいのだ」


 あの子は、そう答えた。


-----


 「わたしは、食べないのだ」


 少しの沈黙があった。


 「アンドロイドだから?」


 「そうなのだ」


 「じゃあ、なんで聞くの?」


 PON子は、少し考えてから、こう答えた。


-----


 「うちにいる人たちが、ごはん食べてるの、好きなのだ」


 「……好き?」


 「見てると、うれしいのだ」


 「食べられないのに?」


 「食べられないのだ」


 「それでも?」


 「それでも、うれしいのだ」


-----


 控室が、静かになった。


 誰も、何も言わなかった。


 僕は、その言葉を、前にも聞いていた。


 三週間前、表情のレッスンの時だ。


 廊下で、こっそり聞いていた。


 その時と、同じ言葉だった。


-----


 「だから」


 PON子は、そう続けた。


 「みなさんも、食べてるといいのだ」


 「……」


 「それだけなのだ」


 あの子は、そう言って、頭を下げた。


 丁寧に。


 教わった通りの角度だった。


-----


 三秒ほど、会場は静かだった。


 それから、拍手が起きた。


 さっきより、大きかった。


 どんどん、大きくなった。


 審査員の一人が、目元を押さえていた。


 ……なんで泣いてるんだ、あの人。


-----


 「社長」


 技術担当くんが、そう言った。


 「なんだ」


 「泣いておられます」


 「……知ってる」


 「はい」


 あの子は、それ以上何も言わなかった。


 ドンナも、じえいも、黙っていた。


-----


 全員の実演が終わった後、視聴者投票が始まった。


 配信を見ている人が、その場で投票する。


 集計は、十分間。


 控室のモニターに、リアルタイムで数字が出ていた。


 最初は、六番目の子が独走していた。


 当然だと思った。


-----


 「差が大きいですわね」


 ドンナが、そう言った。


 「そうだな」


 「三倍近くございます」


 「……まあ、仕方ない」


 実際、あの子の方が上手かった。


 それは、誰が見ても明らかだった。


-----


 でも、五分を過ぎたあたりで、動きが変わった。


 PON子の票が、伸び始めた。


 最初は、少しずつ。


 それから、急に。


 「……増えてますわ」


 「増えてるな」


-----


 「なんでだ」


 「分かりませんわ」


 ドンナが、端末を開いた。


 「配信のコメントを、見てみますわ」


 「何て言ってる」


 少しの間があった。


 「……読み上げてよろしいですか」


-----


 「頼む」


 あの子は、端末を見ながら、読み始めた。


 ——七番の子、なんか泣ける


 ——歌詞飛ばして「わすれちゃったのだ」で笑った


 ——でも続けたのがすごい


 ——転んだのに「だいじょうぶなのだ」って言うの、強すぎる


 ——ごはんの話で泣いた


 ——食べられないのに、人が食べてるの見て嬉しいって何


-----


 僕は、その言葉を、黙って聞いていた。


 ——完璧な子より、こっちの方が印象に残る


 ——六番の子は上手いけど、覚えてない


 ——七番は忘れられない


 「……そういうことか」


 僕は、そう呟いた。


-----


 最後の一分で、逆転した。


 差は、わずかだった。


 でも、PON子の方が上だった。


 結果が発表された時、控室で、じえいが大声を出した。


 「勝ったっす!!」


 「うるさい」


 「勝ったっすよ!!」


 「うるさいって」


 僕も、たぶん、大声を出していた。


-----


 PON子が、控室に戻ってきた。


 「ただいまなのだ」


 「おかえり」


 「勝ったのだ?」


 「勝った」


 「そうなのだ」


 あの子は、それだけ言って、椅子に座った。


 いつも通りだった。


-----


 「疲れたか」


 「つかれたのだ」


 「歌詞、飛ばしただろ」


 「とんだのだ」


 「転んだだろ」


 「ころんだのだ」


 「……なんで勝ったんだろうな」


 「わからないのだ」


-----


 僕にも、分からなかった。


 三週間、レッスンをした。


 歌も、踊りも、表情も、それなりに形になった。


 でも、勝った理由は、そのどれでもなかった。


 歌詞を飛ばしたこと。


 転んだこと。


 そして、ごはんの話をしたこと。


-----


 全部、練習していないことだった。


 「……無駄だったのか、あれ」


 僕は、そう呟いた。


 「無駄ではありませんわ」


 ドンナが、そう答えた。


 「なんでだ」


 「練習していなければ、途中でやめておりましたわ」


-----


 「……ああ」


 「歌詞を忘れた時、続けられたのは、練習したからですの」


 「そうか」


 「転んだ後、立ち上がれたのも、同じですわ」


 あの子は、そう言った。


 「ただ」


 「ただ?」


 「勝った理由は、別のところにございますわね」


-----


 その夜、家に帰ると、レジスが待っていた。


 「見たわ」


 「見たのか」


 「見たわよ」


 あの子は、そう答えた。


 「どう思った」


 少しの間があった。


 「……歌詞、飛ばしてたわね」


-----


 「飛ばしてた」


 「転んでたわね」


 「転んでた」


 「それで、勝ったのね」


 「勝った」


 レジスは、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


 「意味が分からないわ」


-----


 「僕も分からない」


 「分析しようがないもの」


 「そうだな」


 「再現性がないわ」


 「ないな」


 あの子は、深くため息をついた。


 「……最悪ね」


 「なんでだよ」


 「事業計画が立てられないでしょう」


-----


 僕は、その言い方に、少し笑ってしまった。


 「もう事業にする気なのか」


 「……そういう意味じゃないわ」


 「今、事業計画って言っただろ」


 「言ってないわ」


 「言った」


 レジスは、書類を持って、階段を上っていった。


 耳が、少し赤かった気がした。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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