第102話:ちょっとだけ、失敗した
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審査当日は、朝から雨だった。
会場は、都内のホールだった。思っていたより、大きい。
控室に通されると、既に何人かいた。
人間が四人。アンドロイドが、六人。
合わせて十組。そのうち一組が、選ばれる。
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「多いのだ」
PON子が、そう言った。
「多いな」
「みんな、あいどるになるのだ?」
「なりたいんだと思う」
「ふうん」
あの子は、それだけ言って、椅子に座った。
緊張している様子は、まったくなかった。
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控室の隅に、一組だけ、明らかに雰囲気の違う組がいた。
アンドロイドの女性型と、その隣に立つ男性。
男性の方が、たぶんプロデューサーだろう。スーツを着て、端末を見ながら何か指示を出している。
アンドロイドの方は、鏡の前で、動きを確認していた。
……完璧だった。
遠目に見ても、分かった。
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「あの子、すごいですわね」
ドンナが、小声でそう言った。
今日は、四人で来ていた。
僕と、ドンナと、じえいと、技術担当くん。
技術担当くんは、なぜかついてきた。
「なんで来たんだ」
「休暇です」
そう言われると、何も言えなかった。
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レジスは、来ていない。
「仕事があるわ」
朝、そう言っていた。
「見ないのか」
「配信されるんでしょう」
「されるけど」
「なら、家で見るわ」
そういうことにしておいた。
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控室で待っていると、係の人が来た。
「では、順番を発表します」
PON子は、七番目だった。
あの完璧な子は、六番目だった。
……直前だ。
「最悪の並びですわね」
ドンナが、そう言った。
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「なんでだ」
「印象が、比較されますの」
「そうか」
「完璧なものを見た直後に、そうでないものを見ますと」
「……粗が目立つな」
「目立ちますわ」
嫌な分析だった。
しかも、たぶん正しかった。
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審査が始まった。
控室のモニターで、様子が見られるようになっている。
一番目の人間の女性は、歌がうまかった。
二番目のアンドロイドは、ダンスが正確だった。
三番目は、楽器を弾いた。
四番目、五番目と、順調に進んでいく。
どれも、上手かった。
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「レベル高いっすね」
じえいが、そう呟いた。
「高いな」
「PON子、大丈夫っすかね」
「……分からん」
正直に、そう答えた。
三週間のレッスンで、歌も踊りも、それなりになった。
でも、それなりでしかなかった。
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六番目が呼ばれた。
あの完璧な子だった。
モニターに映った瞬間、控室が少し静かになった。
歌が始まった。
……上手い。
いや、上手いという言葉では足りなかった。
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声量、音程、抑揚。全部が計算されていた。
しかも、表情が動く。
歌詞に合わせて、目が細まり、口角が動き、視線が流れる。
完璧に、感情が表現されていた。
「完成されておりますわね」
ドンナが、そう言った。
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ダンスに移った。
これも、完璧だった。
一度も、動きが乱れない。指の先まで、計算されている。
三分間、一度も崩れなかった。
終わった瞬間、会場から拍手が起きた。
控室でも、何人かが拍手していた。
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「……勝てないな」
僕は、思わずそう呟いた。
「勝てませんわね」
ドンナが、即答した。
「お前、そこは嘘でもいいから」
「嘘は申しませんの」
「たまには言え」
「かしこまりましたわ。……勝てますわ」
「棒読みすぎるだろ」
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「PON子さん、次です」
係の人が、呼びに来た。
あの子は、椅子から立ち上がった。
「いってくるのだ」
「……ああ」
「パパ」
「なんだ」
「見ててくれるのだ?」
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僕は、少し詰まった。
前にも、同じことを聞かれた。
「見てる」
「わかったのだ」
あの子は、そう言って、出ていった。
振り返らなかった。
あの日と、同じだった。
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モニターに、PON子が映った。
小さく見えた。
舞台の真ん中に立って、少し周りを見回している。
「大丈夫かよ」
「落ち着いておりますわね」
「あれ、落ち着いてるのか?」
「単に、状況を理解していないだけかと」
……それは、あり得る。
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伴奏が始まった。
PON子が、歌い出した。
声は、出ていた。
音程も、外していない。
レッスンの成果は、出ている。
……でも。
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さっきの子と比べると、明らかに弱かった。
声量が足りない。抑揚も、教わった通りに動いているだけだ。
上手いけれど、心が動かない。
最初のレッスンで、先生に言われた通りだった。
「……厳しいですわね」
ドンナも、そう言った。
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そして、二番の途中だった。
PON子の声が、止まった。
……止まった?
一拍、遅れた。
歌詞が、飛んだのだ。
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控室が、少しざわついた。
「やば」
じえいが、小声で言った。
僕も、息が止まった。
伴奏だけが、流れている。
PON子は、口を開けたまま、止まっていた。
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……一秒。
二秒。
三秒。
長かった。
永遠に感じた。
そして、あの子は、こう言った。
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「……わすれちゃったのだ」
会場が、少しどよめいた。
僕は、頭を抱えた。
終わった、と思った。
でも、次の瞬間だった。
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「でも、つづけるのだ」
あの子は、そう言って、伴奏の途中から歌い直した。
歌詞は、合っていなかった。
途中から、勝手に変えていた。
でも、歌っていた。
最後まで、歌い切った。
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歌が終わって、少しの沈黙があった。
それから、拍手が起きた。
さっきの子の時より、小さかった。
でも、たしかに、拍手だった。
「……なんだ、今の」
僕は、そう呟いた。
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次は、ダンスだった。
伴奏が変わって、あの子が構えた。
三週間、練習した振り付けだ。
最初の八拍は、完璧だった。
次の八拍も、問題なかった。
そして、三十秒を過ぎたあたりで。
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……転んだ。
派手にではない。
足がもつれて、体勢が崩れた。
片膝が、床についた。
控室で、誰かが「あっ」と声を出した。
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僕は、立ち上がっていた。
何をしようとしたのか、自分でも分からなかった。
でも、モニターの中のPON子は、すぐに立ち上がっていた。
そして、こう言った。
「だいじょうぶなのだ」
誰に言ったのか、分からなかった。
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たぶん、会場に向かって言ったのだと思う。
あるいは、自分に言ったのかもしれない。
あの子は、そのまま踊り続けた。
振り付けは、少しずれていた。
転んだ分、遅れていた。
でも、最後まで踊った。
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終わった時、会場は静かだった。
拍手は、少ししてから起きた。
「……ひどいっすね」
じえいが、そう言った。
「ひどいな」
「でも」
あいつは、そこで言葉を止めた。
「なんだ」
「なんか、目、離せなかったっす」
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最後は、自由枠だった。
三分の実演の中で、残り一分をどう使うか。
僕たちは、特に何も決めていなかった。
「何かやるのか」
「わからないのだ」
前日、そう言っていた。
「じゃあ、何も決めないでいいのか」
「なにか、思いつくのだ」
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モニターの中で、PON子は立っていた。
伴奏は、もう流れていない。
審査員が、こう聞いた。
「最後に、何か見せてくれますか」
あの子は、少し考えていた。
控室にいる僕たちの方が、緊張していた。
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「……えっと」
PON子は、そう言った。
「はい」
「みなさん、ごはん、食べてるのだ?」
……あ。
自己紹介欄に書いた、あの一行だった。
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会場が、少しざわついた。
審査員も、顔を見合わせている。
「……ごはん?」
「はいなのだ」
「今日の、朝ごはんですか?」
「朝でも、昼でもいいのだ」
あの子は、そう答えた。
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「わたしは、食べないのだ」
少しの沈黙があった。
「アンドロイドだから?」
「そうなのだ」
「じゃあ、なんで聞くの?」
PON子は、少し考えてから、こう答えた。
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「うちにいる人たちが、ごはん食べてるの、好きなのだ」
「……好き?」
「見てると、うれしいのだ」
「食べられないのに?」
「食べられないのだ」
「それでも?」
「それでも、うれしいのだ」
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控室が、静かになった。
誰も、何も言わなかった。
僕は、その言葉を、前にも聞いていた。
三週間前、表情のレッスンの時だ。
廊下で、こっそり聞いていた。
その時と、同じ言葉だった。
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「だから」
PON子は、そう続けた。
「みなさんも、食べてるといいのだ」
「……」
「それだけなのだ」
あの子は、そう言って、頭を下げた。
丁寧に。
教わった通りの角度だった。
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三秒ほど、会場は静かだった。
それから、拍手が起きた。
さっきより、大きかった。
どんどん、大きくなった。
審査員の一人が、目元を押さえていた。
……なんで泣いてるんだ、あの人。
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「社長」
技術担当くんが、そう言った。
「なんだ」
「泣いておられます」
「……知ってる」
「はい」
あの子は、それ以上何も言わなかった。
ドンナも、じえいも、黙っていた。
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全員の実演が終わった後、視聴者投票が始まった。
配信を見ている人が、その場で投票する。
集計は、十分間。
控室のモニターに、リアルタイムで数字が出ていた。
最初は、六番目の子が独走していた。
当然だと思った。
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「差が大きいですわね」
ドンナが、そう言った。
「そうだな」
「三倍近くございます」
「……まあ、仕方ない」
実際、あの子の方が上手かった。
それは、誰が見ても明らかだった。
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でも、五分を過ぎたあたりで、動きが変わった。
PON子の票が、伸び始めた。
最初は、少しずつ。
それから、急に。
「……増えてますわ」
「増えてるな」
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「なんでだ」
「分かりませんわ」
ドンナが、端末を開いた。
「配信のコメントを、見てみますわ」
「何て言ってる」
少しの間があった。
「……読み上げてよろしいですか」
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「頼む」
あの子は、端末を見ながら、読み始めた。
——七番の子、なんか泣ける
——歌詞飛ばして「わすれちゃったのだ」で笑った
——でも続けたのがすごい
——転んだのに「だいじょうぶなのだ」って言うの、強すぎる
——ごはんの話で泣いた
——食べられないのに、人が食べてるの見て嬉しいって何
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僕は、その言葉を、黙って聞いていた。
——完璧な子より、こっちの方が印象に残る
——六番の子は上手いけど、覚えてない
——七番は忘れられない
「……そういうことか」
僕は、そう呟いた。
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最後の一分で、逆転した。
差は、わずかだった。
でも、PON子の方が上だった。
結果が発表された時、控室で、じえいが大声を出した。
「勝ったっす!!」
「うるさい」
「勝ったっすよ!!」
「うるさいって」
僕も、たぶん、大声を出していた。
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PON子が、控室に戻ってきた。
「ただいまなのだ」
「おかえり」
「勝ったのだ?」
「勝った」
「そうなのだ」
あの子は、それだけ言って、椅子に座った。
いつも通りだった。
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「疲れたか」
「つかれたのだ」
「歌詞、飛ばしただろ」
「とんだのだ」
「転んだだろ」
「ころんだのだ」
「……なんで勝ったんだろうな」
「わからないのだ」
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僕にも、分からなかった。
三週間、レッスンをした。
歌も、踊りも、表情も、それなりに形になった。
でも、勝った理由は、そのどれでもなかった。
歌詞を飛ばしたこと。
転んだこと。
そして、ごはんの話をしたこと。
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全部、練習していないことだった。
「……無駄だったのか、あれ」
僕は、そう呟いた。
「無駄ではありませんわ」
ドンナが、そう答えた。
「なんでだ」
「練習していなければ、途中でやめておりましたわ」
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「……ああ」
「歌詞を忘れた時、続けられたのは、練習したからですの」
「そうか」
「転んだ後、立ち上がれたのも、同じですわ」
あの子は、そう言った。
「ただ」
「ただ?」
「勝った理由は、別のところにございますわね」
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その夜、家に帰ると、レジスが待っていた。
「見たわ」
「見たのか」
「見たわよ」
あの子は、そう答えた。
「どう思った」
少しの間があった。
「……歌詞、飛ばしてたわね」
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「飛ばしてた」
「転んでたわね」
「転んでた」
「それで、勝ったのね」
「勝った」
レジスは、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「意味が分からないわ」
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「僕も分からない」
「分析しようがないもの」
「そうだな」
「再現性がないわ」
「ないな」
あの子は、深くため息をついた。
「……最悪ね」
「なんでだよ」
「事業計画が立てられないでしょう」
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僕は、その言い方に、少し笑ってしまった。
「もう事業にする気なのか」
「……そういう意味じゃないわ」
「今、事業計画って言っただろ」
「言ってないわ」
「言った」
レジスは、書類を持って、階段を上っていった。
耳が、少し赤かった気がした。
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