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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第2章:PON子アイドル化計画
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第101話:初めてのレッスン

-----


 レッスンの手配は、三日でついた。


 調べてみると、専門のスタジオがいくつかあった。


 歌、ダンス、表情と所作。それぞれに講師がいて、単発でも受けられるらしい。


 しかも、アンドロイド向けのコースがあった。


 「あるのか、そんなの」


 「ございますわ」


 ドンナが、あっさりそう答えた。


-----


 「調べたのか」


 「調べました」


 「なんで」


 「マスターが、夜中に検索履歴を残しておられましたので」


 ……見られていた。


 「勝手に見るなよ」


 「共有端末ですわ」


 それを言われると、弱い。


-----


 「で、どうなんだ。そのコース」


 「需要はあるようですの」


 ドンナは、そう説明した。


 「動画の出演者として登録するアンドロイドが、この数年で増えておりますわ」


 「じゃあ、ライバルが多いのか」


 「多いですわね」


 「……勝てるかな」


 「存じ上げませんわ」


 冷たかった。


-----


 スタジオは、電車で四十分ほどの場所にあった。


 初回は、ボイストレーニング。


 予約を入れて、当日の朝、僕はPON子を送り出す準備をしていた。


 「PON子、駅までの道、分かるか」


 「わかるのだ」


 「電車は」


 「のったことあるのだ」


 「……一人では?」


 少しの間があった。


 「ないのだ」


-----


 そうだった。


 この子を、一人で外に出したことは、一度もない。


 買い物に行く時は、誰かがついていた。旅行も、全員で行った。


 考えてみれば、当たり前だった。


 うちの子たちは、みんな仕事で外に出る。じえいは営業で回っているし、技術担当くんも現場に行く。


 PON子だけが、ずっと家にいた。


-----


 「送っていこうか」


 「いいのだ」


 即答だった。


 「一人で行けるのか」


 「行けるのだ」


 「本当に?」


 「たぶん、いけるのだ」


 ……たぶん。


-----


 僕は、あの子の持ち物を確認した。


 交通の決済はできる。連絡もつく。住所も入れてある。


 問題は、ないはずだった。


 「困ったら、すぐ連絡しろ」


 「わかったのだ」


 「知らない人についていくな」


 「いかないのだ」


 「あと」


 「まだあるのだ?」


-----


 「……気をつけて」


 それしか、言えなかった。


 PON子は、少し不思議そうな顔をした。


 「パパ、へんなのだ」


 「変じゃない」


 「へんなのだ」


 あの子は、そう言って、玄関を出ていった。


 振り返らなかった。


-----


 扉が閉まって、しばらくして、僕は立ち上がった。


 「……行くか」


 誰にも言っていなかった。


 言うつもりも、なかった。


 靴を履いていると、背後に気配がした。


-----


 「マスター」


 ドンナだった。


 「……なに」


 「どちらへ」


 「散歩」


 「そうですの」


 あの子は、そう言って、自分の靴を出した。


 「なんで履いてるんだ」


 「私も、散歩に出ようかと」


-----


 その時、階段の方から足音がした。


 「あ、社長! どこ行くんすか!」


 じえいだった。


 「……散歩だ」


 「自分も行きます!」


 「呼んでない」


 「呼ばれてないっす!」


 元気だった。


-----


 結局、三人で出た。


 電車の中では、誰も本題に触れなかった。


 「いい天気ですわね」


 「そうだな」


 「散歩日和っす!」


 嘘が、下手だった。


 三人とも。


-----


 スタジオの入っているビルは、古い雑居ビルだった。


 四階建てで、二階が音楽スタジオになっている。


 PON子は、既に中に入っているはずだった。


 「どうしますの」


 「……見る」


 「どこから」


 僕は、周りを見回した。


-----


 スタジオの扉に、小さな窓がついていた。


 覗ける。


 ただし、廊下に立つことになる。


 「不審者ですわね」


 「不審者だな」


 「行きますか」


 「行く」


 僕たちは、階段を上った。


-----


 窓から、中が見えた。


 PON子が、部屋の中央に立っていた。


 その正面に、女性が一人。五十くらいだろうか。楽譜を持っている。


 声は、少しだけ聞こえた。


 「じゃあ、まず声を出してみましょうか」


 「はいなのだ」


-----


 「ドから、順番に上げていきます」


 ピアノの音がした。


 PON子が、声を出した。


 「あー」


 ……綺麗だった。


 思っていたより、ずっと。


-----


 「うまいっすね」


 じえいが、小声でそう言った。


 「うまいな」


 「機能としては、当然ですわ」


 ドンナが、そう答えた。


 「発声は、設計上、正確に行えますの。音程を外す理由がございません」


 「じゃあ、なんで習うんだ」


 「さあ」


-----


 先生は、何度か音を出させてから、こう言った。


 「上手ですね。音は取れてます」


 「そうなのだ?」


 「ええ。でも」


 先生は、楽譜を置いた。


 「ちょっと、綺麗すぎますね」


-----


 「きれいすぎる?」


 「そう。正確すぎるんです」


 先生は、そう言った。


 「それ、だめなのだ?」


 「だめじゃないです。ただ、聞いてる方が、あんまり動かない」


 「うごかない?」


 「心が」


-----


 PON子は、しばらく黙っていた。


 「……わからないのだ」


 「そうよね」


 先生は、少し笑った。


 「じゃあ、こうしましょう。歌詞をつけて、一度歌ってみて」


 楽譜が渡された。


 僕の位置からは、何の曲かは見えなかった。


-----


 伴奏が始まった。


 PON子が、歌い始めた。


 ……上手い。


 やはり、上手い。


 音程も、リズムも、完璧だった。


 なのに。


-----


 「うーん」


 先生が、途中で止めた。


 「どうしたのだ?」


 「歌詞の意味、分かってる?」


 「わからないのだ」


 あっさり答えた。


 「じゃあ、そこからね」


-----


 先生は、歌詞を一行ずつ説明し始めた。


 これは、誰かを待っている場面。


 これは、待ちきれなくなった気持ち。


 これは、諦めかけているところ。


 PON子は、真剣に聞いていた。


 時々、首をかしげていた。


-----


 「待ってる人が、来ないのだ?」


 「来ないの」


 「なんでなのだ?」


 「理由は書いてないわ」


 「じゃあ、待つのやめればいいのだ」


 先生が、少し驚いた顔をした。


-----


 「……やめられないのよ」


 「なんでなのだ?」


 「好きだからかしら」


 「好きだと、やめられないのだ?」


 「そうね」


 PON子は、しばらく考えていた。


 それから、こう言った。


-----


 「わたしも、ごはん、やめられないのだ」


 先生が、噴き出した。


 声を出して、笑っていた。


 「そう、そういう感じ」


 「そういう感じなのだ?」


 「近いと思う」


 適当だな、と思った。


 でも、先生は楽しそうだった。


-----


 その日のレッスンは、一時間で終わった。


 最後に、もう一度歌わせていた。


 僕は、窓から、それを見ていた。


 ……さっきと、少し違った。


 何が違うのかは、うまく説明できない。


 でも、違った。


-----


 「変わりましたわね」


 ドンナが、そう言った。


 「分かるか」


 「分かりますわ」


 「どこが」


 「……説明できませんの」


 珍しいことだった。


 この子が、説明を諦めるのは。


-----


 帰り道、僕たちは先に出た。


 PON子が出てくる前に、ビルを離れた。


 見ていたことは、言わないことにした。


 「泣いてました?」


 じえいが、そう聞いてきた。


 「泣いてない」


 「泣いてましたよね」


 「泣いてない」


 「目、赤いっすよ」


 「花粉だ」


 「季節が違うっす」


-----


 三日後は、ダンスのレッスンだった。


 同じスタジオの、三階だった。


 今回も、三人で出ようとした。


 玄関で靴を履いていると、背後から声がした。


 「ちょっと」


 三人とも、動きが止まった。


-----


 レジスだった。


 書類を持ったまま、こちらを見ている。


 「三人で、どこ行くの」


 「……散歩だ」


 「三人で?」


 「三人で」


 「平日の、この時間に?」


 答えられなかった。


-----


 「ドンナ」


 「はい」


 「経理の締め、今日じゃなかった?」


 「……明日ですわ」


 「明日なら、今日やるべきでしょう」


 「……」


 ドンナが、黙った。


 珍しいことだった。


-----


 「じえい」


 「はいっす!」


 「あなた、午後にアポ入ってるわよね」


 「……入ってます」


 「何時から」


 「二時っす」


 「今、十時よ」


 「……間に合うっす」


 「四十分かかる場所に行って?」


 なぜ知っている。


-----


 レジスは、僕の方を見た。


 「それで」


 「……なんだ」


 「何をしに行くの」


 僕は、少し考えた。


 言ってしまえば、簡単だった。


 でも、なんとなく、言いたくなかった。


-----


 「……見に行く」


 「何を」


 「PON子を」


 レジスの表情が、少しだけ動いた。


 「あの子、どこにいるの」


 「スタジオだ」


 「スタジオ?」


 「ダンスの」


-----


 少しの沈黙があった。


 「……何やってるの、あなた」


 「アイドルにする」


 「は?」


 「PON子を、アイドルにする」


 レジスは、しばらく僕を見ていた。


 それから、深く息を吐いた。


-----


 「またPON子と遊んでるのね」


 「遊びじゃない」


 「遊びでしょう」


 「本気だ」


 「本気で遊んでるの?」


 ……否定しにくい言い方だった。


-----


 「事業になるかもしれない」


 僕は、そう言ってみた。


 「ならないわ」


 即答だった。


 「なんで分かる」


 「分かるわよ」


 レジスは、書類をめくった。


 「あの子、何ができるの」


-----


 「……何も」


 「でしょう」


 「でも」


 「でも?」


 「可愛い」


 レジスは、そこで、こちらを見た。


 何か言いかけて、やめた。


 それから、こう言った。


-----


 「好きにすれば」


 「いいのか」


 「よくはないわ」


 いつもの返し方だった。


 「ただ」


 「ただ?」


 「二人は連れて行かないで」


 ドンナとじえいが、同時に固まった。


-----


 「業務を止めてまで行くことじゃないでしょう」


 「……ですが」


 ドンナが、何か言いかけた。


 「なに」


 「本日は、締めではございませんの」


 「明日でしょう」


 「明日ですわ」


 「なら、今日行く理由にはならないわね」


-----


 少しの間があった。


 「……マスター」


 「なに」


 「申し訳ございません」


 あの子は、そう言って、靴を脱いだ。


 じえいも、しぶしぶ脱いだ。


 「自分、二時までには戻ります」


 「戻りなさい」


 「……はいっす」


-----


 結局、僕一人で行くことになった。


 玄関を出る時、レジスが後ろから言った。


 「ねえ」


 「なに」


 「見つからないようにね」


 僕は、振り返った。


 あの子は、もう書類に目を戻していた。


-----


 窓から見ると、今度は男性の講師だった。


 三十くらいに見える。動きやすい格好をしている。



 「じゃあ、まず基本の動きから」


 鏡の前で、講師が手本を見せた。


 右に二歩、左に二歩、それから腕を上げる。


 簡単な動きだった。


-----


 PON子が、真似をした。


 ……正確だった。


 完璧だった。


 右に二歩、左に二歩、腕を上げる。


 寸分違わず、同じだった。


-----


 「……すごいな」


 思わず、声が出た。


 一回で覚えている。


 当たり前かもしれない。映像として記録できるのだから、再現するだけなら難しくない。


 でも、実際に目の前で見ると、違って見えた。


-----


 講師も、少し驚いた顔をしていた。


 「……速いね」


 「はやいのだ?」


 「うん。普通、一週間かかる」


 「わたし、いま覚えたのだ」


 「そうだね」


 講師は、そう言って、腕を組んだ。


 それから、こう言った。


 「じゃあ、もう一回やってみて」


-----


 PON子が、同じ動きをした。


 また、完璧だった。


 「うん。じゃあ、もう一回」


 また、完璧だった。


 「もう一回」


 完璧。


 「もう一回」


 完璧。


-----


 五回目が終わったところで、講師が止めた。


 「全部、同じだね」


 「おなじなのだ」


 「一ミリも違わない」


 「ちがわないのだ」


 「……それ、どう思う?」


 PON子は、首をかしげた。


 「いいことなのだ?」


-----


 「どうだろうね」


 講師は、そう答えた。


 「人間は、同じにできないんだ」


 「できないのだ?」


 「うん。疲れるし、気分も変わる。同じ動きをしてるつもりでも、少しずつ違う」


 「へたなのだ?」


 「下手っていうか」


 講師は、少し考えた。


 「生きてる感じがする」


-----


 PON子は、その言葉を、しばらく考えているようだった。


 「わたし、生きてないのだ?」


 その質問に、僕は、思わず窓に近づいた。


 講師も、少し困った顔をした。


 「いや、そういう意味じゃなくて」


 「じゃあ、どういう意味なのだ?」


-----


 「……うまく言えないな」


 講師は、正直にそう言った。


 「ただ、見てる人が、そう感じるんだ」


 「みてる人?」


 「うん。動きが完璧すぎると、機械っぽく見える」


 「わたし、機械なのだ」


 「そうなんだけどね」


 講師は、頭をかいた。


-----


 「機械が機械っぽく見えると、面白くないんだよ」


 「へんなのだ」


 「変だよね」


 「へんなのだ」


 二人とも、笑っていた。


 変な空気だった。


 でも、悪くない空気だった。


-----


 その日の夜、僕はドンナにその話をした。


 「難題ですわね」


 「難題だな」


 「正確にできることが、欠点になるとは」


 「そうだな」


 「私には、理解できませんの」


 あの子は、そう言った。


 珍しく、不服そうだった。


-----


 「ドンナも、正確だもんな」


 「正確ですわ」


 「それ、褒められないのか」


 「業務では、褒められますわ」


 「じゃあ、いいじゃないか」


 「……ええ」


 少しの間があった。


 「ですが、あの場では、そうではないのですわね」


-----


 最後のレッスンは、表情と所作だった。


 これが、一番難しかった。


 「笑ってみましょうか」


 先生は、女性だった。四十くらいに見える。


 「わらうのだ?」


 「そう」


 PON子は、笑った。


-----


 ……笑っていた。


 たしかに、笑っていた。


 口角が上がり、目が細くなっている。


 完璧な、笑顔だった。


 「うーん」


 先生は、そう言った。


-----


 「今のは、笑ってないわね」


 「わらってるのだ」


 「顔は笑ってる。でも、中身がない」


 「なかみ?」


 「そう」


 PON子は、自分の顔を触った。


 「なかみ、どこにあるのだ?」


-----


 先生は、少し笑った。


 「難しい質問ね」


 「むずかしいのだ?」


 「うん。私も、うまく説明できない」


 先生は、そう言って、鏡の前に立たせた。


 「じゃあ、思い出してみて」


 「なにを?」


 「嬉しかったこと」


-----


 PON子は、鏡を見たまま、しばらく黙っていた。


 僕は、窓の外から、それを見ていた。


 何を思い出しているんだろう、と思った。


 やがて、あの子の顔が、少し動いた。


 自然に、口の端が上がった。


 目が、少しだけ細くなった。


-----


 「それ」


 先生が、すぐに言った。


 「今の。それが笑顔よ」


 「これなのだ?」


 「そう」


 「さっきと、どうちがうのだ?」


 「……全然違うわ」


 先生は、そう答えた。


-----


 「何を思い出したの?」


 PON子は、少し考えてから答えた。


 「ごはん食べてるとこなのだ」


 「……ごはん?」


 「みんなで、ごはん食べてるのだ」


 「あら」


 先生が、目を丸くした。


-----


 「わたしは、食べないのだ」


 PON子は、そう続けた。


 「でも、みんなが食べてるの、見てるのだ」


 「そう」


 「おいしそうなのだ」


 「うん」


 「それが、いちばん、うれしいのだ」


-----


 僕は、その言葉を、廊下で聞いていた。


 ドンナも、じえいも、何も言わなかった。


 その日は、三人で来ていた。


 最終日だからと、ドンナが前日までに締めを終わらせ、じえいがアポを午前に寄せた。


 レジスには、事前に許可を取った。


 「最後だけね」と、あの子は言った。


 ……知らなかった。


 あの子が、そんなことを思っていたなんて。


-----


 「社長」


 じえいが、小声で言った。


 「なんだ」


 「泣いてます?」


 「泣いてない」


 「泣いてますよね」


 「泣いてない」


 「自分も泣いてるっす」


 ……そっちは、泣いていた。


-----


 「ドンナは」


 「泣いておりませんわ」


 即答だった。


 「本当か」


 「本当ですわ」


 「そっち向いてるけど」


 「壁を見ておりますの」


 「……何か面白いのか、その壁」


 「大変、興味深いですわ」


 嘘が、下手だった。


-----


 帰り道、三人とも、あまり喋らなかった。


 駅までの道で、じえいが一度だけ言った。


 「あの子、すごいっすね」


 「そうだな」


 「自分、あんなふうに笑えないっす」


 「お前は、いつも笑ってるだろ」


 「あれ、たぶん、顔だけっす」


 珍しく、静かな声だった。


-----


 その夜、PON子が帰ってきた。


 「ただいまなのだ」


 「おかえり」


 「今日、笑うの練習したのだ」


 「そうか」


 「むずかしかったのだ」


 あの子は、そう言った。


 「でも、できたのだ」


-----


 「よかったな」


 「うん」


 「疲れたか」


 「つかれたのだ」


 PON子は、そう言って、ソファに座った。


 それから、ふと、こう聞いた。


 「パパ、今日、どこにいたのだ?」


-----


 ……気づいていた。


 「散歩だ」


 「そうなのだ?」


 「そうだ」


 「ふうん」


 あの子は、それ以上は聞かなかった。


 でも、たぶん、分かっていた。


-----


 「ねえ、パパ」


 「なんだ」


 「見ててくれたのだ?」


 僕は、答えられなかった。


 PON子は、こちらを見ていた。


 その顔が、少し笑っていた。


 ……さっき、先生に褒められた笑い方だった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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