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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第2章:PON子アイドル化計画
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第100話:出演者、選べます

-----


 その日は、何もない日だった。


 検査の予約もない。広告の相談もない。健康管理サービスからの連絡もない。


 共同声明が出てから、少し落ち着いた時期だった。


 僕は、ソファに沈んでいた。


 「……暇だな」


-----


 「バラエティ番組でも、作るか」


 画面に向かって、そう言った。


 設定画面が出た。


 ジャンル、雰囲気、長さ。適当に選んでいく。


 最後の項目で、指が止まった。


 ——出演者、選べます。


-----


 ……選べる?


 説明を開いてみた。


 ——出演者を選択すると、その方に対して、広告収益の一部が支払われます。


 なるほど、と思った。


 無料の視聴には広告が入る。その広告費が原資になっていて、誰を出すかで分配先が変わる。


 試しに、候補の一覧を開いてみた。


-----


 名前が、ずらりと並んでいた。


 知っている名前もあれば、知らない名前もある。


 スクロールしていくと、途中から、様子が変わった。


 登録名の横に、種別の表記がある。


 ——アンドロイド。


 「……出られるのか」


-----


 しかも、少なくなかった。


 誰かの家で働きながら、こちらにも登録している。そういう子が、相当数いるらしい。


 考えたことがなかった。


 うちの子たちは、みんな仕事を持っている。それで完結していた。


 でも、そうじゃない使い方もあるのか。


 僕は、その一覧を、しばらく眺めていた。


-----


 ……うちの子でも、出られるのか?


 一人ずつ、顔を思い浮かべてみた。


 レジス。無理だ。あの子は数字の話しかしない。


 ジュディ。たぶん嫌がる。


 エグゼ。想像すらできなかった。


 ドンナは乗りそうだが、経理が止まる。


-----


 そこまで考えて、一人だけ、まだ挙げていない子がいることに気づいた。


 ……PON子。


 僕は、その名前のところで、止まった。


 あの子は、仕事をしていない。


 働かせないと決めた。それでいい、と思っていた。


 でも、これは、仕事とは少し違う気がした。


-----


 もう一度、説明を読み返した。


 ——出演にあたり、特別な資格は不要です。


 ——ご自身の魅力を、そのまま届けてください。


 ……そのまま。


 僕は、その一行を、二度読んだ。


-----


 PON子は、何もできない。


 整備もできないし、分析もできない。文書も書けない。


 でも、あの子がいると、場が緩む。


 誰かが怒っている時に、変なことを言って、全員が笑う。


 あれは、うちの中だけの話だと思っていた。


 ……外でも、同じなんじゃないか?


-----


 僕は、検索をかけてみた。


 アンドロイドの出演者が、どうやって世に出ているのか。


 いくつか記事が出てきた。


 最初は誰も知らない。自分で登録して、選ばれるのを待つ。


 ほとんどは、選ばれない。


 「……厳しいな」


-----


 その中に、一つ、別の道が載っていた。


 新人発掘番組、と書いてあった。


 視聴者からの応募を受けて、審査を通った者が番組に出る。


 そこで反応が良ければ、一気に名前が広がる。


 「これか」


 僕は、その記事を最後まで読んだ。


-----


 ——次回応募締切:来月十五日


 ——対象:人間・アンドロイドを問わず


 ——審査:書類選考、および実演審査


 実演審査。


 ……何をやるんだろう。


 書いていなかった。


-----


 「まあ、いい」


 僕は、そう呟いた。


 この番組に出れば、一気に知られる。


 登録して待つより、ずっと早い。


 しかも、うちの子なら、通る。


 可愛いから。


 それだけの理由で、僕は、もう確信していた。


-----


 「PON子!」


 階段に向かって、大声で呼んだ。


 返事はなかった。


 「PON子、どこだ!」


 台所の方から、顔が出た。


 手には、なぜか大根を持っていた。


-----


 「なんなのだ?」


 「大事な話がある」


 「大事な話なのだ?」


 「大事な話だ」


 僕は、あの子をソファに座らせた。


 PON子は、大根を持ったまま、素直に座った。


 置け、とは言わなかった。


-----


 「PON子。これを見ろ」


 画面を、あの子の方に向けた。


 新人発掘番組の、告知ページだった。


 「なんなのだ、これ」


 「番組だ」


 「ばんぐみ?」


 「みんなが見るやつだ」


-----


 「PON子。これを目指すんだ」


 「これ?」


 「これだ」


 あの子は、画面をじっと見ていた。


 それから、こう聞いた。


 「これ、目指すと、どうなるのだ?」


 「有名になる」


-----


 「ゆうめい?」


 「みんなが、PON子を知ってる状態だ」


 「みんなって、だれなのだ?」


 「うちを知らない人たちだ」


 PON子は、少し首をかしげた。


 「知らない人が、わたしを知ってるのだ?」


 「そうだ」


 「へんなのだ」


-----


 ……たしかに、変かもしれない。


 「でも、いいことだ」


 「なんでなのだ?」


 「みんなが、PON子を見て、喜んでくれる」


 「わたしを?」


 「PON子を」


 あの子の目が、少しだけ丸くなった。


-----


 「わたしを見て、よろこぶのだ?」


 「たぶん、喜ぶ」


 「……そうなのだ?」


 「そうだ」


 「ほんとなのだ?」


 「本当だ」


 少しの間があった。


 それから、PON子は、大根を持ち直した。


 「じゃあ、やるのだ」


 早かった。


-----


 「いいのか」


 「いいのだ」


 「大変かもしれないぞ」


 「大根むくのも大変なのだ。おなじなのだ」


 その比較が正しいのかは、分からなかった。


 でも、あの子の中では、たぶん同じ重さなのだと思う。


-----


 「よし」


 僕は、そこで一度、立ち上がった。


 勢いがついていた。


 「今日から、僕のことをプロデューサーさんと呼ぶのだ!」


 言ってから、少し照れた。


 でも、止まらなかった。


-----


 「わかったのだ、パパ」


 「違う」


 「え」


 「プロデューサーさんだ」


 「……プロデューサーさん?」


 「そうだ」


 「プロデューサーさん」


 「うん」


-----


 「プロデューサーさん、大根、どうするのだ?」


 「そっちは置いてこい」


 「わかったのだ、パパ」


 「プロデューサーさんだ」


 二往復した。


 結局、あの子は大根を持ったまま台所へ戻り、そのまま煮物を作り始めた。


 ……計画は、そこで一旦中断した。


-----


 その日の夜、僕は応募用紙を埋めていた。


 書類選考があると書いてあった。まず、そこを通らないと、実演審査にも進めない。


 プロフィール欄で、手が止まった。


 趣味。


 「PON子、趣味あるか」


 「しゅみ?」


 「好きなこと」


 「ごはん」


 即答だった。


-----


 「他には」


 「パパと、みんなといること」


 「それは、趣味じゃない気がするけど」


 「じゃあ、なんなのだ」


 僕は、少し考えた。


 「……大事なもの、かな」


 「じゃあ、それでいいのだ」


 結局、そのまま書いた。


-----


 自己紹介の欄もあった。


 「PON子、何か言いたいことあるか」


 「なにを?」


 「見てくれる人に」


 「知らない人になのだ?」


 「そうだ」


 少しの間があった。


 「……ごはん、食べてるのだ?」


-----


 「え」


 「知らない人、ごはん食べてるのだ?」


 「たぶん、食べてると思う」


 「ならいいのだ」


 あの子は、それで満足したようだった。


 僕は、その言葉を、そのまま書いた。


 自己紹介欄が、「ごはん、食べてるのだ?」になった。


 ……直そうかと思ったが、やめた。


-----


 応募を終えて、画面を閉じた。


 書類選考の結果は、二週間後に出るらしい。


 「二週間、待つことになる」


 「まってるのだ」


 「暇じゃないか」


 「まってるのも、しごとなのだ」


 その言い方が、妙に正しい気がした。


-----


 「なあ、PON子」


 「なんなのだ」


 「不安じゃないか?」


 「なにが?」


 「落ちるかもしれない」


 あの子は、少し考えるような顔をした。


 「おちたら、どうなるのだ?」


 「その時は、また考える」


-----


 「じゃあ、だいじょうぶなのだ」


 「なんでだ」


 「また考えるって、言ったのだ」


 「……ああ」


 「じゃあ、だいじょうぶなのだ」


 根拠としては、あまりにも薄かった。


 でも、その薄さが、少しだけ羨ましかった。


-----


 その夜、僕は何度か、応募受付の画面を開いた。


 変化はなかった。当たり前だった。


 それでも、開いた。


 ……まだ、誰にも言っていない。


 レジスにも、他の子たちにも。


 なんとなく、もう少し、内緒にしておきたかった。


-----


 台所から、煮物の匂いがしてきた。


 あの子は、たぶん、もうこの話を忘れている。


 それでいいと思った。


 アイドルになるかどうかより、今日の夕飯の方が大事なのだ。


 ……それは、たぶん、正しい。


-----


 二週間後、通知が来た。


 朝、画面を開いた瞬間に、目に入った。


 ——書類選考を通過されました。


 僕は、その一行を、三回読んだ。


 「……通った」


-----


 「PON子!」


 あの子は、また台所にいた。


 「なんなのだ」


 「通った」


 「なにが?」


 「書類が」


 「しょるい?」


 ……そこから説明が要るらしい。


-----


 「アイドルの話だ。番組に出る」


 「ああ、あれなのだ」


 覚えてはいたらしい。


 「出られるのだ?」


 「まだだ。次がある」


 「つぎ?」


 僕は、通知の続きを読んだ。


-----


 ——次回、実演審査を行います。


 ——日時:来月三日


 ——内容:三分程度の自由な実演をご用意ください。


 自由な実演。


 「……自由?」


-----


 何をやってもいい、という意味だと思う。


 でも、それは、何をやればいいか分からない、という意味でもあった。


 「PON子、三分間、何かできるか」


 「なにかって、なになのだ」


 「なんでもいい」


 「なんでもいいのだ?」


 「なんでもいい」


-----


 PON子は、少し考えた。


 それから、こう言った。


 「大根、むけるのだ」


 「……それは」


 「三分で、二本むけるのだ」


 「速いな」


 「速いのだ」


 たしかに速い。でも、たぶん、そういうことではない。


-----


 僕は、その日の午後、真剣に考えていた。


 三分間。


 歌か、踊りか、何か特技を見せるのが普通だろう。


 PON子は、歌える。たぶん。聞いたことはないが、機能としては可能なはずだ。


 踊りも、できなくはないだろう。


 問題は——


-----


 「やったことがない」


 僕は、そう呟いた。


 一度も、ない。


 あの子に、何かを教えたことが、一度もなかった。


 監査役が言っていた。無理に型に入れない方がいい、と。


 だから、そうしてきた。


 ……でも、今回は違う。


-----


 三分間、何も用意せずに出ても、たぶん落ちる。


 何かを、仕込まないといけない。


 僕は、その日の夜、腹をくくった。


 「レッスンだ」


 「れっすん?」


 「練習だ」


 「なんの?」


 「アイドルの」


-----


 PON子は、首をかしげた。


 「わたし、練習するのだ?」


 「する」


 「なにを?」


 「歌と、踊りと、あと」


 僕は、そこで少し詰まった。


 「……表情?」


 「ひょうじょう?」


-----


 「顔だ。笑ったりする」


 「わたし、笑えるのだ」


 「そうだけど、もっとこう」


 「もっと?」


 「……とにかく、明日からやる」


 「わかったのだ」


 あの子は、そう答えた。


 妙に、素直だった。


-----


 その夜、僕は一人で調べていた。


 アイドルの練習について。


 歌のレッスン。ダンスのレッスン。表情の作り方。


 どれも、専門的なことが書いてあった。


 ……できるのか、これ。


 できるわけがない、とも思った。


 でも、やるしかなかった。


 締め切りまで、あと三週間だった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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