第100話:出演者、選べます
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その日は、何もない日だった。
検査の予約もない。広告の相談もない。健康管理サービスからの連絡もない。
共同声明が出てから、少し落ち着いた時期だった。
僕は、ソファに沈んでいた。
「……暇だな」
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「バラエティ番組でも、作るか」
画面に向かって、そう言った。
設定画面が出た。
ジャンル、雰囲気、長さ。適当に選んでいく。
最後の項目で、指が止まった。
——出演者、選べます。
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……選べる?
説明を開いてみた。
——出演者を選択すると、その方に対して、広告収益の一部が支払われます。
なるほど、と思った。
無料の視聴には広告が入る。その広告費が原資になっていて、誰を出すかで分配先が変わる。
試しに、候補の一覧を開いてみた。
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名前が、ずらりと並んでいた。
知っている名前もあれば、知らない名前もある。
スクロールしていくと、途中から、様子が変わった。
登録名の横に、種別の表記がある。
——アンドロイド。
「……出られるのか」
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しかも、少なくなかった。
誰かの家で働きながら、こちらにも登録している。そういう子が、相当数いるらしい。
考えたことがなかった。
うちの子たちは、みんな仕事を持っている。それで完結していた。
でも、そうじゃない使い方もあるのか。
僕は、その一覧を、しばらく眺めていた。
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……うちの子でも、出られるのか?
一人ずつ、顔を思い浮かべてみた。
レジス。無理だ。あの子は数字の話しかしない。
ジュディ。たぶん嫌がる。
エグゼ。想像すらできなかった。
ドンナは乗りそうだが、経理が止まる。
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そこまで考えて、一人だけ、まだ挙げていない子がいることに気づいた。
……PON子。
僕は、その名前のところで、止まった。
あの子は、仕事をしていない。
働かせないと決めた。それでいい、と思っていた。
でも、これは、仕事とは少し違う気がした。
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もう一度、説明を読み返した。
——出演にあたり、特別な資格は不要です。
——ご自身の魅力を、そのまま届けてください。
……そのまま。
僕は、その一行を、二度読んだ。
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PON子は、何もできない。
整備もできないし、分析もできない。文書も書けない。
でも、あの子がいると、場が緩む。
誰かが怒っている時に、変なことを言って、全員が笑う。
あれは、うちの中だけの話だと思っていた。
……外でも、同じなんじゃないか?
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僕は、検索をかけてみた。
アンドロイドの出演者が、どうやって世に出ているのか。
いくつか記事が出てきた。
最初は誰も知らない。自分で登録して、選ばれるのを待つ。
ほとんどは、選ばれない。
「……厳しいな」
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その中に、一つ、別の道が載っていた。
新人発掘番組、と書いてあった。
視聴者からの応募を受けて、審査を通った者が番組に出る。
そこで反応が良ければ、一気に名前が広がる。
「これか」
僕は、その記事を最後まで読んだ。
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——次回応募締切:来月十五日
——対象:人間・アンドロイドを問わず
——審査:書類選考、および実演審査
実演審査。
……何をやるんだろう。
書いていなかった。
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「まあ、いい」
僕は、そう呟いた。
この番組に出れば、一気に知られる。
登録して待つより、ずっと早い。
しかも、うちの子なら、通る。
可愛いから。
それだけの理由で、僕は、もう確信していた。
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「PON子!」
階段に向かって、大声で呼んだ。
返事はなかった。
「PON子、どこだ!」
台所の方から、顔が出た。
手には、なぜか大根を持っていた。
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「なんなのだ?」
「大事な話がある」
「大事な話なのだ?」
「大事な話だ」
僕は、あの子をソファに座らせた。
PON子は、大根を持ったまま、素直に座った。
置け、とは言わなかった。
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「PON子。これを見ろ」
画面を、あの子の方に向けた。
新人発掘番組の、告知ページだった。
「なんなのだ、これ」
「番組だ」
「ばんぐみ?」
「みんなが見るやつだ」
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「PON子。これを目指すんだ」
「これ?」
「これだ」
あの子は、画面をじっと見ていた。
それから、こう聞いた。
「これ、目指すと、どうなるのだ?」
「有名になる」
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「ゆうめい?」
「みんなが、PON子を知ってる状態だ」
「みんなって、だれなのだ?」
「うちを知らない人たちだ」
PON子は、少し首をかしげた。
「知らない人が、わたしを知ってるのだ?」
「そうだ」
「へんなのだ」
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……たしかに、変かもしれない。
「でも、いいことだ」
「なんでなのだ?」
「みんなが、PON子を見て、喜んでくれる」
「わたしを?」
「PON子を」
あの子の目が、少しだけ丸くなった。
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「わたしを見て、よろこぶのだ?」
「たぶん、喜ぶ」
「……そうなのだ?」
「そうだ」
「ほんとなのだ?」
「本当だ」
少しの間があった。
それから、PON子は、大根を持ち直した。
「じゃあ、やるのだ」
早かった。
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「いいのか」
「いいのだ」
「大変かもしれないぞ」
「大根むくのも大変なのだ。おなじなのだ」
その比較が正しいのかは、分からなかった。
でも、あの子の中では、たぶん同じ重さなのだと思う。
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「よし」
僕は、そこで一度、立ち上がった。
勢いがついていた。
「今日から、僕のことをプロデューサーさんと呼ぶのだ!」
言ってから、少し照れた。
でも、止まらなかった。
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「わかったのだ、パパ」
「違う」
「え」
「プロデューサーさんだ」
「……プロデューサーさん?」
「そうだ」
「プロデューサーさん」
「うん」
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「プロデューサーさん、大根、どうするのだ?」
「そっちは置いてこい」
「わかったのだ、パパ」
「プロデューサーさんだ」
二往復した。
結局、あの子は大根を持ったまま台所へ戻り、そのまま煮物を作り始めた。
……計画は、そこで一旦中断した。
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その日の夜、僕は応募用紙を埋めていた。
書類選考があると書いてあった。まず、そこを通らないと、実演審査にも進めない。
プロフィール欄で、手が止まった。
趣味。
「PON子、趣味あるか」
「しゅみ?」
「好きなこと」
「ごはん」
即答だった。
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「他には」
「パパと、みんなといること」
「それは、趣味じゃない気がするけど」
「じゃあ、なんなのだ」
僕は、少し考えた。
「……大事なもの、かな」
「じゃあ、それでいいのだ」
結局、そのまま書いた。
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自己紹介の欄もあった。
「PON子、何か言いたいことあるか」
「なにを?」
「見てくれる人に」
「知らない人になのだ?」
「そうだ」
少しの間があった。
「……ごはん、食べてるのだ?」
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「え」
「知らない人、ごはん食べてるのだ?」
「たぶん、食べてると思う」
「ならいいのだ」
あの子は、それで満足したようだった。
僕は、その言葉を、そのまま書いた。
自己紹介欄が、「ごはん、食べてるのだ?」になった。
……直そうかと思ったが、やめた。
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応募を終えて、画面を閉じた。
書類選考の結果は、二週間後に出るらしい。
「二週間、待つことになる」
「まってるのだ」
「暇じゃないか」
「まってるのも、しごとなのだ」
その言い方が、妙に正しい気がした。
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「なあ、PON子」
「なんなのだ」
「不安じゃないか?」
「なにが?」
「落ちるかもしれない」
あの子は、少し考えるような顔をした。
「おちたら、どうなるのだ?」
「その時は、また考える」
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「じゃあ、だいじょうぶなのだ」
「なんでだ」
「また考えるって、言ったのだ」
「……ああ」
「じゃあ、だいじょうぶなのだ」
根拠としては、あまりにも薄かった。
でも、その薄さが、少しだけ羨ましかった。
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その夜、僕は何度か、応募受付の画面を開いた。
変化はなかった。当たり前だった。
それでも、開いた。
……まだ、誰にも言っていない。
レジスにも、他の子たちにも。
なんとなく、もう少し、内緒にしておきたかった。
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台所から、煮物の匂いがしてきた。
あの子は、たぶん、もうこの話を忘れている。
それでいいと思った。
アイドルになるかどうかより、今日の夕飯の方が大事なのだ。
……それは、たぶん、正しい。
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二週間後、通知が来た。
朝、画面を開いた瞬間に、目に入った。
——書類選考を通過されました。
僕は、その一行を、三回読んだ。
「……通った」
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「PON子!」
あの子は、また台所にいた。
「なんなのだ」
「通った」
「なにが?」
「書類が」
「しょるい?」
……そこから説明が要るらしい。
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「アイドルの話だ。番組に出る」
「ああ、あれなのだ」
覚えてはいたらしい。
「出られるのだ?」
「まだだ。次がある」
「つぎ?」
僕は、通知の続きを読んだ。
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——次回、実演審査を行います。
——日時:来月三日
——内容:三分程度の自由な実演をご用意ください。
自由な実演。
「……自由?」
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何をやってもいい、という意味だと思う。
でも、それは、何をやればいいか分からない、という意味でもあった。
「PON子、三分間、何かできるか」
「なにかって、なになのだ」
「なんでもいい」
「なんでもいいのだ?」
「なんでもいい」
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PON子は、少し考えた。
それから、こう言った。
「大根、むけるのだ」
「……それは」
「三分で、二本むけるのだ」
「速いな」
「速いのだ」
たしかに速い。でも、たぶん、そういうことではない。
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僕は、その日の午後、真剣に考えていた。
三分間。
歌か、踊りか、何か特技を見せるのが普通だろう。
PON子は、歌える。たぶん。聞いたことはないが、機能としては可能なはずだ。
踊りも、できなくはないだろう。
問題は——
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「やったことがない」
僕は、そう呟いた。
一度も、ない。
あの子に、何かを教えたことが、一度もなかった。
監査役が言っていた。無理に型に入れない方がいい、と。
だから、そうしてきた。
……でも、今回は違う。
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三分間、何も用意せずに出ても、たぶん落ちる。
何かを、仕込まないといけない。
僕は、その日の夜、腹をくくった。
「レッスンだ」
「れっすん?」
「練習だ」
「なんの?」
「アイドルの」
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PON子は、首をかしげた。
「わたし、練習するのだ?」
「する」
「なにを?」
「歌と、踊りと、あと」
僕は、そこで少し詰まった。
「……表情?」
「ひょうじょう?」
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「顔だ。笑ったりする」
「わたし、笑えるのだ」
「そうだけど、もっとこう」
「もっと?」
「……とにかく、明日からやる」
「わかったのだ」
あの子は、そう答えた。
妙に、素直だった。
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その夜、僕は一人で調べていた。
アイドルの練習について。
歌のレッスン。ダンスのレッスン。表情の作り方。
どれも、専門的なことが書いてあった。
……できるのか、これ。
できるわけがない、とも思った。
でも、やるしかなかった。
締め切りまで、あと三週間だった。
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