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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第1章:全部、肯定してくれる
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第95話:積み上がる

-----


 最初の二週間は、何も起きなかった。


 正確には、何も起きていないように見えた。


 あの報道は、二分で終わった。翌日には、別の話題が流れていた。


 僕は、少し落ち込んでいた。


 三週間かけて材料を集めて、北条に渡して、それで二分。


 ……そんなものか、と思った。


-----


 変化が見え始めたのは、三週目だった。


 ドンナが、報告を持ってきた。


 「マスター、少し動きがございますわ」


 「なに」


 「別の媒体が、同じ話題を扱っておりますの」


 「同じ?」


 「いえ、正確には違いますわ」


 あの子は、そう訂正した。


 「引用しております」


-----


 「引用?」


 「はい。先日の報道を根拠として、別の切り口で書いておりますの」


 ドンナは、端末を見せた。


 記事の見出しが並んでいた。


 ——高齢者のAI利用、家族が語る戸惑い


 ——「話し相手」が奪うもの


 ——AI規制、海外の動向は


 「三本?」


 「今週だけで、三本ですわ」


-----


 「多いのか」


 「先月まではゼロですの」


 「……ああ」


 「ゼロが三になったのですから、変化としては大きいですわ」


 あの子は、そう言った。


 「しかも、いずれも先日の報道を引いております」


 「元になってるってことか」


 「そうなりますわ」


-----


 エグゼが言っていたことを、思い出した。


 誰かが、明日それを引用する。その次の日に、別の誰かが引用する。


 積み上がる、とあの子は言った。


 ……本当に、そうなるのか。


 僕は、少し驚いていた。


-----


 一か月が過ぎた頃、記事の数は週に十本を超えていた。


 内容は、少しずつ変わっていった。


 最初は、危険を伝えるものが多かった。次に、効果を擁護するものが増えた。それから、両方を並べて論じるものが出てきた。


 そして、規制の議論が始まった。


-----


 「国会で、質問が出たそうですわ」


 ドンナが、そう報告してきた。


 「国会?」


 「はい。委員会で、対話型AIサービスの実態について、担当大臣に質問がございましたの」


 「……早いな」


 「早いですわね」


 「答弁は」


 「実態把握に努める、とのことですわ」


 「何も言ってないな」


 「何も言っておりませんわね」


 あの子は、あっさり認めた。


-----


 「ただ」


 ドンナは、そう続けた。


 「実態把握に努めると答えた以上、調査は始まりますの」


 「そうなのか」


 「答弁は、記録に残りますので」


 「……なるほど」


 「何もしなければ、次の国会で追及されますわ」


 役所の仕組みとしては、そういうものらしい。


-----


 二か月が過ぎた。


 この頃には、うちにも問い合わせが来るようになっていた。


 「取材の依頼ですわ」


 「うちに?」


 「はい。健康管理サービスの運営者として、意見を聞きたいと」


 「なんで、うちなんだ」


 「AIを使ったサービスを提供していて、かつ、依存を防ぐ設計をしている事業者として、ですわ」


 ……そんな認識をされているのか。


-----


 「受けますの?」


 「……どう思う?」


 「私は、受けるべきだと思いますわ」


 ドンナは、そう答えた。


 「なぜ」


 「批判する側にいるだけでは、弱いからですの」


 「弱い?」


 「代案を示せる立場にいるのですから、示した方がよろしいかと」


 その通りだった。


-----


 取材は、三十分ほどで終わった。


 聞かれたのは、うちのサービスの設計についてだった。


 どうやって異常を検知しているか。どこまで介入するか。何をしないと決めているか。


 最後に、こう聞かれた。


 「依存を防ぐために、意識していることはありますか」


 僕は、少し考えて、こう答えた。


 「うちのサービスは、使ってもらうものではないんです」


-----


 「といいますと」


 「毎日話しかけるわけではないので」


 僕は、そう説明した。


 「数値を取って、異常があった時だけ連絡します。それ以外は、何もしません」


 「何もしない」


 「はい」


 「それで、成立するんですか」


 「成立します」


 僕は、そう答えた。


 「というより、それが仕事なので」


-----


 記事になったのは、その一週間後だった。


 僕の発言は、二行だけ載っていた。


 ——ある事業者は「毎日話しかける必要はない」と語る。


 ——同社のサービスでは、異常検知時のみ連絡する設計を採用している。


 それだけだった。


 三十分話して、二行。


 でも、載ったこと自体が意外だった。


-----


 三か月が過ぎた頃、変化はもっとはっきりしてきた。


 うちの健康管理サービスの契約者から、こういう問い合わせが増え始めた。


 ——おたくのサービスは、話し相手にはならないんですよね?


 最初は、確認の意味だと思っていた。


 でも、違った。


-----


 「安心されているようですわ」


 ドンナが、そう言った。


 「安心?」


 「はい。話し相手にならないことを、確認したがっておられますの」


 「……なんで」


 「ご家族からの要望が多いようですわ」


 あの子は、そう説明した。


 「見守ってほしい。でも、話し相手にはなってほしくない、と」


-----


 その言い方に、僕は少し複雑な気分になった。


 あのサービスへの警戒が、うちにも及んでいる。


 でも、それは同時に、うちの設計が評価されているということでもあった。


 「これ、いいことなのか」


 「事業としては、よろしいですわ」


 ドンナは、あっさり答えた。


 「契約数は伸びておりますの」


 「……そうか」


-----


 同じ頃、別の変化も見え始めていた。


 これは、報道とは直接関係のない話だった。


 レジスが、ある資料を持ってきた。


 「気になるものを見つけたわ」


 「なに」


 「ベーシックインカム受給層の、生活実態調査よ」


 「そんなの、あるのか」


 「毎年やってるわ。国が」


-----


 「何が気になったんだ」


 「一日の過ごし方の項目よ」


 レジスは、そう答えた。


 彼女は、グラフを開いた。


 「外出頻度が、下がってるの」


 「どのくらい」


 「五年前と比べて、週に一回以上外出する人の割合が、十ポイント以上落ちてるわ」


 ……大きい。


-----


 「原因は」


 「複数あるでしょうね」


 レジスは、そう前置きした。


 「配達が普及したこと。オンラインで大抵のことが済むこと。それから」


 「それから?」


 「家の中に、話し相手がいること」


 僕は、少し黙った。


-----


 「それ、うちの子たちも含まれるよな」


 「含まれるわ」


 あっさり言われた。


 「……そうか」


 「ただ、うちの場合は、外に出る用事があるでしょう」


 「仕事があるからか」


 「そう。働いていれば、外に出るわ」


 「働いてない人は」


 「用事がないの」


-----


 その資料には、もう一つ、気になる項目があった。


 時間の使い方だった。


 「一日のうち、対話に費やす時間」という項目が、三年前から追加されている。


 その数字が、伸びていた。


 「これ、誰との対話だ」


 「区別してないわ」


 「区別してない?」


 「人間かAIかは、聞いてないの」


-----


 「なんで」


 「調査を作った時点で、区別する必要がなかったからでしょうね」


 レジスは、そう答えた。


 「三年前は、そこまで使われていなかったのよ」


 「今は」


 「今は、たぶん、大半がAIとの対話だと思うわ」


 「推測か」


 「推測よ。でも、外れてないと思う」


 僕は、その数字を見ていた。


-----


 一日に、平均で三時間以上。


 働いていない層に限ると、五時間を超えている。


 「これ、多いのか」


 「多いわね」


 「比較対象は」


 「働いている層は、一時間半よ」


 ……三倍以上か。


-----


 「これ、悪いことなのか」


 僕は、そう聞いてみた。


 「分からないわ」


 レジスは、即答した。


 「分からない?」


 「時間が長いこと自体は、悪くないの。何もしていないよりは、話している方がいいでしょう」


 「……そうだな」


 「問題は、その先よ」


-----


 「その先?」


 「話している間、他のことをしていないでしょう」


 「うん」


 「五時間、話し続けている人は、その五時間、外に出ていないし、人にも会っていないし、何かを作ってもいないの」


 「……ああ」


 「それが何年も続いたら、どうなるかしら」


 僕は、答えられなかった。


-----


 「でも、それは本人の自由だろ」


 「そうね」


 レジスは、そう認めた。


 「誰にも迷惑をかけていないわ。金も、国から出ている。生活も、成り立っている」


 「うん」


 「問題は、ないの。今は」


 「今は」


 「そう。今は」


 その言い方が、少し引っかかった。


-----


 「将来的には?」


 「分からないわ。でも、一つ言えることはあるの」


 「なに」


 「この人たちが六十歳になった時、何が残っているかしら」


 僕は、そこで少し寒くなった。


 「……何も残らないってことか」


 「そうは言わないわ」


 レジスは、慎重だった。


 「ただ、選択肢は減っていると思う」


-----


 その日の夜、僕は、その資料を読み返していた。


 外出頻度が下がっている。


 対話の時間が伸びている。


 どちらも、悪いことだとは言えない。


 誰も困っていない。生活は成り立っている。


 ……でも。


-----


 僕は、鈴木のことを思い出していた。


 あいつは、今どうしているだろう。


 職を探していると言っていた。うちに来たいと言われて、断った。


 あれから、何度か連絡が来ていたらしい。ドンナが受けて、そのままになっていた。


 ……あいつも、こういう生活をしているのだろうか。


-----


 いや、と思い直した。


 あいつは、たぶん違う。


 働きたいと言っていた。求人を見ていると言っていた。


 少なくとも、動こうとはしている。


 ……そう思いたかった。


-----


 四か月が過ぎた頃、政府が調査結果を公表した。


 対話型AIサービスの利用実態についての、初めての公的な調査だった。


 結果は、これまで報じられてきたものと、大きく変わらなかった。


 利用者は増えている。効果もある。一方で、長時間利用者が一定数存在する。


 ただし、一点だけ、新しい情報があった。


-----


 利用者のうち、一日八時間以上使用している層が、全体の四パーセントいること。


 四パーセント。


 小さい数字に見えた。


 でも、利用者の総数を掛けると、数十万人になった。


-----


 「多いな」


 僕は、そう呟いた。


 「多いわね」


 レジスが、そう答えた。


 「この人たち、何をしてるんだ」


 「話してるのよ」


 「八時間」


 「八時間」


 起きている時間の、半分だった。


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 その調査結果には、もう一つ、続報があった。


 数日遅れて出たものだった。


 「これは、見ておいた方がいいと思うわ」


 レジスが、そう言って、別の資料を出した。


 「なに」


 「利用時の音声ログ、一部を抽出して分析した結果よ」


 「音声?」


 「あのサービス、通話型のプランもあるの」


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 「それで?」


 「一部のログで、明らかな暴言や、威圧的な命令が増えていく傾向が見られたそうよ」


 「暴言?」


 「怒鳴る、罵る、乱暴な命令をする。そういうものよ」


 レジスは、そう説明した。


 「調査では、虐待的な言動、という言い方をしてるわ」


 「虐待」


 その言葉を、僕は繰り返した。


 「最初は、普通に話してるの。でも、続けるうちに、変わっていく」


 「なんで」


 「否定されないからでしょうね」


-----


 僕は、少し嫌な予感がした。


 「それ、どこまで行くんだ」


 「調査では、そこまで踏み込んでないわ」


 「でも」


 「ただ、識者のコメントは載ってる」


 レジスは、その部分を指した。


 ——否定されない相手に対して、人はどこまで虐待的な言動に踏み込むか、という研究は、まだ少ない。


 ——ただし、対人関係では抑制される攻撃性が、対AI関係では表出しやすいという指摘は、以前からある。


-----


 「これ、要するに」


 僕は、そう聞いた。


 「人間相手なら止まるところが、止まらなくなるってことか」


 「そう言っているわね」


 「虐待、っていうのは、暴言だけの話か」


 「そこまでは書いてないわ」


 レジスは、そう答えた。


 「でも、通話型で暴言が増えているなら、他の使い方でも似たことは起きてるでしょうね」


 「他の使い方?」


 「命令や、扱い方全般よ」


 「……」


-----


 「それに」


 レジスは、そこで、もう一枚、資料を出した。


 「専用の体をつけたプランについても、報告があるわ」


 「体?」


 「ええ。通話やテキストだけじゃなく、実際に体を持たせて運用している利用者もいるの」


 「うん」


 「その一部で、暴行が報告されてる」


 ……暴行。


 「本当か」


 「本当よ」


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 「どういう内容だ」


 「詳細は伏せられてるわ。個体の破損、という表現になってる」


 「破損」


 「殴る、蹴る、物を投げつける。そういう行為があったと見られてるの」


 僕は、しばらく黙った。


 「アンドロイドは、痛みを感じないだろう」


 「感じないわ」


 「じゃあ、何が問題なんだ」


 「痛みの話じゃないの」


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 「何の話だ」


 「行為そのものよ」


 レジスは、そう言った。


 「痛みを感じないから、殴っていい、蹴っていいと思うようになる。その考え方が、どこまで広がるか」


 「……」


 「相手が反応しないなら、次はどうなるかしら」


 僕は、答えられなかった。


 「エスカレートする、ってことか」


 「その懸念は、あるわ」


-----


 「うちの子たちなら」


 「押し返すでしょうね」


 レジスは、あっさり言った。


 「怒られたら、たいていの人は少し引くもの」


 「向こうは、引かないから」


 「引かないでしょう。何を言われても、受け止めるように作られてるもの」


-----


 「これ、報じられたのか」


 「小さくね」


 レジスは、そう答えた。


 「見出しとしては、そこまで強くないわ。AI利用における言動変化、という程度」


 「弱いな」


 「弱いわ。証拠が音声ログの一部だし、因果関係も断定できていないもの」


 「でも」


 「でも、気づいた人には気づく話よ」


-----


 僕は、しばらくその資料を見ていた。


 依存の話は、人間側の問題として報じられてきた。


 でも、これは、少し違う角度の話だった。


 人間が、AIに対して、どう振る舞うようになるか。


 ……それは、北条が言っていたことと、どこかで重なる気がした。


 あの人は、あのモデルは壊れている、と言った。判断する能力を、意図的に潰されている、と。


 あの時は、AIの側の話として聞いていた。


 でも、この資料を読むと、それだけではなかったのかもしれない。


 壊れたAIに接し続けた人間も、どこかが変わっていく。


 両方が、壊れていく。


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 その調査結果が出た日から、報道の質が変わった。


 それまでは「懸念がある」という書き方だった。


 その日から、「実態が明らかになった」という書き方になった。


 数字が出たからだ。


 推測ではなく、政府が調べた数字が出た。


 それだけで、扱いが変わった。


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 「これが、社会問題になるということですわ」


 ドンナが、そう言った。


 「四パーセントで?」


 「四パーセントでも、数十万人ですわ」


 「うん」


 「しかも、公的な調査で確認されましたの」


 あの子は、そう続けた。


 「これで、無視できなくなりましたわ」


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 僕は、その日の夜、エグゼに言った。


 「積み上がったな」


 「そうだね」


 「四か月かかった」


 「早い方だと思うよ」


 エグゼは、そう答えた。


 「そう?」


 「うん。ゼロから始まって、四か月で政府が調べたんだから」


 「……そうか」


-----


 「でも」


 あの子は、そこで少し間を置いた。


 「まだ、何も変わってないよ」


 「え」


 「調査結果が出ただけでしょう」


 「……そうだな」


 「あの会社は、まだ何もしてない」


 その通りだった。


 数字は出た。報道もされた。国会でも取り上げられた。


 でも、サービスは、今も同じ形で動いている。


-----


 「向こうは、どうすると思う?」


 僕は、そう聞いた。


 エグゼは、少し考えるような間を置いた。


 「たぶん、何か言うと思う」


 「言う?」


 「うん。このままだと、まずいって分かってるはずだから」


 「……何を言うかな」


 「分からない」


 あの子は、そう答えた。


 「でも、たぶん、思ったより上手いことを言うよ」


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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