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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第1章:全部、肯定してくれる
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第94話:報じられた日

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 材料が揃うまでに、三週間かかった。


 消費者相談窓口への開示請求。件数の推移。匿名化された相談内容の要約。


 それから、レジスの部隊がまとめた利用実態のデータ。


 最後に、効果を示す調査結果。


 全部を一つにまとめて、北条が渡した。


 どこに渡したのかは、聞かなかった。


-----


 「渡しました」


 そう連絡が来たのは、火曜の夜だった。


 「いつ出ますか」


 「分かりません」


 「え」


 「向こうの判断ですので」


 あっさりしていた。


 「一週間かもしれませんし、三か月かもしれません。あるいは、出ないかもしれない」


 「出ない?」


 「その可能性もあります」


-----


 実際には、九日後だった。


-----


 朝、いつものように画面をつけた。


 「今朝のニュース」


 映像が流れ始めた。


 この画面に映るものは、僕がこれまで何を見てきたかを踏まえて、その場で作られている。だから、内容は人によって違う。


 その日の三本目に、それが来た。


-----


 「続いて、こちらのニュースです」


 画面の中の人物が、そう言った。


 「近年、急速に利用者を増やしている対話型AIサービスについて、専門家から懸念の声が上がっています」


 ……来た。


 僕は、手を止めた。


-----


 「対話型AIサービスは、日常的な会話を通じて利用者に寄り添うことを目的としたもので、単身世帯や高齢者を中心に利用が広がっています」


 映像に、グラフが出た。


 利用者数の推移だった。急な右肩上がり。


 「一方で、消費者相談窓口には、家族からの相談が増加しています」


 別のグラフに切り替わった。


 「相談件数は、この一年でおよそ四倍に増えており、内容としては、利用時間の長期化、家族との会話の減少などが挙げられています」


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 ……四倍か。


 思ったより、多かった。


 「相談の中には、一日に七時間以上利用しているケースや、家族の呼びかけに応じなくなったという報告も含まれています」


 あの数字だ、と思った。


 北条が渡したものが、そのまま使われている。


-----


 「一方で」


 映像が、また切り替わった。


 「これらのサービスには、利用者の孤独感を和らげる効果があるとする調査結果も報告されています」


 ……入っている。


 「一万人以上を対象とした調査では、利用者の主観的な生活満足度が、非利用者より高いという結果が出ています。特に、日常的に会話する相手がいない層で、その傾向が顕著でした」


 僕は、少し息を吐いた。


 入れてもらえた。


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 「専門家は、こう指摘しています」


 画面に、名前を伏せたコメントが出た。


 ——効果があること自体は、否定されるべきではない。


 ——問題は、効きすぎた場合に、それを止める仕組みが存在しないことにある。


 ——薬には用量が記載されている。しかし、この種のサービスには、それに相当するものがない。


 ……そのままだ。


 僕が言ったことが、そのまま使われている。


 名前は、伏せられていた。でも、この言い回しに覚えがある人は、僕以外にもいるはずだった。


 ……北条さんが、渡したのか。


 あるいは、あの人自身が、匿名でこの場に立っているのか。


 どちらかは、分からなかった。


-----


 「なお、一部の国や地域では、こうしたサービスに対する規制の議論が始まっています」


 映像が、続いた。


 「未成年への提供制限、安全対策の公表義務、専門的な支援への接続などが検討されており、日本国内でも、今後、同様の議論が起こる可能性があります」


 そこで、ニュースは終わった。


 次の話題に移っていた。


-----


 僕は、しばらく画面を見ていた。


 二分程度だった。


 特別、長い扱いではない。三本目に置かれた、中くらいの話題。


 でも、報じられた。


-----


 その日の午前中、レジスが二階から降りてきた。


 「見た?」


 「見た」


 「うちの分は、少し違ったわ」


 「違う?」


 「あなたのところは、たぶん専門家のコメントが入っていたでしょう」


 「入ってた」


 「私のところは、規制の話が長かったの」


 ……そうか。


-----


 同じニュースでも、人によって構成が変わる。


 僕が普段、AIの倫理や設計の話を見ているから、専門家のコメントが選ばれた。


 レジスは制度や規制の情報をよく見ているから、そちらが厚くなった。


 「じえいのところは?」


 「聞いてみたわ」


 レジスは、少し呆れた顔をした。


 「グラフが動くところが面白かった、って言ってたわ」


 「……内容は」


 「覚えてなかったわよ」


-----


 昼過ぎに、ドンナが来た。


 「マスター、反応が出ておりますわ」


 「早いな」


 「早いですわ」


 あの子は、端末を開いた。


 「まず、記事そのものが複数の媒体に広がっております。テキストの記事、動画の解説、それから個人の投稿も」


 「量は」


 「まだ多くはございませんわ。ただ、伸び方が速いですの」


-----


 「反応の中身は」


 「三つに分かれておりますわ」


 ドンナは、そう答えた。


 「一つ目は、危ないという反応。主に、家族の立場からのものですわ」


 「うん」


 「二つ目は、余計なお世話だという反応」


 「……そっちもあるのか」


 「ございます。しかも、少なくありませんわ」


-----


 「どういう言い方をしてる?」


 「使うかどうかは本人が決めることだ、という論調ですわ」


 ……京極と同じことを言っている。


 「他には」


 「孤独な人間から、唯一の話し相手を奪うのか、と」


 「……」


 「これは、実際に使っている方からの声が多いようですの」


 僕は、少し黙った。


-----


 「三つ目は」


 「歯止めの話ですわ」


 ドンナは、そう続けた。


 「使うこと自体は否定しない。ただ、使いすぎた時に何も言われないのはおかしい、という論調ですの」


 「割合は」


 「今のところ、一番少のうございます」


 「そうか」


 「ですが、伸びておりますわ」


-----


 「なぜ伸びてる」


 「反論しにくいからだと思われますわ」


 あの子は、そう答えた。


 「危ないと言えば、効いていると返される。効いていると言えば、限度がないと返される」


 「うん」


 「ですが、歯止めを設けろという主張には、明確な反論がございませんの」


 ……北条の言った通りだった。


 両方を出したから、結論が残った。


-----


 その日の夕方、エグゼが来た。


 「見たよ」


 「うん」


 「うまくいったね」


 「……たぶん」


 「たぶん?」


 僕は、少し考えた。


 「思ったより、静かだった」


-----


 「静か?」


 「もっと、大騒ぎになると思ってた」


 「そう」


 「二分だったんだよ。三本目で、二分」


 僕は、そう言った。


 「あれで、何か変わるのかな」


 エグゼは、少し考えるような間を置いた。


 「変わると思う」


 「なんで」


-----


 「二分でも、出たから」


 あの子は、そう答えた。


 「出るまでは、なかったことになってたでしょう」


 「……ああ」


 「今日から、あることになった」


 「それだけで、変わるかな」


 「変わるよ」


 エグゼは、そう言った。


 「誰かが、明日それを引用する。その次の日に、別の誰かが引用する」


-----


 「積み上がるってこと?」


 「積み上がる」


 「時間かかりそうだな」


 「かかるでしょうね」


 あっさりしていた。


 「でも、あなた、時間をかけるのは得意でしょう」


 ……そう言われると、返す言葉がなかった。


-----


 その夜、僕は北条に連絡を入れた。


 「見ました」


 「はい」


 「ありがとうございます」


 「礼を言われることではありません」


 あの人は、そう答えた。


 「あなたが集めた材料です。私は渡しただけです」


 「渡し先を知っていたのは、北条さんです」


 「そこは、業務上の付き合いですので」


-----


 「一つ、聞いてもいいですか」


 「どうぞ」


 「効果のデータ、入ってましたね」


 「入っていましたね」


 「あれ、入れてくれと言ったのは僕ですけど」


 「はい」


 「本当に入るとは思ってませんでした」


 少しの間があった。


-----


 「入れた方が、強かったからです」


 北条は、そう答えた。


 「それだけですか」


 「それだけです」


 「……そうですか」


 「あなたが言った理由とは、違います」


 あの人は、そう続けた。


 「あなたは、公平だからと言いました。私は、有効だから入れました」


 「結果は同じですね」


 「同じです」


-----


 「ただ」


 北条は、そこで少し間を置いた。


 「同じ結果になるからといって、同じ判断をしているわけではありません」


 その言い方が、少し引っかかった。


 「……はい」


 「今回は、たまたま一致しました」


 「たまたま」


 「はい」


 「次は、一致しないかもしれない、ということですか」


 「その可能性はあります」


 あっさり言われた。


-----


 電話を切ってから、僕は、しばらくそのことを考えていた。


 たまたま一致した。


 あの人は、そう言った。


 しかも、次は違うかもしれない、と。


 ……忠告だったのだろうか。


 それとも、単なる事実の確認だったのだろうか。


 分からなかった。


-----


 窓の外を見た。


 今日、二分間のニュースが流れた。


 それを見た人が、何人いたかは分からない。


 全員が違うニュースを見る時代だ。同じ映像を見た人が、どれだけいるのかも分からない。


 でも、少なくとも、僕は見た。


 レジスも見た。じえいも見た。内容は覚えていなかったが。


-----


 あの日、僕が注文寸前まで行った時。


 止めてくれたのは、ドンナだった。


 偶然、部屋に来た。偶然、画面を見た。


 もし来ていなかったら、三日後には配送の連絡が届いていた。


 ……偶然に頼るのは、仕組みではない。


 今日のニュースが、その偶然を、少しでも減らせるだろうか。


-----


 分からない。


 二分では、たぶん足りない。


 でも、ゼロよりはましだと思った。


 そう思うことにして、僕は画面を閉じた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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