第92話:想定の範囲内
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四半期の報告は、前回より良かった。
京極は、その資料を三分ほどで読み終えた。
登録数、継続率、平均利用時間。すべての指標が、予測を上回っている。
特に、継続率が良かった。
この種のサービスは、最初の一か月で大半が離脱する。それが業界の常識だった。
だが、今回は違った。
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「三か月継続率が、六割を超えています」
担当役員が、そう報告した。
「業界平均は」
「二割前後です」
「三倍か」
「はい」
京極は、少しうなずいた。
「悪くない」
それだけだった。
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役員は、次の資料をめくった。
「利用者の属性についても、分析が出ています」
「聞こう」
「単身世帯が、七割以上です」
「予測通りだな」
「はい。それから、無職の方が半数を超えています」
「これも予測通りだ」
「あと、一点」
役員は、そこで少し言葉を選んだ。
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「六十歳以上の層で、想定以上の伸びが出ています」
「高齢者か」
「はい。当初のターゲットは、三十代から五十代の単身層でしたが」
「上に伸びた」
「伸びました」
京極は、少し考えた。
「原因は」
「調査中です。ただ、推測としては、話し相手の不在かと」
「なるほどな」
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「対応は、どうしますか」
「どうもしない」
即答だった。
「え」
「伸びているものを、止める理由がない」
「ですが、高齢者向けの設計にはなっていません」
「使っているだろう」
「使っています」
「なら、それでいい」
京極は、資料を閉じた。
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「使いにくいなら、離脱している」
彼は、そう続けた。
「離脱していないということは、使えているということだ」
「……はい」
「わざわざ設計を変える必要はない」
「承知しました」
役員は、それを記録した。
記録しながら、少しだけ、手が止まった。
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「もう一点、ご報告があります」
「なんだ」
「サポート窓口に、問い合わせが増えています」
「内容は」
「……ご家族からのものが、多くなっています」
京極は、少し顔を上げた。
「家族?」
「はい。利用者本人ではなく、その家族からです」
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「どういう内容だ」
役員は、資料をめくった。
「大きく、三つに分かれます」
「言え」
「一つ目は、解約の問い合わせです」
「本人が解約すればいい」
「本人が、解約に応じないそうです」
「なら、解約できないな」
「そうなります」
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「二つ目は」
「利用時間についてのご相談です」
役員は、そう答えた。
「一日に何時間も使っていて、心配だと」
「何時間だ」
「多い方で、七時間から八時間という報告があります」
京極は、少し目を細めた。
「起きている時間の、半分か」
「はい」
「よく使っているな」
その言い方は、感心しているように聞こえた。
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役員は、一瞬、返事に詰まった。
「……問題ではないでしょうか」
「なぜ」
「一日の半分を、対話に費やしているのは」
「他に何をしていた」
「え」
「その人は、使う前は何をしていた」
答えられなかった。
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「調べていないだろう」
「……調べていません」
「なら、比較できない」
京極は、そう言った。
「一日八時間、何もしていなかったかもしれない。だとすれば、増えたのは対話であって、失ったものはない」
「ですが」
「ですが、なんだ」
「……その方が、他のことをする時間が減っているのではないかと」
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「何のことだ」
「たとえば、外出や、人との交流です」
「その人には、交流する相手がいたのか」
「……分かりません」
「いなかった可能性の方が高いだろう」
京極は、そう言った。
「単身、無職、高齢。その組み合わせで、毎日会う相手がいると思うか」
役員は、答えなかった。
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「三つ目は」
京極は、そう促した。
「……感情的な訴えです」
「感情?」
「はい。親が機械に取られた、というような」
「取られた」
「そういう言い方をされる方が、複数いらっしゃいます」
京極は、少しだけ黙った。
それから、こう聞いた。
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「その家族は、普段どのくらい会っていた」
役員が、顔を上げた。
「……そこまでは、伺っていません」
「聞け」
「はい」
「たぶん、ほとんど会っていない」
京極は、そう言った。
「年に一度か二度だろう。それで、取られたと言っている」
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「……厳しい見方ですね」
「事実の話だ」
「はい」
「毎日会っていた家族が、急に会えなくなったなら、それは問題だ」
京極は、そう続けた。
「だが、元々会っていなかったなら、失われたものはない」
「ですが、ご家族としては」
「感情の話をしているんだろう」
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「感情は、事実ではない」
その一言に、役員は少し身を固くした。
「否定はしない」
京極は、そう付け足した。
「家族が心配するのは、当然だ。人として自然な反応だと思う」
「はい」
「だが、それを根拠に事業を止めることはできない」
「……はい」
「止める根拠になるのは、実害だ。実害は出ているか」
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「出ていません」
役員は、そう答えた。
「健康被害の報告は」
「ありません」
「金銭的な被害は」
「月額制ですので、上限があります」
「訴訟は」
「起きていません」
「なら、問題はない」
京極は、そう結論づけた。
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「対応としては、どうされますか」
「窓口の返答は、統一しろ」
「内容は」
「ご本人の意思を尊重します、で通せ」
「……それだけですか」
「それが正しい」
京極は、そう言った。
「契約者は本人だ。家族ではない。家族の要請で解約すれば、それこそ問題になる」
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その理屈は、正しかった。
法的にも、実務的にも、反論の余地がない。
役員は、それを記録した。
「あと、一点だけ、よろしいですか」
「なんだ」
「窓口の担当者から、要望が上がっています」
「要望?」
「……対応が、つらいと」
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京極は、少し眉を上げた。
「つらい?」
「はい。泣きながら電話してくる方が、いらっしゃるそうで」
「家族がか」
「はい」
「それで」
「担当者が、精神的に消耗していると」
京極は、しばらく考えた。
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「窓口を、AIに変えろ」
あっさりした答えだった。
「え」
「人間が対応するから、消耗する」
「ですが、感情的な相談は、AIでは」
「今のAIなら、できる」
京極は、そう言った。
「むしろ、人間より上手い。感情的な相手に、感情を返さないからな」
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「……担当者の方は」
「別の業務に回せ」
「承知しました」
役員は、それを記録した。
これで、この議題は終わりだった。
問題は、すべて処理された。
少なくとも、記録の上では。
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会議が終わって、京極は次の予定に向かった。
廊下を歩きながら、彼は、さっきの報告を反芻していた。
継続率が三倍。
六十歳以上で想定以上の伸び。
一日八時間の利用者。
……いい数字だ。
彼は、素直にそう思った。
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これだけ使われているということは、それだけ必要とされているということだ。
必要とされていないものは、使われない。
それが、彼が三十年かけて学んだことだった。
決済も、宇宙も、移動体も、全部そうだった。
必要とされたものだけが残り、そうでないものは消えた。
だから、数字を見ていれば間違えない。
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エレベーターの中で、彼は端末を開いた。
次の会議の資料が入っていた。
宇宙開発の進捗報告だった。
彼は、AIコンパニオンの件を、そこで忘れた。
考えることが多すぎる。一つの事業に、いつまでも留まってはいられない。
それに、あの事業は、うまくいっている。
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うまくいっているものについて、考える必要はない。
問題が起きたら、その時に考えればいい。
彼は、そう思っていた。
実際、これまではそうしてきた。
そして、それで一度も失敗したことがなかった。
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同じ頃、サポート窓口では、その日十七件目の電話が鳴っていた。
担当者が、受話器を取った。
声が、震えていた。
電話の向こうの声も、震えていた。
「うちの母が」
「はい」
「もう、私の電話に出てくれないんです」
担当者は、マニュアル通りの言葉を返した。
「ご本人の意思を、尊重させていただいております」
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電話は、そこで切れた。
担当者は、しばらく受話器を持ったままだった。
同じ言葉を、今日だけで十七回言った。
言うたびに、少しずつ、何かが削れていく気がした。
その削れた分は、どこにも記録されない。
数字にも、報告書にも、上がらない。
……来月から、この窓口はAIに変わるらしい。
担当者は、それを聞いた時、少しだけ、ほっとした自分に気づいた。
そして、そんな自分に、少し嫌気がさした。
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