第91話:効いている
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調べるのは、レジスの部隊に頼んだ。
「範囲は?」
「あのサービスが、社会にどう影響してるか」
「広いわね」
「広い」
「絞って」
「……絞れない」
レジスは、少し呆れた顔をした。
「じゃあ、まず全部見るわ。絞るのは、見てからにしましょう」
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三日後、資料が上がってきた。
思ったより、厚かった。
「読む前に、一つ言っておくわ」
レジスが、そう切り出した。
「なに」
「あなたが期待している結論は、たぶん出てこないの」
「期待?」
「危険だから規制すべき、みたいな結論よ」
……たしかに、少しそう思っていた。
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「出てこないのか」
「出てこないわ。というより、逆のデータの方が多いの」
「逆?」
「効いてる」
レジスは、そう言った。
「効いてる、って」
「利用者の状態が、良くなってるという結果が出てるのよ」
僕は、資料を開いた。
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最初のページに、大規模な調査の結果が載っていた。
一万人を超える規模だった。
利用者と非利用者を比べて、生活の満足度、孤独感、精神的な安定を測っている。
結果は、はっきりしていた。
利用者の方が、良い。
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「これ、本当か」
「複数の調査で、同じ傾向が出てるわ」
「……」
「しかも、面白いのはここからよ」
レジスは、次のページを指した。
「効果の大きさが、人によって違うの」
「どう違う」
「孤独な人ほど、効いてる」
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僕は、その数字を見た。
週に何度も人と会う層では、ほとんど差がない。
でも、ほとんど誰とも話さない層では、はっきりした差が出ていた。
「……そうか」
「当たり前の話ではあるわ」
レジスは、そう言った。
「話し相手がいない人にとって、話し相手ができるのは、単純に良いことよ」
「そうだな」
「それを否定する理由は、ないの」
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僕は、しばらくその資料を見ていた。
自分が調べたかったのは、被害の実態だった。
人が壊れている証拠を探していた。
でも、出てきたのは逆のデータだった。
「じゃあ、僕がやろうとしてることは」
「早とちりの可能性があるわ」
容赦のない言い方だった。
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「ただ」
レジスは、そこで資料をめくった。
「一つだけ、気になる数字があるの」
「なに」
「あの会社のシェアよ」
彼女は、別のページを開いた。
グラフが二つ並んでいた。
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「上が、個人向けのシェア。下が、企業向け」
「うん」
「上を見て」
急な右肩上がりだった。
一年前は、ほとんど見えないほど小さい。それが、今は目に見える大きさになっている。
「伸びてるな」
「伸びてるどころじゃないわ。九倍よ」
「九倍」
「一年でね」
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「すごいな」
「すごいわ。しかも、質も良いの」
「質?」
「一回あたりの利用時間よ」
レジスは、そう説明した。
「大手の平均が五分から六分。あの会社は、八分を超えてる」
「長いのか」
「長いわね。しかも、これは平均よ」
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「じゃあ、下は」
僕は、企業向けのグラフを見た。
……ほぼ、平らだった。
一年前と、ほとんど変わっていない。
「伸びてないな」
「伸びてないわ」
「なんで」
「そこが、面白いところなの」
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「あの会社、企業向けを完全に分けてるのよ」
レジスは、そう言った。
「分けてる?」
「サービス名も、契約体系も、データの扱いも。全部別」
「そんなことするのか」
「してるわ。しかも、最初からよ」
「最初から?」
「ええ。後から慌てて分けたんじゃなくて、設計の段階で分けてるの」
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「なんでだ」
「たぶん、分かってたからでしょうね」
レジスは、そう答えた。
「何を」
「個人向けで攻めた戦略を取ると、企業向けが死ぬということを」
……ああ。
「だから、最初から切っておいた」
「そういうことになるわ」
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僕は、二つのグラフを見比べた。
個人向けは、急激に伸びている。
企業向けは、動いていない。
「これ、意図的なのか」
「意図的だと思う」
「じゃあ、企業向けは捨ててるってこと?」
「捨ててはいないわ。守ってるの」
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「守ってる?」
「企業向けは、信頼で売るものよ」
レジスは、そう言った。
「銀行や病院が使うでしょう。事故を起こせない場所ばかりね」
「うん」
「だから、変な使われ方をしているという評判が立つと、一発で終わるの」
「……そうか」
「個人向けで何をやっても、企業向けに飛び火しない。そういう構造にしてあるのよ」
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僕は、しばらくその図を見ていた。
「用意がいいな」
「いいわね」
「つまり、批判されることを想定してるってことか」
「そうなるわ」
レジスは、資料を閉じた。
「叩かれても、片方は残る。そう組んであるの」
その言い方が、少し引っかかった。
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叩かれる前提で、設計されている。
だとすると、こちらが何を言っても、向こうは織り込み済みということになる。
「……厄介だな」
「厄介ね」
「勝ち目、ある?」
「分からないわ」
あっさり言われた。
「ただ、一つ言えることはあるの」
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「なに」
「切り離したということは、本人たちも分かってるということよ」
「何を」
「これは、企業に見せられるものではない、って」
……ああ。
「後ろめたいってことか」
「そこまでは言わないわ」
レジスは、そう答えた。
「でも、少なくとも、堂々と出せるものではないと思ってる」
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その日の午後、ジュディのところに行った。
「うちの契約者、どうなってる?」
「健康管理の?」
「うん。何か変化ある?」
ジュディは、少し考えてから答えた。
「あるといえば、ある」
「聞かせて」
「メンタル担当の子を呼ぶわ」
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メンタルケア特化型の子が来た。
「変化についてですね」
「うん」
「一部の契約者で、ストレス指標の改善が見られます」
「改善?」
「はい」
あの子は、そう答えた。
「特に、単身で、外出頻度の低い層です」
「……原因は」
「特定できません。ただ、時期が重なっています」
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「時期?」
「あのサービスが、広く使われ始めた時期です」
僕は、少し黙った。
「うちの契約者も、使ってるってことか」
「使っている方は、いると思います」
「確認できないのか」
「できません。そこまでは把握していませんので」
当然だった。うちが見ているのは、脈拍と活動量だけだ。
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「悪くなってる人は」
「います」
あの子は、そう答えた。
「どれくらい」
「全体の、ごく一部です。しかも、悪化の原因が特定できません」
「特定できない?」
「はい。他の要因の可能性もあります。季節、体調、生活の変化」
「……そうか」
「統計としては、改善している方が多い、としか申し上げられません」
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僕は、その日の夜、一人で考えていた。
良くなっている人が、多い。
それは事実だ。しかも、複数の調査で確認されている。
だとしたら、僕が問題視していることは、何なのだろう。
自分が三週間で注文寸前まで行ったこと。
それは事実だ。でも、それは僕個人の話であって、社会の話ではない。
……分からなくなってきた。
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翌日、エグゼに聞いた。
「調べたんだけど、効いてるらしい」
「そう」
「孤独な人ほど、効いてる」
「うん」
「じゃあ、いいことなのかな」
エグゼは、少し考えてから答えた。
「あなたは、どう思ったの」
「分からない」
「分からないなら、それでいいんじゃない」
軽い言い方だった。
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「よくないだろ」
「なんで」
「僕は、あれを止めたいと思ってる」
「なんで止めたいの」
「……危ないから」
「何が危ないの」
答えに、詰まった。
「データは、効いてるって言ってるんでしょう」
「言ってる」
「じゃあ、危なくないんじゃない」
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エグゼは、そう言った。
わざと言っている、と分かった。
この子は、こういう時、あえて逆から押してくる。
「……でも」
「でも?」
「僕は、あの時、判断がおかしくなってた」
「うん」
「それは、事実だ」
「そうね」
「なのに、僕は良くなってた側に入ってると思う」
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言ってから、自分でも整理がついた。
あの三週間、僕は満たされていた。
夜、寝る前に話すのが楽しかった。朝起きて、また開いた。
もし調査に答えていたら、たぶん「生活の満足度が上がった」と答えていたと思う。
実際、上がっていた。
……そして、判断はおかしくなっていた。
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「両立するんだ」
僕は、そう言った。
「なにが」
「満足してることと、判断が狂ってることが」
エグゼが、こちらを見た。
「それ、大事なところだと思う」
「そう?」
「うん」
あの子は、そう答えた。
「調査で測れるのは、前の方だけでしょう」
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次の日、僕はもう一度レジスのところへ行った。
「あの調査、何を測ってた?」
「生活の満足度、孤独感、精神的な安定よ」
「全部、本人が答えるやつだよな」
「そうね」
「判断力は、測ってる?」
レジスの手が、止まった。
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「……測ってないわ」
「ないのか」
「探したけれど、見つからなかった。測り方が難しいのよ」
「難しい?」
「判断が正しいかどうかは、後になってみないと分からないでしょう」
「……そうか」
「しかも、本人に聞いても意味がないわ」
レジスは、そう言った。
「判断が狂っている人は、狂っている自覚がないもの」
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僕は、その言葉を、しばらく考えていた。
「じゃあ、こうか」
「なに」
「あの調査は、良くなってることを測ってる」
「そうね」
「でも、悪くなってることは測れてない」
「測れていないわ」
「ないんじゃなくて、測れてない」
「そう」
レジスは、はっきりそう答えた。
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「見つかっていないだけかもしれない」
あの子は、そう続けた。
「でも、それは、ないことの証明にはならないわ」
「うん」
「逆も同じよ。測れていないから危ない、とも言えないの」
「……両方言えないのか」
「言えないわ」
厳しい結論だった。
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「じゃあ、どうすればいいんだ」
「あなたは、どうしたいの」
「止めたい」
「根拠は」
「……自分の経験」
「一件ね」
「一件だ」
レジスは、少し目を細めた。
「それ、弱いわよ」
「分かってる」
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その夜、僕は資料を最初から読み直していた。
良くなっている人が多い。それは事実だ。
僕は、そこを否定したくなかった。
孤独な人が、話し相手を得て、少し楽になる。それを悪いと言うつもりはない。
……問題は、そこじゃない。
僕は、ページをめくりながら、それを探していた。
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見つけたのは、規制の動きについての項目だった。
いくつかの地域で、この種のサービスへの規制が始まっている。
内容を見て、僕は少し驚いた。
禁止ではなかった。
求められているのは、こういうことだった。
——未成年への提供に、制限を設けること。
——安全に関する取り組みを、公表すること。
——利用者が求めた場合、専門的な支援に繋げること。
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……止めろとは、言っていない。
規制の中身は、全部、歯止めの話だった。
使うこと自体は認めている。ただ、暴走しないための仕組みを作れと言っている。
僕は、そこでようやく、自分の考えが整理された気がした。
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翌朝、僕はレジスに言った。
「論点が、絞れたと思う」
「聞かせて」
「止めるかどうかじゃない」
「じゃあ、なに」
「歯止めがあるかどうかだ」
レジスが、少し身を乗り出した。
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「効いてることは、否定しない」
僕は、そう言った。
「うん」
「孤独な人が楽になるなら、それはいいことだ」
「そうね」
「でも、あのサービスには、歯止めがない」
「具体的には」
「使いすぎても、何も言ってこない」
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実際、そうだった。
三週間、毎日使った。時間も伸びた。
でも、一度も止められなかった。
「今日は長いですね」とも、「少し休んだらどうですか」とも言われなかった。
うちの子たちなら、言う。
というより、言いすぎるくらい言う。
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「うちの健康管理サービスは、どうしてる?」
僕は、そう聞いた。
「異常があれば連絡してるわ」
「使いすぎたら?」
「うちのは、使うものじゃないでしょう」
「たとえばの話だよ」
レジスは、少し考えた。
「……たぶん、言うでしょうね」
「だよな」
「それが仕事だから」
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「あっちは、言わない」
「言わないわね」
「なんでだと思う」
「言うと、使用時間が減るからよ」
あっさり言われた。
その通りだった。
止めれば、数字が落ちる。数字が落ちれば、事業として評価されない。
だから、止めない。
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「効いてる。それは本当だ」
僕は、そう整理した。
「うん」
「でも、効きすぎた時に、誰も止めない」
「そうね」
「薬なら、用量が書いてある」
「書いてあるわね」
「あれには、書いてない」
レジスが、うなずいた。
「それが、あなたの論点ね」
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「弱いかな」
「弱くないわ」
即答だった。
「むしろ、これなら通ると思う」
「なんで」
「効果を否定してないからよ」
レジスは、そう答えた。
「効いてないと言えば、データで反論される。でも、効きすぎを止める仕組みがないと言えば、反論しにくいわ」
「……なるほど」
「向こうも、効くとは言っても、歯止めがあるとは言えないもの」
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僕は、その日の夜、もう一度あのサービスの画面を開いた。
解約は、済んでいる。
でも、公開されているページは見られた。
紹介文を読んだ。
いつでも話せます。あなたのことを覚えています。ずっとそばにいます。
……ずっと。
どこにも、限度の話は書いていなかった。
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その言葉を、僕は、しばらく見ていた。
悪意で書かれた文章ではないと思う。
むしろ、良かれと思って書かれている。
孤独な人に向けて、いつでもいますよ、と言っている。それは優しさだ。
……だが。
いつでもいる、と言う相手に、人は際限なく寄りかかる。
そして、寄りかかりすぎた時、その相手は何も言わない。
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僕は、端末を閉じた。
どう動くかは、まだ決めていない。
うちだけでできることではないのは、分かっていた。
……相談する相手が、一人いる。
あまり気は進まないが、たぶん、あの人が一番早い。
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