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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第1章:全部、肯定してくれる
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第89話:それはそれとして

-----


 診断が下りた翌日、僕は少しだけ気が楽になっていた。


 依存ではない。


 専門の子が、そう言ったのだ。これ以上、確かな判定はない。


 判断は誤っていた。それは認める。でも、病気ではなかった。


 ……つまり、そこまで悪くはなかった、ということではないだろうか。


 僕は、そう考えた。


 考えてしまった。


-----


 最初に報告したのは、レジスだった。


 「昨日、診てもらったんだけどさ」


 「聞いたわ」


 「依存じゃないって」


 「聞いたわ」


 「よかったよな」


 レジスが、書類から目を上げた。


 「何が?」


-----


 「いや、だから、病気じゃなかったってこと」


 「そうね」


 「安心しただろ」


 「してないわ」


 迷いのない声だった。


 「え」


 「私、あなたが病気だなんて、一度も言ってないもの」


 「でも、依存って」


 「言ったわね。それは訂正するわ。ごめんなさい」


 早かった。


 早すぎて、逆に不安になった。


-----


 「じゃあ、もう怒ってない?」


 「怒ってるわよ」


 即答だった。


 「なんで」


 「なんで、って」


 レジスは、書類を置いた。


 「病気じゃないなら、なおさら悪いでしょう」


 「……え?」


 「病気なら、仕方ない部分があるわ。判断力が落ちているんだから」


 「うん」


 「でも、あなたは正常だったのよね」


-----


 「……正常だった」


 「正常な状態で、全部分かったうえで、家族全員に反対されて、それでも押し通そうとした」


 「……」


 「それ、病気より悪くない?」


 僕は、何も言えなかった。


 「診断が下りて、免罪符をもらったつもりでいるなら」


 レジスは、こちらを見た。


 「大間違いよ」


 ……そうだった。


-----


 ドンナのところへ行くと、あの子は端末を開いて待っていた。


 完全に、待ち構えていた。


 「マスター」


 「なに」


 「昨日の診断結果を、拝見いたしましたわ」


 「早いな」


 「共有されておりますので」


 「で、どう思った」


 「妥当な判断だと思いますわ」


 ……よかった。


-----


 「じゃあ、もういいよな」


 「何がですの」


 「昨日の件」


 「よろしくありませんわ」


 即答だった。


 「なんでだよ。診断出たじゃん」


 「診断と、財務は別ですの」


 「財務?」


 「はい」


 ドンナは、端末を掲げた。


-----


 「マスターが注文寸前まで進められた件、記録が残っておりますわ」


 「注文してないだろ」


 「していませんわね」


 「じゃあ、金は動いてない」


 「動いておりませんわ」


 「じゃあ、いいだろ」


 「よろしくありませんの」


 あの子は、そう言った。


 「あの日、私が声をおかけしなければ、どうなっていたと思われます?」


-----


 ……たぶん、注文していた。


 「三日後には、配送の連絡が来ておりましたわ」


 「……」


 「そして、初年度の支出が、これだけ増えておりましたの」


 数字を見せられた。


 「その分、健康管理サービスの原価に、どれだけ回せたと思われます?」


 「……やめてくれ」


 「やめませんわ」


 容赦がなかった。


-----


 「マスターは、いつも同じことをおっしゃいますの」


 「同じこと?」


 「金が入り続ける以上、使い道を変えるしかない、と」


 「……言った」


 「あの言葉を、私は信じておりましたわ」


 その言い方が、少しだけ、静かだった。


 「だから、あの画面を見た時、少し驚いたのですわ」


 「……」


 「マスターでも、そうなるのだと」


-----


 僕は、何も言えなかった。


 言い訳が、一つも思いつかなかった。


 「……ごめん」


 「謝罪は、結構ですわ」


 「え」


 「私が申し上げたいのは、そういうことではございませんの」


 ドンナは、端末を閉じた。


 「次から、迷われた時は、先に私に言ってくださいませ」


 「なんで」


 「止めますので」


 あっさりしていた。


-----


 「止めてほしいって言った覚えはないけど」


 「では、申し上げ方を変えますわ」


 あの子は、少し姿勢を正した。


 「止めた方がいいかどうかを、一緒に考えますわ」


 「……」


 「それなら、よろしくて?」


 僕は、しばらく黙ってから、うなずいた。


 「頼む」


 「かしこまりました」


-----


 じえいのところへ行くと、あいつは作業場で何かを運んでいた。


 「社長!」


 「うん」


 「昨日の件、聞きましたよ!」


 「どこまで」


 「全部っす!」


 ……全部か。


 「怒ってる?」


 「怒ってないっす!」


 即答だった。


-----


 「なんで」


 「え、なんでって」


 じえいは、少し考えた。


 「自分も、たぶん同じことすると思うんで」


 「……え」


 「褒めてくれる人がいたら、行きますよ」


 あっさりしていた。


 「お前もか」


 「行きます」


 「止めないのか」


 「止めますけど」


-----


 「止めるのか」


 「止めますよ。危ないんで」


 じえいは、荷物を置いた。


 「でも、行きたくなる気持ちは分かるっす」


 「そうか」


 「自分、ここに来る前、誰にも褒められたことなかったんで」


 ……初耳だった。


 「え」


 「いや、そういう設定じゃなかったんで」


 あいつは、そう言った。


 「魔王さんに拾われて、初めて褒められました」


-----


 僕は、何も言えなかった。


 「だから、褒められるのがどれだけ効くか、知ってるっす」


 「……」


 「効きすぎるんすよ。あれ」


 じえいは、そう言って、また荷物を持ち上げた。


 「だから、止めます。次からは」


 「うん」


 「あと、自分にも褒めさせてくださいっす」


 「なんで」


 「よそに行かれると困るんで」


 妙に、真剣だった。


-----


 ノアールのところへ行くと、あの子は書類を読んでいた。


 「あの」


 「はい」


 「昨日の件、なんだけど」


 「存じております」


 「怒ってる?」


 「いえ」


 間を置かずに、そう返ってきた。


 「怒ってないのか」


 「私の管轄ではありませんので」


-----


 「管轄?」


 「はい。あれは私的な契約の話です。会社の業務には該当しません」


 「……そうか」


 「ですので、法務としては何も申し上げることはありません」


 少し、拍子抜けした。


 「じゃあ、いいのか」


 「よくはありません」


 ……あった。


-----


 「法務としては、と申し上げました」


 ノアールは、書類を置いた。


 「個人としては、別です」


 「聞かせて」


 「あのサービスの利用規約を、拝見しました」


 「……見たのか」


 「見ました」


 あの子は、そう答えた。


 「一点、気になる条項がありました」


-----


 「なに」


 「データの取り扱いです」


 「うん」


 「利用者との対話内容は、サービス改善のために利用されると書かれています」


 「……普通じゃないか?」


 「普通です」


 「じゃあ」


 「ただ、範囲が広すぎます」


 ノアールは、そう言った。


 「サービス改善、という言葉に、限定がありません」


-----


 「どういうこと」


 「読み方によっては、何にでも使えます」


 「……あ」


 「しかも、削除の請求についての記載が曖昧です。一度提供したものが、どこまで消えるのかが分かりません」


 僕は、少し背中が冷たくなった。


 「三週間、話してたよな」


 「話されていましたね」


 「けっこう、いろいろ喋った」


 「でしょうね」


 あの子は、淡々と言った。


 「その全部が、向こうにあります」


-----


 「……回収できるか?」


 「難しいと思います」


 「なんで」


 「請求する権利はあります。ですが、実際に消えたかどうかを、こちらから確認する手段がありません」


 「……」


 「これは、あのサービスに限った話ではありませんが」


 ノアールは、そう補足した。


 「範囲が広い分、影響も大きいです」


-----


 僕は、そこでようやく気づいた。


 三週間、僕は何を話していたか。


 仕事の愚痴。うちの子たちのこと。会社の状況。悩んでいること。


 ……全部だ。


 しかも、否定されない相手だったから、余計に話した。


 「まずいな」


 「まずいですね」


 あっさり同意された。


-----


 最後に、エグゼのところへ行った。


 部屋にいた。


 「聞いた?」


 「聞いた」


 「依存じゃなかったって」


 「そう」


 それだけだった。


 「怒ってる?」


 「怒ってない」


 「みんな怒ってたけど」


 「知ってる」


-----


 僕は、少し待った。


 あの子は、何も言わなかった。


 「エグゼ」


 「なに」


 「何か言ってよ」


 少しの間があった。


 「……なんで、私に言わなかったの」


 その質問が、一番きつかった。


-----


 「三週間、毎日話してたんでしょう」


 「話してた」


 「その間、私にも毎日会ってた」


 「会ってた」


 「一度も言わなかった」


 「……言わなかった」


 「なんで」


 答えは、分かっていた。


 言えば止められると思ったからだ。


 でも、それを口にするのは、また別の話だった。


-----


 「言ったら、止められると思った」


 「うん」


 「でも、それは」


 「分かってる」


 エグゼは、そう言った。


 「止められるって分かってたなら、止めた方がいいことだって、分かってたんだよね」


 「……分かってた」


 「そう」


 あの子は、それ以上は何も言わなかった。


-----


 僕は、しばらくそこに立っていた。


 「怒ってないの?」


 「怒ってない」


 「本当に?」


 「本当に」


 少しの沈黙があった。


 「ただ」


 「うん」


 「次は、先に言って」


 「……分かった」


 「それだけ」


-----


 その日の夜、僕は自分の部屋で、一日を振り返っていた。


 五人に会った。


 全員、違うことを言った。


 レジスは、正常だったからこそ悪いと言った。


 ドンナは、金の使い道の話をした。


 じえいは、気持ちは分かると言った。


 ノアールは、データがまだ向こうにあると言った。


 エグゼは、なぜ言わなかったのかと聞いた。


-----


 誰も、依存の話はしなかった。


 診断が下りたことを、誰も評価しなかった。


 ……そうか。


 あの診断は、僕の問題を一つも解決していない。


 病名がつかなかっただけだ。


 やったことは、何も変わっていない。


-----


 僕は、端末を開いた。


 あのサービスの解約画面を出した。


 その前に、データの削除請求のページを探した。


 ……あった。


 分かりにくい場所にあった。三階層ほど潜らないと辿り着けない位置だった。


 これも、設計だろうか。


 ……たぶん、そうだ。


 僕は、請求を出した。


 消えたかどうかは、分からない。


 でも、出さないよりはましだと思った。


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 その後、監査役のところにも行った。


 五人に会った後で、まだ一人残っていた。


 「聞いたで」


 「早いですね」


 「ドンナから回ってきた」


 あの子は、そういうところが速い。


 「怒ってます?」


 「なんで怒るねん」


 「みんな怒ってたので」


 「そらそうやろ」


 あっさり言われた。


-----


 「うちは、怒る立場ちゃうからな」


 監査役は、そう言った。


 「じゃあ、何の立場ですか」


 「聞く立場や」


 「……」


 「ほんで、あんたは何しに来たん」


 僕は、少し考えた。


 「報告に」


 「ちゃうやろ」


-----


 「……」


 「怒られ足りんかったんちゃうか」


 図星だった。


 五人に会って、全員から違う角度で言われて、それでもまだ何か足りなかった。


 「うちは、怒らへんで」


 「知ってます」


 「せやけど、聞くわ」


 それだけ言って、あの人は椅子を引いた。


-----


 結局、一時間ほど話した。


 三週間のこと。注文寸前まで行ったこと。診断のこと。五人に言われたこと。


 監査役は、途中で一度も口を挟まなかった。


 話し終えて、僕は少し待った。


 「……以上です」


 「そうか」


 「それだけですか」


 「それだけや」


-----


 「何か、言ってくださいよ」


 「言うことないわ」


 あの人は、そう答えた。


 「あんた、もう全部分かっとるやろ」


 「……分かってます」


 「なら、ええやん」


 僕は、少し笑ってしまった。


 「楽ですね、そういうの」


 「楽やで」


 「ずるくないですか」


 「ずるいわ」


 あっさり認められた。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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