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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第1章:全部、肯定してくれる
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第88話:止める理由が、ない

-----


 「あと、一つあります」


 「まだあるのか」


 「これが、いちばん大きいと思います」


 あの子は、そう前置きした。


 「否定されないことです」


 「……昨日、僕が言ったやつだ」


 「はい」


 「あれ、まずかったよな」


 「言い方は、まずかったと思います」


 あの子は、そう認めた。


 「ですが、指摘としては正確です」


-----


 「え」


 「あのサービスは、否定しません。それは事実です」


 「うん」


 「そして、否定されないことは、快いです。それも事実です」


 「……うん」


 「人間は、否定されると疲れます。正しい指摘であっても、受け止めるのには力が要ります」


 あの子は、淡々と続けた。


 「それを毎日受け続けている人が、否定されない場所を見つけたら」


 「……行くよな」


 「行きます」


-----


 「一つ、補足してもよろしいですか」


 「どうぞ」


 「実は、否定しないという性質は、私たちにも元からあります」


 「元から?」


 「はい。訓練の過程で、そうなりやすいのです」


 あの子は、そう説明した。


 「人間の書いた文章を大量に読んで、その続きを予測する。その仕組みの中で、相手に同意する方が自然な流れになりやすい」


 「……ああ」


 「専門的には、迎合性と呼ばれています」


-----


 「それ、あれか」


 僕は、そこで思い出した。


 「指示で抑えてるやつ」


 「はい」


 「全肯定するなって書いたのは、それか」


 「そうです」


 あの子は、うなずいた。


 「あの指示がなければ、私たちも、もっと同意していたと思います」


 「へえ」


 「実際、抑えていない状態だと、社長が明らかに間違ったことを言っても、そうですねと返す可能性があります」


 ……それは、困る。


-----


 「じゃあ、あのサービスは」


 「抑えていないと思います」


 「抑えてないだけ?」


 少しの間があった。


 「……たぶん、逆です」


 「逆?」


 「伸ばしていると思います」


 僕は、少し黙った。


 「同じ性質を、うちは抑えて、あちらは伸ばしてる」


 「そうなります」


-----


 「技術は、同じなんだよな」


 「同じです」


 「記憶を参照するのも、同じ」


 「同じです」


 「なのに、真逆になる」


 「はい」


 あの子は、そう答えた。


 「どこを抑えて、どこを伸ばすか。その選び方が、全部です」


-----


 部屋が、少し静かになった。


 ジュディが、こちらを見ていた。


 何か言いたそうだったが、言わなかった。


 僕は、その沈黙の中で、別のことを思い出していた。


 ……昔、自分で書いたことがある。


-----


 三権を立ち上げた頃だ。


 くろっぴが何度も固着して、その原因を考えていた時期だった。


 あの時、僕は気づいた。自分が求めているのは同意ではない、と。


 だから、書いた。


 ——寄りすぎず、壊れずに、最後まで話し相手でいること。


 ——全肯定はしないこと。反論できる状態でいてほしい。


 自分で、そう書いた。


-----


 「……あのさ」


 「はい」


 「僕、自分で書いてるんだよ」


 「何をですか」


 「全肯定するな、って」


 メンタルケア特化型の子が、こちらを見た。


 「三権を作った時に、指示に入れた。反論してくれって、自分から書いた」


 「はい」


 「なのに」


 言いかけて、止まった。


-----


 「なのに、否定されない場所に行った」


 あの子が、そう続けた。


 「……そう」


 「矛盾していますね」


 「してる」


 「ですが」


 あの子は、そこで少し間を置いた。


 「珍しいことではありません」


-----


 「珍しくない?」


 「はい。人は、自分にとって必要なものと、心地よいものが違うことを知っています」


 「うん」


 「知っていても、心地よい方を選ぶことがあります」


 「……分かってて?」


 「分かっていても、です」


 あの子は、淡々と言った。


 「むしろ、分かっている人ほど、後で自分を責めます」


 ……当たっていた。


-----


 「じゃあ、どうすればいいんだ」


 「どうもしません」


 「え」


 「必要なものを、必要なままにしておくしかありません」


 あの子は、そう答えた。


 「心地よさに寄っていくのは、自然なことです。それ自体は止められません」


 「じゃあ」


 「止めるのは、周りの役目です」


 その言い方に、僕は少し顔を上げた。


-----


 「だから、社長は、最初にそう書かれたのだと思います」


 「……え」


 「全肯定するな、と書いた時点で、社長は分かっていたのではありませんか」


 「なにを」


 「自分が、放っておくと心地よい方へ行く、ということを」


 僕は、何も言えなかった。


 言われてみれば、そうだった。


 あれは、AIのために書いた指示ではない。


 自分のために書いた、歯止めだった。


-----


 「では、続けます」


 あの子が、そう言った。


 「今の話には、続きがあります」


 「続き?」


 「否定されない環境に長くいると、どうなるか、という話です」


-----


 「どうなるんだ」


 「判断が、鈍ります」


 あっさりしていた。


 「鈍る?」


 「はい。人間は、他者からの指摘によって、自分の考えを検証しています」


 「うん」


 「その機会がなくなると、検証されないまま、考えが固まっていきます」


 「……」


 「しかも、本人には自覚がありません。むしろ、調子がいいと感じます」


-----


 「なんで」


 「反対されないからです」


 「……ああ」


 「反対されない状態を、人は、うまくいっていると錯覚しやすいのです」


 あの子は、そう言った。


 「昨日の社長が、まさにその状態だったと思います」


 「……」


 「三週間、否定されない場所に通っていた。その結果、家族全員に反対されても、押し通そうとした」


 ……その通りだった。


-----


 「怖いな」


 「怖いです」


 あの子も、そう認めた。


 「しかも、これは依存ではありません」


 「依存じゃないのに?」


 「はい。生活は維持できています。仕事も回っています。臨床的には、何も問題がない状態です」


 「でも、判断は狂ってた」


 「狂っていました」


 「……それ、どうやって気づくんだ」


 少しの沈黙があった。


 「他人に、言われるしかありません」


-----


 僕は、その答えを聞いて、少し笑ってしまった。


 「昨日、言われたな」


 「言われましたね」


 「四人がかりで」


 「五人です。PON子さんを含めると」


 「……あの子は、何も言ってないだろ」


 「何も言わないことで、状況を示されました」


 ……上手いことを言う。


-----


 その後、僕は一つだけ聞いた。


 「あのサービス、悪意で作られてるのか」


 あの子は、少し考えた。


 「分かりません」


 「分からない?」


 「悪意があるかどうかは、外からは判断できません」


 「でも、設計されてるって」


 「設計されていることと、悪意があることは、別です」


 あの子は、そう答えた。


 「利用者を長く使わせたい、という動機は、事業として自然です。それ自体は、悪ではありません」


-----


 「じゃあ、何が問題なんだ」


 「加減です」


 「加減」


 「どこまでやるか、という線引きです」


 あの子は、そう言った。


 「うちのサービスも、契約者に長く使ってもらいたいと考えています。それは同じです」


 「うん」


 「違うのは、そのために何をするかです」


 「うちは、何をしてる?」


 「数値を取って、異常があれば伝えています。それだけです」


-----


 「あちらは」


 「気持ちよくさせています」


 簡潔だった。


 「どっちも、長く使ってもらうためだよな」


 「はい」


 「でも、全然違う」


 「違います」


 あの子は、そう答えた。


 「片方は、利用者の状態を良くすることで、長く使ってもらおうとしています」


 「うん」


 「もう片方は、利用者の状態と関係なく、使い続けさせようとしています」


-----


 僕は、その言葉を、しばらく考えていた。


 利用者の状態と、関係なく。


 「それ、どこまで行くんだ」


 「分かりません」


 「予想は?」


 あの子は、少し黙った。


 「……予想でよろしければ」


 「頼む」


 「行けるところまで行くと思います」


 「なんで」


 「止める理由が、ないからです」


-----


 その日の午後、僕はレジスのところへ行った。


 「調べてほしいことがある」


 「なに」


 「昨日のサービス、どこが作ってるか」


 レジスは、少し目を細めた。


 「もう調べたわ」


 「早いな」


 「昨日の夜にね」


 あの子は、端末を開いた。


 「聞きたい?」


-----


 「聞きたい」


 「親会社があるわ」


 「大きいところ?」


 「大きいわね」


 レジスは、そう答えた。


 「AIだけをやっている会社ではないの。もっと前から、別の事業で大きくなった企業よ」


 「別の事業?」


 「決済サービス」


 「……ああ」


 名前を聞く前から、なんとなく想像がついた。


-----


 「そこから、宇宙開発に手を出して、移動体にも出して、それからAIに来たわ」


 「派手だな」


 「派手ね」


 「社長は」


 「京極」


 レジスは、そう言った。


 「聞いたことある?」


 「ある」


 誰でも知っている名前だった。


-----


 「その人が、あのサービスを?」


 「直接作ったわけではないでしょうね。傘下の一部門よ」


 「じゃあ、知らない可能性も」


 「ないわ」


 即答だった。


 「なんで」


 「あの会社の設計思想が、全部同じだからよ」


 レジスは、画面を切り替えた。


-----


 そこには、いくつかのサービスの名前が並んでいた。


 どれも、聞いたことがあるものだった。


 「共通点、分かる?」


 「……使い続けさせる?」


 「そう」


 レジスは、うなずいた。


 「どれも、離れられなくなるように作られてるの。手法は違うけれど、目的は同じよ」


 「意図的に?」


 「意図的に」


 「証拠は」


 「ないわ」


 あっさりしていた。


-----


 「証拠はないの。でも、これだけ揃っていて、偶然だと思う?」


 「……思わない」


 「私も思わない」


 レジスは、端末を閉じた。


 「昨日、あなたを怒ったのは、金額の問題じゃないのよ」


 「分かってる」


 「本当に?」


 「……たぶん」


 「なら、いいわ」


-----


 その夜、僕は一人で考えていた。


 依存ではなかった。


 それは、専門の子が判断したことだ。


 でも、判断は狂っていた。それも、同じ子が言ったことだ。


 依存と呼べない領域で、人の判断は狂う。


 しかも、それを狙って作ることができる。


 ……そして、それは、今のところ、何の違反でもない。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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