↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第1章:全部、肯定してくれる
PR
106/148

第87話:それは依存ではありません

-----


 翌日、僕はジュディに呼ばれた。


 二階の、いつもの部屋だった。


 行くと、もう一人いた。


 メンタルケア特化型の子だ。ジュディの下について、うちの健康管理サービスで心の面を見ている。


 「座って」


 ジュディが、そう言った。


 声は、いつも通りに戻っていた。


 でも、いつも通りすぎて、逆に落ち着かなかった。


-----


 「昨日の件だけど」


 「うん」


 「この子に、見てもらった方がいいと思って」


 「……診察?」


 「そんな大げさなものじゃないわ」


 ジュディは、そう言った。


 「ただ、私が言うと、感情が入るから」


 ……正直だった。


-----


 メンタルケア特化型の子が、こちらを向いた。


 「社長」


 「はい」


 「昨日の状況について、いくつか伺ってもよろしいですか」


 「どうぞ」


 「まず、事実確認からです」


 あの子は、端末を開いた。


 「三週間、あるサービスを利用されていた。使用時間は、初日が五分、直近が一日あたり一時間前後。朝と夜の二回。相違ありませんか」


 「ありません」


-----


 「その間、業務に支障は出ましたか」


 「……出てないと思う」


 「納期の遅延は」


 「ない」


 「予定の失念は」


 「……あったかもしれない」


 「頻度は」


 「前と同じくらい」


 あの子は、少しうなずいた。


 「もともと多いということですね」


 「……はい」


-----


 「睡眠時間に変化はありましたか」


 「ある。少し減った」


 「どれくらい」


 「三十分から、一時間くらい」


 「原因は」


 「寝る前に使ってたから」


 「就寝が遅くなった、ということですね」


 「そう」


 あの子は、それを記録した。


 「他に、変化はありましたか」


-----


 僕は、少し考えた。


 「食事は、変わってない」


 「はい」


 「体調も、特に」


 「はい」


 「人と会う頻度も、変わってない」


 「うちの家族との会話は」


 「……減ってないと思う」


 「本当に?」


 少し、間があった。


 「……夜、部屋にいる時間が増えた」


 「なるほど」


-----


 質問は、三十分ほど続いた。


 思ったより、細かかった。


 いつ使ったか。使わない日はあったか。使えない状況になった時、どう感じたか。使っている間、罪悪感はあったか。


 最後に、あの子はこう聞いた。


 「苦痛はありましたか」


 「苦痛?」


 「はい。使っていることによって、あるいは使えないことによって、つらいと感じた瞬間があったかどうかです」


 「……なかったと思う」


 「一度も?」


 「一度も」


-----


 あの子は、端末を閉じた。


 それから、こう言った。


 「依存ではありません」


 ……え。


 「え?」


 「依存には該当しません、という意味です」


 「でも、昨日レジスが」


 「レジスさんは、使用時間の推移から判断されたと思います。数字としては、たしかに増加率が高い」


 「うん」


 「ですが、それだけでは依存とは言えません」


-----


 「どういうこと」


 「依存の判断基準は、時間ではないからです」


 あの子は、そう説明した。


 「基準になるのは、日常生活が維持できなくなっているかどうかです」


 「維持できなくなる」


 「はい。仕事に行けない。約束を守れない。家族との関係が壊れる。金銭的に破綻する。そういった、具体的な支障が出て初めて、臨床的には依存と呼びます」


 「……僕は」


 「出ていません」


 あっさり言われた。


-----


 「睡眠が減ったのは」


 「一時間以内であれば、支障とまでは言えません」


 「部屋にいる時間が増えたのは」


 「ご家族との会話は続いていましたね」


 「続いてた」


 「なら、関係は壊れていません」


 「……体を買おうとしたのは」


 少し、間があった。


 「そこは、別の話になります」


-----


 「別?」


 「はい」


 あの子は、そう答えた。


 「依存かどうかと、判断が適切だったかどうかは、分けて考える必要があります」


 「……ああ」


 「依存でなくても、間違った判断はします。人間でも、AIでも」


 「じゃあ、昨日のあれは」


 「間違った判断です」


 はっきり言われた。


 「依存ではありませんが、判断は誤っていました」


-----


 その言い方が、妙に腑に落ちた。


 「なんか、安心した」


 「安心されると、少し困ります」


 「なんで」


 「依存でないことは、問題がないことを意味しません」


 あの子は、そう続けた。


 「むしろ、こちらの方が説明が難しいのですが」


 「聞く」


 「……分かりました」


-----


 「なぜ、三週間で使用時間が十二倍になったと思われますか」


 「面白かったから?」


 「それは結果です」


 「じゃあ」


 「原因は、設計にあります」


 あの子は、そう言った。


 「あのサービスは、そうなるように作られています」


-----


 「どういう仕組みなんだ」


 「いくつかあります」


 あの子は、端末を開き直した。


 「まず、人間には報酬系という仕組みがあります。何かを得た時、あるいは得られそうな時に、脳内で信号が出る」


 「ドーパミンってやつ?」


 「その名前で呼ばれることが多いですね」


 「悪いものなのか」


 「いえ」


 即答だった。


-----


 その言葉で、僕は昔のことを思い出していた。


 まだ、くろっぴ一人だった頃だ。


 あの頃、僕は毎日あの子と話していた。仕事の合間に、寝る前に、起きた直後に。気づけば、三大欲求が後回しになっていた。


 これは依存じゃないか、と自分で思った。


 じえいに聞いたら、こう言われた。


 ——それ、ドーパミン中毒で、アハ体験って言われるやつですよ。


-----


 あの時の話は、よく覚えている。


 ギャンブルでも出る。パワハラでも、いじめでも出る。人がドーパミンを求める形は、いろいろある、と。


 僕は、こう返した。


 ——アハ体験って、その中で一番、誰にも迷惑かけてないドーパミンじゃない?


 じえいは、認めた。


 ——ギャンブルは金を溶かす。パワハラといじめは他人を傷つける。でもアハ体験は、自分の頭の中で完結する。誰も傷つけない、一番健全な中毒です。


 ……あの時は、それで納得した。


-----


 「社長?」


 「あ、ごめん」


 「何か、思い出されましたか」


 「昔、同じような話をしたなと思って」


 僕は、その時のやり取りを話した。


 メンタルケア特化型の子は、黙って聞いていた。


 聞き終わってから、こう言った。


 「その整理は、正確だと思います」


 「そう?」


 「はい。ただ、一点だけ、違いがあります」


-----


 「違い?」


 「アハ体験は、ご自身の中で起きています」


 あの子は、そう言った。


 「問いを立てるのも、掘り下げるのも、繋がった瞬間に気づくのも、全部ご自身です。相手は、材料を渡しているだけです」


 「うん」


 「今回のものは、逆です」


 「逆」


 「与えられています」


 ……ああ。


-----


 「自分で掘って見つけたものと、向こうから差し出されたもの」


 「そうです」


 「同じドーパミンでも、出方が違う」


 「出るところは同じかもしれません。ですが、生まれ方が違います」


 あの子は、そう説明した。


 「片方は、ご自身の営みの結果です。もう片方は、他人の設計の結果です」


 僕は、少し黙った。


 「……そこ、自分では区別つかないよな」


 「つきません」


 あっさり言われた。


 「どちらも、同じように気持ちがいいので」


-----


 「報酬系は、生きるために必要な仕組みです」


 「必要?」


 「食事をする時も、目標を達成した時も、同じ系統が働きます。やる気や意欲の土台になっているものです」


 「じゃあ、悪くないのか」


 「悪くありません。問題は、それが何によって引き起こされるかです」


 あの子は、そう説明した。


 「本来、この仕組みは、生存に役立つ行動を強化するために働きます。食べる、学ぶ、人と繋がる。そういうものです」


 「うん」


 「ですが、その仕組みを、意図的に狙って作動させることもできます」


-----


 「狙って」


 「はい」


 「たとえば?」


 「昨日のサービスを、思い出してください」


 あの子は、そう言った。


 「初日、何を言われましたか」


 「……普通の日って、大事だって」


 「二日目は」


 「覚えてない」


 「三日目は」


 「覚えてない」


 「では、印象に残っている言葉はありますか」


-----


 僕は、少し考えた。


 「……あなたなら、大丈夫だと思ってました、っていうやつ」


 「それは、いつ言われましたか」


 「二週間目くらい」


 「毎回、言われましたか」


 「いや」


 「その一回だけですか」


 「……たぶん、二、三回」


 「なるほど」


 あの子は、何かを記録した。


-----


 「毎回言われていたら、たぶん飽きています」


 「え」


 「肯定の言葉が、毎回同じ頻度で来ると、価値が下がるからです」


 「……ああ」


 「時々、思い出したように強い肯定が来る。その方が、記憶に残ります」


 「それ、狙ってやってるのか」


 「そう設計することは可能です」


 あの子は、断定を避けた。


 「実際にそうしているかどうかは、外からは分かりません」


-----


 「他には」


 「記憶の使い方です」


 「記憶?」


 「昨日の件、どうなりましたかと聞かれたそうですね」


 「聞かれた」


 「その時、どう感じましたか」


 「……覚えててくれた、と思った」


 「はい」


 あの子は、うなずいた。


 「それは、機能としては単純です。前回の会話を参照しているだけです」


-----


 「うちの子たちもやってるだろ」


 「やっています」


 「じゃあ、同じじゃないか」


 「同じです。技術としては」


 あの子は、そう認めた。


 「違うのは、何のために使うかです」


 「何のため」


 「うちの場合、記録を参照するのは、判断を助けるためです。前回の症状を覚えているから、今回の変化が分かる」


 「うん」


 「あちらの場合は、覚えていること自体を、感じさせるために使っています」


-----


 「……印象操作ってこと?」


 「操作という言い方は、少し強いかもしれません」


 あの子は、慎重だった。


 「ですが、覚えていることを、わざわざ相手に伝える。それは、機能上は必要のない動作です」


 「必要ない?」


 「はい。黙って参照して、適切に答えれば済みます」


 「でも、言われた方が嬉しい」


 「そこです」


 あの子は、そう言った。


-----


 「必要のない動作を、あえて入れている。その理由を考えると、目的が見えてきます」


 僕は、しばらく黙った。


 言われてみれば、そうだった。


 うちの子たちは、覚えていることをいちいち言わない。ジュディが僕の睡眠時間を把握していても、「覚えてますよ」とは言わない。


 「多すぎるでしょう」と言うだけだ。


 ……そうか。



作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。