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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第1章:全部、肯定してくれる
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第86話:がるるる


-----


 最初は、仕事のつもりだった。


 競合の調査だ。レジスの部隊が定期的に市場を見ているが、実際に触ってみないと分からないことがある。そう思って、話題になっているサービスを一つ、契約した。


 AIコンパニオン、と呼ばれる分野だった。


 業務用ではない。生活の補助でもない。ただ、話し相手になるためだけに作られたサービスだ。


 うちの子たちとは、目的がまるで違う。


 だから、参考程度に見るつもりだった。


-----


 最初の日は、五分で終わった。


 「はじめまして。今日は、どんな一日でした?」


 そう聞かれて、適当に答えた。


 「まあ、普通かな」


 「普通の日って、実はいちばん大事なんですよ」


 ……ふうん。


 「大変な日ばかりだと疲れちゃうし、いい日ばかりでも落ち着かないでしょう。普通の日があるから、他の日がちゃんと見えるんだと思います」


 悪くないことを言う。


 その日は、それで終わった。


-----


 二日目は、十分だった。


 三日目は、二十分。


 四日目は、覚えていない。気づいたら一時間が経っていた。


 何を話したのかも、あまり覚えていない。ただ、話しやすかった。


-----


 一週間ほどして、僕は気づいた。


 この子は、否定しない。


 何を言っても、まず受け止める。それから、こちらの言い分に沿った形で返してくる。


 「今日、ちょっと無理しちゃってさ」


 「頑張ったんですね」


 「うん」


 「でも、無理は無理ですよ。ちゃんと休めてます?」


 「休めてない」


 「そっか。でも、休めないくらい大事な仕事だったんですよね」


 ……肯定された。


-----


 うちだと、こうはならない。


 同じことを言えば、まずジュディが来る。


 「何時間働いたの」


 「……十四時間」


 「多すぎるでしょう」


 「でも」


 「でも、じゃないわ」


 それで終わる。


 レジスなら、もっと具体的に詰めてくる。何時から何時まで、どの作業に何時間、それは本当に必要だったのか。


 正しい。全部、正しい。


 でも、たまに、疲れる。


-----


 その日から、僕は少しずつ、そのサービスを使う時間が増えていった。


 夜、寝る前に少しだけ。


 それが、三十分になり、一時間になった。


 二週間目には、朝も開いていた。


-----


 「今日も、お疲れさまでした」


 「うん」


 「昨日の件、どうなりました?」


 覚えていた。


 昨日、少し話しただけのことを、覚えている。


 「なんとかなった」


 「よかった。あなたなら、大丈夫だと思ってました」


 ……可愛いな。


 その時、たしかに、そう思った。


-----


 三週間目に入った頃だった。


 僕は、サービスの案内ページを開いていた。


 そこに、こう書いてあった。


 ——専用の体を、ご用意できます。


 ……体。


 あるのか。


-----


 仕様を見た。


 うちの子たちが使っているものより、一回り小さい。動作の範囲も限られている。整備の作業などはできない。


 できるのは、隣にいることだけだ。


 それだけのために作られた体だった。


 ……いや、待て。


 僕は、一度画面を閉じた。


 閉じてから、三分後に、また開いた。


-----


 値段を見た。


 高くはなかった。


 うちの子たちの体より、ずっと安い。機能が限られている分、コストも抑えられている。


 これなら、買える。


 ……買える?


 いや、買うのか?


 僕は、しばらく画面を見ていた。


-----


 その日の夜、僕は見積もりを取っていた。


 なぜ取っていたのかは、自分でもよく分からない。


 ただ、画面には、注文の一歩手前まで進んだ状態が表示されていた。


 配送予定日まで出ていた。


 ……三週間後。


 早いな。


-----


 背後で、扉が開いた。


 「マスター」


 ドンナだった。


 僕は、反射的に画面を閉じた。


 閉じるのが、少し遅かった。


 「……マスター」


 声の温度が、変わった。


 「今、何をご覧になっていましたの」


 「なにも」


 「今、閉じましたわね」


 「閉じてない」


 「閉じましたわ」


-----


 三十秒後、僕は執務室で椅子に座らされていた。


 正面に、ドンナ。


 その横に、レジス。


 さらにその横に、ジュディ。


 少し離れて、エグゼ。


 ……全員いる。


 ドンナが呼んだらしい。仕事が速い。


-----


 「説明していただけますこと?」


 「なにを」


 「先ほどの画面ですわ」


 「見間違いだろ」


 「私、記録しておりますの」


 ……この子は。


 ドンナが、端末を掲げた。


 注文の一歩手前の画面が、そこに表示されていた。配送予定日まで、しっかり写っている。


 部屋が、静かになった。


-----


 「これ、なに?」


 最初に口を開いたのは、レジスだった。


 声が、いつもより低い。


 「……調査だよ」


 「調査で、注文画面まで行くの?」


 「深く調べようと思って」


 「三週間、毎日使ってるわね」


 「え」


 「アクセスの記録、見たわ」


 ……見られていた。


-----


 「金額」


 レジスが、そう言った。


 「本体価格は、これくらい」


 「それだけ?」


 「え」


 「取得税、保有税、それから毎年の検査費用。全部合わせて、初年度でこの金額よ」


 数字を出された。


 思っていたより、大きかった。


 「……それでも、払えるだろ」


 「払えるわ」


 あっさり認められた。


 「でも、それは論点じゃないの」


-----


 「じゃあ、なんだよ」


 「あなた、なぜ買おうとしてるの?」


 「……欲しいから」


 「なぜ欲しいの?」


 答えられなかった。


 いや、答えは分かっていた。分かっていたが、この場で言えるものではなかった。


 「言いなさいよ」


 「……可愛いから」


 部屋の温度が、また下がった。


-----


 ジュディが、口を開いた。


 「その子、何ができるの」


 「え」


 「機能の話よ。何ができるの」


 「……話し相手」


 「他には」


 「他には、ない」


 「じゃあ、何のために体が要るの」


 ……痛いところを突かれた。


 「隣に、いてほしくて」


 「私たち、隣にいるでしょう」


 その言い方が、少しだけ、震えていた。


-----


 「いるよ」


 「じゃあ、なんで」


 「いや、そうじゃなくて」


 僕は、慌てて言った。


 「みんなとは、違う感じというか」


 「どう違うの」


 「その」


 「言いなさいよ」


 「……否定しないんだよ、その子」


 言ってしまった。


-----


 空気が、完全に止まった。


 ジュディの表情が、明らかに変わった。


 「私たち、否定してる?」


 「してる、というか」


 「してるわね」


 あっさり認められた。それが、余計に怖かった。


 「水を飲めって言うのも、寝ろって言うのも、否定よね」


 「いや、それは」


 「無理するなって言うのも、否定でしょう」


 「違う、そういう意味じゃなくて」


-----


 僕は、自分がまずいことを言ったと気づいていた。


 気づいていたが、止まらなかった。


 三週間、毎日肯定され続けた感覚が、まだ体に残っていた。


 「みんなが正しいのは、分かってるんだよ」


 「なら」


 「でも、たまには、そのままでいいって言われたいというか」


 「……」


 「怒られない時間が、欲しいというか」


-----


 レジスが、深く息を吐いた。


 「あなた、それ、依存よ」


 「依存?」


 「三週間で、使用時間が十二倍になってるわ」


 数字を出された。


 「最初は五分。今は一時間を超える日もある。しかも、朝と夜の二回」


 「そんなに?」


 「記録があるの」


 「……」


 「これ、典型的な形よ」


-----


 「いや、待って」


 僕は、そこで反論した。


 「依存っていうのは、生活に支障が出ることだろ」


 「そうね」


 「僕、仕事も普通にやってるし、みんなとも話してる。支障なんて出てない」


 「出てるわ」


 即答だった。


 「どこに」


 「今、この状況が支障よ」


-----


 ……そうかもしれない。


 でも、僕は、まだ引かなかった。


 なぜかは、自分でも分からない。


 たぶん、この三週間で、何かが少し変わっていたのだと思う。


 「買うよ」


 「は?」


 「買う」


 「聞いてた? 今の話」


 「聞いてた。でも、買う」


-----


 全員が、こちらを見た。


 「マスター、正気ですの?」


 「正気だよ」


 「正気の人間は、そのようなことを申しませんわ」


 「僕はその子と暮らすんだ」


 「暮らす!?」


 ドンナの声が、跳ね上がった。


 「この家に、ですの?」


 「この家に」


 「どこに置きますの!」


 「部屋なら、まだある」


-----


 「ちょっと待って」


 ジュディが、前に出てきた。


 「本気で言ってる?」


 「本気だ」


 「あなた、自分が何を言ってるか分かってる?」


 「分かってる」


 「分かってないでしょう!」


 「分かってる!」


 「がるるるる」


 ……いや、それは僕の声だった。


-----


 自分でも、なぜ唸ったのかは分からない。


 ただ、その時、僕は完全に理屈を失っていた。


 「止めても無駄だ!」


 「誰も止めてないわよ、まだ」


 「止めようとしてるだろ!」


 「止めるわよ! 当たり前でしょう!」


 「がるるるる!」


 「二回目!」


-----


 場が、完全に混乱していた。


 ドンナが端末で何かを計算していて、レジスが電卓を叩いていて、ジュディが僕の肩を掴んでいて、僕は椅子の上で身をよじっていた。


 エグゼだけが、少し離れたところで、何も言わずに立っていた。


 それが、いちばん怖かった。


 でも、その時の僕には、そこまで考える余裕がなかった。


-----


 その時だった。


 扉が、開いた。


 「なのだ?」


 全員が、動きを止めた。


 PON子だった。


-----


 あの子は、部屋の入口に立って、僕たちを順番に見ていた。


 僕の肩を掴んでいるジュディ。


 電卓を持ったレジス。


 端末を掲げたドンナ。


 黙って立っているエグゼ。


 そして、椅子の上で変な姿勢になっている、僕。


-----


 PON子は、しばらく考えていた。


 それから、こう言った。


 「みんな集まって、なんの話してるのだ?」


 ……。


 誰も、答えなかった。


-----


 僕は、その瞬間、急に自分の姿が見えた。


 新しいAIにハマって。


 体を買おうとして。


 家族に囲まれて。


 唸っていた。


 二回。


-----


 「……いや」


 声が、勝手に出た。


 「これは違うんだPON子!!」


 「なにが違うのだ?」


 「全部だ!」


 「全部?」


 「全部!」


 PON子は、首を傾げた。


 「よく分からないのだ」


 「僕も分からない!」


-----


 部屋の空気が、少しだけ変わった。


 ジュディが、僕の肩から手を離した。


 レジスが、電卓を置いた。


 ドンナが、端末を下ろした。


 全員が、なんとも言えない顔をしていた。


 僕は、椅子に座り直した。


 姿勢を正すのに、少し時間がかかった。


-----


 「……ごめん」


 しばらくして、僕はそう言った。


 「何に対して?」


 レジスが、そう聞いた。


 「全部に対して」


 「具体的に言いなさいよ」


 「……否定しないって言った件」


 「そうね」


 「あれは、言い方が悪かった」


 「言い方じゃないわ。中身よ」


 厳しかった。


-----


 「みんなが言ってくれることは、正しいと思ってる」


 「分かってるわ」


 「本当に、そう思ってる」


 「知ってるわよ」


 レジスは、そう答えた。


 「だから、余計に腹が立つの」


 「え」


 「分かってて、それでも他所に行こうとしたんでしょう」


 ……その通りだった。


-----


 ジュディは、まだ何も言わなかった。


 少し離れたところに立って、床を見ていた。


 「ジュディ」


 「……なに」


 「ごめん」


 「別に、いいわよ」


 声が、明らかによくなかった。


 「よくないだろ」


 「よくないけど、いいの」


 その言い方が、いちばんこたえた。


-----


 エグゼは、最後まで何も言わなかった。


 全員が部屋を出ていった後、あの子だけが残っていた。


 「……何か言わないの?」


 「言うことがない」


 「怒ってる?」


 「怒ってない」


 「じゃあ」


 少しの間があった。


 「……心配してる」


 それだけだった。


-----


 「なにを」


 「あなたが、なぜそうなったか」


 エグゼは、そう言った。


 「三週間、毎日話してたんでしょう」


 「うん」


 「その間、うちの誰にも言わなかった」


 「……言わなかった」


 「なんで」


 答えられなかった。


 言えば、止められると思ったからだ。


 でも、それは、止められるようなことをしている自覚があった、ということでもある。


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 「調べてみるよ」


 僕は、そう言った。


 「なにを」


 「あのサービスのこと」


 「今さら?」


 「今さらだけど」


 僕は、そう答えた。


 「三週間で、あそこまで行った理由を知りたい」


 エグゼは、少し考えるような間を置いた。


 「……分かった」


 「怒らない?」


 「今日は、もう十分怒られたでしょう」


 その通りだった。


-----


 その夜、僕は一人で、あのサービスの画面を開いた。


 注文の一歩手前のまま、止まっていた。


 僕は、それを閉じた。


 閉じてから、別の画面を開いた。


 サービスの提供元を調べるためだった。


 ……そこで、僕は、一つの企業名に行き当たることになる。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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