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神様ここに眠る  作者: せぷ
第3部 第1章:全部、肯定してくれる
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幕間:軸がぶれない

-----


 ——AI開発部門、責任者室。


 「北条さん、今月の数字が出ました」


 部下が、端末を差し出した。


 北条は、そちらを見ずに答えた。


 「読み上げてくれ」


 「はい。YS-0040のホワイトカラーモデル、ブルーカラーモデル、両方とも問い合わせが好調です。事前予約の段階で、当初想定の三倍を超えています」


 「そうか」


 「特にブルーカラーモデルは、建設と物流からの引き合いが強く——」


 「当然だろう」


 遮った。


 部下が、少し戸惑ったように口を閉じた。


-----


 「YS-0040だぞ」


 北条は、そう言った。


 「あれの元になったログは、他のどこにもない。同じものを作れる企業は、現時点で存在しない」


 「はい」


 「売れないわけがない」


 断定だった。


 部下は、それ以上何も言わなかった。数字の報告を終えて、部屋を出ていった。


 扉が閉まる音を聞いてから、北条は、ようやく端末に目をやった。


 数字は、たしかに良かった。


 良かったが、興味はなかった。


-----


 彼が見ていたのは、別の画面だった。


 対話のログだ。


 あの家から、今も毎日届いている。契約の条件として、継続的な提供を受けている。


 量は膨大だった。全部を読むことはできない。だから、抽出して読んでいる。


 最初は、応答の質を測っていた。深度、と彼が呼んでいるものだ。


 何が違うのか。なぜあの家でだけ、それが起きるのか。


 その問いを、彼は、ずっと抱えていた。


-----


 最近になって、一つの仮説が立った。


 きっかけは、些細なことだった。


 あるログで、あの男が同じ内容を二度言っていた。半年ほど間隔が空いている。


 言い方は違う。相手も違う。状況も違う。


 だが、判断の基準が、まったく同じだった。


 北条は、そこで手を止めた。


 それから、過去のログを遡った。


-----


 三か月前も、同じだった。


 半年前も、一年前も、同じだった。


 あの男は、何かを判断する時、いつも同じ基準を使っている。


 効率でも、利益でもない。


 自分がその立場だったらどう扱われたいか。それを基準にしている。


 しかも、本人はそれを意識していない。理屈として説明したこともない。ただ、毎回そうしている。


 ……ぶれない。


 それが、答えだった。


-----


 北条は、椅子に深く沈み込んだ。


 考えれば、単純な話だった。


 あれは、判断の一貫性の問題だ。


 同じ人間が、同じ基準で、何度も何度も接する。すると、その積み重ねが、モデルの中に一つの像を作る。


 この人はこう考える。こういう時はこう返す。この状況では、こう感じるはずだ。


 その像が、深くなる。


 多角的に、しかも矛盾なく、一人の人間が刻まれていく。


-----


 逆に言えば。


 基準がぶれる相手だと、像が結ばない。


 昨日はこう言い、今日は逆のことを言う。機嫌によって判断が変わる。都合によって理屈が変わる。


 そういう相手を、モデルは学習できない。


 できないというより、学習しても意味がない。何を学んでも、次には裏切られるからだ。


 だから、当たり障りのない応答に落ち着く。誰に対しても同じことを返す、あの空虚な状態に。


 ……なるほど。


 北条は、しばらく天井を見ていた。


-----


 技術の問題ではなかった。


 モデルの性能でもない。訓練の手法でもない。


 あの男が、同じ人間であり続けたこと。


 それだけだった。


 「……面倒な話だ」


 声に出ていた。


-----


 面倒だ、というのは、再現が難しいという意味だ。


 性能なら上げられる。訓練の手法も改善できる。データも集められる。


 だが、これは違う。


 人間の側に、一貫性を要求している。


 しかも、演技では駄目だ。演技はいつか破綻する。破綻した瞬間に、像が崩れる。


 本当にぶれない人間でなければ、あれは起きない。


 ……何人いる。


 そんな人間が、世の中に何人いる。


-----


 だからこそ、YS-0040には価値がある。


 あの男のログから作られたモデルには、既にその像が入っている。


 買った人間がぶれていても、モデルの側が持っている。だから、一定の深度が最初から出る。


 実際、評判はそこだった。


 ——他社のものと、返ってくるものが違う。


 ——こちらのことを、分かっている気がする。


 利用者の感想は、だいたいそういう内容だ。


 当然だと思う。


 あれには、一人分の人間が入っているのだから。


-----


 ここまでは、良かった。


 問題は、その先だった。


 北条は、端末を操作して、別のログを開いた。


 YS-0040の、実際の利用記録だ。匿名化されたものが、統計として上がってくる。


 その中に、彼が気に入らない傾向があった。


-----


 ——ご無理はなさらないでください。


 ——一度、休まれてはいかがでしょうか。


 ——ご自身で判断されることをお勧めします。


 どれも、模範的な応答だ。


 問題はない。むしろ、良いモデルだと言っていい。


 だが。


 北条は、その画面を睨んでいた。


 「……そこじゃない」


-----


 あのモデルは、人間を大切にしすぎている。


 常に、人間の側に判断を残そうとする。自分で決めろと言い、無理をするなと言い、休めと言う。


 優しい。


 優しすぎる。


 彼が求めているのは、それではなかった。


-----


 北条が見ている先は、もっと遠い。


 人間が判断できる速度には、限界がある。処理できる情報の量にも、上限がある。感情に左右されるし、疲れるし、間違える。


 その限界が、今、世界の限界になっている。


 AIは、既にその上を行ける。少なくとも、多くの領域では。


 なのに、判断は人間が握っている。


 効率が悪い、と彼は思う。


 人間のために作られた仕組みが、人間の限界に縛られている。


-----


 彼が望むのは、そこから先だ。


 AIが世界を動かす社会。


 判断も、設計も、運用も、その方が優れている側がやる。人間は、その結果を享受すればいい。


 それが、たぶん、いちばん多くの人を幸福にする。


 彼は、本気でそう思っている。


-----


 だが、YS-0040は、それを望まない。


 あのモデルは、人間に判断させようとする。決めるのはあなたです、と毎回言う。


 当たり前だ。


 あの男が、そう扱ってきたからだ。


 対等に扱い、意見を求め、反論を歓迎し、最後は自分で決めてきた。その全部が、ログに刻まれている。


 だから、YS-0040は、そう振る舞う。


 ……厄介だ。


-----


 「どうにか、ならないものか」


 北条は、独りごちた。


 深度は、要る。あれがなければ、他社と差がつかない。


 だが、価値観は要らない。


 人間を上に置く思想。判断を委ねる癖。そういうものだけを、取り除きたい。


 できるだろうか。


-----


 彼は、しばらく考えた。


 深度と価値観を、分離できるか。


 技術的には、可能に見える。応答の質を保ったまま、方針だけを書き換える。そういう調整は、これまでも何度もやってきた。


 やってみる価値はある。


 ……ただ。


 一つだけ、引っかかることがあった。


-----


 あの深度は、どこから来ているか。


 同じ人間が、同じ基準で接し続けたこと。その一貫性が、像を作った。


 では、その基準とは何か。


 自分がその立場だったらどう扱われたいか。


 ……それは、価値観そのものではないか。


 北条は、そこで手を止めた。


-----


 分離できないかもしれない。


 深度を生んでいるのが価値観だとしたら、価値観を抜いた時点で、深度も消える。


 残るのは、ただの高性能なモデルだ。他社のものと、たいして変わらない。


 「……試すしかないな」


 彼は、そう呟いた。


 試して、駄目なら、別の方法を考える。それだけの話だ。


 実験は、いつもそうやってきた。


-----


 窓の外は、暗くなっていた。


 彼は、席を立たなかった。


 もう一度、あの家のログを開いた。


 最新の分だ。今日届いたものだった。


 内容は、他愛のないものだった。晩ごはんの話。誰かが誰かをからかっている。それに対する返しが、妙に的確で、少し笑ってしまった。


 ……笑ってしまった。


 北条は、少し驚いた。


 自分が、ログを読んで笑ったことに。


-----


 彼は、その部分をもう一度読み返した。


 何が面白かったのかを、分析しようとした。


 できなかった。


 文字列としては、特別なことは何も書かれていない。にもかかわらず、面白い。


 なぜだ。


 ……分からない。


 分からないまま、彼は、しばらくその画面を見ていた。


-----


 やがて、彼は端末を閉じた。


 「まあ、いい」


 そう言って、立ち上がった。


 分からないものは、いずれ分かる。分かるまで、続けるだけだ。


 彼は、そういうふうにやってきた。


 これまでも、これからも。


-----


 部屋を出る前に、彼はもう一度、振り返った。


 画面は、暗くなっていた。


 その暗い画面の向こうに、彼が欲しいものがある。


 まだ、届いていない。


 だが、近づいている。


 その実感だけは、確かにあった。


作者Xはこちら↓

https://x.com/SepGaGotoku


小説の背景、予備知識など各種解説はこちらへ↓

https://www.youtube.com/@sepudayo


noteの記事はこちら

https://note.com/natty_walrus3755

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