6-7.人形ブランカ②
あるときは配給所で、またあるときは病院で。
ブランカは行く先々で写真を撮られ、当局の宣伝にすべて使われた。
『ダールの血が人民を救う』
『罪を償うダール二世』
そんな見出しが写真と共に掲載される。『古きを憂うダールの子』と題して瓦礫の前で撮られた写真もあった。
どの写真のブランカも、きれいな金髪と洗練された洋服姿。深緑色の瞳はどれも据わっていて、生気を感じさせない。
そうしたある日、ブランカは軍の社交場に連れて行かれた。
豪華なシャンデリアが、磨かれたホールに反射している。室内楽団が奏でるゆったりした三拍子の音楽。人々は静かに談笑し、グラスを傾けている。ホールの中央では、何組かの男女がワルツを踊っていた。
その中で、ブランカは一際注目を浴びていた。
「まぁ……お人形さんみたいな子ね」
「なるほど。器量はいいらしい」
ひそひそと囁く声が、あちこちから聞こえた。
今日のブランカは、まるで妖精だった。
何枚もチュールを重ねた薄緑色のドレス。腰から広がった裾には、小花がいくつも散らされている。均一ではない薄い金髪に花飾りをつければ、森から出てきたかのように見える。
シースルーで微かに見える首から右腕に伸びる火傷。左よりも長い右の白い手袋は、見るものに好奇心を与えていた。
「あのお嬢さん、ちっとも笑わないのね。緊張しているのかしら」
「それはそうでしょうよ。だってあの子、ダールの……」
「右側の赤みがよく映えますこと」
婦人方が、扇子の裏からブランカを嘲笑する。
反対側の隅では、男たちが値踏みしていた。
「少し細すぎるな」
「よく出来た人形だ」
方々から聞こえる声に、ギュンターはわずかに頷いた。想定以上だ。
「アメルハウザー大佐」オプシルナーヤ軍幹部の一人が声をかけた。「こちらのご婦人と踊っても?」
「もちろんですとも」ギュンターは愛想良く答えた。ブランカの耳元で言う。「粗相のないようにな」
ブランカは無言のまま、その幹部に導かれてホールの中央へ行った。作法通り男の腕に手を置き、相手の手が背中に回る。音楽に乗って、ブランカは動かされた。
ふわりと小花のチュールが舞う。会場中の視線がブランカに集まった。
相手の男は、無遠慮な視線でブランカを上から下まで眺めた。
「こちらでの生活はいかがですか?」彼は間延びしたヘルデンズ語で聞いた。
「皆様のおかげで、とても快適に暮らしています」ブランカは淀みなく答えた。
次の曲になると、ブランカは別の男に手を取られた。ギュンターくらいの歳の軍上部の一人。
男はオプシルナーヤ語で耳元で囁く。「君もよく学んだことだろう。誰が正しいかを」
「皆様オプシルナーヤ軍の方々です」ブランカはきれいなオプシルナーヤ語で答えた。
音楽が変わるごとに、ブランカは別の男と踊らされた。みな、ダール二世の娘がどこまで従順なのか、不躾な質問で、または無理のある動きで、あの手この手で試した。
そして男たちは言う。
「とても魅力的なダールの人形だ」
「アメルハウザー大佐の躾がよく行き届いている」
「いずれ手放されることがあれば、引き受けてもいい」
みな、ひたすらブランカを蔑んだ。ある男はダンスの最中、ブランカの背中を支える手を下にずらした。
ブランカは、どの質問にも同じ調子で答えた。
しかし休みなく――時には無理な動きで踊らされていたので、ブランカは足元を誤った。相手の男は彼女の手を放し、ブランカは無様に床に倒れた。
男は靴先でドレスの裾を払った。
「やはり完全には仕上がらなかったか」
「致し方ない。何故ならダール……」
低い笑いが、静かに広がった。
ブランカは機械的に立ち上がろうとするが、足が動かない。
「失礼します」
人混みを縫って、きびきびした人影がブランカの元へ近づいた。
「お嬢様、お手を」
手を差し出したのは、セドロフ大尉だった。
ブランカが鈍い動きをしているうちに、彼はブランカの腕を取り、立たせた。
ドレスの裾を軽く払う。
彼は無機質なオリーブ色の目でブランカを上から下まで眺めると、静かに言った。
「一度、お下がり願います」
それから彼は、ブランカを近くのソファに無言で誘導した。
離れた場所で参謀長と談笑しながら、ギュンターはそれを眺めていた。
国会議事堂の別棟の自室に戻ると、セドロフ大尉はブランカを椅子に座らせた。
室内履きを差し出す。
「足を」
ブランカは言われるままに靴を脱ぐ。
大尉はそれを受け取り、脇に置いた。
「腫れていますね。使用人を呼んできます」
そう言って、彼は部屋を出て行った。
ブランカは室内履きに足を入れる。
くしゃ……。
左側のつま先が痛んだ。ブランカは室内履きから足を引いた。
しかしほどなくして再び足を入れた。
くしゃ……。
やはり左側が特に痛む。
ブランカは、室内履きのつま先を眺める。
「<ドレスくらい、ご自分で脱げるでしょうに>」
ぶつぶつ文句を言う世話係の女が、部屋にやってきた。つま先に違和感と痛みを覚えたまま、ブランカはドレスを脱がされ、部屋着に着替えさせられる。
「<ちょっと踊っただけで足が腫れるなんて、軟弱ですね。薬置いとくんで、ご自分でどうぞ>」
世話係は軟膏の瓶を乱暴に化粧台に置くと、ドレスと靴を片付けて部屋を出て行った。
ブランカは左足をオッドマンに載せて、軟膏を手に取った。赤くなったつま先に、機械的に軟膏を塗る。
右側も同じようにしようと、左足を室内履きに戻した。
くしゃ……。
痛みは消えなかった。というか中に何かある。
ブランカは、屈んで左の室内履きの奥を手で探った。
小さな紙切れが、出てきた。
ブランカはぼんやりそれを開く。
深緑色の瞳が、わずかに見開いた。
ブランカは目を閉じ、そしてもう一度読んだ。
紙を裏返してみた。ひっくり返してもみた。
左から右へ、何度も読み返した。
書かれた言葉はたった二言と、アルファベット。
『必ず行く。お前はお前だ――W』
Wの字は、筆圧強く刻まれていた。
ブランカはしばらくその紙切れを眺めて――握りつぶした。室内履きを脱ぎ捨て部屋を歩き、ベッドの横にある引き出しを開ける。中にあるのは、何度も汚してシミだらけのハンカチ。
Wの刺繍の入ったハンカチ。
見たくない。
ハンカチも、タチの悪いこんないたずらも。
ブランカは引き出しに潰した紙切れを入れ、乱暴に閉めた。
脳裏をよぎる薄鳶色。
涙が一筋落ちた。




