6-6.アロイスの賭け
翌日。
会議室には、西ヘルデンズとブラッドローの軍・政府関係者が集まっていた。ヴォルフは数名の兵士とブロンソン少佐とともに、部屋の隅に立っていた。
定刻になり、議長がアロイスを指名する。
アロイスは立ち上がった。
簡素なスーツ姿に整えた髪。
アロイスは会議室をゆっくり見渡してから、ブラッドロー語で話し始めた。
「東ヘルデンズの現状は、皆さんご存知の通りです。オプシルナーヤによる統治は不安定。住民は疲弊し、反乱分子の摘発と銘打った市民の粛清は激化している。いずれ崩れるでしょう」
アロイスは鋭い眼差しと堂々たる気迫を放っている。十歳若く見られがちな童顔低身長も、今日ばかりは年相応に見えた。
アロイスは続ける。
「更にオプシルナーヤは、東ヘルデンズ内で失業者を増やし、軍役に就かせる政策を、近年推し進めている。このまま放置すれば、オプシルナーヤの影響力はさらに強まり、東は完全に固定される。それは、西にとって望ましい未来でしょうか」
会議室にいる全員が、アロイスをじっと見つめている。
「今なら、まだ間に合います」
アロイスは言った。
「東ヘルデンズ内部には、まだ動ける人間がいる。しかし、補給路は完全ではない。もし、外からの支援と内側の動きが合わされば、主導権を取り戻せる可能性がある」
会場が、ざわついた。
今こそ好機だと息巻く軍関係者と、アロイスの発言に信憑性を疑う政府関係者。まとまる気配はない。
ヴォルフは背中で組んだ手を何度も組み替えた。
「そしてもう一つ」アロイスは続けた。「東には、無視できない価値がある」
騒がしかった会場が、静まり返る。
皆、息を飲んでアロイスを見る。この半年追いかけた秘密がついに明かされるのだろうか。会議室の空気が張り詰める。
アロイスは視線を巡らせ、最後にヴォルフを見た。
「その上で、もう一つ協力していただきたい――クラウディア・ダールベルクの奪還です」
会場中から、声にならない驚きがいくつか上がる。クラウディア・ダールベルクだと? 何の関係がある。そんな声も飛び交った。
ヴォルフも息を飲んだ。
こんなやり方をして大丈夫なのか?
しかしアロイスは再びヴォルフと視線を合わせると、揺るぎない決意を伝えてきた。それで昨夜の話がつながった。
これがアロイスの言う、手。
「彼女は象徴だ」ざわつく会場を制するように、アロイスは芯のある声で言う。「東の人間にとっても、西にとっても」
「何が象徴だ!」西ヘルデンズ関係者の一人が、机を叩いて立ち上がった。「貴殿はダールベルクがヘルデンズに何をもたらしたかを忘れたか!」
そうだそうだ、と西ヘルデンズ側から声が上がる。アロイスは片手を上げた。
「忘れてはいない。私もヘルデンズの人間だ」
その一言が、会議室中に響き渡る。
うるさかった西ヘルデンズの連中が、押し黙った。ブラッドロー側は推し量るようにアロイスを見る。
「彼女は、この状況を動かす鍵を持っている」
「その鍵とやらは何だ?」ブラッドロー側から声が上がる。
「今は言えません」アロイスは質問者を見て澱みなく答える。「しかし、それを握っているのがクラウディア・ダールベルクです」
会議室中がざわつく中、ヴォルフは呆然とアロイスを見つめるしか出来なかった。
アロイスは、エンゲル油田のことを知っている――場所も事情も。わざわざこんなやり方を取らなくても良かっただろうに。
「東を取り戻すなら、今です。東の仲間は準備を進めています」
アロイスは最後にもう一度、会議室を見渡した。
「必要なのは、皆さんの決断だけだ」
会議終了後、ヴォルフはブロンソン少佐と休憩室にいた。
少佐は隣でタバコを吹かしている。ヴォルフはコーヒーを飲みながら、さっきの会議を頭の中で振り返っていた。
二人とも、しばらく無言が続いたあと、少佐が言った。
「で、行くのか? ノール」
少佐はタバコの灰を灰皿に落とす。
ヴォルフはコーヒーの水面をじっと見た。
ブランカを早く取り戻したい気持ちは変わらない。すぐに動けないもどかしさも。
しかし、閉じていた視界が広がった気がする。
ヴォルフは首を横に振った。「いえ、残ります」
少佐はタバコの影でわずかに口角を上げた。
「兄さん、おった」
アロイスが、ヴォルフの元へ来た。数歩離れたところに、アロイスの護衛役が立っている。
アロイスは勝ち気な目をヴォルフに向けた。「僕のこと、少しは見直したやろ」
ヴォルフは思わず顔をしかめた。
アロイスは歯を見せて笑う。さっきまで年相応に見えていたのに、この瞬間だけ、十歳若く見えた。
「ま、これからも頼むわな。ブラッドローの軍人さん」
アロイスはヴォルフの手を取り、強引に上下に振った。その際、小さな紙切れが手に滑り込む。
アロイスがブロンソン少佐にも礼を言う横で、ヴォルフは手を開いた。
白紙の紙切れ。
素知らぬ顔で少佐と話すアロイスをじっと見ると、ヴォルフは近くのテーブルに向かった。
ブロンソン少佐がふっと息を漏らした。「あんなに憎んでいたヤツが……」
アロイスは、小さく笑った。




